死亡エンドしかない悪役令息に転生してしまったみたいだが、全力で死亡フラグを回避する!

柚希乃愁

文字の大きさ
86 / 119
第三章

レオ成分の定期摂取(ミレーネ)

しおりを挟む
 セレナリーゼがレオナルドとの王都デートを定期的に行って二人の時間を過ごしているように、ミレーネもまたレオナルドと二人の時間を過ごしていた。

 それは決まって夜のことだった。
 一日の仕事を終えたミレーネは外套がいとうを着た姿でバスケットを片手にレオナルドの部屋をたずねる。
「レオナルド様、よろしくお願い致します」
「いつまでもそんなにかしこまらなくていいから。こんなことならいつだって大丈夫だからさ」
「はい……」
 自分を気遣きづかうレオナルドの優しい言葉に、自分のままだという自覚があるミレーネは気恥きはずかしそうにうなずく。

 そうして二人はベランダへと出る。
「じゃ、失礼するね」
「はい」
 レオナルドがミレーネをそっとお姫様抱っこするとミレーネもおずおずとレオナルドの首に腕を回す。ドキドキしてしまってミレーネの感情は毎回この瞬間が一番大変だ。
 そして二人は空へと飛び立った。

「寒くない?」
「はい。大丈夫です」
 言いながらレオナルドに引っつくようにミレーネは腕の力を強める。
「そっか。じゃあ今日も空の旅を楽しもうか」
 これがミレーネの得たレオナルドと二人きりの時間だ。最初は魔法の特訓の延長で、精霊術を体感したいというような理由で始めたのだが、今では完全に空の旅を楽しむことにシフトしている。実のところ、レオナルドと二人きりになるのは、一度の時間ではセレナリーゼの方が長いが、回数でいうとミレーネの方が多かったりする。その辺りミレーネはちゃっかりしているのだ。ミレーネだってセレナリーゼと気持ちは同じだから。それでも月に一、二度におさえてはいる。レオナルドの負担にはなりたくないから。レオナルドと一緒にいられるならどれだけでも一緒にいたいというのが本音だった。
 ただ、セレナリーゼへの後ろめたさもあった。精霊術のことをいまだセレナリーゼには話していないため、言える範囲、つまり夜に時々レオナルドとお茶をしているということまでしか伝えられていないのだ。
「何度見てもこの星空は本当に綺麗きれいですね……」
 ミレーネは感慨かんがい深い面持おももちでつぶやく。
「そうだな。こんなに近くで星を見るなんて中々できないもんな。それこそ空を飛ばなきゃさ」
「ええ、そうですね」
 ニッと笑うレオナルドにミレーネも表情をほころばせるのだった。

 夜空の旅は満天の星空がすごく近くて何ともロマンティックだ。今にも星が降ってくるのではないかとさえ思える。
 そんな中をレオナルドと密着しながら過ごすこの時間はミレーネの心臓に多大な負担をいるが、ミレーネはこの時間をとても大切に想っていた。
 この時間が永遠に続けばいいと思う程に。

 しばらく静かな夜空の旅を楽しんだ二人はおかの上に降り立つ。
 レオナルドが細かな木々を集め、精霊術で火をつけている間にミレーネは持ってきたバスケットから水筒すいとうを取り出し、二人分の紅茶をそそいでいた。二人とも回数を重ねているからか実に動きがスムーズだ。

「ありがとう、ミレーネ」
 ミレーネが差し出したカップを受け取りながらレオナルドがお礼を言う。
「いえ、おとなり失礼致します」
 ミレーネは自分の分のカップを持ちながらレオナルドの隣に座った。

「今日のお夜食はスコーンを焼いてみたのですが、おし上がりになりますか?」
「本当!?もちろん食べたい。実は今日は何かなって楽しみにしてたんだ」
『レオ、いつも言っているでしょう。こんな夜に食べ過ぎたら太りますよ?』
(食べ過ぎないから大丈夫だよ!)
「ふふっ、それはよかったです。……どうしましたか?」
 レオナルドの言葉に微笑ほほえんだミレーネだが、レオナルドの表情の変化を見てとって首をかしげる。
「あ、いや、何でもないんだ。ステラが食べ過ぎたら太るって言うから食べ過ぎないって言い返してただけ」
「そうでしたか。ステラ様のおっしゃることはもっともですね。そんなレオナルド様も見てみたい気はしますが、私も一応気をつけてはいます。今日も二つだけですよ?」
「?ああ。ありがとう、ミレーネ。いただきます」
 渡されたスコーンをレオナルドがパクパクと食べていく。その様子を見てからミレーネも一つ手に取るのだった。

 二人の間にあまり会話はない。
 元々ミレーネがそれほどおしゃべりするタイプではないというのが大きいだろうか。ただ静かに寄りっている。それを苦痛に感じる人もいるかもしれないが、この二人はその静寂せいじゃくに心地良さを感じていた。

