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第一章
人さらい
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時は少しだけ遡る。
セレナリーゼが馬車の中で一人待っていると、突然馬車の扉が開いた。
セレナリーゼはレオナルドとミレーネが戻ってきたのだと思い安心したのだが、そこから現れたのはそのどちらでもなかった。
ボロボロの服を着た男。外の状況を知らないセレナリーゼにはわからないが、知っていれば倒れている男と同じような恰好と思っただろう。
「っ!?だ、誰―――――」
声を出そうとしたセレナリーゼの口は男の手によって塞がれてしまった。そしてもう片方の手にはナイフが握られていた。
「嬢ちゃん。死にたくなかったら大声を出すんじゃない。わかったか?」
手に持ったナイフを見せつけてセレナリーゼを脅すようにして男は低く重い声で言った。
その効果は抜群だった。口を押さえられたセレナリーゼは涙目になりながら必死にコクコクと頷く。
「よーし。それでいい。今から手を離してやるが決して声を出すなよ?」
男の言葉にセレナリーゼは再度頷く。
ようやく口を解放されたセレナリーゼだが、恐怖から声なんて全く出ない。それどころか口が震え歯がカチカチと音を立てる。
「へっ。楽な仕事だぜ」
男はそんなセレナリーゼの様子に満足げにニヤリと笑い、セレナリーゼを脇に抱え、馬車を降りた。
外に出た男は馬車の前方に目をやる。
「チッ、あいつはまだやってんのかよ。このままさっさと逃げてえってのに」
男からはそんなイライラした言葉が漏れるが、セレナリーゼには聞こえていなかった。
セレナリーゼの目にはレオナルドの背中だけが映っており、その瞬間、恐怖が少しだけ薄れ、声を出すことに成功した。
「レオ兄さま!」
「てめえ!何声なんて出してやがる!ぶっ殺されてえのか!?」
男が怒りからナイフを振りかぶる。
「きゃっ」
セレナリーゼは恐怖からぎゅっと目を瞑った。
レオナルドはセレナリーゼの声で振り向いた先の光景に本当に一瞬頭が真っ白になってしまったが、続く男の言葉、そしてセレナリーゼの怯え切った短い悲鳴で現実に戻ってきた。
「やめろ!」
レオナルドが力強く制止の言葉を発すると同時にいつでも動けるような体勢を取る。続けてミレーネも身構えた。ミレーネの目はレオナルド達が見たことないほど鋭くなっており、男を注視している。
(なんだ!?何がどうなってる!?)
高速に頭を働かせるレオナルド。だが考えるまでもない。目の前の光景がすべてだ。こんな白昼堂々人さらいだなんて。それでも混乱は収まらない。なぜ、どうしてと疑問ばかりが浮かんでくる。
元々脅しのつもりだったのか、レオナルドの言葉に男はナイフを持った手を下ろしセレナリーゼの顔のすぐ近くに寄せた。
「おうおう。威勢のいいお兄ちゃんだなぁ。だがお前なんかに用はないんだよ。妹を傷つけられたくなかったらそこを動くなよガキ!隣の女もだ!」
「…ひっ」
そろそろと目を開けたセレナリーゼが間近に迫ったナイフを見て怯えた声を上げる。
「「っ!?」」
目の前にいるというのに今の言葉でレオナルドとミレーネは動けなくなってしまった。いくら近くても男のナイフがセレナリーゼを襲う方が速い。
ただ男の言葉に情報があった。
(俺とセレナの関係を知ってる!?)
レオナルドは初めて見るが、相手は自分達のことを調べた上で襲ってきた。つまり計画されたものだということだ。
レオナルド達の悔しそうな顔を見て男は高揚したのかさらに言葉を続けた。
「くはははっ!そうだ!それでいい!そのままでいろよ?この嬢ちゃんを欲しがってるお方がいるんでねえ」
「っ!?何?誰だ!?誰がセレナを!?」
「ああぁ?知るかよ、そんなこと。俺達は雇われただけだからな。くはははっ!」
「俺達……?」
男の言葉に引っかかりを覚える。
(まさか!?)
