浜薔薇の耳掃除

Toki Jijyaku 時 自若

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悲しいことを言わないの

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「いらっしゃいませ」
「アイスコーヒーでわかりました」
水芭(みずば)は注文を受けると、さっそく準備に取りかかる。
「今日は早いね」
「そうね、早じまいね」
覆木(おおうき)は何かを感じたようだ。
「お兄さんに愚痴をこぼしてみる?」
「お兄さん…」
「そこはまだお兄さんってことにしておいて」
「はい、覆木さん」
ガリガリ
大きなミルの音の後でアイスコーヒーが運ばれる。
「で、どうしたの?」
「私、この仕事してていいのかなって」
「何があったの?」
「うっかりミスが連続で」
「人生はそんなときもあるさ」
「そうなのかもしれないけども、やっぱりちょっと悔しくて、私は向いてないのかなって思ったのよ」
「そんなことないさ」
「そう」
「私は奥にいますので、どうぞこちらを」
そういってスコーンを置いていった。
「これは水芭さんまさかの手作り」
「そうですね、前は頼んでいたお店があったりもしたんですが、閉店しちゃったんで、再現レシピで提供しているってところですかね」
パクっ
(うわ…)
本職じゃん、これといった味ではある。
「水芭さんはどこに行くの?」
「どこまでも行ってみるのもいいかもしれませんね」
豪快に笑った。
「本当にこの事務所の関係者は、特別じゃない人はいないのかしら」
「最初は誰でもひよっこだよ」
「かもしれませんが、ひよこだとおもったら、鳳凰の雛だったみたいなものを隣で見せられてるとね」
「本当に落ち込んでいるんだね、そういうところ初めてではないけども、あんまりならないじゃない」
「なったら…やっぱりダメですから、みなさんは困ったときに依頼するので、私が辛気くさい顔をしてたらダメで」
「でも作り笑いは似合わないよ、自然な笑顔の方が可愛いと思う」
(相変わらず女性にモテる降るまいがうまい人だな)
「どうしたの?」
「ファンみなさんがキャーキャー言うのもわかるなって」
「ありがとう」
「そういうのは重くありませんか?」
「ないね、それは絶対にないよ」
少しキツい目をした。
「失礼いたしました」
「誰にも譲れない部分があるじゃない、俺にとってはこれもそれ」
笑顔を見せた。
「そう、私も期待が重く感じることはなかったんですがね」
「君はよくやっている、むしろやりすぎなんじゃないかって心配はしているぐらいなんだけども」
「そうですかね、でもやはり何かがあり、解決しないのでしたら、それは失敗じゃないですかね」
「失敗だと思うハードルがさ、もう少し変えたら」
「でも自分を厳しくしないと、上手くいかなくて」
「不器用だね、いつも思っているけども、真面目なのはいいよ、だから任せれるんだけども」
「ついていくのが精一杯ですよ、力不足でしたら、どうか後任を見つけてください」
「それは嫌」
「どうしてです」
「君に任せると決めたんだから、そこを変える気はないってこと」
「それでも、失敗するよりかは」
「信じてる」
「それで前に失敗したりしませんでした?あの時は水芭さんが大慌てで」
この事務所の協力者が一番狼狽えるとき、水芭が余裕がないとわかったとき。
「水芭には迷惑かけっぱなしだよ、兄ちゃん頭が上がらないよ」
「でもいい関係だと思いますよ、ミツ含めてですが、信頼できる人たちが集まってるって思います」
「ここまで来るまでに、失敗も多かった、それこそ、水芭の忍耐で成り立っているといわれた時期もある」
「それ私がこの世界知る前の話ですね」
「そうか、君は…いないか」
「まだ中学生ぐらいの」
「その話題は俺の胃に来ちゃうな」
「でも誰でも年は取りますよ」
「君は自然と流れ行くことをヨシとしているのか」
「そうですね、しょうがないものはしょうがないですよ、だからこそ、才能がないならば、どうしたらいいのかって考えてしまう、今日のミスは取り戻しましたが、いつもミスを取り戻せるとは限りませんからね、それがもしも…身近な人たちにと思うとね、やはり怖くなります」
「考えすぎじゃないの?」
「でしょうか」
「俺はね、そう思う。でも言っていることもわかる、自分の苦手なことをカバーする相手と組むということも大事だよ」
「話、合わない人ばかりなんで」
「俺とはこうして話すのにね」
「覆木さんは話しやすいですよ」
「そう?」
「聞き上手って言わせません?」
