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1992年10月 新宿
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〝父親の名前は津田恵太。母親の名前は舞花。住んでいたのは、山梨県ーー、〟
星児の事務所のファックスが印刷した紙を吐き出した。保は紙を手に、内容を確認していく。
ほんの十分程前、長く縁が続いている元刑事で今は地域係の警察官という亀岡と電話で話しをした。
みちるの両親が命を失った奥多摩のダム湖への車転落事故について調べていた亀岡から直接連絡があったのだ。
『どうも戸籍がはっきりしないんだよ』
『戸籍? 父親の方は私生児とはいえ非嫡出子として認知されていたんですよね?』
『いや、父親じゃなく、母親の方だ』
『母親?』
『ああ、この夫婦、内縁関係だった。娘のみちるも津田恵太の実子じゃない。しかし、みちるはちゃんと養子として戸籍に入っているのに母親の舞花というのが、籍に入ってなくてな。どこから来た何者なのか分からないんだよ』
『え……』
言葉を失った保に亀岡は静かに言った。
『今、俺が分かっている事だけ書き出したからFAXしてやる。もしお前も何か分かったら、教えてくれ』
深まる謎は、みちるの出生にまで及ぶ。
保は亀岡から送られてきたFAXの書面を読みながらみちるに想いを巡らせた。
みちる。君は一体、どこから来たんだ? 保は首を振った。
たとえ君が、何者であっても俺には関係ない。
FAXが最後の紙面を吐き出した時、事務所の電話が鳴った。
「よぉ、保、やっぱまだそこにいたか」
星児だった。後ろが騒がしい。声と物音から、何処にいるのか見当がついた。
「保、今から香蘭に来ないか。みちるが、今夜初舞台に立つらしい」
受話器を持つ保の手が微かに震えた。
「来月の予定じゃなかったか?」
「予想以上に仕上がりが早かったらしい。早く舞台に上げたいって麗子が決めた」
「姉貴のヤツ」
絞り出すように言った保に星児が静かに言う。
「引き伸ばしたところで転がる方向は変わんねーよ」
「行かねーよ」
「あ?」
電話の向こうには聞き取れない声だったようだ。
「俺は行かねーっ、観ねぇっ、つったんだよ!」
保は受話器を握りしめて力一杯言った。今出来る精一杯の抵抗。星児のやや冷めたトーンの声が受話器の向こうから届く。
「みちるが観て欲しいって言ってもか?」
「何?」
「一番嫌がっていたお前に何がなんでも観ろって言うほど俺はサドスティックじゃねーよ。けどな、みちるが、俺と保に観てもらえるなら勇気が出る、そうじゃないとムリ、とかなんとか初めて麗子にワガママ言ったんだってよ」
保の視界が曇る。
そこまでして、脱がなきゃいけないのか?
みちるにはそんな道しか残されていないのか?
星児の静かな声が保の耳に重く響く。
「もう一度聞く。来るか?」
保は、深呼吸で間を取り、ゆっくりと口を開いた。
「行くよ」
電話を挟む二人の間に流れた沈黙を保が破る。
「俺が行って、みちるがやっぱり嫌だと言ったら、即効やめさせるからな」
星児が、クッと笑った。
「みちるを見くびるなよ。アイツはお前が思うほど意気地無しじゃねぇ。もしかしたら、俺らよりよほど度胸が据わっているかもしんねーぞ」
星児の事務所のファックスが印刷した紙を吐き出した。保は紙を手に、内容を確認していく。
ほんの十分程前、長く縁が続いている元刑事で今は地域係の警察官という亀岡と電話で話しをした。
みちるの両親が命を失った奥多摩のダム湖への車転落事故について調べていた亀岡から直接連絡があったのだ。
『どうも戸籍がはっきりしないんだよ』
『戸籍? 父親の方は私生児とはいえ非嫡出子として認知されていたんですよね?』
『いや、父親じゃなく、母親の方だ』
『母親?』
『ああ、この夫婦、内縁関係だった。娘のみちるも津田恵太の実子じゃない。しかし、みちるはちゃんと養子として戸籍に入っているのに母親の舞花というのが、籍に入ってなくてな。どこから来た何者なのか分からないんだよ』
『え……』
言葉を失った保に亀岡は静かに言った。
『今、俺が分かっている事だけ書き出したからFAXしてやる。もしお前も何か分かったら、教えてくれ』
深まる謎は、みちるの出生にまで及ぶ。
保は亀岡から送られてきたFAXの書面を読みながらみちるに想いを巡らせた。
みちる。君は一体、どこから来たんだ? 保は首を振った。
たとえ君が、何者であっても俺には関係ない。
FAXが最後の紙面を吐き出した時、事務所の電話が鳴った。
「よぉ、保、やっぱまだそこにいたか」
星児だった。後ろが騒がしい。声と物音から、何処にいるのか見当がついた。
「保、今から香蘭に来ないか。みちるが、今夜初舞台に立つらしい」
受話器を持つ保の手が微かに震えた。
「来月の予定じゃなかったか?」
「予想以上に仕上がりが早かったらしい。早く舞台に上げたいって麗子が決めた」
「姉貴のヤツ」
絞り出すように言った保に星児が静かに言う。
「引き伸ばしたところで転がる方向は変わんねーよ」
「行かねーよ」
「あ?」
電話の向こうには聞き取れない声だったようだ。
「俺は行かねーっ、観ねぇっ、つったんだよ!」
保は受話器を握りしめて力一杯言った。今出来る精一杯の抵抗。星児のやや冷めたトーンの声が受話器の向こうから届く。
「みちるが観て欲しいって言ってもか?」
「何?」
「一番嫌がっていたお前に何がなんでも観ろって言うほど俺はサドスティックじゃねーよ。けどな、みちるが、俺と保に観てもらえるなら勇気が出る、そうじゃないとムリ、とかなんとか初めて麗子にワガママ言ったんだってよ」
保の視界が曇る。
そこまでして、脱がなきゃいけないのか?
みちるにはそんな道しか残されていないのか?
星児の静かな声が保の耳に重く響く。
「もう一度聞く。来るか?」
保は、深呼吸で間を取り、ゆっくりと口を開いた。
「行くよ」
電話を挟む二人の間に流れた沈黙を保が破る。
「俺が行って、みちるがやっぱり嫌だと言ったら、即効やめさせるからな」
星児が、クッと笑った。
「みちるを見くびるなよ。アイツはお前が思うほど意気地無しじゃねぇ。もしかしたら、俺らよりよほど度胸が据わっているかもしんねーぞ」
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