上 下
14 / 80
第一章

人さらい

しおりを挟む
 時は少しだけさかのぼる。
 セレナリーゼが馬車の中で一人待っていると、突然馬車の扉が開いた。
 セレナリーゼはレオナルドとミレーネが戻ってきたのだと思い安心したのだが、そこから現れたのはそのどちらでもなかった。

 ボロボロの服を着た男。外の状況を知らないセレナリーゼにはわからないが、知っていれば倒れている男と同じような恰好かっこうと思っただろう。
「っ!?だ、誰―――――」
 声を出そうとしたセレナリーゼの口は男の手によってふさがれてしまった。そしてもう片方の手にはナイフが握られていた。
じょうちゃん。死にたくなかったら大声を出すんじゃない。わかったか?」
 手に持ったナイフを見せつけてセレナリーゼをおどすようにして男は低く重い声で言った。
 その効果は抜群ばつぐんだった。口を押さえられたセレナリーゼは涙目になりながら必死にコクコクとうなずく。
「よーし。それでいい。今から手を離してやるが決して声を出すなよ?」
 男の言葉にセレナリーゼは再度頷く。
 ようやく口を解放されたセレナリーゼだが、恐怖から声なんて全く出ない。それどころか口が震え歯がカチカチと音を立てる。
「へっ。楽な仕事だぜ」
 男はそんなセレナリーゼの様子に満足げにニヤリと笑い、セレナリーゼをわきかかえ、馬車を降りた。

 外に出た男は馬車の前方に目をやる。
「チッ、あいつはまだやってんのかよ。このままさっさと逃げてえってのに」
 男からはそんなイライラした言葉がれるが、セレナリーゼには聞こえていなかった。
 セレナリーゼの目にはレオナルドの背中だけがうつっており、その瞬間、恐怖が少しだけ薄れ、声を出すことに成功した。
「レオ兄さま!」
「てめえ!何声なんて出してやがる!ぶっ殺されてえのか!?」
 男が怒りからナイフを振りかぶる。
「きゃっ」
 セレナリーゼは恐怖からぎゅっと目をつむった。

 レオナルドはセレナリーゼの声で振り向いた先の光景に本当に一瞬頭が真っ白になってしまったが、続く男の言葉、そしてセレナリーゼのおびえ切った短い悲鳴で現実に戻ってきた。
「やめろ!」
 レオナルドが力強く制止の言葉を発すると同時にいつでも動けるような体勢を取る。続けてミレーネも身構みがまえた。ミレーネの目はレオナルド達が見たことないほど鋭くなっており、男を注視ちゅうししている。
(なんだ!?何がどうなってる!?)
 高速に頭を働かせるレオナルド。だが考えるまでもない。目の前の光景がすべてだ。こんな白昼はくちゅう堂々どうどう人さらいだなんて。それでも混乱はおさまらない。なぜ、どうしてと疑問ばかりが浮かんでくる。

 元々脅しのつもりだったのか、レオナルドの言葉に男はナイフを持った手を下ろしセレナリーゼの顔のすぐ近くに寄せた。
「おうおう。威勢いせいのいいだなぁ。だがお前なんかに用はないんだよ。を傷つけられたくなかったらそこを動くなよガキ!となりの女もだ!」
「…ひっ」
 そろそろと目を開けたセレナリーゼが間近にせまったナイフを見て怯えた声を上げる。
「「っ!?」」
 目の前にいるというのに今の言葉でレオナルドとミレーネは動けなくなってしまった。いくら近くても男のナイフがセレナリーゼをおそう方が速い。
 ただ男の言葉に情報があった。
(俺とセレナの関係を知ってる!?)
 レオナルドは初めて見るが、相手は自分達のことを調べた上で襲ってきた。つまり計画されたものだということだ。

 レオナルド達のくやしそうな顔を見て男は高揚こうようしたのかさらに言葉を続けた。
「くはははっ!そうだ!それでいい!そのままでいろよ?この嬢ちゃんを欲しがってるお方がいるんでねえ」
「っ!?何?誰だ!?誰がセレナを!?」
「ああぁ?知るかよ、そんなこと。俺達はやとわれただけだからな。くはははっ!」
「俺達……?」
 男の言葉に引っかかりを覚える。
(まさか!?)
 レオナルドが正解にたどり着いた、まさにそのときだった。
「おい!いつまで寝てやがる!さっさと行くぞ!」
 男が声を張り上げて言った。

 ハッとして倒れていた男を確認しようとしたレオナルドだが、すでにそこに男はいなかった。すぐに視線をセレナリーゼの方に戻すと倒れていた男が合流していた。ミレーネも同様の視線の動きをして、最初から倒れている男に違和感を覚えていたというのにこんな事態をまねいてしまった自分自身に忸怩じくじたる思いでいっぱいになった。
「生きてりゃそれでいいって言われてるからな。追いかけてきたらこの嬢ちゃんがどうなるかわかるな?」
 男はニヤリと笑って最後の追い打ちをかける。
「くっ……」
 レオナルドは悔しさから顔がゆがむ。セレナリーゼが泣きながら自分を見ている。だというのに動くことすらできないなんて。
 そして二人の男はそのままレオナルド達がいるのとは反対方向に走り始めた。セレナリーゼを抱えて―――。

