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第三話 瀝青

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 アレクから倉庫の雨漏り修理を依頼された俺は、早速修理に取りかかった。今まで培った知識の出番だ。

 と、言ってもまずは現状分析をしないことには始まらない。
 俺はまず最初にアレクから聞き取り調査を行なった。

「アレクさん、倉庫の雨漏りは具体的にどの辺りから起きているかわかりますか?」

 雨漏りの場所が特定できれば格段に修理がしやすくなる。

「うーん、屋根から雨漏りしていることは確かなんだけど、毎回ではないみたいなんだ。でもそれ以上のことはわからないな。お役に立てずごめんよ」

「あ、いえ。お役に立ててないのはこちらですから。それに屋根からとわかっただけでもありがたいです」

 そう言うと俺は屋根に登る準備を始めた。

 アレクから借りた梯子で屋根に登ってみると、木の板は上の板が下の板に少しずつ覆い被さるように順々に貼られており、一見問題がないようにみえる。
 だが、よくみると上下に重なり合う板同士にわずかな隙間が空いているのがわかった。
 板の加工精度の問題で、板自体に多少の凹凸ができてしまっているようだ。

 おそらくは雨が強風に巻き上げられることでこの隙間から逆流してしまったのであろう。

「これはやっかいだな......」
 本来であれば木材の上に防水材料を塗るか貼るかをしてしまえばいい。しかしそんな材料はここにはない。

「とりあえずアレクさんに現状報告をしてみるか」
 この世界ならではの修理方法とか、何か有益な話が聞けるかもしれない。

 そう思った俺はアレクの元に向かった。

 --------

「アレクさん、雨漏りの原因がわかりました」

「おっ、もうわかったのかい? すごいね」

 俺はアレクに先程確認したものと、推測した原因について説明した。

「そうか。板の隙間から......。普通、板の隙間は粘土で埋めていて、何年かに一度全面的に葺き替えているんだ。板も腐ってしまうし、粘土も落ちてしまうこともあるからね」

 アレクは眉を曇らせながらこう続けた。
「空き倉庫だからと放っておいたけど、やっぱり全面的に葺き替えるしかないか」

「あの、葺き替えってとても大変ですよね? それに材料の準備にもとても時間かかってしまうでしょうし」

「そうなんだよ。一旦屋根の葺き替えを始めてしまうと、牧場のことを妻に全部押し付けることになってしまう。一日二日ならまだいいけど、1ヶ月以上はかかってしまうだろうな......。カズトくんに手伝ってもらったとしても相当時間がかかってしまうかな......」

 俺の知識は何の役にも立てないのか......。
 悔しさから下を向く。

 その時、俺の視界にはとある黒い塊が入ってきた。
 それは囲炉裏のようなものの中にあったが、よく見ると戸棚にも備蓄されているようであった。

「これはもしかして......!」

 アレクが不思議そうにこちらをみる。
「うん? どうしたんだい?」

「アレクさん、そこにある黒い塊ってどこで手に入れたんですか!?」

「ああ、これかい?これはね、ここから30分ほどのところにある黒い池で取れるんだよ。どこの家でも燃料に使っているもので、多少臭いはするけれど、簡単に手に入るから重宝しているんだ。これがどうかしたのかい?」

「俺のいた世界では瀝青アスファルトと言って、燃料としてではなく、防水剤や接着剤として使っているんです」

 想像もしていなかったのであろう。アレクは怪訝そうにしている。
「これにそんな使い道が??」

「このままでは無理ですが、一手間かければとても便利な材料に変身します。早速瀝青アスファルトを集めに行きたいので、場所を教えてください!」

「別に構わないけど......魔物がでるかもしれないよ?」

 その言葉に俺の顔が強張る。
「え......魔物......?」

「いやいや冗談だよ。この辺りでは魔物なんてでた事ないからさ」

 ニヤリとするアレク、少しムッとした顔の俺。

 直後、お互いの顔を見合わせ声を上げて笑った。

「「はははっ!」」

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 アレクに瀝青アスファルトの採取場所を教えてもらった俺は、山道を歩いていた。
 もうすぐ出発して30分になる。道を間違えていなければそろそろであろうか。

「ん? この臭いは......瀝青アスファルトだ!」

 瀝青アスファルトは非常に独特の臭いを持っており、わずかな香りでもそのものを特定できる。
 臭いのする方へ進むと、アレクの話していた黒い池が見えてきた。

「実物は初めてみたが、これは見事なピッチ湖だ」
 現代では瀝青アスファルトが自然に産出する場は極めて少ないが、稀に煌々と湧き出る場所がある。それらはピッチ湖と呼ばれ、良質な瀝青アスファルトの産地となっている。

「早速採取しないと」
 俺はそう言うと採取の準備を始めた。

 池や湖とは言うものの、その表面はほぼ固体になっており、採取は容易ではない。
 だが、今回使用するのは倉庫の屋根の修理で使うだけで少量だ。

「少しだけだからちょっと強引に行くか」

 俺はアレクから借りたハンマーとノミを使い、少量ずつ削るようにして採取していく。
 本来の採取方法とは大きく異なるのであろうが、この世界の工具ではこれが限界だ。

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 少量ずつであったので時間がかかったが、倉庫で使うであろう分以上は確保できた。

 少し多めに取れたから、どんな具合か試してみるか。

 俺は辺りに落ちている枯れ木や落ち葉を集め、火を起こした。念のため火打ち石とモグサも借りておいたことが役に立った。

 火力が上がってきたのを見計らい、鍋の中に瀝青アスファルトのカケラを入れ火に掛ける。
 しばらくすると瀝青のカケラの下面からドロドロと溶けはじめ、やがて全ての瀝青が溶けきった。

「よし! 成功だっ」

“ガサッ”

 俺の言葉とほぼ同時に俺の後方の茂みで葉擦れの音がした。

 安心しきっていた俺は、不意に聞こえてきた音に息が止まる。
「............」

“ガサガサッ”
 葉擦れの音が徐々にこちらへ近づいてくる。
 葉擦れの揺れまで目視できるほどになったや否や、茂みから猪ほどの影が飛び出してきた。

「!?」
 俺は驚きと恐怖で言葉を失っていた。

 飛び出してきた影は異形な人型であった。身長は140cm程度、肌は深い緑色、目は爬虫類のそれに近く、口は耳元まで裂け、耳は顔に比較してはるかに大きくかつ先端が細長く突出していた。その姿はあまりにも醜く、一目で人ではないと確信できるほどであった。
 そして異形のモノは自分の腰まで届くほどの大型のナイフを手にしており、友好的ではない事もすぐに理解した。

「ウゥォオウォ......」
 異形のモノは言葉にならない音を発する。
 異形のモノの口からはヨダレのようなものが垂れ流され、鋭い牙もその姿を覗かせていた。それはまるで獲物をみつけ歓喜しているかのごとく不気味な笑みを浮かべていた。

 刹那、異形のモノは空気を震わせるほどの唸り声をあげるとともに、俺目掛けて突進を始めた。
「ウヴォオオォオォォッ!」

 俺は異形のモノから放たれる威圧感に完全に呑み込まれ、足がすくむ。

 やばい、終わった......。

 そう思った俺は思い出す。俺の手に握られているもののことを。
「ええい、ままよ!」
 考える間もなくそれを異形のモノ目掛けて放った。

 直後、異形のモノの肌を灼く音がする。
 少し遅れて異形のモノが叫び声をあげた。
「ヴォオォオオオオオオッッ!!!」

 それは異形のモノの顔に直撃したのだ。
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