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七話

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「ごはん食べるでしょ? すぐに作るから先に風呂に入っちゃって」
 僕が家に入ると、母は他に何も言わずにそう言った。
「え、それより……」
 僕はメールの事や騒動の事を言おうとするけど、そんな事はお構いなしに奥に入ってい行った。間もなく包丁の音が聞こえたので、どうやら本当に料理をしているみたいだ。
 今話しかけても無駄だろうから、ひとまず風呂に入ろうか。話はご飯の時でもいいだろう。
「殆どそのままか……」
 風呂に入る前に、嘗ての自分の部屋に訪れた。いや、今も僕の部屋なんだろうな。そう、僕の部屋は、多少片付いてるものの、家具や小物の置き場所はそのままだった。時間が止まっているみたいで、何だか不思議な気分だ。僕は身体が憶えているままにタンスを開け、着替えを取り出し、風呂場に向かった。
 脱衣所には既にタオルが置かれていた。
「洗濯するものがあったら洗濯機に入れておいてー」
 キッチンから指示があった。僕は下着とか服をその指示通り洗濯機に入れると、風呂に足を踏み入れた。
 さっきまで他人の家のような気がしたのに、シャワーの水圧も、足に伝わる感触も、風呂の広さも、全部懐かしくて思わず笑ってしまう。
 風呂から上がると良い香りが漂ってきて、思わず僕のお腹が鳴ってしまう。服を着替え直して髪が濡れたまま行くと、母がそれに気付いて「もう少し時間かかるから、乾かして来なさい」と言ったので、その言葉に甘える事にした。
 なんとも言えない懐かしさは、本当に何も言葉に表現できなくて、そわそわしつつも暖かい空気で満たされている。まるで外とは別の世界にいるみたい。
「あ、玉子焼き……」
「うん。好きだったでしょ。あと煮物ね、最近外寒いから」
「ありがとう」
 食卓にはご飯と玉子焼きと煮物が並んでいた。
「食べていい?」
 僕は確認をした。自分に出されたとは分かっていたけど、時間の隔たりが壁になって、どうも遠慮がちになってしまう。
「どうぞ。冷める前に食べちゃって」
「じゃあ、いただきます」
 僕は煮物に手を付ける。味はちゃんと染みていて柔らかくなっていた。
「美味しい」
 そう言えばここを出る前、ちゃんと母のご飯に『美味しい』って言えてたかな? 
「ありがとう」
 この『ありがとう』は新鮮な気がするので、もしかすると今までまともに言って無かったかもしれない。
 次に玉子焼きを食べた。僕の好きな味だ。
「どう、これは?」
「味、変わってない気がする」
「良かった」
「最近作って無かったの?」
「いや。何年も経ったから、そのままか心配で」
「そうか。大丈夫だよ」
 言葉に淀みは無いんだけど、どうも距離が空いていて、ぎこちなさが滲み出てしまう。
 少し食べ進めて、空腹がある程度収まった頃、僕は切り出した。
「ニュースとか、見た?」
「見た」
「詐欺師だとか、嘘つきとか思わないの? あと、メールは何で返事くれなかったの?」
 暫し沈黙が流れたけど、母はゆっくり口を開いて、
「…………ごめん」
 と言った。
 けど、何の"ごめん"か判らなかったから、僕は返事を返さなかった。
「母さんじゃ力に成れないと思って、何て返信すれば良いか分からなくて」
「何で? 一言くらい有っても良かったでしょ」
 語気が強くなる。
「中学生の時に進路希望でヒーローって書いてたの憶えてる?」
「うん。何言っても聞き入れてくれなかったし、ふざけた事を言うなって否定されて、無理やりに変えさせられた。その別のは憶えてないけど」
「△△が頭のおかしい人だって、先生達に思われてしまっていたのは? 精神科医を勧められたのは?」
「そうだったの?」
 確かに、『怪我を治せる魔法みたいな力があるから、僕はヒーローになります』なんて言われたら、まず頭がおかしいと思うだろう。
「それと、怪我とか治せるのが世に出てしまった場合の事を考えてなかったでしょ」
「あれ? 能力の事知ってるの?」
「私もお父さんも知ってる。△△が〇〇ちゃん治した時から」
 初めからって事か? 
