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第三章
レオナルドの現実
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夜会が始まるとすぐにフォルステッドとフェーリスは、大人は大人同士で話しているからとレオナルド達から離れていった。
残されたレオナルド達はというと、給仕から飲み物を受け取り三人で和やかに談笑していた。
遠目には一緒に階段を下りてきたシャルロッテ、シルヴィア、フレイを中心にして人の輪ができていた。どうやら躊躇する同年代に対しシャルロッテが積極的に話しかけているようだ。
しばらくすると、そんなシャルロッテがレオナルド達の方へと近づいてきた。周囲には同年代の若者を何人も連れ立っている。その中にはシルヴィア、フレイ、そしてアレクセイの姿もあった。
そのことに一早く気づいたレオナルドがステラに伝える。
(ステラ。あの黒髪の男子がアレク…、アレクセイ=スヴェイトだ)
『あれが主人公、ですか』
(ああ。で、今そのアレクと話してるのがアンジェリーナ=エスフィル。エスフィル伯爵家の令嬢で、一つ上の先輩だ。彼女もヒロインの一人だよ)
続けてレオナルドはアレクの隣を歩く琥珀色の髪にアキシナイトのような茶色の瞳をした女子にも言及した。
『わかりました』
レオナルド達のもとへとやって来たシャルロッテは、
「セレナ、お久しぶりね」
セレナリーゼに話しかける。
「お久しぶりです。シャルロッテ様」
「あら、いやだわ。こういう場だからといってそんなに畏まらないで、いつものようにシャルと呼んでくださいな」
「…はい」
「もう知ってる方も多いでしょうけど、皆さんにも紹介するわね。彼女はセレナリーゼ=クルームハイト。クルームハイト公爵家の次期当主よ」
言いながらチラリとレオナルドに視線を向けたシャルロッテだが、その視線に気づいているにもかかわらず言葉に含めた毒に気づいていないのか、レオナルドがぽかんとした表情をしていて拍子抜けだった。てっきり悔しがると思っていたのに。
一方、セレナリーゼは必死に感情が顔に出てしまわないように気をつけながらシャルロッテの言葉に従い、初顔合わせの面々に自己紹介する。流れでセレナリーゼがレオナルドとミレーネのことを紹介したので、二人も簡単に自己紹介した。
このとき、フレイがレオナルドを見つめて嬉しそうに微笑んでいることに気づいた者は少ない。
「そうか。キミがセレナのお兄さんだったんだね。話には聞いてるよ。アレクセイ=スヴェイトだ」
互いの自己紹介が終わるとアレクセイはそう言ってレオナルドに向かって爽やかに手を差し出した。
「あ、ああ」
この段階ですでにセレナリーゼのことを愛称で呼んでいることに驚きつつもレオナルドはアレクセイと握手する。けど何だろう。アレクセイの目というか表情というかに違和感を覚える。
「よろしく、レオナルド。色々大変だと思うけど頑張って。何かあればいつでも声をかけてほしい」
「?ああ。ありがと?」
いきなりの言葉に首を傾げながらもレオナルドはとりあえずお礼を言った。
これが主人公と悪役令息の初めての会話だった。
「セレナ。こんな端の方にいないであちらで皆さんとお話ししましょう?ミレーネもぜひ一緒に」
一通りすべきことが終わり、満足げなシャルロッテがセレナリーゼとミレーネを誘う。これが本題であり、断られるなんて微塵も思っていない自信たっぷりの笑みを浮かべていた。
「ぇ……?」
まさかこんなに堂々と自分とミレーネだけを誘うなんて思っていなかったセレナリーゼは思わずといった様子でレオナルドを見る。ここにはレオナルドだっているのに。
ただ、ここまであからさまにされればレオナルドだって自分がお呼びでないことくらいさすがに気づく。この場まで一緒にやって来た者はそのほとんどが顔を知らなかったためゲームではモブだと思われるが、シャルロッテとお近づきになっているということは恐らく魔力がそれなりに高く将来有望な者達なのだろう。その輪に自分は必要ないということだ。
