風紀委員 藤堂正道 -最愛の選択-

Keitetsu003

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二章

二話 ガキが生意気言ってるんじゃねえぞ! その六

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「はあ……」

 うまくいかない。やはり、上春家との同棲は困難を極めていた。
 分かっていたことだろ? なのに、どうして、落ち込むんだ、俺は。
 台所で皿洗いをしながら、何度目になるか分からないため息がもれる。

「正道さん。ちょっといいですか?」
「? 楓さん。どうかしましたか?」

 楓さんが俺の隣に立ち、洗った皿をぬぐいで拭いてくれた。
 楓さんはよく、晩御飯の後片付けを手伝ってくれる。でも、いつもは、手伝いましょうか、と言ってくれるのだが今日は、手伝いますっと言った。
 いつもと違う言葉に違和感を覚えていた。
 何かあったのか?

「強ちゃんは正道さんのこと、嫌ってませんよ」
「……別に俺は」

 気にしてませんと言いたかったが、言葉にできなかった。意地を張ることができないくらい、自分がまいっていたことに気づき、驚かされる。
 なんだかんだといっても、俺は強の事を気にかけている。強を自分に重ね、助けたいと思ってしまう。
 それは裏を返せば自分も助けてほしいと願っているからなのか? 分からない……自分の気持ちが分からない。
 そんな俺に、楓さんは優しく俺の手を包み込むように握ってくれた。
 あたたかいぬくもりに、なぜか泣きたくなる。

「大丈夫。きっと、正道さんの気持ちは伝わりますよ」

 何が大丈夫なのだろうか?
 自分でも本心が分からないのに、俺は強に何を伝えたいのか?
 何の根拠があって、楓さんはそんなことを言うのか?
 不安なのにそれでも、楓さんの言葉は俺の中に深く染み渡った。不思議と大丈夫だと思えてしまい、笑ってしまいそうになる。

「……ありがとうございます、楓さん」
「いいのよ。正道さんも私にとっては大切な家族ですもの。家族の事を気にかけるのは当たり前の事なのよ」

 楓さんの言葉は、俺の中で深く染み渡った。楓さんの子供で本当によかったと心の底から思う。
 人は一人では生きていけない。でも、他人と分かり合うことなんてできない。
 だから、他人ではない存在、自分のことを気にかけてくれる存在である家族が必要なんだ。
 俺は楓さんと義信さんに甘えている。依存しているといってもいい。
 それを二人は受け止めてくれている。その幸福が俺に力を与えてくれる。

 家族とは不思議だ。
 俺を捨てた母親には憎しみしかわいてこない。だが、義信さんと楓さんには情愛の念を抱いている。
 同じ家族なのに、ここまで正反対の感情をもてるとは、本当に厄介だ。

「後ね、正道さん。咲ちゃんの事も考えてあげてくださいね。あの子は女の子だから」
「アイツは俺の事、嫌ってますよ。それに俺が気に掛ける必要なんてありませんから。上春はしっかりとした女子です」

 そうだ、気に掛ける必要はない。
 上春はああ見えて、芯の強い女子だ。それは、今までの風紀委員としての活動を見ていて、分かる。
 俺なんかが気にかけたら、逆に迷惑かけるだろうし、俺は自分の事で精一杯だ。
 それならば、自分の事をしっかりとやれ。中途半端が一番質が悪いだろ?
 俺の言葉に、楓さんは少し呆れたように笑っていた。

「正道さん、咲ちゃんの事を評価しているのはいいことだけど、女の子はね、そんなに強くないんですよ? あの子も支えが必要なの。正道さん、きっとあなたの力が必要になる。だから、そのときは力になってあげてくださいね」

 上春が俺の力を必要としている? そんなことあるのだろうか?
 俺はふと、伊藤の事を思い出していた。
 俺は一度、左近に伊藤となぜコンビを組ませたのか、尋ねたことがある。
 そのとき、左近は言った。伊藤は悩みを抱えていると。その解決策が俺の行動にあると。

 また、繰り返すのだろうか? また、俺は……。
 そんなはずはない。そう自分に言い聞かせ、納得することにした。
 大丈夫だ。きっと、楓さんの勘違いだ。そうに決まっている……。



 楓さんに慰められたにもかかわらず、俺に気持ちは暗く沈んでいた。状況が全く変わっていないからだ。
 強はおかずを半分残し、残りは一人で食べると言い残し、リビングを出ていく。帰りも相変わらず遅い。
 カレー、トンカツ、ポテトフライ……いろいろと試したが、ダメだった。くじけそうになる。