「いや、信じてくれなかったんじゃないの?」
「信じるも何も、初めの頃は何度も人前で使ってたじゃない。人前で話始めたら普通は"そんなもの無い"って言うに決まってる」
「それは、そうだけど……」
「それに、憶えてないだろうけど、噂を聞きつけたいくつもの変な宗教の人が訪ねて来ることもあったし。我が子の身の安全を考えるなら、無いものとして扱うのが当然でしょ」
「うん……」
 返す言葉も無い。
「何度も、"力がある"って人に言うな、普通に生きろ、あったとしても無いものとして扱えって言って約束したのに、それもすぐに忘れて中学生の時に先生にも同級生にも言うし、目の前で大怪我してる人を見かけたなら百歩譲って良いとしても、隠れて軽いかすり傷も風邪も、何なら視力だって治していくし、周りをごまかすのにどれだけ苦労したか! せっかく貰った内定を蹴ったのも、家を出ていってフリーターになったのも、母さんが電話をかけたりメール送っても△△が無視してたのも、他にやりたい事が見つかるならと、それで集中できるならと、一段落ついて連絡してくるまで待とうと、大目に見てたけど、いざ近況を知らせてくれたと思ったら『騒ぎになってしまった』? いい加減にして。そんなのもう、助けられないでしょ……」
 一度話し始めると母は徐々に感情が昂ぶって、怒りながらも悲しそうに話した。
「ごめん……」
 そうだ。初めの頃は何度も連絡してきて、話すと喧嘩になるのが分かってたから煩わしく思ってしまって、僕はそのまま無視したんだ。ここ一年以上連絡してこないな、と思ったけど、そうか待っててくれたのか……。本当に悪い事したな。目の前しか見えてなかった。いや、目の前も見えてなかったのかもしれないな。
「ごめん……」
 僕は謝罪を重ねるしか、何もできなかった。
「もういい。ご飯冷めるから早く食べよ」
 ご飯を食べ終えて、ふと気付いた。
「母さん、父さんはどこにいるの?」
 母は洗い物をしながら答える。
「警察署」
「何で?」
「いたずらで張り紙だけじゃなくて、玉子を投げられたり、庭に入って荒らされたりしてね、それを警察に電話したんだけど、『怪我人もいないからその内収まるでしょ』ってあしらわれて、あの人、直接言いに行ったわけ。そしたら△△について何か知ってるだろうと、事情聴取されることになったんだよ。多分、それが聞きたいだけかもしれない」
 黙ったままの僕に、母は気を使ってくれた。
「大丈夫。父さんは△△の事を悪いように言ったりしないから」
「……うん」
 この後僕と母との間には最低限の会話しか交わされず、そのまま一日を終えたのだった。

 朝起きて僕は、母の入れてくれたコーヒーと共に、残していたサンドウィッチをこたつで食べていた。
「……△△。お帰り」
「ただいま……」
 少し遅れて父さんが起きてきた。昨日は僕が寝るまでに顔を会わせる事はなかったから、深夜に帰ってきたんだろう。何時かは知らないけど、目の下に大きなができている。
「起きて大丈夫なの? 昨日遅かったんでしょ」
「ん? ……まあ。でもな、息子が帰って来てるのに、無視できないだろ。最後が喧嘩での別れだって、それは変わらん」
「……そうか」
 お互いが相手の出方を伺って、スムーズに会話が進まない。
「警察に色々聞かれたぞ」
「何を?」
「お前の素行についてが主だな。まあ、ここ数年は知らないから、子どもの頃の行動パターンだとか性格とかを答えたけどな」
 父はソファに座って話を続ける。
「単刀直入に言うと、俺はお前を悪いように言ってないし、犯罪を犯していないと信じてる。万が一犯したとしても、何かやむを得ない事情がある時だけだと思ってる。警察にもそう話した。昔から正義の味方が好きなお前が詐欺師なんて、天地がひっくり返っても有り得ない。そうだろ?」
 父はまっすぐ僕を見つめる。僕は少し圧倒されながらも、それに応える。
「うん。詐欺なんてしてない。人を助けただけ」
「良かった」
 父は安堵の気持ちは出さなかった。というより、安堵する必要も無かったんだろう。初めから確信してる様子だったから、確認したに過ぎないんだろう。
「あ、お父さん。おはよう。コーヒー飲む?」
 洗濯物を干しに少し離れてた母が、起きている父を見つけて声をかけた。
「ありがとう。濃い目でお願いするよ」
「はい」
「△△。知っているかもしれないが、既にお前に対しても被害届が出ててる。それで警察は今にもお前を逮捕しようとしてるんだ。多分、お前がまだあっちの家に居たとしたら、今頃逮捕されていただろうな」
「何となくだけど、それは判ってた。でも、あの親子はどうなったか知らないんだけど、警察から何か聞いてる?」
「ああ、〇〇ちゃん達は知り合いの所で匿って貰ってる。息子さんの診断書はあるし、医者も証言してるみたいだが、どうも雲行きが怪しくてな、出頭すると言っていたが一応少し身を隠させる事にした。それはそれとして、〇〇ちゃん達を"あの親子"って、長い間付き合いが無かったからって、余所余所し過ぎないか?」
「え? ……そうなの?」
 あの親子は〇〇……。いつか会えれば良いと思ってたけど、まさか既に会っていたとは。長らく顔を見てなかったから判らなかったとは言え、何も言わなかったのは失礼だっただろうか? そもそも相手は気付いていたのか?
