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女は度胸
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本番前の騒がしい楽屋の中で、みちるは鏡の中の自分の姿を見つめていた。
初めての舞台化粧は麗子が施してくれた。
「みちるちゃんは、肌が白くて化粧が映えるわね。それに……彫りが深くて、なんだか欧米系の血が入っているみたいだから、あまり濃くするとケバケバしくなって、みちるちゃんの良さが消えちゃうわね」
緊張を解すように優しく語りかけながら、白粉をはたき、アイシャドウ、チーク、口紅をのせていった。最後にビューラーで睫毛を仕上げる。
「地睫毛、長いからあまりいらない気もするけど、付ければ気合いが入るからね」
鏡の中のみちるに語りかけながらを麗子は微笑み、付け睫毛にノリを付けた。
「目を閉じて」
目を閉じたみちるの瞼の際に、麗子は丁寧に睫毛を付けた。
「パピヨンちゃん、完成」
目を開けると、新しい自分がいた。
キラキラ光る髪飾りに目鼻立ちをくっきりとさせ、肌には微かなラメが光る。巧みなアイメイクが、鏡に映る女性はまるで別人のように仕上げていた。
手を挙げ、同じ動きをするか思わず確認したみちるに麗子はフフと肩を竦めた。
「そこに映るのは、みちるちゃんじゃないわよ」
「え?」
「別人。今、みちるちゃんは眠ってる。踊り子パピヨンが目を覚ましたの」
別人。
みちるはもう一度鏡を見た。
『羽化、よ』
そう話し、麗子はみちるにパピヨンという芸名を付けた。
「みんな日常を一旦閉じ込めて舞台に立っているの。成り切りなさい、パピヨンちゃんに」
今から自分が立つ舞台に想いを巡らせば、様々な葛藤が生まれてしまう。
みんな、蹴散らそう。考えない。
死ぬ気になれば、なんだって出来る。そう、あの時だってそうだった。
両親を亡くし、引き取りに来てくれる親戚もいないみちるの前に、京都から来たという紳士が現れた。年の頃は、父と同じくらいだった。
紳士は父の友人と名乗っていたが、みちるは薄っすらとしか覚えていない。何故なら、彼はみちるを引き取ってくれた訳ではなく、直ぐに別の家に預けたからだ。
ただですら、あの事故の前後の記憶が曖昧な中、彼と共にした時間はほんの僅かだ。名前どころか顔すら覚えられなかった。未だ、あの紳士が誰だったのかみちるは分からない。
それよりも、みちるの中に深く刻まれた記憶はその先だ。
預けられた家は裕福で穏やかに過ごせたが、直ぐに状況は変わった。家の主人が急死したのだ。
みちるは、家主の妻に売り飛ばされた。
山奥のひなびた温泉宿。孤児の少女に待っていたのは過酷な労働環境だった。
逃げよう。
何処に? なんて考えなかった。とにかく、こんなところで死にたくなかった。
その先の事を考えたらきっと前には進めない。
私は、私の足で!
決断したら迷わなかった。
無我夢中で真っ暗な山道を駆け抜けた。少ないお金を握りしめて、東京に来たのだ。
私はあの日から、自分の前に続く道を信じて走ってきた。
「パピヨンちゃん」
麗子がみちるの両肩を優しく叩いた。
「今夜、あなたの大事な初舞台を大切な二人が見守ってくれるわ」
みちるは、ハッと顔を上げた。
「大丈夫、あなたは一人じゃないわよ」
麗子の言葉が温かな水となってみちるの胸に染み渡る。
あの時とは決定的に違う事がある。
私は、一人じゃない。
「麗子さん」
みちるの目に芯の通った光が宿っていた。
「私は、出来るよ」
麗子は柔らかに頷いた。
初めての舞台化粧は麗子が施してくれた。
「みちるちゃんは、肌が白くて化粧が映えるわね。それに……彫りが深くて、なんだか欧米系の血が入っているみたいだから、あまり濃くするとケバケバしくなって、みちるちゃんの良さが消えちゃうわね」
緊張を解すように優しく語りかけながら、白粉をはたき、アイシャドウ、チーク、口紅をのせていった。最後にビューラーで睫毛を仕上げる。
「地睫毛、長いからあまりいらない気もするけど、付ければ気合いが入るからね」
鏡の中のみちるに語りかけながらを麗子は微笑み、付け睫毛にノリを付けた。
「目を閉じて」
目を閉じたみちるの瞼の際に、麗子は丁寧に睫毛を付けた。
「パピヨンちゃん、完成」
目を開けると、新しい自分がいた。
キラキラ光る髪飾りに目鼻立ちをくっきりとさせ、肌には微かなラメが光る。巧みなアイメイクが、鏡に映る女性はまるで別人のように仕上げていた。
手を挙げ、同じ動きをするか思わず確認したみちるに麗子はフフと肩を竦めた。
「そこに映るのは、みちるちゃんじゃないわよ」
「え?」
「別人。今、みちるちゃんは眠ってる。踊り子パピヨンが目を覚ましたの」
別人。
みちるはもう一度鏡を見た。
『羽化、よ』
そう話し、麗子はみちるにパピヨンという芸名を付けた。
「みんな日常を一旦閉じ込めて舞台に立っているの。成り切りなさい、パピヨンちゃんに」
今から自分が立つ舞台に想いを巡らせば、様々な葛藤が生まれてしまう。
みんな、蹴散らそう。考えない。
死ぬ気になれば、なんだって出来る。そう、あの時だってそうだった。
両親を亡くし、引き取りに来てくれる親戚もいないみちるの前に、京都から来たという紳士が現れた。年の頃は、父と同じくらいだった。
紳士は父の友人と名乗っていたが、みちるは薄っすらとしか覚えていない。何故なら、彼はみちるを引き取ってくれた訳ではなく、直ぐに別の家に預けたからだ。
ただですら、あの事故の前後の記憶が曖昧な中、彼と共にした時間はほんの僅かだ。名前どころか顔すら覚えられなかった。未だ、あの紳士が誰だったのかみちるは分からない。
それよりも、みちるの中に深く刻まれた記憶はその先だ。
預けられた家は裕福で穏やかに過ごせたが、直ぐに状況は変わった。家の主人が急死したのだ。
みちるは、家主の妻に売り飛ばされた。
山奥のひなびた温泉宿。孤児の少女に待っていたのは過酷な労働環境だった。
逃げよう。
何処に? なんて考えなかった。とにかく、こんなところで死にたくなかった。
その先の事を考えたらきっと前には進めない。
私は、私の足で!
決断したら迷わなかった。
無我夢中で真っ暗な山道を駆け抜けた。少ないお金を握りしめて、東京に来たのだ。
私はあの日から、自分の前に続く道を信じて走ってきた。
「パピヨンちゃん」
麗子がみちるの両肩を優しく叩いた。
「今夜、あなたの大事な初舞台を大切な二人が見守ってくれるわ」
みちるは、ハッと顔を上げた。
「大丈夫、あなたは一人じゃないわよ」
麗子の言葉が温かな水となってみちるの胸に染み渡る。
あの時とは決定的に違う事がある。
私は、一人じゃない。
「麗子さん」
みちるの目に芯の通った光が宿っていた。
「私は、出来るよ」
麗子は柔らかに頷いた。
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