そもそも王女であるシャルロッテの誘いを断るべきではない。
だからレオナルドは苦笑を一つして、
「行っておいで、セレナ。ミレーネも。俺はちょっと食事をしてくるよ。実はさっきからお腹が空いててさ」
セレナリーゼ達を送り出すことにした。
「でも……いえ、わかりました……」
一瞬瞳を揺らしてしゅんとしてしまったセレナリーゼの姿にレオナルドは呼吸が難しくなった。
(今日はちゃんとエスコートする…はずだったんだけどなぁ……)
あんなに哀しい顔をさせるはずじゃなかったのに。
レオナルドは遠ざかっていく背中を見つめていた。
そのときだ。
「無能が。公爵家だからって当たり前みたいにシャルロッテ殿下達と話しやがって。ちょっとは弁えろってんだ」
「だな。妹に次期当主の立場も奪われて魔力なしのあいつには何も残ってないってのに」
「まあシャルロッテ殿下に全く相手にされてないってのはいい気味だけどな」
男女関係なくそこかしこで似たような陰口が囁かれる。
そして聞こえてもいいと思っているかのような声で言われた幾人かの陰口はレオナルドの耳にもしっかりと届いていた。周囲を見れば何人もの参加者が自分の方をチラチラと見ながら話している。
(ああ…、そうか……。これがレオナルドの現実か……)
レオナルドは本当の意味で自分の立ち位置を今初めて理解した。今までいかに身近な人達としか接していなかったのかを思い知った。そして先ほどのアレクセイに抱いた違和感の正体もわかった気がした。あれは憐みの目だったのだ。
ただ自分にはゲーム知識がある。だからこんなものか、と割り切れている部分はある。けど、本来ならそんなものはない。次期当主のままならここまであからさまではなかったのかもしれない。けど、それでも陰口はあっただろう。何せ魔力がないことには変わりないのだから。
むしろ権力を欲している者だけが群がる環境は今よりもなお質が悪いと言えるのではないだろうか。その状況にずっと孤独を感じていたとしても何の不思議もない。
そうして、精霊の存在など関係なく、心をすり減らしていき、周りがすべて敵に見えてしまうようになっても仕方がないのかもしれない。
『……レオ?』
(大丈夫だよ、ステラ。今の俺は独りじゃないから。自分で言うのもなんだけど、セレナやミレーネともゲームよりはいい関係を築けてると思うし。何より一番近くにステラがいてくれるから)
『そ、そうですか。私は別に心配なんてしていませんが、レオが大丈夫ならそれでいいです』
(はは、そっか。ありがとう)
それからレオナルドは給仕から新しい飲み物をもらい、会場内から見えていた庭に出た。このまま夜会を楽しめるとは思えなかったから。中の喧騒が嘘のようにそこは静かで、計算された造形で色とりどりの花が綺麗に咲き誇っている。当然かもしれないが、こんなに早い段階から庭に出てきている者は他にいなかった。
(風が気持ちいいな……)
一人になったレオナルドは落ち着いた気持ちで吹き抜ける風を感じる。
『それにしてもここはいけすかない人間の集まりですね』
そこにステラの多分に棘を含んだ声が響いたため、レオナルドは思わず苦笑する。
(…まあこれがこの国の推進している魔力による実力至上主義ってことなんじゃないか?みんな貴族な訳だし、きっと小さい頃からそうやって教育されてるんだろ。高位貴族なら尚更な)
『シャルロッテとアレクセイには特に関わらないようにしましょう。先ほど十分に確信しました』
(?そりゃ関わらないことに越したことはないだろうけど…どうした?)
『あの目や表情、態度、すべてが気に食いません。我慢できず何かしてしまいそうですから』
(おいおい物騒だな。何かって何だよ?)
『それは当然私にできるありとあらゆることですよ』
(……絶対にやめてくれよ?フリじゃないからな?)
