【完結】俺の愛が世界を救うってマジ?

白井のわ

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最近、俺の幼なじみであり、親友でもあるヒスイの付き合いが悪い

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 あまりの眩さに目の前でチカチカと星が舞う。

 瞬く間に視界を染め、俺達を包み込んでいた緑の閃光。

 高いモールの天井を突き抜けんばかりに輝き、洪水のごとく広いエントランスを駆け抜け、飲み込んでいった光が収まった時。ようやく開けた視界の先には……

「ヒスイ……なのか?」

 俺の幼なじみが、白銀の光沢を帯びた騎士のような鎧を纏い、佇んでいた。

 小さい頃からずっと一緒だったのに。俺が一番、誰よりも彼のことを理解しているハズなのに。

 瞳と同じ、緑のマントを靡かせる彼の横顔は、俺の知らない男の顔だった。





 駅にも近い、学園からも近い、アクセス抜群のショッピングモールのフードコート。

 夏は涼しく、冬は暖かい。何より先立つものさえ有れば、出来立ての美味しいご飯やデザートを堪能出来る。俺達にとっての行きつけであり、憩いの場だ。

 マイブームのキャラメルチョコフレーバーをピンクのスプーンでつつきつつ、向かいを観察。

 ネギたっぷりのたこ焼きを、目尻を下げ幸せそうに頬張る男。俺の幼なじみであり親友である緑山ヒスイは、最近ちょっぴり付き合いが悪い。

 今日だって、久々だ。ほんの数ヶ月前までは、ここでダベっては目的もなくモールをぶらぶら。時にはカラオケ、ゲームセンターと……一緒に過ごさない日は無かったのに。

 お陰で放課後フラれる度にクラスメイトから、おいおい倦怠期か? なんてからかわれる始末だ。

 そんな中、ようやく勝ち取ったヒスイとの放課後。絶対に楽しみ尽くすと決めていたんだが……

 気になって仕方がない。ブレザー越しでもはっきり分かる、分厚さの増した胸板が。ひと回り大きくなった彼の体格が。

 ……やっぱり、絶対に増している。筋肉量が。ただでさえ、ガタイがいいのに。もっと大きく育っちゃうのか? 育ち盛りさんめ。

「ヒスイは良いよなー……背高いし、筋肉質だし。何か、トレーニングでもしてんの?」

「あぁ……うん、ちょっとね。レンは、筋肉好きなの?」

「うん。だってカッコいいじゃん、男らしくて。俺つきにくい体質みたいでさー……ヒスイが羨ましいよ」

 成る程、謎は全て解けたぞ。これはアレだな。トレーニングに夢中になってるヤツだ。放課後、こっそり鍛えまくっているんだな?

 つーことは、俺より筋肉が大事って訳か……いや、大事か。自分の身体のことだもんなぁ。

「そんなに好きなら、触ってみる?」

「いいの? やった!」

 席ごと移動してきた俺に、少しタレ目の瞳を細める。よっぽど面白かったのか、大きな手で覆った口元からはクスクスと笑う声が漏れっぱなしだ。

 楽しそうなご様子に構うことなく、早速触らせてもらうことにする。俺からヒスイを取ったんだ。半端な鍛え方じゃ納得がいかな……

「わ、すごっ! 固いなーもうガチガチじゃん。いいなーカッコいいなー俺も欲しいなー」

 前言撤回。素晴らしい仕上がりだ。気になっていた大胸筋は勿論、二の腕もパンパンだ。筋肉が、みっちりガッチリ詰まっていらっしゃる。

「あ、ありがとう……でも、レン……そろそろ……」

「ああ、ごめんな。ベタベタ触っちゃって」

「ううん、嬉しいよ。レンにカッコいいって褒めてもらえて……」

 擽ったそうに笑う横顔に、胸の辺りが温かくなる。やっぱり落ち着くな、ヒスイと一緒に居ると。こんな風に過ごせなかったから、余計にそう感じる。

「どうしたの? レン。ぼーっとしちゃって」

「いや、ヒスイが居るなぁって思って」

「ふふ、何それ? ちゃんと居るよ、レンの隣に」

「うん、ずっと居ろよ、これからも」

「ずっと、か……うん、頑張るよ、俺。レンの為に」

 何を頑張るっていうんだ? とか。そんなに大変なのかよ? 俺と居るの、とか。純粋にも、冗談っぽくも聞けなかった。聞けるような雰囲気じゃなかった。

 強い決意を秘めたような、でもどこか切なそうな緑の瞳。その目は俺を見ちゃいなかったんだから。

 ズボンのポケットから伝わる振動。端末の訴えが、俺を思考の海から引っ張り上げる。そう言えば、買い物頼むかもって言われてたっけ。

「おばさん?」

「多分」

 点滅する通知と画面。メッセージ……じゃなかった。ニュースアプリの通知だ。見出しには、最近多発している男女無差別行方不明事件について、センセーショナルに書かれている。

