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ストーカー編──第四章『攻防と転落』──

その34。暗雲立ち込める 2

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 ※ ※ ※ ※ ※

 週が明けて、月曜日の朝。美鈴みすずはいつものように朝のルーティーンをこなしている。
 だが、何かが足りなかった。

 ──今朝も来てない……。

 鳴ってもいない携帯を見て、LINEの新着がない事を再確認する。
 土曜日の夜に別れてから、脩一しゅういちからの連絡が一切ないのだ。
 しかしながら水曜日に交際開始してからの連日に渡るマメさも、土曜日の見合いを回避するという『本目的』が脩一にあったと言えばそれまでである。つまりはそれが終わってしまえば、所詮は偽装彼女・・・・である美鈴に役目等ないのだ。

「まぁ、分かってはいたけどねっ?………………分かってたよ、本当に、さ」

 強がって口に出してみたものの、全く気持ちは晴れない。
 昨日は一日、『また食事の約束したもん』とか、『今度は私が奢るんだからっ』等と意気込んでいた。けれども、そのような精神状態が長く続く筈もない。
 そのうち『何故』『どうして』が頭に浮かび、『やっぱり』という考えが離れなくなってしまった。

「ぅわ……、酷い顔……」
 ──会社、行ったら会えるかな?でも、視線すら合わせてくれなかったらどうしよう。

 睡眠がろくに取れなかった事もあり、鏡を見た美鈴は自分の疲れた見た目に溜め息をく。
 けれども月曜日である事は変わらないのだ。有給休暇はあるがあれは基本的に飾りで、使えない事はないがそもそも出社拒否等していられない。気が乗らなくても会社に行くしかないのだ。
 美鈴は顔を洗って、いつものように薄化粧をする。臭いに過敏な美鈴は化粧品類も苦手な分類なのだが、社会人として仕方なくやる程度だっだ。
 そうして幾度目かの溜め息をきつつ、重い足取りで職場に向かうのだった

 ※ ※ ※ ※ ※

「ちょっと、聞いてるの?」
「何とか言いなさいよぉ」

 会社近くの公園で、何故か見知らぬ女性陣に取り囲まれている美鈴。──この公園には余程えんがあるらしい。
 他の社員に気付かれる道路側からあまり見えない奥へ連れていかれ、かれこれ十分以上同じような言葉が美鈴へ投げかけられている。
 これまでの彼女達の言葉を要約するならば、『土曜日に美鈴と脩一が一緒にいるのを見た』そうだ。それで、何故『社内恋愛しない筈の彼と社外で会っていた』のか。『手を繋いでいるのを見た』人もいる。最終的には、付きまとっているのではないかときた。真剣に耳を傾けている訳ではないが、だいたいそんな内容で──つまりは脩一に近付くなと。
 そんな事を言われても美鈴は困るのだ。近付くも何も、そもそも初めの接触は彼からである。それに『社内恋愛しない』公式設定は初めて知ったが、関係性を公表するなと言われているのだ。
 結果的に、美鈴は口を閉ざすしかなかった。

「ちょっと何も言わないわね、この子」
「無表情で怖いんだけど」
「何でこんな子、牧田さんは選んだのかしら」
「いいえ、彼に選ばれた筈はないわっ」
「そうよね、そうに違いないわっ」
「ねぇ。そろそろ時間だから、また後にしましょう?」
「そうね、また後にしましょう」

 けれども公園の時計が七時五十分になったあたりで、この集団行動はとりあえずの終わりを向かえる。
 五人の内の代表みたいな人が口にすれば、周囲は右にならえとばかりに同じ意見を返した。自分の意見を持たないのか、これが世の中で生きていく為のすべなのか。
 そうして立ち去っていく彼女達の後ろ姿を見ながら、美鈴は大きく溜め息をく。

 ──帰ろうかな……。なんて、無理だよね。

 空を見上げ、雨が降りそうな灰色に心が揺れた。
 普段の美鈴ならば、あの程度の言葉は心に響く事はない。けれども今は、少しだけ弱音を吐きたい気持ちだった。

 ──さてと……遅刻扱いになっちゃうから、私もいい加減行かないと。

 更衣室で先程の彼女達に会うであろう事も億劫だったが、遅刻すれば総務の人に手間が掛かる。そして一課の面々にも迷惑が掛かるのだから、自分の事だけでは済まないのだ。
 美鈴としては『人は人』だが、他者に損害を被せるのが自分である事が許せないだけである。
 そんなただでさえ気が乗らない朝だったのだが、更に憂鬱になった気分で会社へ足を向けたのだった。

 ※ ※ ※ ※ ※

 けれども『次』と言っていただけあってか、彼女達の集団行動は一度では終わらなかったのである。──ある意味、有言実行は素晴らしい。
 しかしながら何処の部署だかは分からないが、休憩時間や更衣室で事あるごとに取り囲んできた。しかも美鈴が一人の時に、周囲に見張りまでして。
 それだけの根性があるのならば、直接脩一に言えば良いと美鈴は思うのだがそうではないらしい。
 『抜け駆け禁止』等という、いかにもな程度の低い協定が結ばれているらしく、美鈴はそれに違反したという言い分だった。

 ──私、別にその協定結んでいる訳じゃないし。そとそもそれって、脩一さんの事を完全無視してるじゃん。

 美鈴としては、脩一の『ストーカー被害トラウマ』を知っている。
 周囲の女性がそうやって取り囲もうとするから、距離を置きたがるのではないのかと言ってやりたかった。そうでなくとも、追い掛ければ逃げたくなるのが、生物としての真理ではないだろうか。
 しかしながら、連日に渡るこれは既に『いじめ』なのだろうかと自問し始めていた。現状は取り囲まれて質問責めにされるだけで、実質的危害を加えられていない。──暴力だけが危害ではないと、この時の美鈴は気付かなかった。
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