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対決、酒呑童子編
91 大猿
しおりを挟む守りたい。そう思う気持ちは、誰より強い。
土帝はそう断言出来た。なずなが、母を亡くした時に自覚した想い……。
自分の部屋のノートパソコンを立ち上げて、写真のフォルダを呼び出す。
そこには、まだ幼いガラムと自分、そして……なずなの姿。
昔、ガラムの父親に連れらて、川でキャンプをした事があった。
その時は、台風どころか、雨も降っていなかった。
だが、なずなと浅瀬で遊んでいると、なずなは足を滑らせ、溺れ始めた。
何とか、ガラムの父親ヴィクラムとなずなを助けるも、土帝は見てしまったのだ……明らかに人ならざる者、妖怪が逃げていくのを。
それ以来、祖父に教えて貰いながら、陰陽師としての修行に励んだ。
土帝は、スマホでどこかへと電話をかける。
「……あ、もしもし?おじいちゃん」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ホテルの部屋には、タバコと酒の匂いが充満していた。
染み付いた匂いをとるために、シャワーを浴びる。シャワーの粒は、ステージの歓声のようにひなに降り注がれる。
いつか、地下アイドルなんて抜け出してやる……そして、今度こそ。今度こそ、私が主役!
その衝動だけが、ひなを動かしていた。
シャワーを浴び終わると、タオルを巻いたまま、ベッドに横たわる男に声を掛ける。
「ねえ、私出るね」
下着を付けて、パーカーとズボンに着替える。出歩く時はいつも地味な格好だ。
いつ、どこで誰に見られているか分からない。トップに行くなら、ゴシップなんてご法度だ。
特にアイドルは、キズモノなんてバレたらすぐに終わる。
この男は、喩えインディーズバンドとはいえ、芸能界の大物プロデューサーと繋がりがある。
どうやって取り入ったのは分からないが、何度もお忍びでライブに来ていたのを見た。
事実、実力は凄い。客を一瞬で湧かせる演奏と歌唱。ボーカル、シュンスケのカリスマ性……。何度もメジャーデビューの話が持ち上がっていたが、いつも泡のように消えていく。
「ああ」
まるでこちらには、興味すらない。お互いに欲を貪るだけの関係だ。
だけど、少し情が湧いてきたせいか、こんな風にされるのは少し寂しい……。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ああ。今週の休み楽しみだな」
みのりはダンボールに引越しの荷物を詰める。
しばらく、使わない夏服や当分先の冬のコート……。
あっという間に、ダンボールは一杯になって行く。
「少し減らした方がいいかな?」
そう呟くと、ガタガタ窓が揺れる。気になって、カーテンを開けると、窓には大きな猿が張り付いてこちらを見ていた。
「いやぁぁ!」
みのりは腰を抜かし、涙目で窓を見た。大猿は唇がめくれるほど、怪しく笑っていた。
「あ……ああっ」
みのりは、顔を青くして、身震いをする。
「みのり!」
「どうしたのよ!」
両親が、慌てて扉を開いて入って来る。
「ぱ、パパ!ママ!今……今そこに」
みのりが震える指で窓を指さした。
「え……?」
「何もいないじゃないか?」
父が窓に近寄り、開けても何もいない。
「風が、少し強いな……勘違いだろ?」
「嘘!だって、今大きな猿が!」
みのりは、恐る恐る窓に近づいたが、何にもない。
「はあ……また、変な漫画でも読んだの?早く寝なさい!学校でしょ?」
みのりは抗議したが、両親はとりつくしまもなく、部屋へと戻って行く。
「えー!何で信じて……あっ!」
みのりは頼る相手を思い出したのだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
翌朝、教室にて……。
「……ボディガード?」
蛍はスマホを弄り、眉間に皺を寄せた。
「そう!頼りになるのはあんただけなの」
みのりは、蛍に手合わせそう言った。
「僕じゃなくていいだろ?学校には、他にもいるだろ?梔子とか、あのインテリストーカーとか……」
インテリストーカーとは、多分土帝の事だろう……自分も似たようなモノなのに酷い言いようだとみのりは思う。
「蛍くん、お願いよ。何かあってからじゃ遅いの」
「ぺんぺん、だとしても妖怪だと限らないでしょ?僕は忙しいんだ」
蛍はそっぽを向いて、スマホのゲームをやっている。
「冷たいわね」
「私から、宗ちゃんに頼もうか?」
なずながそういうと、みのりは目がキラキラ輝き出した。
「え?マジ?今週はダブルデートだしぃ、マジツイてる!」
「……デートって君。ダブル?」
蛍はみのりに尋ねたが、すっかり目がハートになり、人の話を聞いてない。
「ダブル……まさか?」
なずなをちらりと見ると、顔を俯かせて顔を赤く染めている。
(みのりってば、蛍くんの前で言わないでよ)
蛍は、左眼でなずなの心を読んで、顔を引きつかせたのだった。
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