華燭の城

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 いきなりの話にガルシアは、頭をわずかに傾け顔を歪めると、露骨に面倒そうな顔をした。

「聞いた……?
 ラウムが何か吹き込んだか……?」
 
 ジロリと扉の横に立つラウへも冷たい視線を送る。
 だがラウもそれに臆する事無く、ただじっと前を向いて立つだけだ。

「ふん……」

 今までガルシアは、この視線一つ、吐く息一つで、多くの臣下を恐怖におののかせてきた。
 先日の赤髪の高官、ヴェルメがいい例だ。
 だがこの二人は全くそんな素振りを見せない。
 そのことが面白くなさそうだった。
 
「ああ、確かに帝国一の我が大国には、優秀な医師が大勢いる。
 だが、お前の弟をワシが助けねばならない義理がどこにある?
 何の得があるというのだ?
 お前の弟がどうなろうが知ったことでは無い。
 そんな話なら……」

「もし、弟が死ねば……!」

 シュリの強い声がガルシアの言葉を遮った。

「もし、弟が死に……私のまもる者が一つでも欠けるような事があれば、先日言った通り、私も即刻自害します」
 シュリは立ったまま、じっとガルシアを見下ろした。
 
 グラスを口へ運ぶガルシアの手が止まった。

「……それで? だからどうした?」

「先日の披露目の宴でも、この城の中でも、謁見公務でも、私はもう数え切れない程多くの者と顔を合わせた。
 私はすでに近隣各国……いや、世界が認めるこの国の皇太子。
 その私の死は、もう秘密にできるものではない。
 しかも、この国を救うはずの私がこうも早く死んだとなれば、その動揺も、国外へ及ぼす影響も大きいはず。
 弟がどうなろうが知った事ではないのなら……。
 あなたに関係の無い、どうでもいい事だと言うのなら……。
 ならば、許可を下さい。
 『わかった』と一言……。
 そう言うだけで、この国もあなたも、要らぬうれいを避ける事ができる」

「ワシを脅すのか……?」

 ガルシアの細い目が一層薄くなり、冷たい色を放つ。

「どう思われようが、事実です」

 その冷たい目をシュリはじっと睨み返した。

「いきなり謁見だのと言うから、何かあると思ったが……。
 なるほど、そういう意図あっての事か」

 ガルシアはグラスを置くと、ふう……とわざとらしく大きく息を吐いた。
 そして目を閉じ、テーブルを指で叩き始めた。
 コツコツコツコツと、せわしない音が響き続ける。

 そうしてしばらく考えていたが、
「まぁいい、勝手にしろ」

 考える事さえも億劫になったのか、それとも、弟は生かしておいて損はないと、そう思ったのか……。
 面倒そうに二人を一瞥いちべつした後そう言った。

「……!」

 その言葉にシュリの目が輝いた。
 そしてやっと安心したように肩の力を抜く。

「……だが!」 

 安堵したのも束の間、ガルシアがバンッ! とテーブルに手を突き立ち上がり、シュリの眼前で仁王立ちになると、顎に指を掛けた。

「言っておくが、今回上手くいったからと言って調子に乗るな。
 これは取引だ。
 面倒なお前の頼みを聞いてやるのだ。
 お前もワシの言う事を聞くのだ。
 ……何でもだ! いいな?」

 そう言ってグイと自分の方へ顔を向けさせる。
 シュリは顎を持ち上げられたまま、酒の息を吐くガルシアの目をグッと睨み、小さく頷いた。

「わかっている。何でも言う事を聞く。
 ただ、本当に医師が遣わされたかどうか、約束が守られているかどうか……。
 それを確かめるために、定期的に弟の様子を、あなたではなく、直接、ラウから聞きたい」

 ガルシアの、シュリの顎を掴む手に一層力が入る。

「生意気な……。
 だが、まぁよかろう。
 おい! ラウム! こっちへ来い」

 シュリを見下ろしたまま、ガルシアがラウを呼ぶ。

「話は聞いた通りだ。手配してやれ」
「はい」

 側まで来たラウが頭を下げる。
 そのラウの返事に、ガルシアはフッと薄笑いを浮かべた。 

「ああ……! そうだ、ラウム。の鍵を出せ」

 そう言って左手を差し出した。
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