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ストーカー編──第四章『攻防と転落』──
その33。暗雲立ち込める 1
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チャイムが鳴っている。勿論、一階のホールからだ。
脩一は軋む身体を動かし、リビングのカメラ画像を見る。──当然の事ながら、ここに来れる人物は片手で数えられる程だ。
『脩一っ?!』
「……有弘……か」
『おいっ、大丈夫かっ?って、そんな感じじゃないなっ。とりあえずここを開けてくれっ』
「……分かっ……た」
酷く緩慢な動作ではあるが、有弘の訪問を許可する。
それから差程時間も掛かる事なく、次に玄関のチャイムが鳴った。
脩一は音に反応するだけの玩具のように、いつの間にか落としていた視線をモニターへと向ける。そこには乱れた髪の有弘の姿。走ってきたのか、息も乱れているようだ。
『開けてくれっ』
「……今……開ける……」
モニター操作で玄関を開錠する。すぐさま駆けてくる気配がして、ガツッと身体が揺らされた。
有弘が立ち尽くす脩一の両腕を掴んだのだが、脩一は人形のようにグラリと僅かに揺れただけである。
「おいっ、しっかりしろ!俺が分かるかっ?」
「……有弘、だろ……」
「そうだ、有弘様がやってきたぞっ。ちゃんと玄関まで迎えに来いよぉ」
「あ……あぁ……、そうか……」
「ったく……。お前、電話も出られない状態だったんだな。無茶苦茶電話したぞ、メールもっ」
「……そ、うか……。あれ……、今日……っ」
有弘の言葉にも、酷く反応が鈍い脩一だ。その有り様に、有弘はグッと怒りを呑み込む。
そして脩一の首にしがみつくように腕を回した。──ちなみに有弘の方が頭半分程小柄の為、少々ぶら下がる形になる。
「今日は月曜日だ。そんでもって今は昼過ぎ。お前と連絡が取れないから、ムッチャ焦った。土曜の電話もあったから、何かあったのかと思った」
「……あぁ……そ、うか……。俺……土曜……っ、あ、アイツが……っ」
「ここに来たのかっ?!」
「ち、違った、けど……っ」
有弘が話していく中で、漸く少しずつ脩一の意識がはっきりとしてきた。そして良い歳の大人だが、幼子のように自身の腕を抱くようにして身体を震わせる。
ガタガタと震える脩一を促し、有弘はソファへと誘導して座らせた。落ち着かせるように背中を撫でつつ、根気良く脩一から話を聞き出す。
土曜の夜の電話では、異性に拒否反応が出る事を聞いた。だが、どうやら状態はそれ以上に悪い。その夜の帰宅の際、エレベーターで偶然鉢合わせたセミロングの小柄な女性に対し、ストーカー犯人の姿を見たのだという。
脩一の驚き具合に相手も驚いたらしく、人違いだとその時に気付いた。しかもエレベーターは階下に行きたかったのだと、逆に女性から謝罪される始末。
その後、何事もなかったかのように脩一は八階の自宅に戻ってきたのである。──だが、それが決定打でもあった。
脩一は寝ても覚めても幻覚を見るようになり、まともに寝られないまま現在に至ると告げられた。
「……俺がいるから大丈夫だ。とりあえずシャワー浴びて、寝ろ」
「や……、怖い、し……」
「子供かっ。俺がいるっての。不安になったら声を出せ。それとも何か?俺がお前を風呂に入れてやらんとならんのかっ?」
「………………それは嫌……」
「俺も嫌だわっ!考えんでも分かる!ほら、風呂!」
「あ……あぁ……」
力一杯言葉を投げ掛けてくる有弘に、脩一は圧倒されつつも浴室に押し込められる。
「有弘?」
「あぁ、ここにいる」
「……有弘?」
「いるっての」
とりあえずシャワーの音は聞こえ始めたが、五分と経たずに有弘へ声を掛けてくる脩一。有弘も現時点での脩一の異常さを目にしているだけに、脱衣所に待機したまま都度応対する事、二十分。