レオナルドが正解にたどり着いた、まさにそのときだった。
「おい!いつまで寝てやがる!さっさと行くぞ!」
男が声を張り上げて言った。
ハッとして倒れていた男を確認しようとしたレオナルドだが、すでにそこに男はいなかった。すぐに視線をセレナリーゼの方に戻すと倒れていた男が合流していた。ミレーネも同様の視線の動きをして、最初から倒れている男に違和感を覚えていたというのにこんな事態を招いてしまった自分自身に忸怩たる思いでいっぱいになった。
「生きてりゃそれでいいって言われてるからな。追いかけてきたらこの嬢ちゃんがどうなるかわかるな?」
男はニヤリと笑って最後の追い打ちをかける。
「くっ……」
レオナルドは悔しさから顔が歪む。セレナリーゼが泣きながら自分を見ている。だというのに動くことすらできないなんて。
そして二人の男はそのままレオナルド達がいるのとは反対方向に走り始めた。セレナリーゼを抱えて―――。
男達が視界から消えてすぐだった。
「ミレーネ」
「っ、はい」
レオナルドから少年らしくない低い声で名前を呼ばれてミレーネは背筋を伸ばす。静かに怒っていることが感じ取れるほどの重みがあった。
「僕はやつらの後を追う」
「そんなっ。どうやって―――!?」
「ミレーネはすぐに屋敷に戻って父上達に報告してくれ。それと魔力探知ができる者にセレナの魔力を探らせるんだ。それで騎士を連れてきてほしい」
「追うのならば私が―――!」
だが続けられた言葉には反論せずにはいられない。レオナルドが追跡などできるとは思えなかったし、レオナルドまで危険にさらす訳にはいかないのだ。
「議論している暇はない!これは命令だ!」
そんなミレーネの言葉はすべて途中でレオナルドによって遮られた。強い言葉になってしまったのはレオナルド自身焦っていたからだ。あまり離れてしまうとセレナリーゼを追いかけることができなくなってしまうかもしれない、と。
「っ……わかりました」
まるでフォルステッドのような迫力があるレオナルドにミレーネは頷くことしかできなかった。確かに何をするにしても急がなければならない。ミレーネが了承してくれたことでレオナルドの表情が少しだけ和らぐ。
「ありがとう。多分これが最善だから。ミレーネ、後は頼んだ。なるべく早く来てくれると助かる」
「はい!」
頼まれたことを確実に実行しなければならない、ミレーネは決意のこもった瞳で返事をした。
セレナリーゼが馬車の中で一人待っていると、突然馬車の扉が開いた。
セレナリーゼはレオナルドとミレーネが戻ってきたのだと思い安心したのだが、そこから現れたのはそのどちらでもなかった。
ボロボロの服を着た男。外の状況を知らないセレナリーゼにはわからないが、知っていれば倒れている男と同じような恰好と思っただろう。
「っ!?だ、誰―――――」
声を出そうとしたセレナリーゼの口は男の手によって塞がれてしまった。そしてもう片方の手にはナイフが握られていた。
「嬢ちゃん。死にたくなかったら大声を出すんじゃない。わかったか?」
手に持ったナイフを見せつけてセレナリーゼを脅すようにして男は低く重い声で言った。
その効果は抜群だった。口を押さえられたセレナリーゼは涙目になりながら必死にコクコクと頷く。
「よーし。それでいい。今から手を離してやるが決して声を出すなよ?」
男の言葉にセレナリーゼは再度頷く。
ようやく口を解放されたセレナリーゼだが、恐怖から声なんて全く出ない。それどころか口が震え歯がカチカチと音を立てる。
「へっ。楽な仕事だぜ」
男はそんなセレナリーゼの様子に満足げにニヤリと笑い、セレナリーゼを脇に抱え、馬車を降りた。
外に出た男は馬車の前方に目をやる。
「チッ、あいつはまだやってんのかよ。このままさっさと逃げてえってのに」
男からはそんなイライラした言葉が漏れるが、セレナリーゼには聞こえていなかった。
セレナリーゼの目にはレオナルドの背中だけが映っており、その瞬間、恐怖が少しだけ薄れ、声を出すことに成功した。
「レオ兄さま!」
「てめえ!何声なんて出してやがる!ぶっ殺されてえのか!?」
男が怒りからナイフを振りかぶる。
「きゃっ」
セレナリーゼは恐怖からぎゅっと目を瞑った。
レオナルドはセレナリーゼの声で振り向いた先の光景に本当に一瞬頭が真っ白になってしまったが、続く男の言葉、そしてセレナリーゼの怯え切った短い悲鳴で現実に戻ってきた。
「やめろ!」
レオナルドが力強く制止の言葉を発すると同時にいつでも動けるような体勢を取る。続けてミレーネも身構えた。ミレーネの目はレオナルド達が見たことないほど鋭くなっており、男を注視している。
(なんだ!?何がどうなってる!?)
