浜薔薇の耳掃除

Toki Jijyaku 時 自若

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ザクザクキャベツの、夜でもパクパクチャーハン。

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「傘目(かさめ)、ちょっといいか」
稽古中に先輩から呼ばれたのだが、呼んだのは先輩じゃなかった。
お偉いさん、重鎮たちが並ぶ座敷である。
「ちょっと聞きたいことがあってね、そんなに顔を強張らせるんじゃないよ」
そう声をかけたご老人が、この中で一番怖い、怒らせてはいけない人であった。
「先日、うちにいたのが、お前さんのところの生徒さんに失礼を働いたそうじゃないか」
「それはプロポーズのことでしょうか」
「そう、それ、情熱的だね、一目惚れなんてといってやりたいところだが、話はそれで終わらないんだよ、実はね、あいつにはその日のうちにやめてもらった」
「えっ?そうなんですか?」
合わせる顔がない程度だと思っていたが、違うらしい。
「前々から問題を起こしていてね、ああ見えてね」
「そうだったんですか」
「それで前回のときに、次はないよといったのだけども、それでは釘にはならなかったようだ」
「そのようです」
「その娘さんが預けられている場所も問題だ」
瀬旭(せきょく)や覆木(おおうき)、あまりそうは見えないが水芭(みずば)も螺殻(らがら)ミツという女性を大変大事にしている。
「知ってるかい?あの三人、螺殻さんに妻帯者が旅行に誘ったとき、仕事上で長い付き合いがあっても即座に切った、そのぐらいの存在なんだよ」
「妻帯者なのに旅行に誘ったんですか?」
お前、怒るのそこかよと黙って聞いている者の中で何人かは、心でツッコミを入れた。
「許せないよね」
「それはどう考えても、相手は問題起きても構わないと思ってますよね」
「魔が差しちゃったのかな」
「さすにしても、あの三人を前にして魔はさせないでしょう」
「そこまでお前さんがいうなら、今回のお詫びは、うちの流派に則って、私が行こうじゃないか、話には聞いていたが、その娘さんも入れて四人を実際に見たくなったよ」
「直接ですか」
「そう、おかしい?」
「おかしくはありませんが」
「うちは今回やらかした方だ、こちらが長く付き合いたいと思っても、あちらがそう思わなければそこで終わりだ、だとすると私が会える機会はここだけだよ、それにお前もヒヤヒヤしているんじゃないか、すいませんがもう授業を受けることができませんと言われないか」
「それは仕方がないかと」
「お前さんは、どうもあの娘さんのことになると、目が鋭くなるよ、そんな目をするってことはかなり気に入っているようだから、ここは向こうからの要望がいくつかあったとしても飲むぐらいの気でいこうと思ってるよ」

