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第17章 風の国ストムゼブブ『暴食』の大罪騒乱編
第476話 世界中に出現したジャイアントアント その4(アルトレリアの状況)
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■そして最後にアルトレリアの状況――
レッドドラゴン・リースヴュールとルルヤフラムは、カイベルに言われた通り赤龍峰のレッドドラゴンたちにも協力を仰ぎ、南西の海岸に来ていた。
今まさに海岸に上陸した潜水アリの大群を見て、
「うげっ! あれがカイベルさんが言ってた巨大アリの大群ってやつ?」
「アルトレリアの地面を這ってるアリさんとは違って大きいね」
「あっち (南の海岸)はどうしたの? 誰が行くって?」
「族長たちが行ってくれるっていうからお任せしたよ」
「族長って、五百歳だっけ? 六百歳だっけ? 流石に自分で出陣するのはどうよ? 疲れちゃわないかな?」
「『久しぶりの戦いに血が騒ぐ』みたいなことを言ってたから任せておいて平気でしょ」
「じゃあ私たちの他にヒトはいないみたいだし、ちゃっちゃと焼き払っちゃおう」
「それじゃあ、みんな、よろしくお願いね!」
連れて来たレッドドラゴンたちに声をかけるルルヤ。
「「「おう!!」」」
そこからはもう一方的な虐殺だった。
海岸から上がった潜水アリを、空からの炎で片っ端から焼き尽くし、海岸は一時火の海になる。
カゼハナの巣穴と違い、次々に湧き出してくるわけでもないため、十分かからずに殲滅した。
◇
対して南の海岸――
南の海岸へ向かって飛んでいたレッドドラゴンの面々だったが……
「……はぁ……ひぃ……ふぅ……」
呼吸の荒いレッドドラゴンが一人。
「ぞ、族長、大丈夫ですか……?」
「ここで休んでても良いですよ?」
南の海岸との中間地点辺りで疲れて地上へ降りる。
「ま、まだまだ若い者には負けんと思っておったが……こ、ここまで衰えているとは思わなんだ……ア、アルトレリアまで飛んだ時はこれほど疲れなかったのだが……」
「ま、まあ海岸まではアルトレリアまでの六倍ほど距離があるそうですから」
「は、早く行かねばアリどもに上陸されてしまう……」
「我々で行って来ますんで、族長は山へ帰還してください」
「う、うむ……そうしよう……アルトラ殿に迷惑をかけられんからな……全く年は取りたくないものだな……では皆の者頼んだぞ」
「「「了解!」」」
海岸へ向かうまではグダグダしていたものの、結果として、こちらも海岸に着き次第十分かからず殲滅。働きアリの軍勢などレッドドラゴン数人かかれば物の数にもならないようだ。
余談であるが、もしもレッドドラゴンが味方になっていなかった場合、この潜水アリの進撃により、一日二日後にはアルトレリアの町は深刻なダメージを受けたのではないかと予想される。
ジャイアントアントを一匹倒すにも、兵士でもなければ十人以上が必要なため、各国の一般兵士以下の戦力しか持たないアルトレリアの民たちだけでは全滅もあり得たことだろう。
◇
そしてアルトレリアパートのメインであり、このサイドストーリーを締めくくるのは、カイベル。
彼女の向かった南東の海岸――
ここには他二ヶ所とは違う少々変わったアリが上陸しようとしていた。
それを踏まえて、南西と南の海岸をレッドドラゴンたちに任せ、カイベル自身は南東を訪れたのだ。
海岸に上陸したジャイアントアントは五十匹ほどの潜水アリの集団。
それを、外骨格以外はほぼ人と同じ体型をした一匹のアリが率いていた。
その集団に対し、カイベルが先に声をかける。
「ようこそアルトレリアにお越しくださいました。しかしここより先へは皆様をお通しすることはできません」
海を渡って来た潜水アリの軍勢にそう言って挨拶するカイベル。
「ナゼココニ 上陸スルコトガ 分カッタ?」
何と! 人に近い姿をしたアリは、片言ながら人語を発するアリだった!
