58 / 515
第二章
2.メルは今のままで良い【3】
しおりを挟む
もしヴォルが面倒になって、私と一緒にいたくなくなったら。もし……他の女性で、良い人がいたなら。私、どうなるのでしょう。
「何を考えている、メル」
急に静かになった私に何かを感じたのか、ヴォルが真っ直ぐ問い掛けてきます。
「あ、いえ……その……何でもないです」
今の感情は決して伝えてはならないものでした。自分の感情の変化に驚きつつも、私は首を横に振ります。
「そうか」
ヴォルはそれだけ答えると、そのまま宿屋へ足を進めます。私はただその後についていく事だけを考えました。
早く着いたのか、遅かったのか。いつの間にか宿屋に到着していました。部屋まで送り届けられ、ヴォルが入り口を背にしたまま振り返ります。
「俺は残りの買い物をしてくる」
「はい、分かりました」
「……行ってくる」
僅かな逡巡をみせたヴォルですが、そのまま出ていきました。
「はぁ……」
それを見送った後、私はベッドに倒れるように座り込みました。また私、おかしな事を考えています。本当に私、勘違いしそうです。ヴォルが優しいのも、色々してくれるのも……私を心配してくれるのも全て『婚約者』の為。私ではなく、『婚約者』。いずれ『妻』となる人の為。
「分かっていますよ、私だって」
初めからそういう約束。いえ、契約……でしょうか。その代わりに私は、三食昼寝付きの生活を保証される……のです。
「勘違いなんて……しては駄目なのです」
両方の頬を思い切り叩きました。……痛いです。でも、少しすっきりしました。このまま布団に転がっていては、またヴォルが帰ってくる前に寝てしまいそうです。私は立ち上がると、すぐ近くにあった机に向かいました。
「えっと……ここはサウルクの町、でしたね。村から離れて色々な場所を見て歩いているので、せっかくだから記録しておかないとです」
私は気分をまぎらわす為、今までの道のりを記してみます。書き記すと言っても紙は貴重なので、薄く伸ばした魔物の皮を使うのが普通なのです。書く道具は煤──煙の中に含まれている黒い炭素の粉──をヤニで固めた物を葉で巻いて使います。
「……と、その前が湿地帯……。って、もう名前が分からないのですけど」
「マレワット湿地帯だ」
「っ?!」
当然背後から聞こえた声に、小心者の私は肩がビクッとなりました。この人、気配がないのですかね。いつの間に帰って来たのですか。
「何を考えている、メル」
急に静かになった私に何かを感じたのか、ヴォルが真っ直ぐ問い掛けてきます。
「あ、いえ……その……何でもないです」
今の感情は決して伝えてはならないものでした。自分の感情の変化に驚きつつも、私は首を横に振ります。
「そうか」
ヴォルはそれだけ答えると、そのまま宿屋へ足を進めます。私はただその後についていく事だけを考えました。
早く着いたのか、遅かったのか。いつの間にか宿屋に到着していました。部屋まで送り届けられ、ヴォルが入り口を背にしたまま振り返ります。
「俺は残りの買い物をしてくる」
「はい、分かりました」
「……行ってくる」
僅かな逡巡をみせたヴォルですが、そのまま出ていきました。
「はぁ……」
それを見送った後、私はベッドに倒れるように座り込みました。また私、おかしな事を考えています。本当に私、勘違いしそうです。ヴォルが優しいのも、色々してくれるのも……私を心配してくれるのも全て『婚約者』の為。私ではなく、『婚約者』。いずれ『妻』となる人の為。
「分かっていますよ、私だって」
初めからそういう約束。いえ、契約……でしょうか。その代わりに私は、三食昼寝付きの生活を保証される……のです。
「勘違いなんて……しては駄目なのです」
両方の頬を思い切り叩きました。……痛いです。でも、少しすっきりしました。このまま布団に転がっていては、またヴォルが帰ってくる前に寝てしまいそうです。私は立ち上がると、すぐ近くにあった机に向かいました。
「えっと……ここはサウルクの町、でしたね。村から離れて色々な場所を見て歩いているので、せっかくだから記録しておかないとです」
私は気分をまぎらわす為、今までの道のりを記してみます。書き記すと言っても紙は貴重なので、薄く伸ばした魔物の皮を使うのが普通なのです。書く道具は煤──煙の中に含まれている黒い炭素の粉──をヤニで固めた物を葉で巻いて使います。
「……と、その前が湿地帯……。って、もう名前が分からないのですけど」
「マレワット湿地帯だ」
「っ?!」
当然背後から聞こえた声に、小心者の私は肩がビクッとなりました。この人、気配がないのですかね。いつの間に帰って来たのですか。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
405
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる