上 下
1,011 / 1,253

1000 パウンド・フォーにいるもの

しおりを挟む
「・・・大蛇だと?しかも10メートル?そんな化け物蛇、見た事も聞いた事もないぞ。何かの間違いじゃないのか?」

「まぁ、そう思うのも無理はないよね。実際僕も、報告を受けた時は同じ反応だったよ。でもね、伝令に来たのはレイマートと一緒に行ったシルバー騎士なんだ。エクトールって言うんだけど、エクトールは冷静沈着で気持ちが強い。どんなに追い詰められても、化け物蛇の幻覚を見るような弱い男ではないんだ。レイマートはそんなエクトールだからこそ、全てを託して逃がしたんだよ。そして走り続けてボロボロになりながらも、エクトールは帰ってきて使命を果たした。疑う理由はない」


にわかには信じがたい。

全長10メートルもある大蛇が、山岳地帯に現れて人を襲う。しかもそんな化け物が何匹もいると言う。
だが自分にそれを話すフェリックスの顔は、真剣そのものである。
そしてそんな嘘を話す理由が無い。嘘だったとしたら、自分からの信用を無くすだけで、何一つ利益がない。


「レイチェル、その蛇だが、ルナが知ってるんだ。俺達が信用したもう一つの理由がルナだ」

半信半疑のレイチェルに、フェリックスの左隣に座るアルベルトが言葉を加えた。

「ルナが?」

レイチェルはアルベルトを一瞥してから、闇の巫女ルナに顔を向けた。
フェリックスの右隣りに座るルナは、レイチェルと目が合うと、やや緊張した面持ちでゆっくりと口を開いた。

「・・・思い当たる事があるんです。私達を帝国から逃がしてくれた歴史研究者の、ミゲール・ロット様から聞いた話しです・・・・・」


ルナの話しはこうだ。

闇の力を制御する事はできないか?人間が闇を克服するために、帝国は様々な実験を繰り返していた。
今でこそ完璧ではないものの、ある程度闇を制御できているが、最初から人間で成功していたわけではない。

人間が闇を制御できるようになるまでの過程では、生き物を使った事もある。

ネズミや犬、豚や牛、闇と相性がいい生き物もいるのではないか?


「・・・様々な検証を行った結果、蛇は闇の力を受け入れやすかったそうです。そして、人間とは別に、闇の力を持つ蛇・・・闇蛇を兵力の一つとして使う事ができないか、その研究も同時に進行する事になったと話してくれました・・・」


「・・・つまり、その闇蛇ってのが、レイマート達を襲ったと言うのか?」

ルナが話し終えて、たっぷり数十秒の間を空けてから、レイチェルは言葉を返した。
話しの流れで答えは分かっているが、事が想像以上に大きくなりそうで、聞かずにはいられなかった。


「・・・はい、間違いないかと思います。10メートルと言うのは初めて聞きましたが、私が数年前、ロット様にお伺いした時には、ヘビは日に日に数を増やしているし、数十センチだったヘビが、2メートル級にまで大きくなったと言う内容でした。あまりに飛躍していますが、蛇が10メートルにまで成長したと言う事も、考えられなくはないかと思います。本当に想像しただけで恐ろしいです」

「・・・・・とんでもない話しだな。闇の力を持つ蛇だと?帝国はそんな化け物まで用意していたのか?人間を相手にするよりよっぽど凶悪じゃないか」

ルナの話しを聞き、レイチェルの表情が険しくなる。
返す言葉には怒気も含まれ、空気が張りつめると、ルナは気圧されたように息を飲んだ。

「レイチェル、ルナが怖がっている、落ち着きなよ。まぁ、そういうわけなんだ。ただのバカでかい蛇ならレイマートに任せておけばいい。だけど報告では、蛇が闇のオーラを纏っていて、普通の攻撃じゃ通らないらしい。ただレイマートは闘気を使える。幸い闘気は闇に通用するから、それで蛇に一撃を食らわせて隙を作り、なんとかエクトールを逃がしたって話しだ」

