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第二章

罪と償い

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「これはイリシェイムお兄様。いったいどうなされたのですか?」
 シャルロッテは、付き従えているグラオムとネファスをチラリと見やり、冷ややかな笑みを浮かべながら、イリシェイムに用向きをたずねる。

「お前に用はない」
 イリシェイムは、まるで敵を見るような目でシャルロッテをにらんだ。
「では、どのようなご用でわざわざこちらにいらしたのでしょう?」
 そんな目を向けられてもシャルロッテに全くどうじた様子はない。
 これが今の彼らの関係なのだ。

 実のところ、現在ムージェスト王国における王族同士の関係は少々複雑ふくざつだ。
 この国には、正妃せいひが二人いる。側室もいるが、その子供は王位継承けいしょうできる立場にはないのでここでは省略しょうりゃくする。
 問題は正妃二人だ。国王は同じ年に二人の正妃と結婚した。
 妃自身の家柄としては、先に結婚した第一正妃が上だ。なぜなら彼女は友好国の王女なのだから。ただし、これは完璧かんぺきな政略結婚だった。
 一方、第二正妃は、国王がまだ王子のとき、王立学園に通っている際に恋仲となった自国の貴族だ。本来なら側室となるべき家柄の彼女は、王の寵愛ちょうあいから第二正妃となった。
 そして、国王は自分の気持ちのままに第二正妃を優先して愛した。
 結果、第一正妃の子供は、第王子と第王女であるシャルロッテ。
 第二正妃の子供は、第一王女と第一王子。
 そう、子供が先にできたのは第二正妃だったのだ。その後に、まるで義務をたすかのように、第一正妃との間にも二人の子供が生まれた。

 ただし、ムージェスト王族の特徴とくちょうである、『真紅しんく』を色濃く受けいだのは第一正妃との間に生まれた子供達で、成長するにつれ能力的にもその差が明確になっていった。

 するとどうなるか。
 これは必然だったのだろう、貴族をも巻き込む後継者争いが起こった。
 それは二大公爵家も例外ではない。
 他国との関係含め、国益こくえき全体を考えた者達はクルームハイト公爵家を筆頭ひっとうに第二王子派となり、たいしたうしだてがないため自分達があつかいやすく、享受きょうじゅできる利益を最大にしたい者達はクルエール公爵家を筆頭に第一王子派となった。

 国王は、国の命運がかかっている次期国王についてはさすがに私情しじょうおさえたようだが、しばらくの間、静観せいかんする道を選んだ。
 当初は第二王子派が有力だったが、今から二年程前、問題が発生する。
 第二王子が、回復魔法も効果がないやまいかかり、療養りょうようが必要でとても表舞台に立てるような状態ではなくなってしまったのだ。
 その上、時を同じくして、第二王子派筆頭であるクルームハイト公爵家の嫡子ちゃくし、レオナルドに魔力がないことも判明し、魔力至上主義の貴族社会においてクルームハイト公爵家の権勢けんせいが大きく弱まっていった。

 そこから一気に第一王子派が勢力を強め、現在にいたっている。
 そんな中、ゲームとは違い、シャルロッテが積極的に動き始めたのだ。
 これには、実の兄である第二王子派の最高位貴族、クルームハイト公爵家がセレナリーゼを次期当主にしたことが大きく影響えいきょうしている。セレナリーゼであれば、クルームハイト公爵家の権勢は復活するはずだから。しかもつい先日のブラックワイバーンの件で、アレクセイの存在がシャルロッテに勢いを与え、今日の三人でのお茶会につながっている。
 レオナルドの意図いとしない形で彼の選択が深く関係していたということだ。
 加えて、シャルロッテには、父親である国王に自分達のことをもっと見てほしいという子供らしいおもいもあったのかもしれない。

「セレナリーゼ=クルームハイト。用があるのは貴様きさまだ」
 イリシェイムは、シャルロッテに対してしたのと同じように敵意むき出しの目でセレナリーゼを見やる。
「私、でございますか?」
 その視線にセレナリーゼは肩をビクッとさせる。派閥はばつの対立こそあれ、セレナリーゼ個人にはイリシェイムにそんな目を向けられる理由が思い当たらないのだ。
「そうだ。正確にはお前とお前の後ろにいるメイドだがな」
 ミレーネはわずかに表情を強張こわばらせる。グラオムとネファスを見たときからずっといやな予感がしていたが、それが的中てきちゅうしてしまったようだ。
「ミレーネ?」
 イリシェイムが自分ばかりかミレーネにまで、いったい何の用があるというのか、セレナリーゼは訳がわからず疑問いっぱいの表情でミレーネに顔を向けた。シャルロッテはイリシェイムが何を言い出すのかと警戒けいかいの色を強めている。
「何だその態度は?とぼけても無駄むだだぞ、セレナリーゼ。貴様はそこのメイドを使って私の側近であるグラオムとネファスを愚弄ぐろうし、あまつさえネファスに負傷ふしょうまでさせた」
「っ、いったい何を……?」
 イリシェイムが一方的に語る内容をセレナリーゼは全く理解できない。
「なんとも幼稚ようちなことだ。なりふりかまっていられなくなったか?クルームハイトも地に落ちたものだな。だが、それは第一王子であるこの私をもおとしめる愚行ぐこうだということを知れ」

