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第一章

追跡

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 ミレーネと別れたレオナルドはすぐに追跡ついせきを始めた。
 レオナルドはもう見えなくなってしまった相手をいったいどうやって追跡するつもりなのか。
 その答えはセレナリーゼだった。
 レオナルドにはどうしてかセレナリーゼの場所がわかるのだ。
 レオナルドの仮説かせつでは、自分は対外へとれ出ている魔力を感じ取れているのではないかと考えている。
 前世の記憶を取り戻した後、セレナリーゼを初めて見たときに、彼女だけっすら光って見えた。
 魔物との実戦訓練でもそうだった。戦闘時、戦うために魔力を高めているであろう魔物から漏れ出る魔力がレオナルドには見えていた。
 ただ日常の中でフォルステッドなどの魔力は見えないので、もしかしたら制御せいぎょ能力が関係しているのかもしれない。

 そんななぜか見える魔力をレオナルドは少し離れていても感じることができた。実戦訓練の後、セレナリーゼが出迎でむかえてくれたことがあったが、玄関げんかん扉を開ける前からそこにセレナリーゼがいるとわかったのはそのためだ。
 ただ今やんでも仕方がないが、どれほどの距離まで感じ取れるかを実験したことはない。そのため先ほどは見失う危険性からあせっていたのだった。ミレーネにはきつい言葉をぶつけてしまい申し訳ないが、自分の感覚がこの程度のもの、ミレーネを行かせた。ミレーネなら上手うまくやってくれるだろうと信じて。

 今のところセレナリーゼの魔力を順調じゅんちょうに追うことができている。
 そうして走りながらレオナルドはずっと疑問ぎもんだったことを考えていた。いや考えずにはいられなかった。
 それはどうしてこんな事件が起きたのか、だ。
(くそっ!こんな事件、回想かいそうイベントになかったぞ!?)
 そう。セレナリーゼがさらわれるなどゲームでは回想シーンになかった。会話シーンの中でもそんな事件があったなんて話はなかった。
 つまり今回のことは、ということなのだ。
 もちろんゲームでは毎日の出来事できごとなんてわからない。日常のちょっとした出来事なんてゲームで語られる訳がないのだ。だから今日のお茶会の件もレオナルドは特に気にしていなかった。
 けれどセレナリーゼがさらわれるなんてことがちょっとした出来事だろうか?実はゲームでも起きていて、すぐに解決したから大事おおごとにならなかった?その可能性はあるかもしれないが、普通に考えればゲームで起きていないことが起こったのだ。

 レオナルドの受けた衝撃しょうげきはかり知れないものだった。この世界を現実だと受け入れ、死にたくないと思って行動してきたレオナルドだが、どこかで自分以外の主要キャラはゲーム通りの展開てんかいに進んでいくという考えがあったのかもしれない。
 その上、セレナリーゼの泣き顔が頭にこびりついてはなれず、はげしく胸をかきみだす。

 こんなところでセレナリーゼに何かあっていいはずがない。絶対にセレナリーゼを助ける。今のレオナルドのおもいはただそれだけだった。

 走り続けたレオナルドの追跡はようやく終わりそうだった。
 男達が止まったのだ。場所は王都内の貧民街ひんみんがい、その中でも奥まった一角。貧民街は王国としても手を焼くなか無法むほう地帯といった様相ようそうの場所だ。
 日々の鍛錬で体力をつけていて本当によかった。レオナルドは一つ息を吐くと自身も貧民街へと進んでいった。初めておとずれる場所のため慎重しんちょうに進んでいく。こんな小綺麗こぎれい恰好かっこうをした子供がいたらきに浮く場所だし、レオナルドがつかまってもおかしくないからだ。実際、かなりの視線を感じたが、レオナルドの鬼気迫ききせまる様子にトラブルの気配けはいでも感じて警戒けいかいしているのか幸運にもからまれることはなかった。
 そうして辿たどり着いた。
間違まちがいない。あの中だ)
 今にもくずれそうな見た目の家屋の中にセレナリーゼの魔力を感じる。
 場所が王都内でレオナルドはほっと安堵あんどした。
(ここならすぐに騎士達も来てくれそうだな)
 今頃はミレーネが屋敷に戻って報告してくれている頃だろうか。屋敷から貧民街までそれなりに距離はあるが王都外に出られるより余程よほどいい。

 ただ騎士達を待っている訳にはいかない。男達はやとわれただけと言っていた。いつその雇い主がセレナリーゼをれて行ってしまうかわからないのだ。

 レオナルドはセレナリーゼがいる家屋に少しずつ近づきながら周辺を慎重に注意深く見回した。結果、どうやら外には男達の仲間はいないようだ。
(全員あの家の中にいるのか?)
 見張りなどがいる可能性を考えていたレオナルドは、首をかしげる。家屋の大きさからして大人数がいるアジトには思えない。
(何かの組織そしき依頼いらいしたって訳じゃないのか?セレナをしがってるお方、ってやつはいったい誰なんだ?何の目的で……?)
 疑問はきないが、見張りがいないのならばとレオナルドはゆっくりと家屋に近づき、中の様子をうかがおうとこころみた。このまま騎士達が来るまで見張っていれば一緒いっしょ突入とつにゅうしてセレナリーゼを確実に助け出すことができる。