浴室の扉が開いたところで、有弘は傍にあったタオルを脩一に投げ付けた。
「っ、何だよ、荒いなぁ」
「野郎のシモなんか見たないわっ。はよ拭け、隠せっ」
「いや、俺も見せたい訳じゃないけど……扱い酷くね?」
有弘の勢いにまかれてか、先程まで死にそうな顔をしていた筈の脩一が愚痴る。
シャワーを浴びてすっきりした為か、有弘が来た時よりも幾分顔色がマシになっていた。
「ほれ、さっぱりした後は飯。って言ってもまともに食ってないだろうから、お粥だけどな」
「え、これ有弘が作ったの?」
まだ少し濡れた髪を拭きつつ、ソファ前のテーブルに用意されたどんぶりを見る。
湯気の立った白いお粥には、鮭らしきピンクの山が乗っていた。
「そうそう、こうして米を洗ってな……。って、んな訳あるかっ。実家住まいをなめるなよ!コンビニ様のレトルトだっ。俺様のレンチン能力をみたか!」
「フククッ、何威張ってんだよ」
ノリノリの有弘にのせられ、脩一は思わず笑ってしまう。
そして昨日、今日と死んだようになっていた筈が、『それでも笑えるのだな』と冷静な自分の指摘に気付いた。
「おぅ、有り難がって食え」
「あぁ、サンキュな有弘」
温かい──というか、食事自体が脩一は二日ぶりである。
土曜の夜の帰宅後から最悪の精神状態で、辛うじて冷蔵庫にあった缶ビールを一本飲んだくらいなのだ。
「おし、ちゃんと食ったな。んじゃ、寝ろ」
「……どうせ寝られない」
「良いからベッドに横になれ。俺が傍にいる。怖い夢見て泣いても、頭撫でてやるから安心しろ」
「……何か、それって微妙……」
「うっせ!はよ、寝ろ」
「はいはい、分かったよ」
そうして半ば無理矢理寝室へ背を押されて移動する。
だが布団に入った途端、ストンと脩一の意識が落ちたのだ。それこそ電池が切れたように──。
「ったく、手間が掛かる。……ってか、あのストーカー女っ。やってくれるじゃねぇか……っ」
後には、有弘の怒りだけが残っていた。
脩一は軋む身体を動かし、リビングのカメラ画像を見る。──当然の事ながら、ここに来れる人物は片手で数えられる程だ。
『脩一っ?!』
「……有弘……か」
『おいっ、大丈夫かっ?って、そんな感じじゃないなっ。とりあえずここを開けてくれっ』
「……分かっ……た」
酷く緩慢な動作ではあるが、有弘の訪問を許可する。
それから差程時間も掛かる事なく、次に玄関のチャイムが鳴った。
脩一は音に反応するだけの玩具のように、いつの間にか落としていた視線をモニターへと向ける。そこには乱れた髪の有弘の姿。走ってきたのか、息も乱れているようだ。
『開けてくれっ』
「……今……開ける……」
モニター操作で玄関を開錠する。すぐさま駆けてくる気配がして、ガツッと身体が揺らされた。
有弘が立ち尽くす脩一の両腕を掴んだのだが、脩一は人形のようにグラリと僅かに揺れただけである。
「おいっ、しっかりしろ!俺が分かるかっ?」
「……有弘、だろ……」
「そうだ、有弘様がやってきたぞっ。ちゃんと玄関まで迎えに来いよぉ」
「あ……あぁ……、そうか……」
「ったく……。お前、電話も出られない状態だったんだな。無茶苦茶電話したぞ、メールもっ」
「……そ、うか……。あれ……、今日……っ」
有弘の言葉にも、酷く反応が鈍い脩一だ。その有り様に、有弘はグッと怒りを呑み込む。
そして脩一の首にしがみつくように腕を回した。──ちなみに有弘の方が頭半分程小柄の為、少々ぶら下がる形になる。
「今日は月曜日だ。そんでもって今は昼過ぎ。お前と連絡が取れないから、ムッチャ焦った。土曜の電話もあったから、何かあったのかと思った」
「……あぁ……そ、うか……。俺……土曜……っ、あ、アイツが……っ」
「ここに来たのかっ?!」
「ち、違った、けど……っ」
