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「シュリ様! お目に掛かれて光栄でございます!
私はこの国でもう数十年、陛下の一番お側でお仕えして参った重臣、名をヴェルメ! と申します!
20代で爵位を拝領致しましてから、陛下の覚えもよろしく、これからは今まで以上に! シュリ様にもお仕えしたく本日ここに参上致しました!
そして、これはうちの愚息でございます!」
隣で身を固くし、首をすくめるように頭を下げる男の背中をヴェルメはグイと押し出した。
「年もシュリ様の二つ上と近こうございますので、これからはシュリ様の良き話し相手……いやいや、兄同然として! 何かとお力になれるかと存じます!
生まれも育ちもこの国ですので、わからない事は何でもこの息子に!
どうぞ、御見知りおきを!」
「……よ、よろしく、お願い、します……」
息子の方は父親の勢いにかなり押されてはいるものの、少々甲高い声で、父親そっくりの赤毛の頭を深々と下げると、握手を求め、おずおずとその手を差し出し……出そうとした。
「シュリの話し相手だと?」
それをガルシアの低い声が止めた。
「兄!? ふざけた事を言うでないわ!」
芝居掛かったヴェルメの挨拶に初めから辟易していたのか、ガルシアの一喝で場内の空気が一瞬で張り詰める。
この王の怒りの激しさをわずかでも身を持って知っている自国の者は、要らぬ火の粉を浴びぬように、他国の来賓には気づかれぬ程の静かさで、ほんの数歩だけそっと身を引いた。
そんな人垣の中央で、ガルシアは益々その声の音量を上げていた。
「我が息子シュリは神の子ぞ!
お前の子などと同じにするでない! 格が違うわ!」
「……ひっぃ……」
ガルシアの怒声にヴェルメはビクンと身を震わせる。
「も、申し訳ございません……!
で、でも、陛下……しかし……」
「うるさい! 覚えよろしくだと?
お前の事で覚えているのは、長年仕えている割には一人では何も出来ず、功の一つも挙げられぬ役立たずという事だけだ!
ああ、そうだ……。
人一倍、口うるさい事はハッキリと覚えているがな。
そもそもだ、今日お前を呼んだ覚えはないのだが?」
「……そ……それは……その……。
案内が無いのは、何かの……手違い、ではないかと……」
言いかけ、垂れた頭をチラリと上げたが、上からじっと見下ろすガルシアの鋭く冷たい目に気がつくと、すぐにその視線は助けを求めるようにキョロキョロと床を這った。
だが、そこに助け船を出す命知らずは居はしない。
「あ、あの……父……上……?」
シンと静まり返った場内で、赤毛の息子もただオロオロと父親を見つめる。
その息子の視線に、このままでは……とでも思ったのか、ヴェルメは必死にカラカラに乾いている口を開いた。
「しか……しかし……。
あっ……いや……。
きょ、今日は……これにて……。
……おい……帰るぞ……」
だが言葉になったのは、これだけだった。
ついに居たたまれなくなったのか、半音高い声でそれだけ言うと、髪と同じ赤に染まった顔のまま唇を真一文字に結び、茫然と立ち尽くす息子の袖を引いた。
「は、はい……父上……」
二人はコソコソと頭を下げ、体裁悪そうに後退って行く。
「可哀相に、あの方はもう終わりだな……」
そんな声が広間の隅でボソボソと聞こえていた。
ガルシアはその姿を見ながら、周囲の目も気にせず豪快な笑い声を上げた。
「あいつは、いつもワシに『世継ぎ、世継ぎ』と、うるさく言っていたのだ!
やっと鼻を明かす事ができたわ!!」
咆哮するガルシアの隣でシュリは、その高慢な声に眉を顰め目を伏せた。
だが場内は機嫌を直したガルシアの様子に、複雑ながらも微妙な安堵の空気が流れ、それはいつの間にか元の祝宴の歓喜へとすり替わり満ちて行く。
そして再び華やかな管弦が鳴り響いた。
宴が終わりを迎えたのは、城の背にすっかり陽も落ちた後だった。
シュリを従え上機嫌で広間を後にしたガルシアは、扉が閉まると同時に振り返った。
「よくやったシュリ、合格だ!
今日はまったくもって愉快、気分がいい! 祝杯をあげるぞ!」
そう言うと、廊下に控えていたラウに、
「今日も必ず連れて来い」
そう小さく言い残し、大きな体を揺らしながら側近達と共に廊下へと消えて行った。
また……あの部屋……。
シュリがラウの方を振り返る。
だが、ラウは無言のまま頭を下げたままだった。
私はこの国でもう数十年、陛下の一番お側でお仕えして参った重臣、名をヴェルメ! と申します!