 だが、そこはミレーネ。
「今日もお疲れになられたでしょう?少し横になってはいかがですか?」
 いつの頃からか夜食を食べ終えた後、毎回そんなことを言うようになった。ポンポンと自身のひざを軽くたたきながら魅惑みわく的な笑みを浮かべて。
「あ、っと……うん、ありがとう」
 最初は意味がわからなかったが、さすがにもう何を指しているかはレオナルドにだってわかっている。毎回自分が揶揄からかわれているのだということも。ただ、これにいつまでも慣れるなんてことができないレオナルドは未だにドギマギしてしまうのだ。

 レオナルドは横になるとミレーネの太腿ふとももに頭を乗せる。いわゆる膝枕ひざまくらというやつだ。
 後頭部から柔らかな感触が伝わってくると、なぜだかおだやかな気持ちになり、レオナルドの身体から無駄むだに入っていた力が抜けていく。これもいつものことだ。そして、こんなことまでしてくれるミレーネを意識せずにはいられない。レオナルドはミレーネをつい異性として見てしまう。ちなみに、セレナリーゼと出かけるようになってからは、歩いているときに彼女が腕を組んでくるなど積極的な行動をしてくるので、その可愛かわいさにやられることも多い。
 だがどうしてもレオナルドは自分から一歩を踏み出せない。
 嫌われてはいない、と思うが、自分がゲームの悪役で、相手がヒロインだという知識がどうしても邪魔じゃまをする。
 そんなレオナルドの心情も変わらないままだった。少しずつ、だが確実にゲーム本編開始である王立学園入学が近づいてきていることも大きかった。

 一方ミレーネも決して平静という訳ではなかった。冷静に見えるのは表面だけで、レオナルドに膝枕をすすめるときはいつも顔に出さないように必死だ。彼女もまたまったく慣れることはなかった。
 そんなミレーネもレオナルドの頭の重みを感じると、何とも言えない満たされた気持ちになり、心が落ち着いていく。いとおしさがみ上げてくる。

「……レオナルド様はどのような殿方とのがたに成長されるのでしょうね……」
 ミレーネはいだいた気持ちそのままにやわらかな表情で呟いた。
「ん?どうしたの、いきな、り!?」
 ミレーネの言葉に反応し、何気なく視線を夜空からミレーネの顔に向けたレオナルドは、しかしミレーネの胸で視界がいっぱいになり変な声が出てしまう。
「いえ……、何となく想像してしまいまして。きっとすごいお方になられるのだろうな、と」
 レオナルドの声がおかしくなった理由に察しがついたミレーネは、見られていないとわかりながらクスリと小さく笑う。
「あ、ああ。そんなことないよ。俺は田舎いなかの代官になって穏やかに暮らせたらそれでいいからさ」
 レオナルドも何とか気持ちを落ち着けて会話を続けた。
「……以前にもそのようなことをおっしゃっていましたね」
 言いながらミレーネの胸がズキリと痛んだ。レオナルドの語る将来には自分やセレナリーゼは近くにいないように感じたから。セレナリーゼとも時々話すが、レオナルドは自分達のことをどう想っているのだろう……。
「うん。それが俺の目標であり夢だから」
「……レオナルド様ならばきっとかなえられます」
「ありがとう。頑張るよ」
 自分の想いとは関係なく、それがレオナルドの望みなら応援したい気持ちも本物だ。
 ただ一抹いちまつの不安がよぎった。もしもレオナルドの力が周囲に知られるような事態が起こったとき、果たして周囲はレオナルドを放っておくだろうか、と。
 王族やフォルステッドなどの大貴族は自分などでは知りえなかった霊力の存在を知っていたりするのだろうか。知らずとも魔力と似て非なる強力な力を持つと知れたら、レオナルドは貴族社会でいったいどういう扱いを受けるのか。

 レオナルドはその力を誰にも知られたくないようだからそんなことは起こらないだろうと思うが、そんな答えの出ない一抹の不安はどうしてかミレーネの中から消えてくれなかった。

 それから再び夜空をながめ穏やかな時間を過ごした二人は、ここに来たときと同じように空を飛び屋敷へと戻るのだった。
しおりを挟む
感想 42

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生したけど、静かな老後を送りたい!

えながゆうき
ファンタジー
 妹がやっていた乙女ゲームの世界に転生し、自分がゲームの中の悪役令息であり、魔王フラグ持ちであることに気がついたシリウス。しかし、乙女ゲームに興味がなかった事が仇となり、断片的にしかゲームの内容が分からない!わずかな記憶を頼りに魔王フラグをへし折って、静かな老後を送りたい!  剣と魔法のファンタジー世界で、精一杯、悪足搔きさせていただきます!

