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第三章
レオ成分の定期摂取(ミレーネ)
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セレナリーゼがレオナルドとの王都デートを定期的に行って二人の時間を過ごしているように、ミレーネもまたレオナルドと二人の時間を過ごしていた。
それは決まって夜のことだった。
一日の仕事を終えたミレーネは外套を着た姿でバスケットを片手にレオナルドの部屋を訪ねる。
「レオナルド様、よろしくお願い致します」
「いつまでもそんなに畏まらなくていいから。こんなことならいつだって大丈夫だからさ」
「はい……」
自分を気遣うレオナルドの優しい言葉に、自分の我が儘だという自覚があるミレーネは気恥ずかしそうに頷く。
そうして二人はベランダへと出る。
「じゃ、失礼するね」
「はい」
レオナルドがミレーネをそっとお姫様抱っこするとミレーネもおずおずとレオナルドの首に腕を回す。ドキドキしてしまってミレーネの感情は毎回この瞬間が一番大変だ。
そして二人は空へと飛び立った。
「寒くない?」
「はい。大丈夫です」
言いながらレオナルドに引っつくようにミレーネは腕の力を強める。
「そっか。じゃあ今日も空の旅を楽しもうか」
これがミレーネの得たレオナルドと二人きりの時間だ。最初は魔法の特訓の延長で、精霊術を体感したいというような理由で始めたのだが、今では完全に空の旅を楽しむことにシフトしている。実のところ、レオナルドと二人きりになるのは、一度の時間ではセレナリーゼの方が長いが、回数でいうとミレーネの方が多かったりする。その辺りミレーネはちゃっかりしているのだ。ミレーネだってセレナリーゼと気持ちは同じだから。それでも月に一、二度に抑えてはいる。レオナルドの負担にはなりたくないから。レオナルドと一緒にいられるならどれだけでも一緒にいたいというのが本音だった。
ただ、セレナリーゼへの後ろめたさもあった。精霊術のことを未だセレナリーゼには話していないため、言える範囲、つまり夜に時々レオナルドとお茶をしているということまでしか伝えられていないのだ。
「何度見てもこの星空は本当に綺麗ですね……」
ミレーネは感慨深い面持ちで呟く。
「そうだな。こんなに近くで星を見るなんて中々できないもんな。それこそ空を飛ばなきゃさ」
「ええ、そうですね」
ニッと笑うレオナルドにミレーネも表情を綻ばせるのだった。
夜空の旅は満天の星空がすごく近くて何ともロマンティックだ。今にも星が降ってくるのではないかとさえ思える。
そんな中をレオナルドと密着しながら過ごすこの時間はミレーネの心臓に多大な負担を強いるが、ミレーネはこの時間をとても大切に想っていた。
この時間が永遠に続けばいいと思う程に。
暫く静かな夜空の旅を楽しんだ二人は丘の上に降り立つ。
レオナルドが細かな木々を集め、精霊術で火をつけている間にミレーネは持ってきたバスケットから水筒を取り出し、二人分の紅茶を注いでいた。二人とも回数を重ねているからか実に動きがスムーズだ。
「ありがとう、ミレーネ」
ミレーネが差し出したカップを受け取りながらレオナルドがお礼を言う。
「いえ、お隣失礼致します」
ミレーネは自分の分のカップを持ちながらレオナルドの隣に座った。
「今日のお夜食はスコーンを焼いてみたのですが、お召し上がりになりますか?」
「本当!?もちろん食べたい。実は今日は何かなって楽しみにしてたんだ」
『レオ、いつも言っているでしょう。こんな夜に食べ過ぎたら太りますよ?』
(食べ過ぎないから大丈夫だよ!)