「大変、大事になっちゃった」
「プロポーズはちゃんと断ったんですよね」
「断りましたよ、いきなりされたら、その…怖いです」
「で、これだとどこかを借りて、第三者が仕切りを任せられ、そこで今後の方針を決めることになるのだけども、どうする?うちは今回向こうに要求をつきつけれるわけだけど」
「ミツが道場に搬入さえ手伝わないというのだけで、後はそのままでいいんじゃないかと思ってる」
「それは…」
「瀬旭、きちんと理屈はあるんだろうな」
水芭は困惑、覆木は怒りを抑えてる。
「もちろんあるよ、ミツ、あそこの道場ってうちが差し入れやらなかった場合、他にあてはあるの?」
「ないと思います、値上がりしてしまって探すのが大変だってこぼしてましたから」
「ほらね」
「ほらね、じゃ、わからん」
「あそこ、食べ物とお金に関してはうちみたいに安定してないと思うんだよね、土日の学生さんが稽古している時に美味しいものが腹一杯食べれるとなれば、きちんと真面目にやってくれるし、一人前になる前に、剣を捨てなくてもいいさ」
「つまり向こうの教育問題を長い目でうちが対処するですか」
「そういうこと、でもこれだと水芭が一番大変だからさ」
「嫌なら次回からは受けれませんって、断れるならば試してみてもいいでしょうね」
「珍しいね、試すのって嫌いじゃなかった」
「嫌いですよ、無駄が多いから、好きじゃない、でも今回みたいに余力があるときに試せるのは大きいし、ミツさんにこういうときの儀礼を経験もさせておきたいんですよ」
「なるほど」
「なんで提案したお前が納得してるんだよ」
「そこまでは見てなかった」
「えっ?」
「いや、さすがは水芭、俺が気づかないところに気づいてくれる、よっ!いい男!」
「さっき感心した気持ちがバカみたいだ」
「こいつはこういう奴だよ、さてミツ、いきなりだが特訓だ、立ち居振る舞いを覚えてもらうよ」
「ひゃ~」
付け焼き刃、たどたどしいがミツはやりとげてくれた。
しかし、この内容に驚いたのは問題を起こした道場側である。
「まさかこうなるとは思わなかったよ、螺殻さんが搬入を道場に来てまで手伝わない以外は全部そのままだし」
「裏があるとか」
「あっても飲まざるをおえないよ、そんな立場だと思うかい?」
あの最も怒らせてはいけないご老人と付き添いがそうはなしていた。
「名前は聞いていたが実際に目にすると、虎や龍や狼の方が可愛い相手じゃないか」
「あれは敵対するとなったら、痛手なんてものじゃありませんね」
「年にしては若々しいし、あれは相当長く現役をはるよ、下手すらりゃ年が離れている傘目の方が先に現役退くよ、まあ、あんだけ旨い飯を食べるということはやはり長生きの秘訣なんじゃないか」
「先日久しぶりに秋刀魚をいただきました」
「あれは旨かった、あのぐらいのサイズじゃ結構するよ、胃袋をみんな捕まえられてしまってるじゃないか、困ったね」
「困った顔しているようには見えませんが」
「言葉だけでもうちはそういう必要があるんだよ、あそこは少しばかり眩しすぎるだから」


「ミツさん休憩」
「じゃあ、俺が手伝うよ」
そういって上着を脱いだ覆木が野菜の下処理を手伝う。
これから傘目が注文の差し入れを取りに来る、今行っているのはbar営業の際のサラダ分であった。
「んもー玉葱剥くならそういってよ!」
瀬旭は目に染みてる、そして手伝う気はないようだ。
「しかし、お前の言った通りになったというか、予期せぬというか」
道場関係な剣士のみなさんが、事務所に関わる噂や話題を小耳に挟むと、わざわざ報告に来るようになったのだ。
カウンターの上にあるあの報告書がそれ、結構多目だが、あれで一週間ぶんだ。
「覆木さんって器用なんですね」
「こんな生き方していたら、嫌でも上手くなるものだよ」
次々に玉葱は向き上がっていく。
そこにエンジン音。
「ミツさん、伝票」
水芭が受け取り、注文の品物を駐車場に持っていくと、傘目の車が止まった。
「今日もいい匂いだね」
「barではこういうメニューはあまり出さないので、水芭さん楽しそうに作ってますよ」
「俺さ、この差し入れで一番好きなメニューはチャーハンなんだよね」
「えっ?」
「あれ、なんか変なこと言った」
「それ、私が作ったんですよ、キャベツの奴ですよね」
「そう、それ」
「はい、やっぱりそれ、私のですね、水芭さんのチャーハンだて香りが強くて、半熟卵を使うからお持ち帰りには向かないので、私が夜食で作ってるものをこの間作ることになったんです」
ザクザクキャベツの、夜でもパクパクチャーハンである。
「あれ、すんごい上手くて、この間、あれだけ食べてたんだけども」
「あんまり作る機会はないんですが、気に入ったのならばまた作りますね、すいませんが伝票と品物のチェックをお願いします」
「はい、はい、はい、全部あります」
「じゃあ、先生、行ってらっしゃい」
「行ってくるね」
そういって車は差し入れを積んで走り出すが、おやおや何故かすぐに駐車場があるコンビニによりましたね、あれかな?お腹が痛いのかな。
すると傘目はいきなり脱力し、突っ伏した。
「俺、胃袋見事に捕まれているじゃん」
数分愕然としていたが、すぐに何事もなかったかのように車は走り出した。



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