その姿は、黒光りする外骨格に覆われ、上半身・下半身共にヒトの体型に近く、本来手足合わせて六本のはずが二本ずつの腕・脚しか持ち合わせていない。顔すらヒトの構造に近い形をしており、身長も亜人種とそれほど変わらない大きさだった。
とは言え、百六十センチほどのカイベルと比べると頭二つ分ほど高い。
「キミ一人デ 我々ヲ 相手ニスルノカ?」
「そうです」
「亜人ゴトキガ タッタ一人デ じゃいあんとあんとノ 軍勢ニ 勝テルトデモ 思ウノカ?」
「ええ、問題ありません」
「随分ト大口叩クジャナイカ! ナラ止メテミロ!」
漆黒をした人型のアリは空間転移魔法を使い、更に多数の働きアリを喚び出した。
「はい、では参ります」
開戦直前、カイベルは自身に組み込まれたリミッターを解除する。
カイベルには二段階のリミッターが搭載されており、普段は二十五パーセントほどの出力しか出せない。 (詳しくは第97話参照)
アルトラにより、緊急事態に限りこのリミッターを解除することが許可されている。
これにより一時的にだが、アルトラと同等程度の空間魔法と時間魔法を扱えるようになる。
そして間髪入れずに放った空間魔法、
「【次元断】」
カイベルが右手人差し指を左から右へスライドさせると、たった今漆黒アリが召喚した働きアリ数十匹の身体の上半分が消し飛んだ。
「ナ、ナンダトッ!?」
この物語では散々言われている通り、空間魔法は使い方次第ではとても危険な魔法である。
空間転移魔法は、“入口側と出口側が全く違うところにある”ため、空間に開いた穴を閉じる際に何らかの物体がその間にあると簡単に切断されてしまう。 (空間魔法による切断実験については第25話参照)
カイベルはこの“切断する過程”を攻撃として転用した。
アルトラは虐殺用途に使うことを思いつきもしなかったため、集団戦であったデスキラービー騒動の時ですら空間魔法を攻撃に転用することはなかった。
しかし、カイベル自身が生物ではないため、生物を殺すのに『迷う』という思考パターンが存在しない。『アルトレリアに仇なす者を排除する』その一点のみを考えて行動しているため、躊躇なく虐殺用途にも使う。
一応カイベルの行動理論には、亜人や魔人などヒト種族が相手の場合、殺さずに制圧できるようなら生殺与奪の権利をアルトラに委ねるよう、捕縛を優先するよう設定されているが、事この場に至っては相手がヒトに属する種族ではないため容赦が無い。
なお余談ではあるが、この空間魔法を攻撃に転用させる方法は、魔力が潤沢にある者にしか使えない。一般の亜人程度の魔力では攻撃のための出力が大きすぎて、すぐに魔力切れを起こすためである。
現状、この物語中に空間魔法の攻撃転用が可能な者は、アルトラ、リミッターを解除したカイベル、そして現在対峙しているこの漆黒アリに限られる。
「さて、これで今あなたに喚び出された働きアリは全滅ですね」
「ククク、クソッ! クソッ! オ、オ前タチ、あ、あれヲ殺セ!」
元々引き連れていた働きアリはまだ残っており、それをカイベルにけしかける。
あっという間に取り囲まれたが、なぜか全員動きが停止。
「何ダ? ドウシタ?」
カイベルを囲っていた働きアリたちの外骨格が次々にひび割れ、白色に近かった潜水アリの体色が瞬時に黄土色に変化、そして身体がボロボロと崩れ落ちて砂と化し塵となって消失、風に散り海岸の砂と消えた。
「ナ、何ヲシタ!?」
「【加速する時】という時間魔法です。働きアリたちの時間を五千万倍に早めて塵にしました。死骸を片付けるのも面倒ですので」
働きアリの寿命は一年ほど。ジャイアントアントも特殊アリや女王アリ (女帝含む)を除けばそれはほぼ変わらない。一年を秒数に換算するとおよそ三千万秒ほどになるため、魔力の低い者はカイベルに一秒触れていただけで寿命を迎え、二秒触れていただけで塵となって消える。
この時間魔法についても、アルトラでは生物を塵に変えるのに躊躇するところだが、カイベルは平然とそれを実行する。
「ジ、時間魔法ダト!? オ、オ前、ア、亜人デハナイノカ?」
「人間という種族です。それとただの専属メイドです」