見かねたフェリックスが口を挟むと、レイチェルはハッと我に返った。
すまない、とルナに頭を下げると、再び話しを続けた。

「・・・状況は分かった。それで、レイマート達が蛇に襲われたのが七日前という話しだったな?単純に計算して、私達が救援にかけつけるまでも七日かかるとしよう。正に一刻を争うな・・・山で監視をする任務なんだ、それなりに食料も持っていたんだろうが、身を寄せる場所はどうなんだ?」

「ああ、それぞれが七日分の食料を持って山に入ったらしい。切り詰めれば14日は持つだろう。根城として、事前にいくつか洞窟をチェックしていたから、そのどれかに逃げ込んでいるだろうと言う話しだ」

「なるほど、ギリギリだが間に合うな・・・ところで、レイマート達が自力で下山している可能性は考えられないか?」

エクトールを逃がせたのだから、レイマート達も逃げようと思えば、逃げられるのではないか?
そう問いかけると、今度はルナが答えた。


「可能性はゼロではありませんが、かなり難しいと思います。と言うのも、実は闇蛇を操る者がいるんです。私はロット様からお話しを聞いただけですので、顔までは知りませんが、ロット様が言うには闇の力をその身に宿し、闇蛇を意のままに操る事ができる男、バドゥ・バック。この男が何十、あるいは何百の闇蛇を操っているとすれば、レイマート様達は完全に包囲されていると考えられます」

「なんだって!?それって、人の頭脳を持った蛇ってくらいに考えた方がいいんじゃないか?・・・まいったな、思った以上に厄介みたいだ」

闇の力を持った蛇というだけでも厄介なのに、更にそれを人が操ると言う。
しかもそれが数十、あるいは百を超える程にいるかもしれないと言うのだから、レイチェルが顔をしかめるのも無理はなかった。

レイチェルはテーブルに肘を着き、額に手を当てて押し黙った。

かなり危険な任務である。帝国兵もうろつく国境手前の山岳地帯パウンド・フォー。
闇の力を持った大蛇が、百以上もいるかもしれない。しかも人がそれを操ると言う。
しかし騎士団はクインズベリー国を護るために、共に戦う仲間である。
どんなに危険でもレイマートを見捨てたくはない。

話しを聞いた以上、自分は手を貸すつもりだ。
だが自分一人増えても、まだまだ手が足りないだろう。

しかしこの危険な任務に、レイジェスの仲間達を巻き込みたくはない。
胸中の複雑な想いで、レイチェルは言葉を口に出せずにいた。

そんなレイチェルの気持ちを察してか、フェリックスが真剣な面持ちで声をかけた。

「・・・レイチェル、キミの言う通りこれは本当に厄介だと思う。でもなんとかお願いできないだろうか?キミ達レイジェスの力は、前の戦いでよく分かったつもりだ。レイマート達を助けるには、レイジェスの力が必要なんだ。彼らは大切な仲間だから・・・」


最初のヘラヘラと軽い感じから打って変わり、今は真剣な声色で話すフェリックス。
レイチェルをじっと見つめるその瞳からは、本当に仲間の事を想っている心が感じ取れた。

だからレイチェルは頭を上げて、フェリックスの瞳を正面から受け止めた。



やれやれ・・・・・
みんな、悪い。やっぱり断るなんてできないよ。
だってさ、仲間を想う気持ちは私達も一緒だからね。

気持ち、分かるんだ。

だから本当に危険な任務だし、勝手に決めて悪いんだけど、どうか手を貸してほしい。


「分かった。力を合わせてレイマート達を救出しよう」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

魔力∞を魔力0と勘違いされて追放されました

紗南
ファンタジー
異世界に神の加護をもらって転生した。5歳で前世の記憶を取り戻して洗礼をしたら魔力が∞と記載されてた。異世界にはない記号のためか魔力0と判断され公爵家を追放される。 国2つ跨いだところで冒険者登録して成り上がっていくお話です 更新は1週間に1度くらいのペースになります。 何度か確認はしてますが誤字脱字があるかと思います。 自己満足作品ですので技量は全くありません。その辺り覚悟してお読みくださいm(*_ _)m

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

処理中です...