「ふふっ、それはよかったです。……どうしましたか?」
レオナルドの言葉に微笑んだミレーネだが、レオナルドの表情の変化を見てとって首を傾げる。
「あ、いや、何でもないんだ。ステラが食べ過ぎたら太るって言うから食べ過ぎないって言い返してただけ」
「そうでしたか。ステラ様のおっしゃることは尤もですね。そんなレオナルド様も見てみたい気はしますが、私も一応気をつけてはいます。今日も二つだけですよ?」
「?ああ。ありがとう、ミレーネ。いただきます」
渡されたスコーンをレオナルドがパクパクと食べていく。その様子を見てからミレーネも一つ手に取るのだった。
二人の間にあまり会話はない。
元々ミレーネがそれほどお喋りするタイプではないというのが大きいだろうか。ただ静かに寄り添っている。それを苦痛に感じる人もいるかもしれないが、この二人はその静寂に心地良さを感じていた。
だが、そこはミレーネ。
「今日もお疲れになられたでしょう?少し横になってはいかがですか?」
いつの頃からか夜食を食べ終えた後、毎回そんなことを言うようになった。ポンポンと自身の膝を軽く叩きながら魅惑的な笑みを浮かべて。
「あ、っと……うん、ありがとう」
最初は意味がわからなかったが、さすがにもう何を指しているかはレオナルドにだってわかっている。毎回自分が揶揄われているのだということも。ただ、これにいつまでも慣れるなんてことができないレオナルドは未だにドギマギしてしまうのだ。
レオナルドは横になるとミレーネの太腿に頭を乗せる。いわゆる膝枕というやつだ。
後頭部から柔らかな感触が伝わってくると、なぜだか穏やかな気持ちになり、レオナルドの身体から無駄に入っていた力が抜けていく。これもいつものことだ。そして、こんなことまでしてくれるミレーネを意識せずにはいられない。レオナルドはミレーネをつい異性として見てしまう。ちなみに、セレナリーゼと出かけるようになってからは、歩いているときに彼女が腕を組んでくるなど積極的な行動をしてくるので、その可愛さにやられることも多い。
だがどうしてもレオナルドは自分から一歩を踏み出せない。
嫌われてはいない、と思うが、自分がゲームの悪役で、相手がヒロインだという知識がどうしても邪魔をする。
そんなレオナルドの心情も変わらないままだった。少しずつ、だが確実にゲーム本編開始である王立学園入学が近づいてきていることも大きかった。
一方ミレーネも決して平静という訳ではなかった。冷静に見えるのは表面だけで、レオナルドに膝枕を勧めるときはいつも顔に出さないように必死だ。彼女もまた全く慣れることはなかった。
そんなミレーネもレオナルドの頭の重みを感じると、何とも言えない満たされた気持ちになり、心が落ち着いていく。愛おしさが込み上げてくる。
「……レオナルド様はどのような殿方に成長されるのでしょうね……」
ミレーネは抱いた気持ちそのままに柔らかな表情で呟いた。
「ん?どうしたの、いきな、り!?」
ミレーネの言葉に反応し、何気なく視線を夜空からミレーネの顔に向けたレオナルドは、しかしミレーネの胸で視界がいっぱいになり変な声が出てしまう。
「いえ……、何となく想像してしまいまして。きっとすごいお方になられるのだろうな、と」
レオナルドの声がおかしくなった理由に察しがついたミレーネは、見られていないとわかりながらクスリと小さく笑う。
「あ、ああ。そんなことないよ。俺は田舎の代官になって穏やかに暮らせたらそれでいいからさ」
レオナルドも何とか気持ちを落ち着けて会話を続けた。
「……以前にもそのようなことをおっしゃっていましたね」
言いながらミレーネの胸がズキリと痛んだ。レオナルドの語る将来には自分やセレナリーゼは近くにいないように感じたから。セレナリーゼとも時々話すが、レオナルドは自分達のことをどう想っているのだろう……。
「うん。それが俺の目標であり夢だから」
「……レオナルド様ならばきっと叶えられます」
「ありがとう。頑張るよ」