高速に頭を働かせるレオナルド。だが考えるまでもない。目の前の光景がすべてだ。こんな白昼堂々人さらいだなんて。それでも混乱は収まらない。なぜ、どうしてと疑問ばかりが浮かんでくる。
元々脅しのつもりだったのか、レオナルドの言葉に男はナイフを持った手を下ろしセレナリーゼの顔のすぐ近くに寄せた。
「おうおう。威勢のいいお兄ちゃんだなぁ。だがお前なんかに用はないんだよ。妹を傷つけられたくなかったらそこを動くなよガキ!隣の女もだ!」
「…ひっ」
そろそろと目を開けたセレナリーゼが間近に迫ったナイフを見て怯えた声を上げる。
「「っ!?」」
目の前にいるというのに今の言葉でレオナルドとミレーネは動けなくなってしまった。いくら近くても男のナイフがセレナリーゼを襲う方が速い。
ただ男の言葉に情報があった。
(俺とセレナの関係を知ってる!?)
レオナルドは初めて見るが、相手は自分達のことを調べた上で襲ってきた。つまり計画されたものだということだ。
レオナルド達の悔しそうな顔を見て男は高揚したのかさらに言葉を続けた。
「くはははっ!そうだ!それでいい!そのままでいろよ?この嬢ちゃんを欲しがってるお方がいるんでねえ」
「っ!?何?誰だ!?誰がセレナを!?」
「ああぁ?知るかよ、そんなこと。俺達は雇われただけだからな。くはははっ!」
「俺達……?」
男の言葉に引っかかりを覚える。
(まさか!?)
レオナルドが正解にたどり着いた、まさにそのときだった。
「おい!いつまで寝てやがる!さっさと行くぞ!」
男が声を張り上げて言った。
ハッとして倒れていた男を確認しようとしたレオナルドだが、すでにそこに男はいなかった。すぐに視線をセレナリーゼの方に戻すと倒れていた男が合流していた。ミレーネも同様の視線の動きをして、最初から倒れている男に違和感を覚えていたというのにこんな事態を招いてしまった自分自身に忸怩たる思いでいっぱいになった。
「生きてりゃそれでいいって言われてるからな。追いかけてきたらこの嬢ちゃんがどうなるかわかるな?」
男はニヤリと笑って最後の追い打ちをかける。
「くっ……」
レオナルドは悔しさから顔が歪む。セレナリーゼが泣きながら自分を見ている。だというのに動くことすらできないなんて。
そして二人の男はそのままレオナルド達がいるのとは反対方向に走り始めた。セレナリーゼを抱えて―――。
男達が視界から消えてすぐだった。
「ミレーネ」
「っ、はい」
レオナルドから少年らしくない低い声で名前を呼ばれてミレーネは背筋を伸ばす。静かに怒っていることが感じ取れるほどの重みがあった。
「僕はやつらの後を追う」
「そんなっ。どうやって―――!?」
「ミレーネはすぐに屋敷に戻って父上達に報告してくれ。それと魔力探知ができる者にセレナの魔力を探らせるんだ。それで騎士を連れてきてほしい」
「追うのならば私が―――!」
だが続けられた言葉には反論せずにはいられない。レオナルドが追跡などできるとは思えなかったし、レオナルドまで危険にさらす訳にはいかないのだ。
「議論している暇はない!これは命令だ!」
そんなミレーネの言葉はすべて途中でレオナルドによって遮られた。強い言葉になってしまったのはレオナルド自身焦っていたからだ。あまり離れてしまうとセレナリーゼを追いかけることができなくなってしまうかもしれない、と。
「っ……わかりました」
まるでフォルステッドのような迫力があるレオナルドにミレーネは頷くことしかできなかった。確かに何をするにしても急がなければならない。ミレーネが了承してくれたことでレオナルドの表情が少しだけ和らぐ。
「ありがとう。多分これが最善だから。ミレーネ、後は頼んだ。なるべく早く来てくれると助かる」
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