有弘が話していく中で、漸く少しずつ脩一の意識がはっきりとしてきた。そして良い歳の大人だが、幼子のように自身の腕を抱くようにして身体を震わせる。
ガタガタと震える脩一を促し、有弘はソファへと誘導して座らせた。落ち着かせるように背中を撫でつつ、根気良く脩一から話を聞き出す。
土曜の夜の電話では、異性に拒否反応が出る事を聞いた。だが、どうやら状態はそれ以上に悪い。その夜の帰宅の際、エレベーターで偶然鉢合わせたセミロングの小柄な女性に対し、ストーカー犯人の姿を見たのだという。
脩一の驚き具合に相手も驚いたらしく、人違いだとその時に気付いた。しかもエレベーターは階下に行きたかったのだと、逆に女性から謝罪される始末。
その後、何事もなかったかのように脩一は八階の自宅に戻ってきたのである。──だが、それが決定打でもあった。
脩一は寝ても覚めても幻覚を見るようになり、まともに寝られないまま現在に至ると告げられた。
「……俺がいるから大丈夫だ。とりあえずシャワー浴びて、寝ろ」
「や……、怖い、し……」
「子供かっ。俺がいるっての。不安になったら声を出せ。それとも何か?俺がお前を風呂に入れてやらんとならんのかっ?」
「………………それは嫌……」
「俺も嫌だわっ!考えんでも分かる!ほら、風呂!」
「あ……あぁ……」
力一杯言葉を投げ掛けてくる有弘に、脩一は圧倒されつつも浴室に押し込められる。
「有弘?」
「あぁ、ここにいる」
「……有弘?」
「いるっての」
とりあえずシャワーの音は聞こえ始めたが、五分と経たずに有弘へ声を掛けてくる脩一。有弘も現時点での脩一の異常さを目にしているだけに、脱衣所に待機したまま都度応対する事、二十分。
浴室の扉が開いたところで、有弘は傍にあったタオルを脩一に投げ付けた。
「っ、何だよ、荒いなぁ」
「野郎のシモなんか見たないわっ。はよ拭け、隠せっ」
「いや、俺も見せたい訳じゃないけど……扱い酷くね?」
有弘の勢いにまかれてか、先程まで死にそうな顔をしていた筈の脩一が愚痴る。
シャワーを浴びてすっきりした為か、有弘が来た時よりも幾分顔色がマシになっていた。
「ほれ、さっぱりした後は飯。って言ってもまともに食ってないだろうから、お粥だけどな」
「え、これ有弘が作ったの?」
まだ少し濡れた髪を拭きつつ、ソファ前のテーブルに用意されたどんぶりを見る。
湯気の立った白いお粥には、鮭らしきピンクの山が乗っていた。
「そうそう、こうして米を洗ってな……。って、んな訳あるかっ。実家住まいをなめるなよ!コンビニ様のレトルトだっ。俺様のレンチン能力をみたか!」
「フククッ、何威張ってんだよ」
ノリノリの有弘にのせられ、脩一は思わず笑ってしまう。
そして昨日、今日と死んだようになっていた筈が、『それでも笑えるのだな』と冷静な自分の指摘に気付いた。
「おぅ、有り難がって食え」
「あぁ、サンキュな有弘」
温かい──というか、食事自体が脩一は二日ぶりである。
土曜の夜の帰宅後から最悪の精神状態で、辛うじて冷蔵庫にあった缶ビールを一本飲んだくらいなのだ。
「おし、ちゃんと食ったな。んじゃ、寝ろ」
「……どうせ寝られない」
「良いからベッドに横になれ。俺が傍にいる。怖い夢見て泣いても、頭撫でてやるから安心しろ」
「……何か、それって微妙……」
「うっせ!はよ、寝ろ」
「はいはい、分かったよ」
そうして半ば無理矢理寝室へ背を押されて移動する。
だが布団に入った途端、ストンと脩一の意識が落ちたのだ。それこそ電池が切れたように──。
「ったく、手間が掛かる。……ってか、あのストーカー女っ。やってくれるじゃねぇか……っ」
後には、有弘の怒りだけが残っていた。
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