「ニ、人間? 亜人デハナイノカ? クソッ! ナラバ コチラモ 貴様ト同ジ空間魔法デ 攻撃シテヤル!」
漆黒アリも、カイベルと同じく空間魔法を攻撃に転用。
見えない空間の裂け目を複数作り出してカイベルに向かって放つ。
空間の裂け目に巻き込まれ、この場にまだ生存していた働きアリが次々切断されていく。味方が巻き込まれているのも構わず、なおも空間の裂け目を乱発する。
が、発動した瞬間は、攻撃の軌道も、攻撃自体も全く目に見えないにも関わらず、漆黒アリの放った空間魔法の斬撃を何事も起こっていないかのように全てヒラリヒラリと危なげ無く躱すカイベル。
その様に再び驚愕しつつ、混乱し始める漆黒アリ。
「ナ、何デ当タラナインダ……」
カイベルには全ての攻撃が“視えている”ためそれを避けるのは造作も無いことなのだが、漆黒アリにとってみれば、なぜ見えない攻撃を完璧に避けられているのか不思議でならない。
先に言っておこう。
この戦いはカイベルが一方的な攻勢に見えるが、決して漆黒アリが弱いわけではない。
むしろ能力的な面で考えるなら、魔王までとは行かないまでも魔力はアルトラと同等かそれ以上、膂力 (※)に至っては漆黒アリが遥かに勝っているため、基礎能力ではカイベルの方が遥かに劣る。
本来であれば各国の一個大隊、あるいは一個連隊程度なら、この漆黒アリ一人でも蹂躙できるほどの力がある。
カイベルが特殊過ぎて、漆黒アリでも対応し切れないだけなのだ!
もし仮にレッドドラゴンたちを南東の海岸に寄越していれば、全滅の可能性もあり得るほどの脅威的な生物であることに間違いはなかった。
(※膂力:筋肉の力。腕力)
「ナラバ コレナラドウダ! 触レタラ最後、内側ニぐちゃぐちゃニ 圧シ潰サレテ死ヌ魔法ダ!」
重力を圧縮した黒い球体をばら撒く。デスキラービー騒動で、黒色の蜂が使用したものとほぼ同じ性能である。 (第349話参照)
この黒い球体に触れることで、内側へと強い引力で引っ張られ、身体が圧縮されて死亡するというもの。
周囲に居た多数の働きアリが次々と吸い込まれて圧縮され、潰されていく。
だが――
「これの対処法は既にありますので」
黒色の蜂の時、アルトラがやったのと同じ方法で自身の身体に斥力を流し、黒い球体を受け流す。 (第349話参照)
そして右手に斥力を集溜させて黒い球体を掴んだ。
カイベルはアルトラより魔力操作が格段に上手いため、握っていても吸い込まれずに済む状態を保つことができていた。
「お返ししましょうか?」
握った黒い球体を漆黒アリへ差し出す。
「ヤ、ヤメロ! ソレヲ近付ケルナ! 私マデ吸イ込マレテシマウダロ!」
自身で作った引力の塊とは言え、自身に効果が無いわけではない。触れれば漆黒アリとて吸い込まれて圧縮されて即死である。
「クソッ! ソレナラ貴様ノ 体重ヲ数百倍ニシテヤル! 自分の重サデ圧シ潰レロ!」
カイベルにかかる重力が数百倍になる。
重さにして、十五トンを超える体重になっているはずだった……
「? 何デ這イツクバラナイ? 頭ヲ垂レロ!」
十五トンもの体重になれば『頭を垂れる』どころか、自重でペシャンコになっていてもおかしくないが……
カイベルには全く変化が無い。
「ナ、何デ潰レナイ!?」
「無駄です。同じ規模の反重力で無効化していますから」
漆黒アリの使う重力魔法と全く同じ規模の反重力を自身にかけているため、動きの制限も一切無かった。『全く同じ規模の反重力をかける……』、全てを計算して予測するカイベルでなければ成し得ないまさに神業である。
「さあ、お遊びもこの辺にして。そろそろこの世からご退場願いましょう。大きな力を持ち、ヒトの生き方を理解できないあなたは、生きているだけで災害になりますからここで確実に死んでもらいます」
ジリジリと一歩一歩漆黒アリに近付くカイベル。
「ウゥ……ク、クソッ! 撤退ダ!」
空間転移魔法を使い、この場から逃れようとする漆黒アリ。
「逃がしはしません」
漆黒アリを捕まえようと、空間の裂け目に左手を突っ込んだが逃げられてしまった。
漆黒アリの身体に触れていたカイベルの左手は、空間の裂け目が閉じると同時に切断されてしまう。
カイベルは左手を失い、まんまと逃げられた……かに思えるのだが……?
