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第二章 名もなき古話の神々は、漂泊の歌姫に祝福を与ふ

尾の長すぎる怪鳥は、眠れぬ恋を啄み呪う(28)傭兵部隊と魔導障壁

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 ヒギンズの転移魔術で傭兵部隊の近くに転移したサラは、顔馴染みの部隊長を見つけて声をかけた。

「シャルマン隊長!」

「サラ殿! それにヒギンズ卿も……どうしてこちらに」

 説明しにくい事情を抱えるサラのかわりに、ヒギンズが答えた。

「我々は、によって魔物暴走の情報を得て、転移魔術で飛んできたのだ」

 正確には、気絶した巫術師の脳から先読みの情報を読み取ったのだが、そこは当然端折っている。

「そうでしたか。魔物暴走の気配を察知して、すぐに軍本部に連絡したのですが、なぜか反応がないのです」

「どうやら魔導通信が封鎖されているようだ。今回の魔物暴走は、魔具によって人為的に引き起こされたものなので、同じ犯人の仕業だろう」

「人為的…予兆がなかったのは、そのためか…」

 話している間にも、魔物の気配がどんどん近づいてくる。

「時間がないので簡単に説明する。いまから、暴走してくる魔物と部隊との間に障壁を張るので、可能ならば、障壁のこちら側から遠距離攻撃をしてほしい」

「守っていただけるのはありがたいのですが……我々の遠距離攻撃だけでは、あの規模の暴走の制圧は不可能です。後方の街に走り込まれるのを少しでも遅らせるには、直接打って出るしか…」

 憂い顔のシャルマン隊長の否定的な言葉を、ヒギンズがきっぱりと切り捨てた。

「問題ない。私とサラがいる。いまは隊員に被害を出さないことだけを考えてもらいたい」

「シャルマン隊長、大丈夫だ。私たちが必ず倒す」

 微塵も揺らがない二人の言葉に、シャルマン隊長は頷く他はなかった。

「他ならぬあなた方を、信じないわけにはいかない。お任せしてよろしいのですね?」

「もちろんだ」

 ヒギンズはその場で、荒野を二分するほどの長大な魔導障壁を張り、シャルマン隊長を絶句させた。

「サラ、皆、行くぞ」

「シャルマン隊長、またあとで話そう」

 サラたちが転移で去るのを見送ったシャルマン隊長は、急いで部下に指示を出した。

「攻撃は全て遠距離魔法にて行う。皆、この魔導障壁から前には出るなと、全軍に伝えよ」

「了解」

 伝令を終えて戻ってきた部下は、シャルマン隊長に小声で聞いた。

「いいんですか、隊長。魔物に街に走り込まれたら、最悪、敵前逃亡扱いになりかねませんよ。トカゲのしっぽ切り的な意味で」

「ああ、そんなことになれば、責任はなすりつけられるだろうが、全滅するよりはマシだろう。それに、暴走してる魔物が、魔導障壁を、ご丁寧に迂回して街に向かうとも思えん」
 
「確かに。押し寄せてきた勢いで衝突すれば、大半は圧死しますしね」

「そういうことだ。我々は死にそびれた奴を撃てばいい」

「障壁の向こう側に行ったヒギンズ卿とダークネルブ様は、大丈夫ですかね」

「あのお二人が魔物相手にやられるところを、想像できるか?」

「……魔物が玉砕してるところしか、思い浮かびませんな」

「私もだ」


+-+-+-+-+-+-+-+-

〈あの世っぽいどこかの姉妹の飲み会〉

ぬかた

「今夜はあちこちで、小さな宴が開かれているようですね、お姉様」

かがみ

「そうみたいねえ。なんとなく、人を待ちたくなったり、会いたくなったりする夜だからじゃない?」

ぬかた

「お姉様は、どなたかをお待ちだったのですか」

かがみ

「貴女が来ないかしらと思ってたら、来てくれたわ」

ぬかた

「ふふふ。待たれるって、うれしいものですわね」

かがみ

「来るのが貴女なら、待つのだって楽しいものよ」

ぬかた

「そういえば、さらら様が寵愛なさっている巫女のこと、お姉様はご存じ?」

かがみ

「もちろん。近頃、の皆様が活気づいているのは、その子のおかげでしょ? 感謝しつつ、チラチラと見守っているわよ」

ぬかた

「もしかして、お姉様も目が離せなくなっているのでは?」

かがみ

「あなたもでしょ。あれほどの強い巫力がある子なのに、なんだか放っておけない感じがして、気になるのよねえ」

ぬかた

「ええ。あの子の身に降りかかる試練も、ずいぶんと酷いものですけれども、それよりもなによりも、近くで庇護している例の殿方に、もう少し柔らかな気遣いがあればって、見ていてイラっとするというか」

かがみ

「そう、そうなのよ! 乙女というものは、外側をガチガチに守ればいいというものではないのよ。どうして殿方にはそれが分からないのかしらね」

ぬかた

「しかも、守りを抜かれて、あっさりと奪われてましたし、ダメですわ」

かがみ

「いつか、あの子も呼んで、一緒に女子会をしたいわねえ」

ぬかた

「いいお考えだわ。いっそ、巫女三姉妹の会を立ち上げましょうよ」

かがみ

「頼りにならない殿方なんて、ポイしなさいって、教えてあげなくてはね」

ぬかた

「まあでも、自分の女をポイポイ譲っちゃう、どこぞのご兄弟よりは、あの殿方のほうが、いくらかマシかもしれませんわ」

かがみ

「そうだわねえ」


身に覚えのある兄弟の兄のほう

「ここにも我の居場所はなかった…」


+-+-+-+-+-+-+-+-


*ぬかた……額田王。天武天皇との間に娘が一人いるが、その後、天智天皇の寵愛を得たとも、中臣大嶋と再婚したとも言われるけれども、真実は闇の中。待ち人が来なかったことを詠んだ歌が、万葉集に掲載されている。

「君待つと吾が恋ひ居れば我が屋戸の簾動かし秋の風吹く」(万葉集 巻四 488)

【怪しい意訳】

あの方が来るのが待ち遠しくて、ひたすら恋しく思ってるのに、うち来るのは秋風だけ。あーあ、もう飽きられちゃったのかしら。



*かがみ……鏡王女。額田王の姉と言われている。天智天皇の妃だったけど、藤原鎌足の妻になる。天智天皇の子を妊娠中に鎌足に嫁いだとか、その子どもが実は藤原不比等だったとか、いろんな説があるけれども、真実は闇の中。

待ち人が全然来なかったらしい、キレ気味の歌が、万葉集に掲載されている。


「風をだに恋ふるは羨ともし風をだに来むとし待たば何か嘆かむ(万葉集 巻四 489)

【怪しい意訳】

風だろうとなんだろうと、来てくれるものがあるんだから、嘆くことなんかないじゃない。むしろ羨ましいわ。うちなんて、風すら寄って来ないわよ! もう、誰かを待とうなんて気持ちも、すっかり枯れちゃったわ!



*身に覚えのある兄弟の兄のほう……天智天皇。

実の妹と恋愛関係だったとか、妊娠中の妻を臣下にあげちゃったとか、弟の妻を横取りしたとか、ヤバい伝説が多すぎる気がするけど、真実は闇の中。



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