蛍地獄奇譚

玉楼二千佳

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対決、酒呑童子編

92 修行の始まり

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「……ただいま」

蛍は、家に着くと、玄関に知らぬ靴が置いてあったのに気づく。

黒革の高級な靴で、一目で三吉のものではないと気づく。翔一ではないだろうし、兄のものかと思ったが、何となく違う気がする。

もしも、兄ならば今日は最悪な日だ。

なずなは、みのりと土帝の部活が終わるのを待つと言うので、蛍は先に帰ってきたのだ。

「お帰りなさい。客人が来ていますよ」

三吉は客人と言った。ならば、兄ではないのかもしれない。蛍は少しホッとして、三吉に荷物を押し付けてリビングに入る。

リビングには、詰め寄りの髪に黒いスーツの男がソファに座っていた。シンプルなはずのスーツは何故かとても高級そうに見える。

それにこの男、どこかで見た事がある。テレビで見たのか?普段、テレビを真剣に見ない蛍は思い出せなかった。

「よう……蛍」

呼ばれて、蛍は男を見る。微かに香る獣の匂いに、蛍はこの男は人間ではないと悟った。

しかし、初めて会ったのに馴れ馴れしい。名前も何故、知っているのか。

「坊ちゃん、又三郎は準備万端みたいですよ」

三吉はそう言ったが、周りを見渡しても又三郎の姿は無い。
僅かに、気配は感じるのだが、まさかもう修行が始まっているのか?

「……又三郎は?」
「坊ちゃん、目の前にいますよ」

蛍はもう一度、周りを見渡した。しかし、他にいるのは客の男だ。

「全く、まだ分からねぇか。俺だ……」

男がそう言うと、男は猫へと姿を変えたのだった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 ようやく、土帝の部活が終わり、みのりは帰宅していた。

「さすがに部屋に来てもらう訳には行かないか」

みのりは部屋に着くとまずは、鞄を広げる。悪霊退散と書かれた札を窓の近くに貼る。

これはとりあえずの応急処置だ。また、妖怪が来るようなら今度は来てくれるらしい。

「でも、ちょっと怖いな」

みのりは余り窓際を見ないようにして過ごす事に決めた。

「あー。それよりデートの準備しなきゃ!」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「で、修行って何するんだよ?」

蛍はジャージに着替え、自宅の庭に出てきていた。

「大丈夫だ。初日から激しいことはしない。まずは瞑想だ。そこに座れ」

座って座禅を組むだけなら、なんて楽な修行だと蛍は甘く見ていた。

「いいか?目を瞑って、何も考えるな」

蛍はそれなら得意だと、目を瞑り瞑想を始める。

(これなら楽勝だ……。ぺんぺんの事でも……ん?)

膝の上に、もふもふとモノを感じ、蛍は目を開けた。

「……って何やってんだ?」

自分の膝の上で、丸くなる又三郎に顔を青くしている蛍。

「おっと?お前は猫嫌いだったな」
「猫は嫌いだ。だけど、お前はもっと嫌いだ」

膝の上にいる又三郎を睨みつけて、蛍は言った。

「言ってくれるな。そのまま、瞑想を続けろ……」

蛍は顔を引くつかせたが、今は目を瞑り、早くこの地獄の時間を終わらせるしか無かった。

しかし、自分の膝に猫がいるというだけで蛍にはかなり耐え難い。

「蛍」
「なんだよ?」
「返事をするな。集中しろ」

これがあと何日も続くかと思うと、蛍はうんざりするしかなかったのだった。
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