レッドドラゴン・リースヴュールとルルヤフラムは、カイベルに言われた通り赤龍峰のレッドドラゴンたちにも協力を仰ぎ、南西の海岸に来ていた。
今まさに海岸に上陸した潜水アリの大群を見て、
「うげっ! あれがカイベルさんが言ってた巨大アリの大群ってやつ?」
「アルトレリアの地面を這ってるアリさんとは違って大きいね」
「あっち (南の海岸)はどうしたの? 誰が行くって?」
「族長たちが行ってくれるっていうからお任せしたよ」
「族長って、五百歳だっけ? 六百歳だっけ? 流石に自分で出陣するのはどうよ? 疲れちゃわないかな?」
「『久しぶりの戦いに血が騒ぐ』みたいなことを言ってたから任せておいて平気でしょ」
「じゃあ私たちの他にヒトはいないみたいだし、ちゃっちゃと焼き払っちゃおう」
「それじゃあ、みんな、よろしくお願いね!」
連れて来たレッドドラゴンたちに声をかけるルルヤ。
「「「おう!!」」」
そこからはもう一方的な虐殺だった。
海岸から上がった潜水アリを、空からの炎で片っ端から焼き尽くし、海岸は一時火の海になる。
カゼハナの巣穴と違い、次々に湧き出してくるわけでもないため、十分かからずに殲滅した。
◇
対して南の海岸――
南の海岸へ向かって飛んでいたレッドドラゴンの面々だったが……
「……はぁ……ひぃ……ふぅ……」
呼吸の荒いレッドドラゴンが一人。
「ぞ、族長、大丈夫ですか……?」
「ここで休んでても良いですよ?」
南の海岸との中間地点辺りで疲れて地上へ降りる。
「ま、まだまだ若い者には負けんと思っておったが……こ、ここまで衰えているとは思わなんだ……ア、アルトレリアまで飛んだ時はこれほど疲れなかったのだが……」
「ま、まあ海岸まではアルトレリアまでの六倍ほど距離があるそうですから」
「は、早く行かねばアリどもに上陸されてしまう……」
「我々で行って来ますんで、族長は山へ帰還してください」
「う、うむ……そうしよう……アルトラ殿に迷惑をかけられんからな……全く年は取りたくないものだな……では皆の者頼んだぞ」
「「「了解!」」」
海岸へ向かうまではグダグダしていたものの、結果として、こちらも海岸に着き次第十分かからず殲滅。働きアリの軍勢などレッドドラゴン数人かかれば物の数にもならないようだ。
余談であるが、もしもレッドドラゴンが味方になっていなかった場合、この潜水アリの進撃により、一日二日後にはアルトレリアの町は深刻なダメージを受けたのではないかと予想される。
ジャイアントアントを一匹倒すにも、兵士でもなければ十人以上が必要なため、各国の一般兵士以下の戦力しか持たないアルトレリアの民たちだけでは全滅もあり得たことだろう。
◇
そしてアルトレリアパートのメインであり、このサイドストーリーを締めくくるのは、カイベル。
彼女の向かった南東の海岸――
ここには他二ヶ所とは違う少々変わったアリが上陸しようとしていた。
それを踏まえて、南西と南の海岸をレッドドラゴンたちに任せ、カイベル自身は南東を訪れたのだ。
海岸に上陸したジャイアントアントは五十匹ほどの潜水アリの集団。
それを、外骨格以外はほぼ人と同じ体型をした一匹のアリが率いていた。
その集団に対し、カイベルが先に声をかける。
「ようこそアルトレリアにお越しくださいました。しかしここより先へは皆様をお通しすることはできません」
海を渡って来た潜水アリの軍勢にそう言って挨拶するカイベル。
「ナゼココニ 上陸スルコトガ 分カッタ?」
何と! 人に近い姿をしたアリは、片言ながら人語を発するアリだった!