『…………』
(沈黙はやめてくれよ。こえーよ……)
言葉とは裏腹にレオナルドは嬉しそうに微笑んでいた。
レオナルド達が誰にも聞こえない会話を繰り広げていたそのとき、
「またお会いできましたわね、レオ」
声がかけられた。
声をかけられるなんて全く思っていなくてビクッと肩を揺らしたレオナルドが振り返ると、そこにはあのふんわりとした笑みを浮かべるフレイが立っていた。
残されたレオナルド達はというと、給仕から飲み物を受け取り三人で和やかに談笑していた。
遠目には一緒に階段を下りてきたシャルロッテ、シルヴィア、フレイを中心にして人の輪ができていた。どうやら躊躇する同年代に対しシャルロッテが積極的に話しかけているようだ。
しばらくすると、そんなシャルロッテがレオナルド達の方へと近づいてきた。周囲には同年代の若者を何人も連れ立っている。その中にはシルヴィア、フレイ、そしてアレクセイの姿もあった。
そのことに一早く気づいたレオナルドがステラに伝える。
(ステラ。あの黒髪の男子がアレク…、アレクセイ=スヴェイトだ)
『あれが主人公、ですか』
(ああ。で、今そのアレクと話してるのがアンジェリーナ=エスフィル。エスフィル伯爵家の令嬢で、一つ上の先輩だ。彼女もヒロインの一人だよ)
続けてレオナルドはアレクの隣を歩く琥珀色の髪にアキシナイトのような茶色の瞳をした女子にも言及した。
『わかりました』
レオナルド達のもとへとやって来たシャルロッテは、
「セレナ、お久しぶりね」
セレナリーゼに話しかける。
「お久しぶりです。シャルロッテ様」
「あら、いやだわ。こういう場だからといってそんなに畏まらないで、いつものようにシャルと呼んでくださいな」
「…はい」
「もう知ってる方も多いでしょうけど、皆さんにも紹介するわね。彼女はセレナリーゼ=クルームハイト。クルームハイト公爵家の次期当主よ」
言いながらチラリとレオナルドに視線を向けたシャルロッテだが、その視線に気づいているにもかかわらず言葉に含めた毒に気づいていないのか、レオナルドがぽかんとした表情をしていて拍子抜けだった。てっきり悔しがると思っていたのに。
一方、セレナリーゼは必死に感情が顔に出てしまわないように気をつけながらシャルロッテの言葉に従い、初顔合わせの面々に自己紹介する。流れでセレナリーゼがレオナルドとミレーネのことを紹介したので、二人も簡単に自己紹介した。
このとき、フレイがレオナルドを見つめて嬉しそうに微笑んでいることに気づいた者は少ない。
「そうか。キミがセレナのお兄さんだったんだね。話には聞いてるよ。アレクセイ=スヴェイトだ」
互いの自己紹介が終わるとアレクセイはそう言ってレオナルドに向かって爽やかに手を差し出した。
「あ、ああ」
この段階ですでにセレナリーゼのことを愛称で呼んでいることに驚きつつもレオナルドはアレクセイと握手する。けど何だろう。アレクセイの目というか表情というかに違和感を覚える。
「よろしく、レオナルド。色々大変だと思うけど頑張って。何かあればいつでも声をかけてほしい」
「?ああ。ありがと?」
いきなりの言葉に首を傾げながらもレオナルドはとりあえずお礼を言った。
これが主人公と悪役令息の初めての会話だった。
「セレナ。こんな端の方にいないであちらで皆さんとお話ししましょう?ミレーネもぜひ一緒に」
一通りすべきことが終わり、満足げなシャルロッテがセレナリーゼとミレーネを誘う。これが本題であり、断られるなんて微塵も思っていない自信たっぷりの笑みを浮かべていた。
「ぇ……?」
まさかこんなに堂々と自分とミレーネだけを誘うなんて思っていなかったセレナリーゼは思わずといった様子でレオナルドを見る。ここにはレオナルドだっているのに。
ただ、ここまであからさまにされればレオナルドだって自分がお呼びでないことくらいさすがに気づく。この場まで一緒にやって来た者はそのほとんどが顔を知らなかったためゲームではモブだと思われるが、シャルロッテとお近づきになっているということは恐らく魔力がそれなりに高く将来有望な者達なのだろう。その輪に自分は必要ないということだ。