自分の想いとは関係なく、それがレオナルドの望みなら応援したい気持ちも本物だ。
ただ一抹の不安が過った。もしもレオナルドの力が周囲に知られるような事態が起こったとき、果たして周囲はレオナルドを放っておくだろうか、と。
王族やフォルステッドなどの大貴族は自分などでは知りえなかった霊力の存在を知っていたりするのだろうか。知らずとも魔力と似て非なる強力な力を持つと知れたら、レオナルドは貴族社会でいったいどういう扱いを受けるのか。
レオナルドはその力を誰にも知られたくないようだからそんなことは起こらないだろうと思うが、そんな答えの出ない一抹の不安はどうしてかミレーネの中から消えてくれなかった。
それから再び夜空を眺め穏やかな時間を過ごした二人は、ここに来たときと同じように空を飛び屋敷へと戻るのだった。
それは決まって夜のことだった。
一日の仕事を終えたミレーネは外套を着た姿でバスケットを片手にレオナルドの部屋を訪ねる。
「レオナルド様、よろしくお願い致します」
「いつまでもそんなに畏まらなくていいから。こんなことならいつだって大丈夫だからさ」
「はい……」
自分を気遣うレオナルドの優しい言葉に、自分の我が儘だという自覚があるミレーネは気恥ずかしそうに頷く。
そうして二人はベランダへと出る。
「じゃ、失礼するね」
「はい」
レオナルドがミレーネをそっとお姫様抱っこするとミレーネもおずおずとレオナルドの首に腕を回す。ドキドキしてしまってミレーネの感情は毎回この瞬間が一番大変だ。
そして二人は空へと飛び立った。
「寒くない?」
「はい。大丈夫です」
言いながらレオナルドに引っつくようにミレーネは腕の力を強める。
「そっか。じゃあ今日も空の旅を楽しもうか」
これがミレーネの得たレオナルドと二人きりの時間だ。最初は魔法の特訓の延長で、精霊術を体感したいというような理由で始めたのだが、今では完全に空の旅を楽しむことにシフトしている。実のところ、レオナルドと二人きりになるのは、一度の時間ではセレナリーゼの方が長いが、回数でいうとミレーネの方が多かったりする。その辺りミレーネはちゃっかりしているのだ。ミレーネだってセレナリーゼと気持ちは同じだから。それでも月に一、二度に抑えてはいる。レオナルドの負担にはなりたくないから。レオナルドと一緒にいられるならどれだけでも一緒にいたいというのが本音だった。
ただ、セレナリーゼへの後ろめたさもあった。精霊術のことを未だセレナリーゼには話していないため、言える範囲、つまり夜に時々レオナルドとお茶をしているということまでしか伝えられていないのだ。
「何度見てもこの星空は本当に綺麗ですね……」
ミレーネは感慨深い面持ちで呟く。
「そうだな。こんなに近くで星を見るなんて中々できないもんな。それこそ空を飛ばなきゃさ」
「ええ、そうですね」
ニッと笑うレオナルドにミレーネも表情を綻ばせるのだった。
夜空の旅は満天の星空がすごく近くて何ともロマンティックだ。今にも星が降ってくるのではないかとさえ思える。
そんな中をレオナルドと密着しながら過ごすこの時間はミレーネの心臓に多大な負担を強いるが、ミレーネはこの時間をとても大切に想っていた。
この時間が永遠に続けばいいと思う程に。
暫く静かな夜空の旅を楽しんだ二人は丘の上に降り立つ。
レオナルドが細かな木々を集め、精霊術で火をつけている間にミレーネは持ってきたバスケットから水筒を取り出し、二人分の紅茶を注いでいた。二人とも回数を重ねているからか実に動きがスムーズだ。
「ありがとう、ミレーネ」
ミレーネが差し出したカップを受け取りながらレオナルドがお礼を言う。
「いえ、お隣失礼致します」
ミレーネは自分の分のカップを持ちながらレオナルドの隣に座った。
「今日のお夜食はスコーンを焼いてみたのですが、お召し上がりになりますか?」
「本当!?もちろん食べたい。実は今日は何かなって楽しみにしてたんだ」
『レオ、いつも言っているでしょう。こんな夜に食べ過ぎたら太りますよ?』
(食べ過ぎないから大丈夫だよ!)