「知らなかったのか。あの娘が助けて貰ったって聞いた時は、てっきり知ってて助けたのかと思ったけどな。そうか、知らずにか」
「うん。連絡もしてなかったから、気付かなかった」
「今まで優しかったご近所さんですら、たかだかワイドショーなんかで詐欺師としてあの娘を取り上げた途端、親の敵でも見るかのように態度を豹変させてな、張り紙を貼ったり、暴言を吐いたり、ゴミを投げ入れたり、これはご近所さんかは知らんが窓ガラスを割ったり家に侵入したりな、それが毎日の様に続くもんだからあの娘も限界だった。それで自殺を選んだんだろうな。悲しい事だ」
「〇〇さん、今はどうなの……?」
 何となく呼び捨てにはしにくかった。
「今は考えて無いみたいだ。この先どうなるかは分からんけどな。久しぶりにお前に会えて喜んでいたぞ」
「……そう」
 〇〇は結婚して、子どももできて、家庭を築いていたんだな。僕はまだ何も成し遂げていないのに再会してしまって、嬉しさはあるけど、何だか申し訳ない気持ちが勝る。
「はい、コーヒーできたよ」
 母ができたてのコーヒーを、父の前にあるテーブルに置く。
「ああ、ありがとう」
礼を言うと父はコーヒーを一口啜った。
「お前は確かに人を救った。これは間違い無い。でもな、それによって悲しみを生んでるのも事実だ。だから善とか悪とか一括りにはできないのは覚えておけよ」
「はい」
「実際どう考えても良い事をしたとしても、酷い事を言われたりされたりする時はある。だからな、今後状況と行動に伴う結果を考えて、後悔しない選択をするんだ。分かったな?」
「うん」
 父はまた一口コーヒーを飲んだ後、何かを思い出したようにまた口を開いた。
「家の近所で怪しいやつを見かけたんだが、心当たりあるか?」
「いたずら目的の人とかじゃなくて?」
「あー、さっき洗濯物を干してる時にもいたよ。いたずらしたり文句を言ってくるわけでもなく、ただこっちを観察してるみたいな」
 母も見かけたようだ。
「ああ。俺も一言言ってやろうと近づいたんだけどな、『迷惑はかけません』って言った後に謝って逃げていったんだ」
「どんな人?」
「若めの女の人だったかな。身なりが良かったから、泥棒でもないだろうと追いかけなかったんだけどな」
「あれ? 私の時は男の人だったけどね。笑顔なんだけど、どうも取ってつけたような、怖さがあったわ」
「何か知ってるか?」
「それかどうかはわからないけど……。☓☓教知ってる?」
「ん? ああ、話には聞くな」
「僕の力を信じてるみたいなんだけど、逃げてる途中で話しかけてきてさ、皆に受け入れて貰えるように、あといたずらについても手を打つって。やり方は教えて貰えなかったけど」
「そうか。得体の知れない団体に力を借りるのは落ち着かないが、今は様子を見るしかないな。上手く行けばいいけどな」
「悪い事が起きなければいいけど……」
「……うん」
 両親が心配するので、自分自身も少し自信を無くし、歯切れの悪い返事しかできなかった。確かに、初対面の相手に手放しで信用を寄せるのは危険だったかもしれない。でも、犯罪者にされて、非難されて、おもしろがられて、気持ちが疲れてたんだ。
 ああ、でも、それを狙っていたのかもしれない。いや、まだ悪人と決まったわけじゃない。もし奇跡みたいな力を持っている人間が現実にいたら、奇跡を信じる人達であれば見返りを求めずに相手を助けるかもしれない。そう、何も起きていないのに責めるのは、面白がって僕や〇〇親子を責める人と一緒だ。
 話が一段落して、父はテレビを付けた。朝という事もあって探さずともニュース番組で溢れてて、見たいけど見たくない情報が入ってきた。
 それは、勿論僕の事だ。
「――――え? …………どういう事?」
 頭が追いつかなかった。
「何で? どうなって? いや、そんな、僕は何もしてないのに……?」
