【完結】俺の愛が世界を救うってマジ?

白井のわ

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俺の知らないヒスイの顔、俺の知っている優しい笑顔

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 ……暗い。さっきよりもずっと。

 ……静かだ。もう、俺達しか生き残っていないのか?

 不思議と影には遭遇せずに、モールの一階までは戻って来れた。

 そこで、初めてぼんやりとした光が、誰かの声が、俺達以外の人が、三人の青年がそこに居た。彼らに群がるようにいくつもの影と一緒に。

 くそっ……影に囲まれて……いや、戦っているのか? あの影と?

 赤、黄、青、周囲を淡く照らす三色の光。彼らの手元で光る大剣、長槍、弓。それらが群がる影を次から次へと屠っていく。

「赤木先輩!」

 大きな声でヒスイが呼びかける。知り合い、なのか? あの人達と?

「……緑山!? ちょっと待ってろ、今そちらへ向かう!」

 赤い短髪の青年が、俺達と彼とを隔てている影の群れに向かって赤く光る大剣を振るう。

 長身の彼の身の丈ほど長く重量感のある剣、それをバットでも振るみたいに軽々と。豪快なフルスイングにより、壁のように立ち塞がっていた数十体の影達は、瞬く間に霧散した。

 開かれた道を彼を先頭に、残りの二人が追いすがる影を散らしながら俺達の元へと駆け寄ってくる。

「遅かったじゃないか! 大丈夫か?」

「会いたかったよ! みどりん!」

「連絡が無いから心配したぞ」

「すみません、俺は大丈夫です」

 青年達が口々にヒスイに声をかけ、その身を案じる。彼らとヒスイの間に感じる連帯感。俺の知らない顔で微笑むヒスイ。

 見えない壁を感じた。

 寂しいと思ってしまった。そんな場合じゃないのに。直ぐ側まであの不気味な影が迫っているってのに。

 黄色い髪を肩まで伸ばした青年が、突如俺達に背を向け颯爽と長槍を振るう。しなった黄色の光が、にじり寄って来ていた影達を一蹴した。

 顔だけ振り向いた黄色の眼差しが、俺の頭からつま先までをまじまじと見つめてくる。

「どうしたの? その子。みどりんの友達?」

「はい、幼なじみで、親友です……そして、俺達の探している人でした」

 繋いだ手に力を込めたヒスイが俺を見つめ、唇を噛む。何で、そんなに苦しそうな顔、してるんだよ?

 眼鏡をかけた青い髪の青年が、背の高い彼の上半身程もある大きな弓に矢をつがえる。勢いよく放たれた青い光線が、的確に影を撃ち抜いていく。

「……まさか、彼は適性者なのか?」

「……はい、おそらく」

「何だと!? それは本当か、緑山!」

「やるじゃん、みどりん! これで俺達、百人力だね」

「ようやくだな。やっと変身することが出来る」

 眉間にシワを刻み辛そうに告げるヒスイとは対照的に、にわかに沸き立つ青年達。

 適性者? 変身? 一体、何の話をしてるんだ?

 ふと、気づく。彼らの胸元にもヒスイと同じペンダントが、色違いの星型多角形の結晶が、淡い光を帯びていることに。

 そう言えば、そうだ。アレが光った時だ。ヒスイの態度が変わったのは。おそらく、いや間違いなく関係が有るんだろう。彼らの言う「適性者」とやらに。

 繋いだ手に力を込める。やっとヒスイが俺の方を向いた。

「ヒスイ、適性者って俺のことか? さっき、お前のペンダントが光ったのも、俺がそうだからか?」

「うん……でも、ごめんね。詳しい話はまた後で、とにかく今は、この状況を何とかしないと……」

 俺達が話している間にも、黒い影が現れる。暗く淀んだ天井からぼとぼとと。染み出すように床からざわざわと。

 イヤな寒気が背筋に走る。振り向けば、いつの間にか後ろからも人型の闇が、俺達を取り込まんと虚ろな腕を伸ばそうとしていた。

「なぁっ、何をすればいいんだ? 俺の力が必要なんだろ? 俺が頑張れば、ヒスイを守れるんだろっ?」

「……それは、そうだけど」

 ヒスイは少し躊躇っているようだった。迷子のような瞳で見つめる彼の手を、大丈夫だ、と強く握る。

 伝わったんだろう。握り返したヒスイの表情から、迷いは消えていた。覚悟を決めた眼差しで俺を見つめ、小さく頷く。

「レン、お願いがある」

「うん」

「……俺と、キスして欲しい」

「……はい?」

 き、す…………

 きす…………

 キス……

 えっ? キスってあの? 好きな人同士が口にするやつ?

 それを、俺とヒスイが? 人前で? こんな、全滅間近のピンチな時に?

「大事な事なんだ。俺が相手じゃ嫌なのは分かるよ? でも世界を救うためなんだ」

「世界って……」

 繋がらない。とびきりの愛情表現、どうしてそれが現状を一発逆転させる鍵になるのかが。

 っていうか、規模が大きくなってないか? 影をどうにかするんじゃなかったのかよ?