 すると中から男達のゲラゲラと下品げひんで大きな笑い声とともに話し声が聞こえてきた。
「これで金貨二十枚とか本当割のいい仕事だったな」
「ああ。しばらく遊んで暮らせるぜ」
(たった金貨二十枚でこんなことしたっていうのか!?)
「あの人も俺らによくこの話を持ってきてくれたよな」
「俺達がツイてんだよ」
「だな。早く取りに来てくれねえかなぁ」
 声は二つしか聞こえない。相手はあの二人だけだとレオナルドは確信かくしんする。
「そう言えばお前、ふくろめるときあのガキ気絶きぜつさせてたよな?大丈夫か?なんで欲しがってるか知らないが傷がついて商品価値が下がったなんて言われるのは勘弁かんべんだぜ?」
「そんなことは言われなくてもわかってんだよ。だから最初はしなかったってのに。それでさけばれてバレたからな。道中も泣き声がうるせーからちょっとだまらせただけだ。袋に入れてもあばれられたら意味ないだろ?傷らしい傷もつけてねえし、すぐに目をますさ」
 男達は派手はで衣装いしょうのセレナリーゼをいつまでも見える形ではこぶ訳にはいかないため、途中とちゅう路地裏ろじうらに用意していた布袋にセレナリーゼを詰めたのだ。そんな準備をしているなら最初から口に巻く布でも準備していればいいものを随分ずいぶんとずさんな犯行だった。
(なんて……ことを……)
 レオナルドはこぶしを強くにぎり過ぎて身体からだふるえている。
「まあ満額まんがくもらえりゃそれでいいけどな。けど折角せっかく気絶させたなら目覚まされる前に来てほしいもんだぜ。起きたらまた面倒めんどうそうだ」
「ちげえねえ。ま、今は口もふさいでるからうるせーってことはないだろうけどな」
「「ぎゃはははははっ」」
 そこでレオナルドの我慢がまんは限界だった。怒りでどうにかなってしまいそうだ。
 レオナルドは男達に気づかれないように潜入せんにゅうしてセレナリーゼを救い出すとか、騎士達を待って確実に救い出すとか、穏便おんびんな方法がすべて頭からき飛び、激情げきじょうまかせていきおいよく扉を開き、家屋の中に入っていった。
「キサマらーーーー!!!」
「なっ、なんだ!?」「お前はっ!?」

 レオナルドが家屋に入っていくのを深くフードをかぶった人物が見ていた。レオナルドの感じていた視線の中の一つはこの人物だ。セレナリーゼを引き取りに来たタイミングでレオナルドを見つけ後をつけていた。
「おやおや。やはりそうなりますか。ですが、なぜ無能むのうの兄が彼女を助けに?それにまさか彼がここまで辿り着いてしまうとは。どうやって迷いなく来れたんですかねぇ。興味きょうみがありますねぇ。…しかしあの二人、あんな子供にバレるなんて元冒険者と言っても所詮しょせんはゴロツキということですか。周囲に気づかれないよう近くに彼女が入る袋まで用意してあげたというのに。依頼人は彼女をご所望しょもうだったんですが…さて、どうしましょうかねえ。こまってしまいますねぇ」
 声から男性だということはわかるが他はわからない。そして困ると言いながらその人物の口元は笑みの形になっていた。今の状況を楽しんでいるようにさえ感じる。
 そんな風にフードの男がひとごとを言っている間にも扉が開いたままの家屋の中から激しい言い合いの声が聞こえてきている。
「……確実にさらえるようにと与えてあげた情報をこうも自分からさらしてしまうとは。やはり馬鹿ばかは使えませんねぇ」
 フードの男の位置からは中の様子は見えないが、聞こえてくる言葉にあきれた声を出す。
 そしてフードの男はさらに思案しあんする。
「兄が来たということはそのうち騎士も来てしまうんでしょうねぇ。そうなったら彼らに勝ち目はない。まあ彼らが捕まってもこちらにつながるような証拠しょうこは何もありませんが……。やれやれ、本当に困ってしまいましたねぇ」
 フードの男がどうしようかと考えていると、家屋の中からはとうとう戦っているような声や音が聞こえてきた。
 考えている時間はもう無さそうだとフードの男はどうするかを決めた。
「……仕方ありませんか。あの方が真に望んでいることは武のかなめたるクルームハイト公爵家、ひいてはムージェスト王国の弱体。ここは一つ、彼女のことはあきらめていただいて跡取あととりを二人とも消してしまうとしましょうか。もしも騎士達が間に合ったらあの兄妹の運が良かったということで。まあ妹の方はダメでしょうが」
 実に楽しそうな、まるでどちらにころんでもいいとでも思っているかのような言い方だった。
 そしてフードの男はふところから手のひらサイズの漆黒しっこくの玉を取り出すと膨大ぼうだいな魔力を玉にそそぎ込んだ。
 漆黒の玉は一瞬わずかに光ったが、それ以外特に変化はない。だが、それでやるべきことはやり終えたのか、フードの男は再び漆黒の玉を懐にしまった。
「今回のことは私の失敗だとめられるんですかねぇ。面倒ですねぇ」
 フードの男はそう言いながらその場を立ち去るのだった。
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