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雨降らしは、戸惑う。
しおりを挟むまじまじと顔を見られるだなんて、旅をしていた時には無かったことだ。
フードを被っていることが多く、街の人とは基本関わることがない。
そう簡単に自分の出自が明らかになることなんて無い。
この力を持っていることが公になったら、先祖が犯した"罪"を責められるのではないかと、心底恐ろしい。
だから自分に視線が向くことをこれまで避けて生きてきた。
それなのに、何故。
「うっわ!副長、こっっんな可愛い恋人隠してたんすか?!羨ましいぃ~~~~!!」
「あ、えっ、ええっ、ええええ?!」
リュシアンかと思い何の疑いもなく玄関扉を開けると、丸みを帯びた黒い耳が見えた。
熊の獣人だと思われる彼の背後には初めて見る赤黒い巨体。
コフー、コフー、と興奮気味に息を吐くその姿には既視感があるものの、あれはウォーグとはまた違う竜。
『しまった』と思った時にはもう遅くティエティに似た翡翠色の瞳はエリオットを捉えて離さない。
そしてみるみるうちににまー♡と弧を描いていく薄い唇が上下に大きく開いてしまえば、その勢いは止まらなくなる。
「本当かっわいい~~~っすねぇ!!人間なんだぁ!いいなぁ~~副長。俺も恋人欲しい~~~」
「こ、こ、コイビト・・・っ!?」
「?あれ?違うすか?まだアタック中?・・・もしかして俺にもチャンスあ」
「匂いで分かるでしょ。死にたいなら挑戦するといいわ。」
「なっ・・・なになになになに?!ど、どういうことですか?!ティ、ティエティさん!説明してください!」
「ええ?やーよ。わたし五体満足で暮らしたいもの。」
「あ、これ俺からの手土産でっす!美味いっすよ~!」
「・・・・・・?!ア、アリガトウ・・・ゴザイマス・・・?」
「はぁい!どーいたしましてぇ!」
人懐っこい笑みで籠いっぱいの焼き菓子とパンを差し出されたエリオットは反射的に受け取り、礼を述べる。
籠からは甘い香りがして、エリオットは無意識に鼻をくんくん動かしていた。
そんなエリオットのすぐ横で頭を抱え『先に逃げておこうかしら』とため息混じりなのはティエティだった。
そしてこの約数分後。
ティエティの家前は、見事修羅場と化す。
「私は"待て"と言ったはずだが。」
黒竜から颯爽と降りたリュシアンは、まるで魔王のようだった。
耳は伏せ、毛は逆立ちそうだし、青磁色の瞳なんて真正面から見てられないほどに怒りが渦巻く。
その怒りの矛先は勿論熊の獣人、名をラスター。
揃いの隊服、竜を相棒としていることからしてもリュシアンと同じ竜騎士だろう。
彼はリュシアンからの殺気を受けても尚、態度を変えずにこにこと笑い続けていた。
「だって俺の神使に早く会いたかったんですもん。」
「俺の・・・・・・?」
「も~っ、ウォーグも同調して超怒ってるじゃないですか!フィオも戦闘準備!」
『グゥ、グゥルルルルル・・・ッ』
「ちょ、ちょっと、お二人とも、」
「どうしても・・・礼が言いたいからとしつこいから・・・クソッ・・・やはり連れてこなければよかった・・・っ、」
「あ、あのっ、リュシアンさん・・・」
「これも訓練のうちってね!じゃ、行きますよぉ~~っ!」
「かかってこい。鍛え直してやる。」
「~~~~~~~!!!」
突然暗くなる空に、いち早く気付いたのはティエティ。
二階のバルコニーに干したばかりのシーツの存在を思い出し、猛ダッシュで階段を駆け上がる。
その甲斐も虚しく、この後すぐびしょ濡れになるのだが・・・。
「話を聞いてくださいってば!!!!!!」
「!?」
「わあ!すっげぇ~~~!」
エリオットの怒鳴り声と共に、空からザッパーーー!と滝のような大雨が降ってきた。
リュシアンはそのエリオットの大声に、ラスターは突然の大雨に驚いて、二人と二頭は動きを止めた。
「・・・・・・ごめんなさい。」
「エリオットが謝ることはない。この馬鹿熊が元凶だ。」
「・・・ええっ?!副長もでしょ~~!俺なんてさっきティエティさんから思いっきり足踏まれたんですよ!?」
「あんた達のせいで洗濯しなおしよ。手伝いなさいよね。」
「も~・・・それは別にいいですけどぉ・・・・・・・・・で、俺何見せつけられてるんですか?」