 男達が視界から消えてすぐだった。
「ミレーネ」
「っ、はい」
 レオナルドから少年らしくない低い声で名前を呼ばれてミレーネは背筋を伸ばす。静かに怒っていることが感じ取れるほどの重みがあった。
「僕はやつらの後を追う」
「そんなっ。どうやって―――!?」
「ミレーネはすぐに屋敷に戻って父上達に報告してくれ。それとにセレナの魔力を探らせるんだ。それで騎士を連れてきてほしい」
「追うのならば私が―――!」
 だが続けられた言葉には反論せずにはいられない。レオナルドが追跡などできるとは思えなかったし、レオナルドまで危険にさらす訳にはいかないのだ。
「議論しているひまはない!これは命令だ!」
 そんなミレーネの言葉はすべて途中でレオナルドによってさえぎられた。強い言葉になってしまったのはレオナルド自身あせっていたからだ。あまり離れてしまうとセレナリーゼを追いかけることができなくなってしまうかもしれない、と。
「っ……わかりました」
 まるでフォルステッドのような迫力があるレオナルドにミレーネは頷くことしかできなかった。確かに何をするにしても急がなければならない。ミレーネが了承してくれたことでレオナルドの表情が少しだけ和らぐ。
「ありがとう。多分これが最善だから。ミレーネ、後は頼んだ。なるべく早く来てくれると助かる」
「はい!」
 頼まれたことを確実に実行しなければならない、ミレーネは決意のこもった瞳で返事をした。
しおりを挟む
感想 27

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生したけど、静かな老後を送りたい!

えながゆうき
ファンタジー
 妹がやっていた乙女ゲームの世界に転生し、自分がゲームの中の悪役令息であり、魔王フラグ持ちであることに気がついたシリウス。しかし、乙女ゲームに興味がなかった事が仇となり、断片的にしかゲームの内容が分からない!わずかな記憶を頼りに魔王フラグをへし折って、静かな老後を送りたい!  剣と魔法のファンタジー世界で、精一杯、悪足搔きさせていただきます!

『悪役』のイメージが違うことで起きた悲しい事故

ラララキヲ
ファンタジー
 ある男爵が手を出していたメイドが密かに娘を産んでいた。それを知った男爵は平民として生きていた娘を探し出して養子とした。  娘の名前はルーニー。  とても可愛い外見をしていた。  彼女は人を惹き付ける特別な外見をしていたが、特別なのはそれだけではなかった。  彼女は前世の記憶を持っていたのだ。  そして彼女はこの世界が前世で遊んだ乙女ゲームが舞台なのだと気付く。  格好良い攻略対象たちに意地悪な悪役令嬢。  しかしその悪役令嬢がどうもおかしい。何もしてこないどころか性格さえも設定と違うようだ。  乙女ゲームのヒロインであるルーニーは腹を立てた。  “悪役令嬢が悪役をちゃんとしないからゲームのストーリーが進まないじゃない!”と。  怒ったルーニーは悪役令嬢を責める。  そして物語は動き出した…………── ※!!※細かい描写などはありませんが女性が酷い目に遭った展開となるので嫌な方はお気をつけ下さい。 ※!!※『子供が絵本のシンデレラ読んでと頼んだらヤバイ方のシンデレラを読まれた』みたいな話です。 ◇テンプレ乙女ゲームの世界。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇なろうにも上げる予定です。

底辺おっさん異世界通販生活始めます!〜ついでに傾国を建て直す〜

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 学歴も、才能もない底辺人生を送ってきたアラフォーおっさん。  運悪く暴走車との事故に遭い、命を落とす。  憐れに思った神様から不思議な能力【通販】を授かり、異世界転生を果たす。  異世界で【通販】を用いて衰退した村を建て直す事に成功した僕は、国家の建て直しにも協力していく事になる。

異世界転生は、0歳からがいいよね

八時
ファンタジー
転生小説好きの少年が神様のおっちょこちょいで異世界転生してしまった。 神様からのギフト(チート能力)で無双します。 初めてなので誤字があったらすいません。 自由気ままに投稿していきます。

【完結】神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました

土広真丘
ファンタジー
神と交信する力を持つ者が生まれる国、ミレニアム帝国。 神官としての力が弱いアマーリエは、両親から疎まれていた。 追い討ちをかけるように神にも拒絶され、両親は妹のみを溺愛し、妹の婚約者には無能と罵倒される日々。 居場所も立場もない中、アマーリエが出会ったのは、紅蓮の炎を操る青年だった。 小説家になろう、カクヨムでも公開していますが、一部内容が異なります。

気づいたら美少女ゲーの悪役令息に転生していたのでサブヒロインを救うのに人生を賭けることにした

高坂ナツキ
ファンタジー
衝撃を受けた途端、俺は美少女ゲームの中ボス悪役令息に転生していた!? これは、自分が制作にかかわっていた美少女ゲームの中ボス悪役令息に転生した主人公が、報われないサブヒロインを救うために人生を賭ける話。 日常あり、恋愛あり、ダンジョンあり、戦闘あり、料理ありの何でもありの話となっています。

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

異世界転生してしまったがさすがにこれはおかしい

増月ヒラナ
ファンタジー
不慮の事故により死んだ主人公 神田玲。 目覚めたら見知らぬ光景が広がっていた 3歳になるころ、母に催促されステータスを確認したところ いくらなんでもこれはおかしいだろ!

処理中です...