華燭の城

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 その日の午後からすぐに、シュリは多くの謁見公務を果たしていた。

 ラウが『少し休まれた方が……』と言うほど、食事の時間さえ惜しみ、諸外国からの要人達と逢っていく。

 使用人であるラウは謁見の間に入る事は許されなかったが、ラウの言葉通り、ガルシアの側近が三名、常時側にいた。

 その側近が、
「次は○○国の外務大臣でございます」等と小さく教えるので、シュリは何も戸惑うことなく、謁見を進める事ができていた。

 三人の黒服を着たガルシアの側近……私兵達は、今回の神国の一件も、ガルシアの意も良く理解しているようで、忠実に、そして完璧にシュリの見張りを続けている。
 その証拠に、話題が神国に及ぶと『もうお時間ですので』と、あっさりと、そして見事に謁見は打ち切られた。
 
 だが、車に居たあのオーバストという側近長は一度も姿を見せる事はなかった。 
 おそらくガルシアの最も近くにいる存在で、今回も同行して行ったのだろう。
 大佐と呼ばれるからには、あれが私兵の隊長だったのか……。
 各国の外交官と話しをしながら、シュリはそんな事を考えていた。



 三日目の夜、帰国の一報とほぼ同時に、ガルシアはシュリをあの部屋に呼んだ。
 それは一刻も早くシュリの体を抱き、貪りたいという欲望の表れだった。
 その事をわかっていながら、シュリは長い廊下をラウと並んで歩いていた。

「今夜、弟に医師を派遣してもらう件……。
 ガルシアに頼んでみるつもりだ」
 真っ直ぐに前を見つめて歩くシュリの声に、ラウの返事はなかった。


 黒い扉を抜け部屋に入ると、まだそこにガルシアの姿は見えなかったが、シュリは部屋の中程でピタリと足を止めた。
 じっと壁を見つめると、ここで犯されたあの忌まわしい記憶が鮮明に蘇ってくる。

 たぶん、今夜も……。
 いや、たぶんではなく、それは確実。
 無意識に拳を握り締めた。


 しばらくすると、ガチャリと後ろで音がした。
 扉が開き、入口の横に立っていたラウが頭を下げる気配がする。

 その主は部屋に入るなり、
「どうした、ラウム!
 ワシが来るまでに、準備しておけと言ったはずだぞ!」

 まだ衣服を身に付けたまま、部屋の中央に立つシュリの後ろ姿に、ガルシアは不満の声をあげた。
 その不意の大声にも、シュリもラウも微動だにしない。

「……ほう……」

 そんな二人の反応を怪訝そうに見ながら、ガルシアはシュリの真横を通り過ぎ、キャビネットから一本の酒瓶とグラスを握り取る。
 そして腹の奥底を探るように、一度もシュリから視線を外すことなく、乱暴にソファーに腰を下ろした。

「謁見を一人でやったそうだな?」
 先の大声から一変し、静かな声だった。

「首尾は上々だったと聞いているが、急に謁見を受けるなどと言うからには、ワシの居ない間に助けでも呼ぶつもりだったのだろうが……。
 残念だったな」

 先制攻撃とばかりに皮肉を乗せた言葉を浴びせ掛け、片方だけ唇を上げた。
 だが、そんなガルシアを前にしてもシュリは少しもひるむ事無く、立ったまま小さく頭を下げた。

「お願いが、あります」

 ガルシアは酒を注ぎながら、ジロリと目だけをシュリに向けた。
 反撃を想定していたその目には、一種の意外感が宿っている。

「願い……だと?
 謁見を一人でこなしたからと言って、思い上がるなよ?
 お前はいつからワシに頼み事ができる立場になった?」

 鼻で笑う仕草を見せ、グラスの酒を一気にあおった。
 再び酒瓶に手を伸ばすガルシアに、シュリが続ける。

「この国には、優秀な医師や薬師がたくさんいると聞きました。
 その者を、私の国へ……神国へ……。  
 病の弟の元へ、遣わせて欲しいのです」
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