「言われたことはないな、うち手のつけられないわがままもいるから」
(瀬旭(せきょく)さん…)
「そういうと誰かわかるでしょ」
「わかりました、お二人は長い付き合いだとか」
「射撃場で張り合ってた中だから、その途中で事件が起きたから、それこそ二人して『俺が解決するんだ』って言って追いかけてさ、もうその頃は散々よ、散々、あの時は若かったな」
「今もお若いのでは?」
「そうありたいね」
「特にミツさんが来てからは、元気になったというか」
「やっぱりそうなのかな、格好悪いところは見せられないしなって思ったし、ちょうどきな臭くもなった」
「あぁ」
「なったでしょ」
「はい、なりましたね、どこに潜んでいたのかって」
「世が乱れると好機って思わないでほしいよ」
「それは…そうです、泣くのは関係ない方々がとても多いですから」
「うん、そう、だからしっかりしなきゃねって」
「私は考えてませんでしたが、みんなどうするのか、事務所が吹っ飛んだときに聞いてきたじゃありませんか」
ここで共にするか、引くかって。
「引いた人そんなにいませんでしたし、引いた人も健康上の理由でしたし」
「あいつには言われたよ、泣いて謝られた、もっと体に気をつけてれば、目にもの相手に見せてやれたのに」
悔しいな、悔しいなって。
「覆木さんには話してませんでしたが、私も引っ越しなされるときに少し話しまして」
「何て言ってたの?」
「あいつらは今日も格好いいなって」
「そっか、そう…なのか、あ~ダメだ、なんで行っちゃうんだ、まだ早すぎただろうが」
天井を見上げてからの。
「お前の代わりはいないんだから…」
アイスコーヒーのストローに口をつけた後に。
「ここは仲間の死を悼んでくれる人がいる」
「それは当たり前じゃないの?」
「そこは地域にもよるというか、どちらかというと私のところは薄気味悪い扱いですね」
「でもいないと、ダメになるのにな」
「実際ダメになりましたから」
「あっ、なったんだ」
「なりましたよ、とうとう、とうとう、なるとは言ってたけども、なってしまった」
「感想は?」
「だから言ったのに?いや…さまぁみろ?う~ん、なんか違うな」
「じゃあ何」
「本当に無駄な時間を使わせてくれたってことですかね」
「そうか」
「それに比べたらこの街は好き」
「ありがとう」
「守りたいものですよ、守れないかもしれないけども、一日でも長くこの形を維持してもらいたい」
「移ろい変わるのは仕方がない、でも思いでは残るしさ」
「悲しいんでくれる人がいることはいいことです」
「なんか死を臭わせるような発言はしているけど、ダメだからね、俺より先に行くのは許さない」
「それはまた難しいことを言う、弱いものだと見極めて襲ってくるものがほとんどですから、そうなると私は候補に上がるのでしょう」
「悲しいことを言わないの」
「すいません」
「今日の君はなんだか変だ、いつもと違いすぎる」
「大人になったってことなんでしょうか、才能の壁は大きい」
「自分が求めるものも、向いているものが違うのはよくあることだよ、それもわからないという人がいたのかい?」
「それならば私は不自由でも楽しかったでしょうね」
「この世は広いんだよ」
「ああ、そのはずだった。ではパッとしないところで終わりですが、今日はここで」
「帰るの?」
「こういうときはサメ動画見て寝ることにしますよ」
「それはいい、次にサメくんにも会っててよ」
「あれはいいサメですよ、じゃあ、お先します」
「またね」
「はい、また」
水芭が奥からやってきた。
「話に水芭は付き添ったりしないの?」
「私は苦手なんですよね」
「そっか」
「覆木さんは苦手だな、イヤだなっておもうことは本当にやらせませんよね」
「事情次第だけもさ、苦手なことはさせたくはないかな」
こういう人が事務所の偉い人だったりするので、特に最近は若手の協力者が増えている。
「私が誘われたとき辺りって、そういわれてもダメだったんでしょ?」
「そう、他の人たちにも話は持っていったんだけどもね、その条件で見つからなかった、理由がそんなの聞いたことがないからって、でもワケアリはいるんで、そしたらこんな私でよかったらって感じで、特に自衛が、戦う力が弱い能力者が話を聞いてくれたね」
そこから同様の悩みを持つ人たちが芋づる式になるが、戦える人間とそうではない人間の調整ができる人間が、少なかったため、水芭が戦えるし、全体も見渡せるしができるようになったら、改善し始めたという。
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