「ふふっ、それはよかったです。……どうしましたか?」
レオナルドの言葉に微笑んだミレーネだが、レオナルドの表情の変化を見てとって首を傾げる。
「あ、いや、何でもないんだ。ステラが食べ過ぎたら太るって言うから食べ過ぎないって言い返してただけ」
「そうでしたか。ステラ様のおっしゃることは尤もですね。そんなレオナルド様も見てみたい気はしますが、私も一応気をつけてはいます。今日も二つだけですよ?」
「?ああ。ありがとう、ミレーネ。いただきます」
渡されたスコーンをレオナルドがパクパクと食べていく。その様子を見てからミレーネも一つ手に取るのだった。
二人の間にあまり会話はない。
元々ミレーネがそれほどお喋りするタイプではないというのが大きいだろうか。ただ静かに寄り添っている。それを苦痛に感じる人もいるかもしれないが、この二人はその静寂に心地良さを感じていた。
だが、そこはミレーネ。
「今日もお疲れになられたでしょう?少し横になってはいかがですか?」
いつの頃からか夜食を食べ終えた後、毎回そんなことを言うようになった。ポンポンと自身の膝を軽く叩きながら魅惑的な笑みを浮かべて。
「あ、っと……うん、ありがとう」
最初は意味がわからなかったが、さすがにもう何を指しているかはレオナルドにだってわかっている。毎回自分が揶揄われているのだということも。ただ、これにいつまでも慣れるなんてことができないレオナルドは未だにドギマギしてしまうのだ。
レオナルドは横になるとミレーネの太腿に頭を乗せる。いわゆる膝枕というやつだ。
後頭部から柔らかな感触が伝わってくると、なぜだか穏やかな気持ちになり、レオナルドの身体から無駄に入っていた力が抜けていく。これもいつものことだ。そして、こんなことまでしてくれるミレーネを意識せずにはいられない。レオナルドはミレーネをつい異性として見てしまう。ちなみに、セレナリーゼと出かけるようになってからは、歩いているときに彼女が腕を組んでくるなど積極的な行動をしてくるので、その可愛さにやられることも多い。
だがどうしてもレオナルドは自分から一歩を踏み出せない。
嫌われてはいない、と思うが、自分がゲームの悪役で、相手がヒロインだという知識がどうしても邪魔をする。
そんなレオナルドの心情も変わらないままだった。少しずつ、だが確実にゲーム本編開始である王立学園入学が近づいてきていることも大きかった。
一方ミレーネも決して平静という訳ではなかった。冷静に見えるのは表面だけで、レオナルドに膝枕を勧めるときはいつも顔に出さないように必死だ。彼女もまた全く慣れることはなかった。
そんなミレーネもレオナルドの頭の重みを感じると、何とも言えない満たされた気持ちになり、心が落ち着いていく。愛おしさが込み上げてくる。
「……レオナルド様はどのような殿方に成長されるのでしょうね……」
ミレーネは抱いた気持ちそのままに柔らかな表情で呟いた。
「ん?どうしたの、いきな、り!?」
ミレーネの言葉に反応し、何気なく視線を夜空からミレーネの顔に向けたレオナルドは、しかしミレーネの胸で視界がいっぱいになり変な声が出てしまう。
「いえ……、何となく想像してしまいまして。きっとすごいお方になられるのだろうな、と」
レオナルドの声がおかしくなった理由に察しがついたミレーネは、見られていないとわかりながらクスリと小さく笑う。
「あ、ああ。そんなことないよ。俺は田舎の代官になって穏やかに暮らせたらそれでいいからさ」
レオナルドも何とか気持ちを落ち着けて会話を続けた。
「……以前にもそのようなことをおっしゃっていましたね」
言いながらミレーネの胸がズキリと痛んだ。レオナルドの語る将来には自分やセレナリーゼは近くにいないように感じたから。セレナリーゼとも時々話すが、レオナルドは自分達のことをどう想っているのだろう……。
「うん。それが俺の目標であり夢だから」
「……レオナルド様ならばきっと叶えられます」
「ありがとう。頑張るよ」
自分の想いとは関係なく、それがレオナルドの望みなら応援したい気持ちも本物だ。
ただ一抹の不安が過った。もしもレオナルドの力が周囲に知られるような事態が起こったとき、果たして周囲はレオナルドを放っておくだろうか、と。
王族やフォルステッドなどの大貴族は自分などでは知りえなかった霊力の存在を知っていたりするのだろうか。知らずとも魔力と似て非なる強力な力を持つと知れたら、レオナルドは貴族社会でいったいどういう扱いを受けるのか。
レオナルドはその力を誰にも知られたくないようだからそんなことは起こらないだろうと思うが、そんな答えの出ない一抹の不安はどうしてかミレーネの中から消えてくれなかった。
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