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第一章
特訓中の事故
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『飛行の精霊術とは言いましたが、厳密には風の精霊術の一種です』
「そっか。なんとなく想像できるよ」
レオナルドは、重力を操る訳ではないのだな、と思いながらも返事をする。
『そうなのですか?ならば話が早いですね。今回の事象改変は、霊力によってあなたの周囲に風の流れを作り、その力を使って飛ぶことになります。早速やってみてください』
「ああ、わかった。やってみる」
身も蓋もない話だが、レオナルドの理解が早いのは前世の記憶のおかげだった。
前世で楽しんだゲームや漫画などでは大した説明もなく飛行できるといった場合を除いて、空を飛ぶ方法と言えば、風を操るか、重力を操るか、といった感じだったからだ。
レオナルドは一度深く息を吐くと、目を瞑り、霊力を全身から放出した。ゆっくり、ゆっくりと、慎重に。
広範囲に霊力を出す必要はない。せいぜいが両手を広げた程度の範囲で十分だろう。霊力の放出は白刀化で散々やっていることだから慣れたものだ。
指向性をもった風に包まれている自分を強くイメージし、干渉を試みるレオナルドだが、一時間が経過しようかという今も全く変化は起きていない。
この間、レオナルドは微動だにしていないが、眉間には皺が寄り、額には薄っすら汗が浮かんでいる。相当苦労しているようだ。
すると、
「だああぁ、くそ!全然ダメだ!」
レオナルドが目を開き、膝に手をついて自分の不甲斐なさを嘆いた。だが、それだけではなかった。レオナルドは気が緩んだからか、意図せず、体内の霊力を一気に放出してしまった。頭の中は風を起こすことでいっぱいの状態のまま―――。
そのとき、室内だというのに突風が吹いた。レオナルドの正面に向かって真っ直ぐに。
『危ない!上を見なさい!』
ステラの緊張を孕んだ声がレオナルドの頭に響く。
「っ、なっ!?」
レオナルドがステラの声に反応し、咄嗟に上を向くと、視界の中でベッドが舞い上がっていた。マットレスや上掛け、枕なんかもばらけた状態で一緒にだ。ベッド本体はそれなりの重量があるからか、ぎりぎり天井には届いていない。
それらが今まさに落ちてこようとしていた。
レオナルドは目視してすぐに身体強化を行う。瞬時に行えたのは特訓の賜物だろう。そして、落下してくるベッド本体とマットレスをそれぞれ片手で受け止めた。それと前後して上掛けと枕が床に落ちる。
「あっぶねぇ~~~」
本気で焦ったのか、その声には安堵が多分に含まれていた。ベッドが床に落ちてたら壊れていただろうし、すごい音もしたはずだ。誰かがこの部屋にやって来る可能性が高い。もしそんなことになったら部屋の惨状を説明できる気が全くしなかった。
『気をつけてください。人間の体なんて脆弱なものなのですから』
ステラは素っ気なく言っているが、それはレオナルドを心配するものに違いなかった。確かに、身体強化もしていない生身の肉体では、当たり所次第で、ベッドがぶつかっただけで死んでいてもおかしくはない。
「あ、ああ、ごめん。ありがとう。けどなんでベッドが飛んでたんだ?」
ベッドとマットレスをそっと元の位置に戻しながらレオナルドは首を傾げる。
『気づいていなかったのですか?あなたは、ダメだと言って膝に手をついたとき、同時に前方に、つまりベッドに向かって風を発生させたんですよ。それほど強力なものではなかったので、ベッドは壊れることなく飛ばされただけで済みましたが』
「え?そうだったの?全然気づかなかった……」
身体強化を解いたレオナルドは、ステラと会話しながら枕と上掛けを拾い、ベッドに戻す。あのとき、自分が風を発生させたなんて自覚が全くないが、ベッドが壊れるほどの強さじゃなくてよかったと胸を撫で下ろした。
『……まあ、無意識だったとしても、初日から実際に風を起こすことができたのです。幸先はいいと思いますよ』
「うん。ありがとう、ステラ」
この日は集中力も途切れてしまったので、特訓はここまでとなった。
以降、レオナルドは室内でやっているということを念頭に置いて、細心の注意を払いながら特訓を続けた。とはいっても、いくつか室内にある小物を壊してしまったのだが……。そうして精霊術の特訓を始めてから一か月余りが過ぎ、年が明けて、時は、神聖歴九九六年一月になった。
