「結婚しよう」

まひる

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第三章

7.柔らかい顔を見せる【5】

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 今の私にとって、朝食だけが唯一のまともな食事です。あ、違いますね。おもに私の精神的な問題なのです、はい。
 お城で出るご飯なだけあって、パンとスープだけの質素な物ではありません。朝からこんなに誰が食べるの?とか思う程の品数と量が用意されます。その中から好きなだけ食べて良いのだそうです。余った物はどうするのでしょうか。

 ともかく、お腹一杯です。果物を朝に食べるのは良いと聞きましたが、お腹がはち切れそうな程食べるのは良くないかもですね。でもお昼も夜も、ベンダーツさんと一緒ですから。落ち着いて食べる事なんて、全く出来ませんっ。

「少し痩せたな」

 わずかに細めた目を向けられ、指先で頬を撫でられました。はい?これだけ食べているのに、ですか?
 今は朝食の後で、ヴォルと一緒に廊下を歩いている最中でした。勉強部屋に送ってもらう途中なのですが。

「抱き心地が……細くなった」

 真面目な顔でヴォルが告げました。その言葉に、ボンッと音が出そうなくらいに顔が熱くなった私です。
 えぇ、他意はないのでしょうが──ヴォルのその真っ直ぐな発言は、聞く人に酷く誤解を与えますよ。

「どうした、メル。顔が赤いぞ」

 そこで不思議そうに目を見開かないで下さい。
 いえいえ、貴方のせいですって。本当にこの人、時たま心臓に悪いです。

 私は深呼吸を繰り返し、何とか暴れる心臓を落ち着かせます。こういう環境にいた分、ヴォルは女慣れしているのかと思ったのですが──そうではないようです。
 天然でした。──なんて偉そうな事を言える程、経験なんてないのですけど。

「ヴォルが恥ずかしい事を言うからです。それ、他の人が聞いたら絶対に誤解しますから」

「誤解?」

「そうです。ヴォルと私は何でもないのですから」

 まだ顔が熱いですが、ここで指摘しておかないと彼に伝わりません。
 そうなのです。ただ抱き枕なだけで……。

「……婚約者だ」

「そ、それはそうですけど」

 ヴォルにとってみれば、『何でもない』事はないのだという意味なのでしょうか。
 私は言葉に詰まってしまいます。ヴォルは私の事、どう思っているのですか?ただの場所埋め要員ではなかったのですか?

「何をしているのですか」

 ここで冷たい声が割って入ります。
 いつまでも入って来ない私に痺れを切らしたのか、ベンダーツさんが自ら扉を開けて声を掛けてきました。いつの間にか、勉強部屋に到着していたようです。

「あ、すみません。すぐに……」

「部屋の前で立ち話と言うのは、あまり感心しませんね。ところで、ヴォルティ様はどうなされたのですか」

 あんに『仕事が終わったとは聞いていませんよ』と圧力を掛けてきます。
 ベンダーツさん、本当にヴォルに対しても全く引かないですね。逆に立場が上にすら見えてきました。

「……ちゃんと食べろよ」

 ですがヴォルは視線は向けるものの、ベンダーツさんの言葉に答えはしませんでした。
 私の頭にポンと手をおき、一言だけ告げてそのまま背を向けて去っていきます。どうやらヴォルも仕事に向かうようでした。

 しかしながら……、何故こんなにも私に優しいのでしょうか。初めの頃はもう少し、一線引いた感じだったように思いました。
 今更ながら、彼の私への対応に首をかしげてしまいます。
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