20代で爵位を拝領致しましてから、陛下の覚えもよろしく、これからは今まで以上に! シュリ様にもお仕えしたく本日ここに参上致しました!
そして、これはうちの愚息でございます!」
隣で身を固くし、首をすくめるように頭を下げる男の背中をヴェルメはグイと押し出した。
「年もシュリ様の二つ上と近こうございますので、これからはシュリ様の良き話し相手……いやいや、兄同然として! 何かとお力になれるかと存じます!
生まれも育ちもこの国ですので、わからない事は何でもこの息子に!
どうぞ、御見知りおきを!」
「……よ、よろしく、お願い、します……」
息子の方は父親の勢いにかなり押されてはいるものの、少々甲高い声で、父親そっくりの赤毛の頭を深々と下げると、握手を求め、おずおずとその手を差し出し……出そうとした。
「シュリの話し相手だと?」
それをガルシアの低い声が止めた。
「兄!? ふざけた事を言うでないわ!」
芝居掛かったヴェルメの挨拶に初めから辟易していたのか、ガルシアの一喝で場内の空気が一瞬で張り詰める。
この王の怒りの激しさをわずかでも身を持って知っている自国の者は、要らぬ火の粉を浴びぬように、他国の来賓には気づかれぬ程の静かさで、ほんの数歩だけそっと身を引いた。
そんな人垣の中央で、ガルシアは益々その声の音量を上げていた。
「我が息子シュリは神の子ぞ!
お前の子などと同じにするでない! 格が違うわ!」
「……ひっぃ……」
ガルシアの怒声にヴェルメはビクンと身を震わせる。
「も、申し訳ございません……!
で、でも、陛下……しかし……」
「うるさい! 覚えよろしくだと?
お前の事で覚えているのは、長年仕えている割には一人では何も出来ず、功の一つも挙げられぬ役立たずという事だけだ!
ああ、そうだ……。
人一倍、口うるさい事はハッキリと覚えているがな。
そもそもだ、今日お前を呼んだ覚えはないのだが?」
「……そ……それは……その……。
案内が無いのは、何かの……手違い、ではないかと……」
言いかけ、垂れた頭をチラリと上げたが、上からじっと見下ろすガルシアの鋭く冷たい目に気がつくと、すぐにその視線は助けを求めるようにキョロキョロと床を這った。
だが、そこに助け船を出す命知らずは居はしない。
「あ、あの……父……上……?」
シンと静まり返った場内で、赤毛の息子もただオロオロと父親を見つめる。
その息子の視線に、このままでは……とでも思ったのか、ヴェルメは必死にカラカラに乾いている口を開いた。
「しか……しかし……。
あっ……いや……。
きょ、今日は……これにて……。
……おい……帰るぞ……」
だが言葉になったのは、これだけだった。
ついに居たたまれなくなったのか、半音高い声でそれだけ言うと、髪と同じ赤に染まった顔のまま唇を真一文字に結び、茫然と立ち尽くす息子の袖を引いた。
「は、はい……父上……」
二人はコソコソと頭を下げ、体裁悪そうに後退って行く。
「可哀相に、あの方はもう終わりだな……」
そんな声が広間の隅でボソボソと聞こえていた。
ガルシアはその姿を見ながら、周囲の目も気にせず豪快な笑い声を上げた。
「あいつは、いつもワシに『世継ぎ、世継ぎ』と、うるさく言っていたのだ!
やっと鼻を明かす事ができたわ!!」
咆哮するガルシアの隣でシュリは、その高慢な声に眉を顰め目を伏せた。
だが場内は機嫌を直したガルシアの様子に、複雑ながらも微妙な安堵の空気が流れ、それはいつの間にか元の祝宴の歓喜へとすり替わり満ちて行く。
そして再び華やかな管弦が鳴り響いた。
宴が終わりを迎えたのは、城の背にすっかり陽も落ちた後だった。
シュリを従え上機嫌で広間を後にしたガルシアは、扉が閉まると同時に振り返った。
「よくやったシュリ、合格だ!
今日はまったくもって愉快、気分がいい! 祝杯をあげるぞ!」
そう言うと、廊下に控えていたラウに、
「今日も必ず連れて来い」
そう小さく言い残し、大きな体を揺らしながら側近達と共に廊下へと消えて行った。
また……あの部屋……。
シュリがラウの方を振り返る。
だが、ラウは無言のまま頭を下げたままだった。
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