「俺からも頼む! キミの力が必要なんだ!」

「お願い! 今のオレ達じゃ、敵わないんだよ!」

「すまない、力を貸してくれないか?」

 次々と俺に向かって頭を下げる青年達。彼らの真剣な、藁にも縋るような声に、いたたまれなくなってくる。

 何だよ……これじゃあまるで、俺が駄々をこねてるみたいじゃないか。

「あー……もうっ分かった、分かったよ! 俺も男だ!! キスの一つや二つ、やってやんよっ!!」

 半ばやけくそ気味に叫ぶと、彼らの表情がぱぁっと明るくなった。ほんのりと頬を染めたヒスイが、嬉しそうに口元を綻ばせる。

「ありがとう、レン」

「よしっ早速頼むぞ緑山! 皆っ俺達で二人の時間を稼ぐぞ!」

「オッケー! フォローは任せてよねっみどりん!」

「ここは僕達が食い止める。君達は変身に専念してくれ」

 青年達が俺達を庇うように周りを囲んで、立ち塞がる。襲いかかる影達を、それぞれの武器で退けていく。

 戦いの音が響き続ける中、俺はヒスイと向き合った。

「それじゃあ、レン……いいね?」

「ああっ、ドーンと来い!」

 ガラス細工にでも触れるみたいに、そっと大きな手が添えられる。温かい。安心するヒスイの手。

 徐々に俺の視界がヒスイでいっぱいになっていく。どうしようドキドキしてしまう。

 だって、キスだ。

 覚悟を決めたからって、することでヒスイを守れるからって、力になれるからって。キスはキスだ。変わらない。

 おまけに、今更だけど気づいてしまった。ヒスイはカッコいいってことに。

 中身もだけれど、見た目も整っている。鼻筋が通ってるな、とか。睫毛長いな、とか。右目の下にあるほくろ、何かカッコいいな、とか。

 そんなことを考えてしまったもんだから、ますますおかしくなってしまった。心臓が狂ったみたいに暴れている。

 周囲の音が、塗り替えられていく。日常からかけ離れた、何かを切り裂き、薙ぎ払い、貫く音から、騒がしく熱い心音へと。

 緑の瞳が俺を一心に見つめている。鮮やかな煌めきの中に俺だけが映っていた。口に触れた熱い吐息。感じた柔らかい体温。

 ……キス、してる。キスしたんだ。ヒスイと。

 血が巡るみたいに一気に全身が熱くなっていく。胸の奥から何かが込み上げててくる。嬉しくて、切なくて、でも、やっぱり嬉しい。

 ますます激しくなる胸の音、それと連動するみたいに突如ペンダントが激しく輝き始めた。

 あの時とは、俺の叫びに応えた時とは比にならない、緑の閃光。目を開けることすら難しい光の洪水が、モールを照らし、ヒスイの逞しい身体を包み込みこんでいく。

 目映い光が収まって、ようやく開けた視界の先で、金の装飾に彩られた鮮やかな緑のマントが靡く。

 俺を庇うように立つ広く頼もしい背中、中世ファンタジーな白銀の鎧を纏う男。

「……ヒスイ、なのか?」

「……うん、レンのお陰で変身出来たよ。ありがとう」

 俺の知らない精悍な横顔に、俺の知っている柔らかい笑みが浮かぶ。何だかスゴく、泣きたくなった。

「よくやった緑山! 悪いが、後は頼んだぞ!」

「みどりん! 一発ドカンとぶちかましちゃってよ!」

「決めろ! 緑山君!」

 コレが最後だ、と言わんばかりに舞い、飛び交う、三色の光。各々全身全霊の一撃を黒い群れに放った青年達が、ヒスイに道を開けるように左右へ分かれて跳ぶ。

「ヒスイ……」

 一瞬、ホントに自分の喉から出たのか疑った。それほどまでに、弱々しく、掠れて消え入りそうな声だった。

「大丈夫」

 前を向いたままヒスイが答える。

 ガントレットを着けた金属の光沢を帯びた手。真横に伸ばしたその手元に、どこからともなく緑の光が集まっていく。

 一際強く輝き、重たく鈍い音。

 その手には、長い斧が。先端が槍のように鋭く尖り、三日月型の緑に輝く刃を持つハルバードが握られていた。

「……大丈夫だよ。何があっても、レンのことは俺が必ず守るから」

 腰を落とし、重心を低く構えた刃先に再び光が集まっていく。

「……俺の前から、俺達の前から、消えてなくなれッ!!」

 太陽を直に見たような眩しい輝き。全身を使い薙ぎ払った切っ先から光の刃が飛ぶ。

 切り裂いて、弾けて、消えた。

 まるで、霧が晴れるように跡形もなく、冷たい空気に溶けていく。俺達を飲み込もうと、高く分厚い壁のように群がっていた影達が一瞬で。

 俺達しか居なくなってしまったショッピングモールに、再び日常の明かりが戻っていく。

 ……終わったんだ。終わらせてくれたんだ。ヒスイが。

「ヒスイッ!」

「わっと……」

 気がつけば足が動いていた。飛びつくような勢いで抱きついてしまっていた俺を、固い鎧を纏う腕が受け止める。

 冷たい……そう、感じたのも一瞬だった。砂になったみたいにサラサラと崩れていく。全身を覆っていた鎧も、頼もしい武器も、光の粒子になって消えていく。

 温かかった。顔を埋めた胸元も、抱き締めてくれる腕も。ちゃんと温かい。

 ヒスイが、居る。俺の側に居てくれている。
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