その姿は、黒光りする外骨格に覆われ、上半身・下半身共にヒトの体型に近く、本来手足合わせて六本のはずが二本ずつの腕・脚しか持ち合わせていない。顔すらヒトの構造に近い形をしており、身長も亜人種とそれほど変わらない大きさだった。
とは言え、百六十センチほどのカイベルと比べると頭二つ分ほど高い。
「キミ一人デ 我々ヲ 相手ニスルノカ?」
「そうです」
「亜人ゴトキガ タッタ一人デ じゃいあんとあんとノ 軍勢ニ 勝テルトデモ 思ウノカ?」
「ええ、問題ありません」
「随分ト大口叩クジャナイカ! ナラ止メテミロ!」
漆黒をした人型のアリは空間転移魔法を使い、更に多数の働きアリを喚び出した。
「はい、では参ります」
開戦直前、カイベルは自身に組み込まれたリミッターを解除する。
カイベルには二段階のリミッターが搭載されており、普段は二十五パーセントほどの出力しか出せない。 (詳しくは第97話参照)
アルトラにより、緊急事態に限りこのリミッターを解除することが許可されている。
これにより一時的にだが、アルトラと同等程度の空間魔法と時間魔法を扱えるようになる。
そして間髪入れずに放った空間魔法、
「【次元断】」
カイベルが右手人差し指を左から右へスライドさせると、たった今漆黒アリが召喚した働きアリ数十匹の身体の上半分が消し飛んだ。
「ナ、ナンダトッ!?」
この物語では散々言われている通り、空間魔法は使い方次第ではとても危険な魔法である。
空間転移魔法は、“入口側と出口側が全く違うところにある”ため、空間に開いた穴を閉じる際に何らかの物体がその間にあると簡単に切断されてしまう。 (空間魔法による切断実験については第25話参照)
カイベルはこの“切断する過程”を攻撃として転用した。
アルトラは虐殺用途に使うことを思いつきもしなかったため、集団戦であったデスキラービー騒動の時ですら空間魔法を攻撃に転用することはなかった。
しかし、カイベル自身が生物ではないため、生物を殺すのに『迷う』という思考パターンが存在しない。『アルトレリアに仇なす者を排除する』その一点のみを考えて行動しているため、躊躇なく虐殺用途にも使う。
一応カイベルの行動理論には、亜人や魔人などヒト種族が相手の場合、殺さずに制圧できるようなら生殺与奪の権利をアルトラに委ねるよう、捕縛を優先するよう設定されているが、事この場に至っては相手がヒトに属する種族ではないため容赦が無い。
なお余談ではあるが、この空間魔法を攻撃に転用させる方法は、魔力が潤沢にある者にしか使えない。一般の亜人程度の魔力では攻撃のための出力が大きすぎて、すぐに魔力切れを起こすためである。
現状、この物語中に空間魔法の攻撃転用が可能な者は、アルトラ、リミッターを解除したカイベル、そして現在対峙しているこの漆黒アリに限られる。
「さて、これで今あなたに喚び出された働きアリは全滅ですね」
「ククク、クソッ! クソッ! オ、オ前タチ、あ、あれヲ殺セ!」
元々引き連れていた働きアリはまだ残っており、それをカイベルにけしかける。
あっという間に取り囲まれたが、なぜか全員動きが停止。
「何ダ? ドウシタ?」
カイベルを囲っていた働きアリたちの外骨格が次々にひび割れ、白色に近かった潜水アリの体色が瞬時に黄土色に変化、そして身体がボロボロと崩れ落ちて砂と化し塵となって消失、風に散り海岸の砂と消えた。
「ナ、何ヲシタ!?」
「【加速する時】という時間魔法です。働きアリたちの時間を五千万倍に早めて塵にしました。死骸を片付けるのも面倒ですので」
働きアリの寿命は一年ほど。ジャイアントアントも特殊アリや女王アリ (女帝含む)を除けばそれはほぼ変わらない。一年を秒数に換算するとおよそ三千万秒ほどになるため、魔力の低い者はカイベルに一秒触れていただけで寿命を迎え、二秒触れていただけで塵となって消える。
この時間魔法についても、アルトラでは生物を塵に変えるのに躊躇するところだが、カイベルは平然とそれを実行する。
「ジ、時間魔法ダト!? オ、オ前、ア、亜人デハナイノカ?」
「人間という種族です。それとただの専属メイドです」