「慣れなさい。」
タオルで頭を拭きながら、ラスターが指を差す。
その先には、同じように頭を拭くリュシアン・・・と、その膝の上に座る耳の赤いエリオット。
片手はガッチリと腹部に回され、エリオットは逃げられない仕様になっていた。
「・・・・・・・・・ハズカシイ・・・」
「落ち着くまでこうだ。完全に止むまで我慢しろ。」
「うう・・・・・・」
「これ、新手の修行っすか?」
「わたしに聞かないで。」
「え~・・・?」
ラスターが首を傾げるのも無理はない。
恥ずかしそうに俯くエリオット。だが逃げる素振りは見せない。
そんな彼にリュシアンは満足そうな顔だし、ティエティは無表情を装って茶を啜っている。
ラスターはしばらく考えた後諦めて、思考を放棄し、『あ!!』と大声を上げて本来の目的を思い出す。
その大声にビクッと体を揺らしたエリオットだったが、外の雨は止んだままだった。
「エリオットさん!故郷を助けてくれて本当にありがとう!!母ちゃん達、泣いて喜んでたっす!」
「・・・・・・え?」
「さっきの焼き菓子は母ちゃんと婆ちゃんからなんで!美味いっすよ~~!俺、昔から大好物で、」
「まっ、待ってください!」
「んえ?」
エリオットは急に近づいてきたラスターの勢いに戸惑ったが、その手をガシッと掴むとその勢いも止まった。
「あの西の街の・・・出身なんですか?」
「?そーっすよ?俺はヒュカ出身で、エリオットさんがあの日、」
「どうして・・・?」
「え?」
「どうして、俺が・・・やったって・・・」
「ああ、そんなことっすか?たまたま近くに俺の婆ちゃんが居合わせたんすよ。黒竜も一緒だったから、リュシアンさんも居ただろうからって・・・・・・エリオットさん?」
「・・・・・・エリオット。ゆっくり息をしろ。」
「・・・は、はい、」
さっき取ったラスターの手を無意識のうちに強く握りすぎていて、エリオットは自分で解けなくなっていた。
リュシアンはそれを丁寧に解き、本人の膝の上に戻す。
すっかり冷たくなった手を、自分の高い体温で温め直しながら。
「・・・あ!!そ、そうっすよね!エリオットさんは知られるの嫌だったっんすよね?!大丈夫っす!婆ちゃんと母ちゃんには口止めしてるし・・・って言っても『会いたい会いたいお礼言いたい』って煩くて、俺が代わりに・・・いや、これはこれで可愛い子に会えてかなり役得なんすけどぉ~、」
「あ、会いたい・・・?お、お、俺に・・・ですか?」
「??当たり前じゃないっすか!だって恩人っすよ?!」
「お、んじん・・・」
「そりゃさすがに俺だって最初話聞いた時は、婆ちゃん遂にボケたか~ぐらいにしか思ってなかったんすけど、副長に話しかけたらすげぇ怖い顔するし、さっきの雨凄かったし・・・・・・で、ようやく納得したっす!」
何も言葉が出ない代わりに、エリオットは自分の後ろの人物を見た。
ラスターの方を呆れ顔で見ていたリュシアンはエリオットの視線に気がつくと、少しだけ困ったように眉を下げ、彼の頭を二度撫でた。
「君は怖がることしか教わらなかったのだろう?」
「・・・・・・あの大雨で沢山・・・人が・・・だから・・・」
「過去に囚われすぎて、今を見てないだけだ。ラスターの馬鹿を見ろ。」
「???よく分かんないっすけど、俺はめちゃくちゃ感謝してるっすよ!!」
「・・・・・・・・・っ」
厄災の大雨に関する本には『雨は民を飲み込んだ』と記されている。
エリオットの大伯父はいつも言っていた。
『これは贖罪の旅なのだ』と。
遠い先祖が沢山の人を困らせた。死んだ者もきっと居る。
その血を受け継ぐ自分達に出来ることは、誰も怯えさせることなく、同じ力で土地を救うことだと。
「エリオット。君がラスターに言うべきことは何だ。」
「・・・・・・言うべきこと・・・」
「エリオットさんは恩人っすよ!ほっんと、感謝してるっす!」
「・・・ほら。エリオット。」
「・・・・・・ど、う・・・いたしまして・・・?」
「ふふふ。はいっ!エリオットさん、ありがとう!」
きっとこれまでにも、この屈託のない笑顔に救われた人がいるんだろう。エリオットはそんなことを思いながら、自分の手を包み込む温かい手をそっと握り返した。
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