「愚弄などしておりません!ましてや傷を負わせてなど――――!」
 ミレーネが我慢がまんならないといった様子で反論するが、
「メイド。わきまえろよ?お前が口を開くことをゆるしたおぼえはないぞ?」
 イリシェイムが底冷そこびえのするような声で強制的にだまらせる。
「っ……」
「セレナリーゼ。メイドのしつけがなっていないな。それともこれも貴様の差し金か?」
「いえ、決してそのようなことは……。申し訳ございませんでした」
 ミレーネの反応から何かがあったことは間違いなく、本当のところは違うのだろうということはわかった。だが、実際に何があったのかがわからない。それに、イリシェイムの中では今言ったことが真実で、それを信じ込み、自分達を糾弾きゅうだんしているのだ。そんな状況で、第一王子である彼に言い返せはしなかった。
「セレナリーゼ様……」
 自分の軽率けいそつな言動で、セレナリーゼにあやまらせてしまったことに、ミレーネは忸怩じくじたる思いをいだいた。

「私の側近へのつみだ。よって第一王子として私が処断しょだんくだす。グラオムは最も被害を受けたネファスこそがあがなわれるべきだと殊勝しゅしょうなことを言っているのでな。その意をむこととした。ネファスもメイドの命までは求めないと言っている。そこでだ、セレナリーゼ。つぐないとして、ネファスに金貨百枚を支払うとともに、そこのメイドを差し出せ。ネファス、それでよいな?」
「なっ!?」
 セレナリーゼは目を見開き絶句ぜっくする。金貨百枚なんて大金、とてもセレナリーゼに払うことはできない。フォルステッドに頼めばお金は何とかなるかもしれないが……、ミレーネを差し出すなんてことはだんじて認められる訳がない。だが、これは王族からの命令にひとしい。この場で公爵令嬢に過ぎない自分がどうこうできるものではなくて……。それが心の底からくやしかった。
 そうした感情とは別に、セレナリーゼの聡明そうめいさが違和感いわかんを覚える。側近のこととはいえ、関係のない王子がわざわざ出張でばってきたにしては、求めてきた内容が稚拙ちせつというか矮小わいしょうというか、そんな気がするのだ。まるで王子が考えた条件ではないような……。

「ありがとうございます、イリシェイム殿下。ミレーネと言ったな。今殿下がおっしゃられた通りだ。明日の正午しょうご、金を持ってここに一人で来い」
 セレナリーゼが何も言えずかたまっていると、ずっとイリシェイムの後ろにいたネファスがニヤニヤと下卑げびた笑みを浮かべながらここぞとばかりに前に出てきて、ミレーネに一枚の紙きれを渡した。紙切れには場所が示されているようだ。
 その紙切れを無言で受け取るミレーネ。

 するとそのとき―――、
「おかしい!いくらシャルのお兄さんだからって、こんなのは間違ってる!」
 義憤ぎふんられたアレクセイが声を上げる。だが、それは悪手あくしゅもいいところだった。
「なんだ貴様は?」
 イリシェイムがアレクセイを睨みつける。
「アレク、待って!」
 シャルロッテがアレクセイを止めようとする。アレクセイまでイリシェイムの怒りを買ってしまって、今彼を失うことだけは絶対にけなければならない。
「アレク?」
「殿下、あの男は―――」
 イリシェイムが名前をつぶやくと、後ろにひかえていたグラオムがイリシェイムの耳元で何事か説明する。
「ほう。この男が……」
 説明を聞き終えたイリシェイムの目からアレクセイへの敵意が消えた。
「どうしてだ!?シャル!こんなこと許されていい訳がない!」
「お願い、アレク。少し落ち着いて」
「君はアレクセイで間違いないな?」
 イリシェイムが先ほどまでと違って落ち着いた声で尋ねる。
「え?あ、はい、そうですけど」
 その声にアレクセイは気勢きせいをそがれる。
「そうか。君のことは不問ふもんとしよう。先ほどの言葉はだろう?君とはいずれまたゆっくりと話したいものだ」
「な、何を?」
 イリシェイムの言葉にアレクセイは混乱してしまい言葉が出てこない。シャルロッテはイリシェイムがアレクセイを取り込もうとしているとわかり、にがい表情になっている。
「アレクセイまで使ってくるとは。貴様はとんだ女狐めぎつねだな、セレナリーゼ。アレクセイに言わせた私への侮辱ぶじょくの分を追加だ。金貨は百枚ではなく三百枚用意してネファスに渡せ。話は以上だ」
 当然、セレナリーゼがアレクセイに言わせたなんていう事実はない。にもかかわず、セレナリーゼの関知かんちしない今のやり取りで、セレナリーゼは貶められ、その罪が追加され、なぜかネファスに支払う金額が増えてしまった。

 言いたいことを言い終えたイリシェイムは、やって来たときと同じようにグラオムとネファスをしたがえ、お茶会の場を後にするのだった。
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