レオナルドはこの日、鍛錬を早めに切り上げ、自分の部屋に戻った。
「さて、それじゃあ行ってみようか、ステラ」
『ええ。私の方も準備できていますので』
「ステラの準備って何?」
『それは後で教えます』
「?わかった。じゃあ行くよ」
『ええ』
レオナルドはベランダへと移動すると、直後、彼の周囲に風が発生し、体がゆっくりと真上に上がっていく。飛行の精霊術だ。
飛行の精霊術に集中していたとはいえ、一か月余りで習得できたのは十分に早いことだった。ステラも『やはりあなたには精霊術の才能がありますね』と言うほどだ。このとき、魔力という才能がなく落ち込んだ経験のあるレオナルドは、ステラの言葉が本当に嬉しくて、だらしなくニヨニヨと口元を緩ませていた。
自分自身を浮かせられるようになってからは、室内で行うには手狭になってきたため、夜中に屋敷の上空を飛ぶ練習をしてきて今に至る。
レオナルドは屋敷から真っ直ぐ森へと飛んで行った。
飛行は順調で、森へとあっという間に着いたレオナルドは上空に留まり、森を見下ろしている。
『魔力反応があちらこちらに点在していますね』
「やっぱりわかるんだ?ただ、ここには魔物だけじゃなくて冒険者もいるからなぁ。ステラ、魔物の反応かどうかってわかる?」
『……おそらく。屋敷にいる人間と似た感じの魔力反応がいくつかありますから、それ以外が魔物でしょう。人間の場所を教えればいいですか?』
どうしてか、ステラは答えるのに少し間があった。
「人間の場所を知ってどうするんだよ?」
そんな些細な間のことよりも、最後の言葉の意味の方が問題だと、レオナルドはジト目になりつつ尋ねる。ステラが何を言おうとしているか、もうわかっているようだ。
『実戦なのでしょう?人間を殺しに行くのでは?』
「そんなこと一度も言ってないよね!?」
やっぱりか、とレオナルドは食い気味に否定する。
『そうでしたか?』
「はぁ……。魔物の場所がわかるなら一番近いものを教えてほしいんだけど……?」
『仕方ありませんね。わかりました』
ステラはあっさり引き下がると、レオナルドに魔物と思われる反応がある一番近い場所を伝えるのだった。
「そっか。なんとなく想像できるよ」
レオナルドは、重力を操る訳ではないのだな、と思いながらも返事をする。
『そうなのですか?ならば話が早いですね。今回の事象改変は、霊力によってあなたの周囲に風の流れを作り、その力を使って飛ぶことになります。早速やってみてください』
「ああ、わかった。やってみる」
身も蓋もない話だが、レオナルドの理解が早いのは前世の記憶のおかげだった。
前世で楽しんだゲームや漫画などでは大した説明もなく飛行できるといった場合を除いて、空を飛ぶ方法と言えば、風を操るか、重力を操るか、といった感じだったからだ。
レオナルドは一度深く息を吐くと、目を瞑り、霊力を全身から放出した。ゆっくり、ゆっくりと、慎重に。
広範囲に霊力を出す必要はない。せいぜいが両手を広げた程度の範囲で十分だろう。霊力の放出は白刀化で散々やっていることだから慣れたものだ。
指向性をもった風に包まれている自分を強くイメージし、干渉を試みるレオナルドだが、一時間が経過しようかという今も全く変化は起きていない。
この間、レオナルドは微動だにしていないが、眉間には皺が寄り、額には薄っすら汗が浮かんでいる。相当苦労しているようだ。
すると、
「だああぁ、くそ!全然ダメだ!」
レオナルドが目を開き、膝に手をついて自分の不甲斐なさを嘆いた。だが、それだけではなかった。レオナルドは気が緩んだからか、意図せず、体内の霊力を一気に放出してしまった。頭の中は風を起こすことでいっぱいの状態のまま―――。
そのとき、室内だというのに突風が吹いた。レオナルドの正面に向かって真っ直ぐに。
『危ない!上を見なさい!』
ステラの緊張を孕んだ声がレオナルドの頭に響く。
「っ、なっ!?」
レオナルドがステラの声に反応し、咄嗟に上を向くと、視界の中でベッドが舞い上がっていた。マットレスや上掛け、枕なんかもばらけた状態で一緒にだ。ベッド本体はそれなりの重量があるからか、ぎりぎり天井には届いていない。
それらが今まさに落ちてこようとしていた。