「ニ、人間? 亜人デハナイノカ? クソッ! ナラバ コチラモ 貴様ト同ジ空間魔法デ 攻撃シテヤル!」
漆黒アリも、カイベルと同じく空間魔法を攻撃に転用。
見えない空間の裂け目を複数作り出してカイベルに向かって放つ。
空間の裂け目に巻き込まれ、この場にまだ生存していた働きアリが次々切断されていく。味方が巻き込まれているのも構わず、なおも空間の裂け目を乱発する。
が、発動した瞬間は、攻撃の軌道も、攻撃自体も全く目に見えないにも関わらず、漆黒アリの放った空間魔法の斬撃を何事も起こっていないかのように全てヒラリヒラリと危なげ無く躱すカイベル。
その様に再び驚愕しつつ、混乱し始める漆黒アリ。
「ナ、何デ当タラナインダ……」
カイベルには全ての攻撃が“視えている”ためそれを避けるのは造作も無いことなのだが、漆黒アリにとってみれば、なぜ見えない攻撃を完璧に避けられているのか不思議でならない。
先に言っておこう。
この戦いはカイベルが一方的な攻勢に見えるが、決して漆黒アリが弱いわけではない。
むしろ能力的な面で考えるなら、魔王までとは行かないまでも魔力はアルトラと同等かそれ以上、膂力 (※)に至っては漆黒アリが遥かに勝っているため、基礎能力ではカイベルの方が遥かに劣る。
本来であれば各国の一個大隊、あるいは一個連隊程度なら、この漆黒アリ一人でも蹂躙できるほどの力がある。
カイベルが特殊過ぎて、漆黒アリでも対応し切れないだけなのだ!
もし仮にレッドドラゴンたちを南東の海岸に寄越していれば、全滅の可能性もあり得るほどの脅威的な生物であることに間違いはなかった。
(※膂力:筋肉の力。腕力)
「ナラバ コレナラドウダ! 触レタラ最後、内側ニぐちゃぐちゃニ 圧シ潰サレテ死ヌ魔法ダ!」
重力を圧縮した黒い球体をばら撒く。デスキラービー騒動で、黒色の蜂が使用したものとほぼ同じ性能である。 (第349話参照)
この黒い球体に触れることで、内側へと強い引力で引っ張られ、身体が圧縮されて死亡するというもの。
周囲に居た多数の働きアリが次々と吸い込まれて圧縮され、潰されていく。
だが――
「これの対処法は既にありますので」
黒色の蜂の時、アルトラがやったのと同じ方法で自身の身体に斥力を流し、黒い球体を受け流す。 (第349話参照)
そして右手に斥力を集溜させて黒い球体を掴んだ。
カイベルはアルトラより魔力操作が格段に上手いため、握っていても吸い込まれずに済む状態を保つことができていた。
「お返ししましょうか?」
握った黒い球体を漆黒アリへ差し出す。
「ヤ、ヤメロ! ソレヲ近付ケルナ! 私マデ吸イ込マレテシマウダロ!」
自身で作った引力の塊とは言え、自身に効果が無いわけではない。触れれば漆黒アリとて吸い込まれて圧縮されて即死である。
「クソッ! ソレナラ貴様ノ 体重ヲ数百倍ニシテヤル! 自分の重サデ圧シ潰レロ!」
カイベルにかかる重力が数百倍になる。
重さにして、十五トンを超える体重になっているはずだった……
「? 何デ這イツクバラナイ? 頭ヲ垂レロ!」
十五トンもの体重になれば『頭を垂れる』どころか、自重でペシャンコになっていてもおかしくないが……
カイベルには全く変化が無い。
「ナ、何デ潰レナイ!?」
「無駄です。同じ規模の反重力で無効化していますから」
漆黒アリの使う重力魔法と全く同じ規模の反重力を自身にかけているため、動きの制限も一切無かった。『全く同じ規模の反重力をかける……』、全てを計算して予測するカイベルでなければ成し得ないまさに神業である。
「さあ、お遊びもこの辺にして。そろそろこの世からご退場願いましょう。大きな力を持ち、ヒトの生き方を理解できないあなたは、生きているだけで災害になりますからここで確実に死んでもらいます」
ジリジリと一歩一歩漆黒アリに近付くカイベル。
「ウゥ……ク、クソッ! 撤退ダ!」
空間転移魔法を使い、この場から逃れようとする漆黒アリ。
「逃がしはしません」
漆黒アリを捕まえようと、空間の裂け目に左手を突っ込んだが逃げられてしまった。
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