死亡エンドしかない悪役令息に転生してしまったみたいだが、全力で死亡フラグを回避する!

柚希乃愁

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第三章

ダンスの時間

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 会場に入るとすぐにフレイは係の者に呼ばれレオナルドと別れた。
 準備が整った頃、国王ジャガンより、サプライズ演出としてムージェスト王国、アドヴァリス帝国、そしてエヴァンジュール神聖国の親交のため聖女フレイが歌を披露ひろうすることが高らかに告げられた。

 フレイが登場し、歌い始めると会場中が陶酔とうすいしているかのように静かに聴き入っていた。レオナルドもその一人。会場の片隅かたすみで一人、包み込むような温かさのあるフレイの歌にひたっていた。ステラでさえも、ほぅ、と感嘆かんたんの声を漏らしていたことには驚いたけれど。それほど魅力的な透明感のある澄んだ歌声だった。少なくともレオナルドはそう思った。加えて、幾度も練習を重ねたのだろう。楽団の演奏もフレイの歌にしっかりと花を添えていた。

 フレイが歌い終わった瞬間、割れんばかりの拍手が会場に響き渡った。

 そうして、いよいよダンスの時間となり、レオナルドは真っ直ぐ歩を進めた。

 その輪の中で最初に気づいたのはセレナリーゼだった。常にレオナルドへ意識を向けていたのだから、それは当然と言えば当然のこと。何だか表情が硬いように感じるが、その目はしっかりと自分をとらえている。
 それだけで胸に広がっていたモヤモヤしたものがドキドキに変わってしまった。

 声の届く距離までレオナルドがやって来たところで、シャルロッテも気づいたようだ。
「あら?レオナルド。いったい何の用かしら?」
 レオナルドにさげすむような目を向け自分から言葉をかける。

 頭を軽く下げてシャルロッテへの返事としたレオナルドの表情がかすかに歪んだ気がした。それを見た瞬間、無礼は承知でシャルロッテをいさめようと口を開きかけるセレナリーゼだが、言葉となって出てくることはなかった。すぐに頭を上げたレオナルドがセレナリーゼに微笑ほほえみかけ、
「セレナ。一曲お相手願えますか?」
 優雅な所作しょさでセレナリーゼをダンスに誘ったから。シャルロッテが驚きに目を見開き、セレナリーゼのことを誘おうとでも思っていたのか周囲がざわざわとしていたが、レオナルドはそれらすべてをサクッと無視した。

「は、はい。喜んで……」
 セレナリーゼは周囲の声など聞こえていないようで、少し恥じらうようにうなずくと、差し出されたレオナルドの手に自分の手を重ねた。
「ミレーネも一緒に来てくれるかな?」
 続けてレオナルドがミレーネにもう片方の手を差し出すと、
「はい…」
 ミレーネも自分の手を重ねるのだった。ここでも周囲がざわついたが、当然レオナルドは無視した。色々言われるだろうことは事前に想定済みだ。その上で覚悟を持って二人を誘いに来たのだから。

 そして、レオナルドは再び両手に花の状態で二人を連れ立って待機場所へと移動を始めた。

 とんとん拍子で話が進み、離れていく背中をアレクセイは面白くなさそうな顔で見つめていた。
(セレナとも俺が踊るはずだったのに……)
 セレナリーゼやシャルロッテとはすでに数年来の付き合いだ。今だって関係性は良好だ。だから兄であるレオナルドの出る幕なんてないはずなのだ。わざわざ兄妹で踊る必要なんて……。そんな思いがアレクセイの中でくすぶっていた。

 一方、レオナルドなんかにあしらわれたと感じ怒りを覚えたシャルロッテは、ふと目がいったアレクセイの顔から心情を察してその怒りを霧散させる。そして、すぐにコケティッシュな笑みを浮かべると、自分の願望を叶えるためアレクセイに話しかけるのだった。

 一曲目の案内がされたため、ミレーネには待機場所で待っていてもらい、ダンススペースに立つと、あらためてレオナルドが柔らかな表情で手を差し出した。セレナリーゼはそっと自分の手を重ねる。
 そして、どちらからともなく身体を寄せ合う。生地越しではあるが、二人の肌が接触する。

 レオナルド達から少し離れたところではシャルロッテとアレクセイも二人でダンススペースに立っていた。何組もの男女が立つ中からその姿を目にしたレオナルドは、どういう流れでそうなったのかわからなかったが、王女であるシャルロッテの最初のダンスパートナーがゲームの主人公とはいえ男爵家の跡取りというのはいいのか?と疑問に思う。しかしすぐに、自分の今後に関わってくるようなものでなければ別にどうでもいいかと考えるのをやめた。今はダンスに集中したいから。シャルロッテルートが今のところ一番近いかもしれないとだけステラと情報を共有して。

 間もなく演奏が始まり、レオナルドとセレナリーゼの二人は優雅にダンスを始めた。
 握った手と手。触れ合う身体。それは互いの体温が感じられるほどで。この体勢になるのは初めからわかっていたことではあるが、セレナリーゼは胸の高鳴りが止まらなかった。

 ダンススペースを囲むようにして大勢の観衆がいる中、二人はゆっくりとステップを刻む。動きに合わせセレナリーゼのドレスのスカート部分がまるで可憐かれんな花びらのようにひらりひらりと広がる。

