「結婚しよう」

まひる

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第二章

2.メルは今のままで良い【3】

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 もしヴォルが面倒になって、私と一緒にいたくなくなったら。もし……他の女性で、良い人がいたなら。私、どうなるのでしょう。

「何を考えている、メル」

 急に静かになった私に何かを感じたのか、ヴォルが真っ直ぐ問い掛けてきます。

「あ、いえ……その……何でもないです」

 今の感情は決して伝えてはならないものでした。自分の感情の変化に驚きつつも、私は首を横に振ります。

「そうか」

 ヴォルはそれだけ答えると、そのまま宿屋へ足を進めます。私はただその後についていく事だけを考えました。

 早く着いたのか、遅かったのか。いつの間にか宿屋に到着していました。部屋まで送り届けられ、ヴォルが入り口を背にしたまま振り返ります。

「俺は残りの買い物をしてくる」

「はい、分かりました」

「……行ってくる」

 わずかな逡巡しゅんじゅんをみせたヴォルですが、そのまま出ていきました。

「はぁ……」

 それを見送った後、私はベッドに倒れるように座り込みました。また私、おかしな事を考えています。本当に私、勘違いしそうです。ヴォルが優しいのも、色々してくれるのも……私を心配してくれるのも全て『婚約者』の為。私ではなく、『婚約者』。いずれ『妻』となる人の為。

「分かっていますよ、私だって」

 初めからそういう約束。いえ、契約……でしょうか。その代わりに私は、三食昼寝付きの生活を保証される……のです。

「勘違いなんて……しては駄目なのです」

 両方の頬を思い切り叩きました。……痛いです。でも、少しすっきりしました。このまま布団に転がっていては、またヴォルが帰ってくる前に寝てしまいそうです。私は立ち上がると、すぐ近くにあった机に向かいました。

「えっと……ここはサウルクの町、でしたね。村から離れて色々な場所を見て歩いているので、せっかくだから記録しておかないとです」

 私は気分をまぎらわす為、今までの道のりを記してみます。書き記すと言っても紙は貴重なので、薄く伸ばした魔物の皮を使うのが普通なのです。書く道具はすす──煙の中に含まれている黒い炭素の粉──をヤニで固めた物を葉で巻いて使います。

「……と、その前が湿地帯……。って、もう名前が分からないのですけど」

「マレワット湿地帯だ」

「っ?!」

 当然背後から聞こえた声に、小心者の私は肩がビクッとなりました。この人、気配がないのですかね。いつの間に帰って来たのですか。
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