伯爵令息は後味の悪いハッピーエンドを回避したい

えながゆうき
ファンタジー
 停戦中の隣国の暗殺者に殺されそうになったフェルナンド・ガジェゴス伯爵令息は、目を覚ますと同時に、前世の記憶の一部を取り戻した。  どうやらこの世界は前世で妹がやっていた恋愛ゲームの世界であり、自分がその中の攻略対象であることを思い出したフェルナンド。  だがしかし、同時にフェルナンドがヒロインとハッピーエンドを迎えると、クーデターエンドを迎えることも思い出した。  もしクーデターが起これば、停戦中の隣国が再び侵攻してくることは間違いない。そうなれば、祖国は簡単に蹂躙されてしまうだろう。  後味の悪いハッピーエンドを回避するため、フェルナンドの戦いが今始まる!

気づいたら美少女ゲーの悪役令息に転生していたのでサブヒロインを救うのに人生を賭けることにした

高坂ナツキ
ファンタジー
衝撃を受けた途端、俺は美少女ゲームの中ボス悪役令息に転生していた!? これは、自分が制作にかかわっていた美少女ゲームの中ボス悪役令息に転生した主人公が、報われないサブヒロインを救うために人生を賭ける話。 日常あり、恋愛あり、ダンジョンあり、戦闘あり、料理ありの何でもありの話となっています。

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

レベル上限5の解体士 解体しかできない役立たずだったけど5レベルになったら世界が変わりました

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
前世で不慮な事故で死んだ僕、今の名はティル 異世界に転生できたのはいいけど、チートは持っていなかったから大変だった 孤児として孤児院で育った僕は育ての親のシスター、エレステナさんに何かできないかといつも思っていた そう思っていたある日、いつも働いていた冒険者ギルドの解体室で魔物の解体をしていると、まだ死んでいない魔物が混ざっていた その魔物を解体して絶命させると5レベルとなり上限に達したんだ。普通の人は上限が99と言われているのに僕は5おかしな話だ。 5レベルになったら世界が変わりました

称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~

しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」 病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?! 女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。 そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!? そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?! しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。 異世界転生の王道を行く最強無双劇!!! ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!! 小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!

お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~

志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」 この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。 父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。 ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。 今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。 その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。

異世界あるある 転生物語  たった一つのスキルで無双する!え?【土魔法】じゃなくって【土】スキル?

よっしぃ
ファンタジー
農民が土魔法を使って何が悪い?異世界あるある?前世の謎知識で無双する! 土砂 剛史(どしゃ つよし)24歳、独身。自宅のパソコンでネットをしていた所、突然轟音がしたと思うと窓が破壊され何かがぶつかってきた。 自宅付近で高所作業車が電線付近を作業中、トラックが高所作業車に突っ込み運悪く剛史の部屋に高所作業車のアームの先端がぶつかり、そのまま窓から剛史に一直線。 『あ、やべ!』 そして・・・・ 【あれ?ここは何処だ?】 気が付けば真っ白な世界。 気を失ったのか?だがなんか聞こえた気がしたんだが何だったんだ? ・・・・ ・・・ ・・ ・ 【ふう・・・・何とか間に合ったか。たった一つのスキルか・・・・しかもあ奴の元の名からすれば土関連になりそうじゃが。済まぬが異世界あるあるのチートはない。】 こうして剛史は新た生を異世界で受けた。 そして何も思い出す事なく10歳に。 そしてこの世界は10歳でスキルを確認する。 スキルによって一生が決まるからだ。 最低1、最高でも10。平均すると概ね5。 そんな中剛史はたった1しかスキルがなかった。 しかも土木魔法と揶揄される【土魔法】のみ、と思い込んでいたが【土魔法】ですらない【土】スキルと言う謎スキルだった。 そんな中頑張って開拓を手伝っていたらどうやら領主の意に添わなかったようで ゴウツク領主によって領地を追放されてしまう。 追放先でも土魔法は土木魔法とバカにされる。 だがここで剛史は前世の記憶を徐々に取り戻す。 『土魔法を土木魔法ってバカにすんなよ?異世界あるあるな前世の謎知識で無双する!』 不屈の精神で土魔法を極めていく剛史。 そしてそんな剛史に同じような境遇の人々が集い、やがて大きなうねりとなってこの世界を席巻していく。 その中には同じく一つスキルしか得られず、公爵家や侯爵家を追放された令嬢も。 前世の記憶を活用しつつ、やがて土木魔法と揶揄されていた土魔法を世界一のスキルに押し上げていく。 但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。 転生時にチートはなかったと思われたが、努力の末にチートと言われるほどスキルを活用していく事になる。 これは所持スキルの少なさから世間から見放された人々が集い、ギルド『ワンチャンス』を結成、努力の末に世界一と言われる事となる物語・・・・だよな? 何故か追放された公爵令嬢や他の貴族の令嬢が集まってくるんだが? 俺は農家の4男だぞ?

処理中です...