レオナルドは目視してすぐに身体強化を行う。瞬時に行えたのは特訓の賜物だろう。そして、落下してくるベッド本体とマットレスをそれぞれ片手で受け止めた。それと前後して上掛けと枕が床に落ちる。
「あっぶねぇ~~~」
本気で焦ったのか、その声には安堵が多分に含まれていた。ベッドが床に落ちてたら壊れていただろうし、すごい音もしたはずだ。誰かがこの部屋にやって来る可能性が高い。もしそんなことになったら部屋の惨状を説明できる気が全くしなかった。
『気をつけてください。人間の体なんて脆弱なものなのですから』
ステラは素っ気なく言っているが、それはレオナルドを心配するものに違いなかった。確かに、身体強化もしていない生身の肉体では、当たり所次第で、ベッドがぶつかっただけで死んでいてもおかしくはない。
「あ、ああ、ごめん。ありがとう。けどなんでベッドが飛んでたんだ?」
ベッドとマットレスをそっと元の位置に戻しながらレオナルドは首を傾げる。
『気づいていなかったのですか?あなたは、ダメだと言って膝に手をついたとき、同時に前方に、つまりベッドに向かって風を発生させたんですよ。それほど強力なものではなかったので、ベッドは壊れることなく飛ばされただけで済みましたが』
「え?そうだったの?全然気づかなかった……」
身体強化を解いたレオナルドは、ステラと会話しながら枕と上掛けを拾い、ベッドに戻す。あのとき、自分が風を発生させたなんて自覚が全くないが、ベッドが壊れるほどの強さじゃなくてよかったと胸を撫で下ろした。
『……まあ、無意識だったとしても、初日から実際に風を起こすことができたのです。幸先はいいと思いますよ』
「うん。ありがとう、ステラ」
この日は集中力も途切れてしまったので、特訓はここまでとなった。
以降、レオナルドは室内でやっているということを念頭に置いて、細心の注意を払いながら特訓を続けた。とはいっても、いくつか室内にある小物を壊してしまったのだが……。そうして精霊術の特訓を始めてから一か月余りが過ぎ、年が明けて、時は、神聖歴九九六年一月になった。
レオナルドはこの日、鍛錬を早めに切り上げ、自分の部屋に戻った。
「さて、それじゃあ行ってみようか、ステラ」
『ええ。私の方も準備できていますので』
「ステラの準備って何?」
『それは後で教えます』
「?わかった。じゃあ行くよ」
『ええ』
レオナルドはベランダへと移動すると、直後、彼の周囲に風が発生し、体がゆっくりと真上に上がっていく。飛行の精霊術だ。
飛行の精霊術に集中していたとはいえ、一か月余りで習得できたのは十分に早いことだった。ステラも『やはりあなたには精霊術の才能がありますね』と言うほどだ。このとき、魔力という才能がなく落ち込んだ経験のあるレオナルドは、ステラの言葉が本当に嬉しくて、だらしなくニヨニヨと口元を緩ませていた。
自分自身を浮かせられるようになってからは、室内で行うには手狭になってきたため、夜中に屋敷の上空を飛ぶ練習をしてきて今に至る。
レオナルドは屋敷から真っ直ぐ森へと飛んで行った。
飛行は順調で、森へとあっという間に着いたレオナルドは上空に留まり、森を見下ろしている。
『魔力反応があちらこちらに点在していますね』
「やっぱりわかるんだ?ただ、ここには魔物だけじゃなくて冒険者もいるからなぁ。ステラ、魔物の反応かどうかってわかる?」
『……おそらく。屋敷にいる人間と似た感じの魔力反応がいくつかありますから、それ以外が魔物でしょう。人間の場所を教えればいいですか?』
どうしてか、ステラは答えるのに少し間があった。
「人間の場所を知ってどうするんだよ?」
そんな些細な間のことよりも、最後の言葉の意味の方が問題だと、レオナルドはジト目になりつつ尋ねる。ステラが何を言おうとしているか、もうわかっているようだ。
『実戦なのでしょう?人間を殺しに行くのでは?』
「そんなこと一度も言ってないよね!?」
やっぱりか、とレオナルドは食い気味に否定する。
『そうでしたか?』
「はぁ……。魔物の場所がわかるなら一番近いものを教えてほしいんだけど……?」
『仕方ありませんね。わかりました』
ステラはあっさり引き下がると、レオナルドに魔物と思われる反応がある一番近い場所を伝えるのだった。
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