「結婚しよう」

まひる

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第五章

≪Ⅰ≫俺だけの【1】

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 医務室の付近まで来た時、ザワザワと有り得ない程騒がしい事に気付きました。
 も、もしかしてヴォルに何かあったのですか?!

「ヴォルっ!!」

 衝動的に叫びながら医務室に駆け込みます。──あれ?
 しかしながら室内は思いの外静かで、頭に包帯を巻いたヴォルと医師らしき人がいるだけでした。外の騒ぎは、単なる野次馬だったようです。

「メル」

 放心していると、ヴォルから柔らかい声が掛けられました。見ると手を差し伸べられているではありませんか。
 私は吸い寄せられるように彼へ近付きました。そして当たり前のようにその腕の中に包まれます。

「良かった……」

 温かさにようやく彼が無事である実感を感じ、自然と言葉がこぼれ落ちました。

「メルも怪我はないな?」

「はい、大丈夫です」

 自分の事よりも私を心配してくれる優しい人。
 思わずその胸に頬を擦り寄せますが、聞こえてきた軽い咳払いに医師の存在を思い出しました。

「っ」

 勢い良く顔を上げて離れようとしましたが、ヴォルは全く腕の力を緩めてはくれませんでした。

「仲が宜しいですな。そもそもあれしきの事でヴォルティ様が傷を負うなど、過去になかった事ですから驚きましたぞ」

 髪が全て白くなっている高齢の医師は、カッカッカと高笑いしながら私達を温かく見つめていました。
 『あれしき』『過去になかった』と言う言葉にヴォルの出血を思い出して眉が下がる私ですが、ヴォルは怪我の事ではなく高齢の医師を示して口を開きます。

「ヤナードは俺の子供の頃からの専属医だ」

「そ、そうなんですか。あの、ヴォルは大丈夫なんですか?」

 幼少の頃からヴォルを診てくれていた事実と彼の口調から、二人の間に信頼関係があるのだと安心しました。
 でも彼の頭部に痛々しく巻いてある包帯を見て、私は気が気でないのです。

「心配しなさんな、メルシャ様。ほんの五針縫っただけですじゃ。頭なので傷跡も目立たんでしょうし、出血も頭部ゆえですからの。ちぃとばかりハゲが出来るだけですじゃ」

 再びカッカッカと高笑いします。
 しかし私は、最後の単語が気になってしまいました。

「ヤナード、さん?あの……、ハゲって……」

「傷口からは髪が生えませんからの。なぁに、この無駄に良い見た目の男にはちょうど良いくらいですな」

 ヤナードさんの話しを聞いていると、本当に大丈夫なのだと伝わってきます。
 ヴォルの傷の状態に深刻な感じが全くないので、ここでようやく私は安心出来ました。──いえ、傷跡が残るのは不本意ですが。

「それは誉めているのか、ヤナード」

「勿論ですじゃ。いっその事、顔に傷があっても凄味が出て良かったかもしれませんのぉ。……しかしながらヴォルティ様。妻を守る為とはいえ、自らが盾になって傷付いては何もなりませぬ。御身も無傷でこそ、守る意味があるのですぞ」

 温かな笑みから、突然真顔になりました。やはり、この方もヴォルを心から心配している人の一人なのですね。
 ヴォルは言われて苦い顔をしていますけど。

「ありがとうございました、ヤナードさん」

 心から感謝します。
 私は──ヴォルの腕に抱かれたままでしたが、深く彼に頭を下げて感謝の意を示しました。
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