そもそも王女であるシャルロッテの誘いを断るべきではない。
だからレオナルドは苦笑を一つして、
「行っておいで、セレナ。ミレーネも。俺はちょっと食事をしてくるよ。実はさっきからお腹が空いててさ」
セレナリーゼ達を送り出すことにした。
「でも……いえ、わかりました……」
一瞬瞳を揺らしてしゅんとしてしまったセレナリーゼの姿にレオナルドは呼吸が難しくなった。
(今日はちゃんとエスコートする…はずだったんだけどなぁ……)
あんなに哀しい顔をさせるはずじゃなかったのに。
レオナルドは遠ざかっていく背中を見つめていた。
そのときだ。
「無能が。公爵家だからって当たり前みたいにシャルロッテ殿下達と話しやがって。ちょっとは弁えろってんだ」
「だな。妹に次期当主の立場も奪われて魔力なしのあいつには何も残ってないってのに」
「まあシャルロッテ殿下に全く相手にされてないってのはいい気味だけどな」
男女関係なくそこかしこで似たような陰口が囁かれる。
そして聞こえてもいいと思っているかのような声で言われた幾人かの陰口はレオナルドの耳にもしっかりと届いていた。周囲を見れば何人もの参加者が自分の方をチラチラと見ながら話している。
(ああ…、そうか……。これがレオナルドの現実か……)
レオナルドは本当の意味で自分の立ち位置を今初めて理解した。今までいかに身近な人達としか接していなかったのかを思い知った。そして先ほどのアレクセイに抱いた違和感の正体もわかった気がした。あれは憐みの目だったのだ。
ただ自分にはゲーム知識がある。だからこんなものか、と割り切れている部分はある。けど、本来ならそんなものはない。次期当主のままならここまであからさまではなかったのかもしれない。けど、それでも陰口はあっただろう。何せ魔力がないことには変わりないのだから。
むしろ権力を欲している者だけが群がる環境は今よりもなお質が悪いと言えるのではないだろうか。その状況にずっと孤独を感じていたとしても何の不思議もない。
そうして、精霊の存在など関係なく、心をすり減らしていき、周りがすべて敵に見えてしまうようになっても仕方がないのかもしれない。
『……レオ?』
(大丈夫だよ、ステラ。今の俺は独りじゃないから。自分で言うのもなんだけど、セレナやミレーネともゲームよりはいい関係を築けてると思うし。何より一番近くにステラがいてくれるから)
『そ、そうですか。私は別に心配なんてしていませんが、レオが大丈夫ならそれでいいです』
(はは、そっか。ありがとう)
それからレオナルドは給仕から新しい飲み物をもらい、会場内から見えていた庭に出た。このまま夜会を楽しめるとは思えなかったから。中の喧騒が嘘のようにそこは静かで、計算された造形で色とりどりの花が綺麗に咲き誇っている。当然かもしれないが、こんなに早い段階から庭に出てきている者は他にいなかった。
(風が気持ちいいな……)
一人になったレオナルドは落ち着いた気持ちで吹き抜ける風を感じる。
『それにしてもここはいけすかない人間の集まりですね』
そこにステラの多分に棘を含んだ声が響いたため、レオナルドは思わず苦笑する。
(…まあこれがこの国の推進している魔力による実力至上主義ってことなんじゃないか?みんな貴族な訳だし、きっと小さい頃からそうやって教育されてるんだろ。高位貴族なら尚更な)
『シャルロッテとアレクセイには特に関わらないようにしましょう。先ほど十分に確信しました』
(?そりゃ関わらないことに越したことはないだろうけど…どうした?)
『あの目や表情、態度、すべてが気に食いません。我慢できず何かしてしまいそうですから』
(おいおい物騒だな。何かって何だよ?)
『それは当然私にできるありとあらゆることですよ』
(……絶対にやめてくれよ?フリじゃないからな?)
『…………』
(沈黙はやめてくれよ。こえーよ……)
言葉とは裏腹にレオナルドは嬉しそうに微笑んでいた。
レオナルド達が誰にも聞こえない会話を繰り広げていたそのとき、
「またお会いできましたわね、レオ」
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