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第三章
≪Ⅷ≫誰も見ていない【1】
しおりを挟むあれよあれよと言う間に二週間が経ってしまいました。そうです。夕食会当日です。
礼儀作法の勉強の間にドレスの採寸等があったりして、それはもう内容が濃すぎて毎夜グッタリの二週間でした。良く頑張ったと自分を誉めたいです。
そうやって勉強会が終わって部屋に戻るとすぐにベッドに倒れ込む私でしたが、朝目覚めると当たり前のように布団の中に入っていてヴォルに後ろから抱き枕されているのです。えぇ、毎回気付きませんよ私。
「メル」
「あ、はい」
ヴォルに声を掛けられ、ボンヤリとしていた自分に気付きます。
そうなのです。今私が立っているのは、夕食会の会場前でした。目の前に豪華な装飾の施された扉が立ち塞がっています。もはや壁ですね。
開けるぞ──と視線で訴えてきているヴォルでした。実際には扉の横にいる衛兵の二人が開けるのですけど、意識がよそに行っていた私を待っていてくれたようです。
本音を言えば開けなくても良いのですけど……、勿論そんな訳にはいかないですよね?ぎこちない笑みを浮かべ、私は頷きます。そして衛兵さん達によって重そうな扉が開かれました。
そこで私の重い気持ちも明るくなると良いのですけど、明るくなったのは視界だけです。
きらびやかな光の数々もザワザワと聞こえる周囲の音も、緊張の只中にいる私には水の中で見聞きしているように届きます。現実感がなさすぎました。
そして何故かもう飛んでくる視線が痛いのですけど。
「メル」
「はい……」
静かな声で促されました。
当たり前ながら初めの一歩がとても重いです。まるで石になってしまったかのようでした。ヴォルに腕を引かれ、やっとの事で踏み出します。
あ、ヴォルの腕に手をおいているのは私なのですけどね。そうベンダーツさんに言われましたし。──自分から触れるのはとても緊張します。
「お集まりの皆様。こちらがツヴァイス家の嫡男、ヴォルティの婚約者……メルシャであります。どうぞ、お見知りおきを」
皇帝様の隣に立っている渋いおじ様が、そんな事をしなくても良いのに私の事を紹介しているようでした。
内心思い切りつっこみたいのですが、今の私には歩き方からお辞儀の仕方まで全く余裕がないのです。必死ですよ。
たくさんの人がヴォルと私に近寄ってきて、何やら長々と挨拶をしていかれます。見るからに貴族の方と思われる裕福な身体をした男性や、ギラギラと光り物を纏った化粧品の塊のような女性でした。
私はベンダーツさんに叩き込まれた笑みを張り付けたまま、早く時間が過ぎてくれる事だけを祈っています。もう、それ以外に考えられないのですよ。においが充満していて、鼻呼吸も辛いです。
「大丈夫か、メル」
不意に小さな声でヴォルに問われました。へっ?……何でしょうか。
質問の意図が掴めず、張り付けた笑みのまま彼を見上げます。
「顔色が悪い。具合が悪いのか」
僅かに細められた視線。
あ……何やら私、失敗してしまったのでしょうか。もしかして知れず限界が来て、笑顔が上手く表現出来ていないのでしょうか。
「いえ……、何でもないです」
少しひきつってしまいますが、このまま退室する訳にもいきません。だって私、最後まで会場にヴォルといるようにベンダーツさんから言われているのですから。
まぁ、主役らしいので仕方ないですよね。
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