 それに、帰りも遅い。決まった門限があるわけではないが、夜の七時過ぎに帰ってくるのは遅い。
 特に冬は日が沈むのが早いから、外は真っ暗だ。小学生がうろついていい時間ではない。
 注意したいが、強の両親の件があって強く言えない。どうしたらいい?
 問題の解決策が分からないまま、ただ日々が過ぎていく。

 そんなある日のこと。
 俺は意気揚々と帰り道を歩いていた。なんたる幸運か、『森林の卵』が半額で買えたのだ。
 賞味期限は近いが、今日中に食べてしまえば問題ない。卵料理は子供受けがいいし、栄養値も高い。
 これならきっと、強は完食してくれるだろう。腕によりをかけて作ってやるから、覚悟しておけよ、強。
 ぽつ……ぽつ……。
 冷たい水滴が俺の頬に当たる。

 雨か……。
 まだ夕方の五時だが、空は厚い雲に覆われ、街頭が照らされている。天気予報より少し早めに雨が降りそうだ。
 卵を割らないよう、早く帰らなければ……。
 そう思った矢先、大粒の水滴がぽつぽぽつと制服を濡らし……雨が本格的に降り始めた。

 俺は一度、傘を差すために近くの店で雨宿りする。
 屋根の下に入り、鞄の中から折りたたみの傘を出そうとしたとき、俺と同じように雨宿りするために屋根の下に入ってきた女子がいた。

 上春だ。
 上春も俺に気づき、目が合う。
 上春はぷいっと俺から顔を背け、明後日の方向を見つめている。
 嫌われたものだな。俺は苦笑しつつ、折りたたみの傘を広げ、さっさと退散しようとした。

 だが、一つ気になることがあり、足を止めてしまう。
 上春は傘を持っているのだろうか? もし、持っていなければ雨に濡れてしまうだろう。
 この雨は明日まで続くと天気予報で言っていた。もし、その通りなら、ずっと雨宿りはできない。

 家までは距離がある。肌寒いこの季節、雨に濡れたら風邪を引いてしまう可能性がたかい。
 喧嘩している場合じゃないよな。
 俺は思いきって上春に話しかける。

「上春、傘はあるのか?」

 俺が話しかけてきたことが意外だったのか、上春は振り向き、目を丸くしている。
 上春は少し困ったような顔で考え込んでいた。
 その表情を見て、傘は持っていないと推測できる。喧嘩している相手に素直になれないのは当然のことだ。
 本来なら、朝乃宮がいてくれたらなんとかしてくれると思うのだが、ここに朝乃宮はいない。
 なら、どうするべきか? 答えは決まっている。

「一緒に帰らないか?」
「……」

 俺は折りたたみの傘を広げ、中に入るよう促す。戸惑う上春を、俺は黙って待ち続けた。
 しばらくして、上春はうつむいたまま、俺の傘の中に入ってきた。
 俺は心の中で安堵のため息をつき、ゆっくりと屋根の下を出る。
 雨音を傘ごしに聞きながら、ゆっくりと歩き出す。
 上春の歩幅は伊藤よりも短い。なら、もっとゆっくりと歩けばいいはず。

 身長が百九十五の俺と、百五十代の上春とでは歩幅がかなり違う。
 俺は上春に無理をさせないよう、いつもより歩幅を狭め、ゆっくりと足を動かした。
 俺達に会話はなく、雨音だけが聞こえてくる。
 黙ってこのまま、家に帰ろうと思っていたが、上春がなぜか心配げに俺を見つめていることに気づいた。

「どうかしたか?」
「……兄さん、肩が濡れています」

 俺の肩が濡れているのは、仕方のないことだ。
 元々、そこまで大きな傘ではないし、上春をぬらすわけにはいかない。
 ならば、傘を上春の方に向ければ問題ないのだが、それだと、俺の肩は傘に入らない。
 多少濡れても、肩程度なら問題ない。

「気にするな。卵さえ濡れてなければ問題ない」

 卵の心配をしている俺に、上春はくすりっと笑った。久しぶりに上春の笑顔を見た気がする。

「兄さんらしいですね。合理的というか、優しいというか……」
「そうか? 合理的だと思うが、優しくはない」
「そう思っているのなら、優しくしてほしいです」

 女子に優しくだなんて、こっぱずかしいだけだ。すすんでやりたいとは思わない。
 それに、女子に優しくするのであれば、その気がある男の方がいいだろう。余計な誤解を与えることもない。
 そんなことを考えつつ、俺は上春と一緒に家に帰った。その間、上春がぽつりと一言だけもらす。

「……どうして優しいのに、冷たい態度ばかりとるんですか……」

 上春の悲しげなつぶやきを俺は聞こえなかったフリしかできず、心の中で申し訳ないと謝る事しか出来なかった。
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