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第二章 名もなき古話の神々は、漂泊の歌姫に祝福を与ふ

尾の長すぎる怪鳥は、眠れぬ恋を啄み呪う(6)女皇帝再び現る

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「あの、これは一体…」

──サラが、あの教授とやらと共棲みするというので、祝いの歌など贈ろうと思ってな、こそっと覗いておったらば、いましらの城にはだいぶ空き部屋があるではないか。で、念を送ってみたら、見事、飛んで来れたという訳じゃ。

「もしかして、巫術の呼び寄せがなくても、ご自由にこちらにいらっしゃることが?」

──そのようじゃな。我もいささか驚いておる。

 昼間の口寄せで現れた時よりも、どことなく幼くなった女皇帝には、暗い想念の気配は微塵もなく、快活で、心から楽しげだった。
 
「もう、二度とお目にかかれないのだと、思っていました…」

──想えば、会える。いましにとって、我らはそういう者ぞ。

「はい…」

 目元に深い笑みを浮かべる女皇帝は、幼なげな顔立ちでありながら、幼子を見守る母のような慈しみをたたえている。

 自分に母が姉が居たなら、こんな感じなのだろうかと、サラはふと思ったけれども、すぐに心の中で打ち消した。

(既に人生を終えて安らぐべき方々に、生身の者のつまらぬ思いなど、寄せるべきではない…)

「明るい色のお召し物に変えられたのですね」

──ああ。もがりの服など、もう着ぬよ。

「とてもよくお似合いです。真昼の春の野のようですね」

──そうじゃろう? 我も気に入っておるのだよ。

 二人の会話を慎重に観察していたセバスティアヌスは、女皇帝が精霊に近い存在であると見抜き、警戒から歓待へとモードを切り替えることにした。

「お客様のお部屋を整えたいのデスガ、ご予定など伺ってモ、よろしゅうゴザイマスカ」

── 教授とやらの舎人か? 強そうだの。名はなんと言う?

「セバスティアヌスと申しマス」

──我は、サラの友であり、語り部でもある者じゃ。仕事仲間、ということになるな。このむろを我が仮宮として、ときどき顔を出そうと思う。よろしく頼む、セバスティアヌス。

「デハ、ご宿泊の準備と、お夜食など、ご用意イタシマス」

──おお! ならばサラたちが食していた、あの鳥がよい!

「かしこまりマシタ」

 セバスティアヌスが礼をして下がって行くのを見送った二人は、『さららの仮宮!』の札のある部屋に入った。

「あの、さらら様、大切なお名前を扉に貼ってしまって、よろしかったのですか」

──いみなのことなら気にするな。我は未来に生きることにしたのでな、細かな因習などには、こだわらぬことにしたのじゃ。ここでは、我をうるさく叱る者もいないしな。

 いたずらっ子のような笑みを浮かべながら、女皇帝は扉を閉じた。

 家具も窓もない、がらんとした室内には、大柄の花の模様が織り込まれた絨毯が広げられていた。

 女皇帝はその上にぺたりと座ると、サラを手招きした。

──ほれ、サラも座れ。

「こちらの敷物は、さらら様が、お持ちになったのですか」

──うむ。 花氈かせんというものでな、遥か彼方の大国から運ばれてきたと聞く。こちらに持ってくるつもりは無かったのだが、たまたま上に座っていたら、そのまま着いてきたようだな。なかなかのよい品だぞ。

 なかなかどころか、どう見ても国宝級、下手をすると世界遺産級かもしれない古代遺物に、サラは恐る恐る腰を下ろした。


「さらら様は、さきほど、私の語り部でもあるとおっしゃってくださいましたが、それは…?」

──おう。そのことじゃが、サラは、我らの古き歌を読み解く仕事をしておるのじゃろ?

「はい」

──ならば、我の手伝いがきっと必要になると思うたのじゃ。サラが読み解く歌どもは、我の臣下や、我らの子孫の臣下の作であるものが多いはずじゃ。より下々の者どもの歌であるとしても、皆、我らが慈しみ守るべき民であったことに変わりない。

 女皇帝の声には、為政者としての静かな矜持があった。

──なれば、その者どもの思いを受け止めるべきは、本来ならば我らであったはずなのじゃ。まあ、高き位にあった我らとて、出来た人間ではなかったから、取りこぼしばかりだったのだがな。

 サラは、具現化した宮殿に集っていた人々の姿を思い起こした。

 彼らがあそこで晴々と笑い合うまでに、どれほどの思いを昇華しなければならなかったのだろう…。

(死してなお、強くあろうとした方々だったのだろうな…)


──よいか。サラよ。人の思いを、いまし一人で全て受け止めようなどと思うな。それは、汝には過ぎたる重荷じゃ」


「しかし、私は」


──そう、汝は類稀なる巫女だ。しかし、いかに高き技量を持つ巫女であっても、汝はただ一人の乙女にすぎぬのだ。思い違いをするでないぞ。汝のその身も魂魄も、汝のためにあるのだからな。亡き者どもの思いなどで、傷つきながら生きるなど、我が決して許さぬ。

 心配性のヒギンズよりも、何倍も強く、重い言葉だった。

 なぜかサラは、縋ろうとした相手に突き放されてしまったような、頼りない心持ちにかられた。

(さらら様は、私を思って言ってくださっているのに、なぜこんな気持ちに…)


「……」


 サラの内心の動揺を察したのか、女皇帝は声を和らげて話を続けた。

──まあ、これまでの汝のありようを思えば、すぐに納得のいく話でもなかろう。老いの繰り言とでも思うて、いまは聞き流しておいてくれればよい。


「さらら様…」


──語り部と言うたが、ようは、お手伝い係じゃな。サラの心に被さる重みを、少しばかり減らす役目じゃ。特に、汝らが次に手がける歌の詠み手は、我がよく知るものだからな。あやつの面倒くささは、我は慣れておるが、おそらく汝らの手に余る。

「そうでしたか」

──うむ。気楽に頼ってくれ。我も楽しむつもりだからの。おお、この鳥の肉は柔らかいの! 

 にこやかに料理をつまむ女皇帝を見ながら、やはり姉ができたようだと思ってしまうサラだった。


+-+-+-+-+-+-+-+-


女皇帝の夫

「さらちゃん、立派な大人になったなあ…」

いにしえの巫女

「あなた様に比べたら、どんな方でもご立派な大人でありましょう」

女皇帝の夫

「なんだよ、俺は大人だろ? いい男だし?」

いにしえの巫女

「さあ、どうでございましょう。ご立派な息子は、母や妻に苦労ばかりかけないものだと、私は思いますけどね」

偉大なる母

「よう言うた、ヌカタ! 全く、いい年になっても我が息子どもは、幼な子よりも始末に追えぬわ! それにくらべて我が孫どもの、なんと良く出来たことよ」

女皇帝の夫

「げ、母上……湯治に行かれてたのでは?」

偉大なる母

「湯にばかり浸かっていては、ふやけてしまうわ! それに何やら面白きことがあると聞いてな、我も呼ばれようと思うて、来てみたのじゃ」

女皇帝の夫

「宴会、大増員だな…さらちゃん、怒るだろうなあ」


+-+-+-+-+-+-+-+-


*女皇帝の夫……天武天皇。

*いにしえの巫女……額田王。

*偉大なる母……斉明天皇。天武天皇の母。持統天皇の祖母。








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