 互いにしか聞こえない声で他愛のない話をしながら心の底からレオナルドとのダンスを楽しんでいたセレナリーゼは、しかし楽しいからこそ沸々ふつふつとこみ上げてくるものがあった。
 モヤモヤしたものは夜会が始まってすぐ――レオナルドから引き離されてしまったときから心の中にあった。
 レオナルドに対する、シャルロッテの態度、アレクセイの言い様、周囲の人間の心無い言葉、それらは本当に腹立たしいものばかりで……。
 でも今感じているものはそれとは別のもの。もっと個人的な自分自身の気持ちの問題。
 そこまで自覚してしまったらもう抑えることなんてできなかった。
 だから―――。
「ところで、レオ兄様?」
 その想いのままレオナルドを呼んだ。

「ん?どうしっ…、た?」
 レオナルドは言葉に詰まった。変わらず笑顔のセレナリーゼ、そのはずなのに目だけが笑っていないように感じたから。どうしてそんな風に思ったのか全くわからないが、急に冷や汗が出てきた。

「レオ兄様は聖女様…、フレイさんとどういった関係ですか?随分と親しそうでしたが」
 セレナリーゼが『フレイさん』呼びなのは、これから同級生になるのだから様付けは不要だと本人に言われたからだった。
「え?……っ!?」
 予想外過ぎた問いにレオナルドはぽかんとしてしまう。それだけじゃない。しまったと思ったときにはステップを間違えてしまった。けれどセレナリーゼは咄嗟とっさのことにもかかわらず、しっかりとついてきてくれた。
「ご、ごめん」
「いえ。大丈夫ですよ。ふふっ」
 セレナリーゼの言葉にレオナルドは安堵あんどする。
 ただ、どうしたことだろう。やっぱり先ほどからセレナリーゼの笑顔に圧を感じる気がするのだが、気のせいなのだろうか……。
「それでレオ兄様。庭ですごく楽しそうにお話されていましたよね?」
 セレナリーゼは何事もなかったかのように言葉を続ける。言っている自分にちょっぴり自己嫌悪しながら。
 だってこれはただの嫉妬しっとだから。レオナルドが庭に出て行くのは見ていた。その後ろ姿に胸が痛くなった。その後すぐにフレイが自分達の輪を離れ、庭に向かった。そしてレオナルドと二人きりの時間を過ごしていた。二人とも笑顔で。それを目の当たりにしたときから、自分でも本当に面倒臭いと思うが、気持ちが抑えられなくなったのだ。まだ自分の気持ちを伝えていないくせに。その勇気すらまだ持てていないくせに。

「あ、ああ…そう、かな?…フレイとは少し前に知り合ったんだ。それがこんなところでまさかの再会だったからさ。少し話してただけだよ?」
 まさか離れたところでたくさんの人と一緒にいたセレナリーゼに見られていたなんて思ってもみなかったレオナルドは、驚きながらも何とか事実を説明する。なぜか鼓動が速くなってしまっているが。

「っ!?」
「と」
 セレナリーゼはレオナルドがフレイを呼び捨てにしたことに思わず動揺してしまい、瞬間、今度はセレナリーゼのステップが狂いそうになるが、そこはレオナルドが上手くリードして立て直した。
 そして、「ご、ごめんなさい」「大丈夫。さっきは俺がやっちゃったし気にしないで」「ありがとうございます……」なんていうやり取りを交わした後のことだ。
「フレイさんとは以前からお知り合いだったんですね」
 何とか気持ちを落ち着けたセレナリーゼが確認する。
「ああ、そうなんだ」
 女の直感と言えばいいのだろうか。一つ息を吐いたセレナリーゼは続けて辿たどり着いた可能性も口にした。
「……もしかしてレオ兄様はフレイさんともこの後踊られるのですか?」
「っ!?お、おぅ。よくわかったな…。うん、ミレーネの次に踊る約束をしてる」
「そう、ですか……。ぅん…、わかりました!」
 セレナリーゼは何かが吹っ切れたような満面の笑みを浮かべてみせた。ここまでにすると決めた。
「えっと…セレナ?」
「答えてくださってありがとうございました、レオ兄様。変なこと聞いちゃってごめんなさい。もう大丈夫ですから、今はダンスを楽しみませんか?ふふっ、私、ずっとレオ兄様と踊れるのを楽しみにしてたんですよ」
「…そっか。うん、わかった。目一杯楽しもう、セレナ」
 理由は全くわからないが、ここでようやくセレナリーゼの笑顔から言い知れぬ圧が消えたようにレオナルドは感じた。そして嬉しいことを言ってくれたセレナリーゼと全力でダンスを楽しもうとあらためて意気込んだ。

 このとき、セレナリーゼは夜会が終わったらすぐにミレーネとの第何回目となるとも知れない『レオナルド情報共有会議』を開くことを決めていた。そしてフレイのことをもっと知りたいと思った。その上で、もしも自分達となら彼女と親しくなりたいとも思っていた。

 その後、レオナルドとセレナリーゼはなごやかに、優雅に最後まで笑顔絶えることなくダンスを楽しむのだった。
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