「違った、ニュースの。ホント最近多いよな……行方不明。謎の集団失踪とか、組織ぐるみの誘拐だとか、はたまた神隠しだとかさ……何か、怖いよな」

「そうだね……でも、大丈夫だよ。何があっても、レンのことは俺が必ず守るから」

 ちょっとだけ、ドキッとした。また、さっきの目だ。でも今回は、真っ直ぐに俺を見つめてくれているけれど。

「……何だよそれ、カッコいいな。じゃあ、ヒスイのことは俺が守るよ」

「ふふ、それは頼もしいね」

「おい、絶対に無理だって思ってるだろ? チビだってやる時はやるんだぞ?」

「分かってる、分かってるよ、ふふふ」

「ぜってぇ、分かってねぇだろ!」

 完全に子供扱いだ。同い年なのに。頭をよしよし撫でられて「機嫌直して?」とたこ焼きを食べさせられて。いや、美味しかったけどね。カリとろで。

 お返しに、顔を真っ赤にして遠慮するヒスイの口へ、アイス山盛りのスプーンを突っ込んでやった。

 いつもの放課後だ。俺達の。いつもの放課後だった。その時までは。

 聞いたことのない甲高い音だった。聞きたくない、耳を塞ぎたくなるような悲鳴だった。

 それが始まりの合図だったみたいに、モール全体が薄暗い闇に覆われた。

 停電? いや、違う。

 天井が何か、黒い霧の様なものに覆われている。輪郭のボヤけたそれが、雨漏りみたいに一滴、ぼとりと降ってきた。

 フードコートの入口に落ちた黒い塊。生きている……のか? 勝手に縦に横へと広がっていく。

 まるで、影だった。人の影を、そのまま切り取ったみたいな。不気味な影。

 見ているだけで、虫が這ったみたいに全身がぞわりと戦慄く。歯がカチカチと音を立てる。

「なん、だよ? 一体、何が起こって……」

「……レン、手を」

「え?」

「走るよ」

 咄嗟に伸ばした手が、指を絡めて固く繋がれる。伝わる温かさにホッと息を吐く間もなく、引っ張られた。

 走る、走る、走る。戸惑いと困惑のざわめきの中、時々上がる断末魔に近い悲鳴から逃げるように。

 足がもつれそうになる。息が上手く出来ない。喉が、心臓が、潰れそうだ。

 でも、走らなきゃ。だって、見てしまった。ヒスイに連れられ階段を登る最中、視界に入ってしまった。

 悲痛な叫びごと影に飲み込まれた女性が、溶けるみたいに影へと変わってしまった瞬間を。

「ヒスイっ! い、今……人が……女の人が、影にっ……」

「見ちゃ駄目だ! 止まらないで! 絶対に!!」

 逃げ惑う人々が一階の入り口へと殺到する中、俺達はひたすら上を目指していた。

 息も絶え絶えに、辿り着いた屋上。非常用のドアを開けた先に広がった、目が覚めるような青空。優しく肌を撫でる風。温かく照らす日差し。ここだけ、何も起こっていないみたいだった。

「はっ、は……っ、たす、かったのか? ……俺達……」

「……うん。もう、大丈夫だよ。よく頑張ったね」

 大きな手が、肩で息をしている俺の背中を優しく擦ってくれる。

 あんなに全力で走ったってのに、ヒスイは息一つ乱していない。汗だって、一筋も。その姿が、今はとても頼もしくて、心強かった。

「レン……これを」

「何だ、これ? 発煙筒?」

 手のひらに乗せられた、ひんやりとした銀色の筒。細長い円柱の底面のうち一つは、その面自体がスイッチになっているみたいだ。

「……もし、万が一のことがあった時には、そのスイッチを押すんだよ。いいね?」

「万が一? 何を言って……ヒスイも一緒、だよな? ここで、一緒に助けを……」

「……レンは、ここで待っていて。俺が迎えに来るまで、絶対に下へ降りちゃ駄目だよ?」

 俺の肩をそっと掴んで、優しく言い聞かせてくる。

 俺は? 何だよそれ。何で自分は勘定に入れてないんだよ。

「おい、まさか……戻るのか? 人助け、とか? それとも助けを呼びに、お前だけで? だったら、俺も一緒に行く! 足手まといにならないように、頑張るから!」

「ありがとうレン。でも俺は大丈」

「大丈夫じゃないだろ!? ヒスイに何かあったら俺っ……」

 不意に蘇る。泣き叫びながら為す術もなく、頭からぱくりと影に飲み込まれた女性の姿。見知らぬ他人が、想像の中でヒスイへと置き換わる。

 ……嫌だ、嫌だ、嫌だ!!

 だって、言ってくれたじゃないか! ずっと、俺の横に居るって!

 それに、言っただろうが!

「言っただろ! ヒスイのことは、俺が守るって!!」

 まるで、俺の叫びに応えたみたいだった。

 突如、俺達の間から眩い緑の光が溢れ出す。ペンダントだ。ヒスイの着けている星型多角形の水晶。ギザギザした光の形をモチーフにしたような石が鮮やかな緑の光を放っている。

「これは……そんな……まさか、レン、君は……」

 見開かれていた瞳が、何かを堪えるように閉じて、また開く。真っ直ぐな眼差しには、決意の色が宿って見えた。

「……レン、君の力が必要だ。俺を信じてついてきて欲しい」

「っあぁ! そうこなくっちゃな! 俺に出来ることなら何でもするぞ!」

「それは頼もしいね……よし、行くよ。大丈夫、君の事は絶対に俺が守ってみせる」

 差し出された手を取り、再び階下へ。

 怖くない、と言えば嘘になる。けれども、繋いだこの手を離す方が何百倍も怖かった。
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