 ――――僕が指名手配されていた。放火、殺人及び殺人未遂、詐欺、暴行、公務執行妨害等、色々な罪を課せられていた。テロの可能性を含めて捜査されているらしい。懸賞金もかかっている。なかなか行動が早い気がする。
「△△! 何をしたの? 何が起きてるの?」
「しっ! テレビが聞こえん」
 父は狼狽える僕と母に、静かにするように言った。
 明け方に犯行声明が出された後とある警察署が爆発され、死者三人、重軽傷者もニ十人以上出たらしい。そして、犯行声明の一文が発表された。内容は、『△△様は神が遣わした天使であり、犯罪者と見做すのは不敬である。それだけに留まらず、事実無根の罪で捕まえようとする警察に罰を下さなければならない』それに加えて、『これ以上不敬を重ねるつもりなら、△△様に仇為した他の人や場所にも天罰が下される』とあった。
「☓☓教か……?」
「僕、聞いてみる!」
 あの男性に聞いて、確かめないと。何かの間違いかもしれない。
「やめておけ! もし☓☓教がやったんなら、今連絡を取れば確実に自身を追い込むことになる」
「もしそうだとしても、いや、そうかもしれないなら尚更止めないと!」
「少なくとも今こいつらは、確実にお前の立場を危うくしている。これ以上は関わるな。逆上されて殺されでもしたら、どうするんだ?」
「……わかった」
「△△、気になったんだけど、仇為した人や場所って何処かわかる?」
「……う~ん」
 僕は考えた。あの男性に話した人と場所……。話した内容を思い出しつつ、引っかかったキーワードを僕は口に出した。
「警察、母さんと父さん、中学校、社会、国……?」
 親とは仲直りした方が良いって言ってたから、考えたく無いけど現実的に考えるなら次に標的になりそうなのは……。
「中学校、かな? 僕のって夢を諦めさせられたって言ったら、"罪深い"って怒ってたし」
「そんな所爆破させられたら、沢山の人が巻き込まれてしまうわ」
「じゃあ、警察に知らせた方が良いかな?」
 そう言うと父は少し考えて口を開いた。
「携帯は止めとけ、探知されるかもしれん。指名手配されてる以上、証拠がない限り、捕まれば最悪、有りもしない罪で裁かれるぞ。とりあえず、近くの公衆電話で知らせるだけ知らせろ。その後のことはそれから考えるしかない」
「わかった」
 出る準備をしようと立ち上がった時だった。
 ――――ピンポーン。インターホンがなり、誰かがドアを叩いた。
「誰だろう?」
 こんな時の来客なんて、まともじゃないに決まっている。警察か、宗教の人か、嫌がらせ目的の人か、懸賞金目当ての人か?
 僕が二人に目をやると、このままじゃ家を出られないと踏んだのか父が、
「俺は客の相手をするから、母さん、△△をとりあえず公衆電話まで送ってくれ」
「わかった」
「その後は、俺が良いって言うまで帰ってくるな。良いな?」
「……うん」
「二人とも、気をつけて行ってこい」
「父さんも気をつけて」
『△△さま~、いらっしゃるんでしょう? ここは危険かもしれませんしー。――――さんも、お呼びですよー。さあ、参りましょう! 大丈夫、我らと一緒であれば救われますー』
 誰かが玄関前で声を高くして僕を呼んでいる。☓☓教の人に違いない。しかし、穏やかで優しそうな声色とは裏腹に、抑揚が全く無いので感情が読めず不気味だった。
「どちら様でしょうか?」
 父が応答する。
「△△様のお父様ですね! お初にお目にかかります☓☓教の―――です。不敬なる者が△△様にさらなる無礼を働こうとしていますので、直ちに安全な場所へお連れしようとお迎えに上がりました」
 ☓☓教の人はテンションをさらに上げるが、声はまたも一本調子で、こうなると恐ろしさまである。
「そうですか。ですが△△は今外出中ですから、また今度じゃいけませんか?」
「おや、おや? 外出が危険なのはご理解なされていると思いましたが? 恐れながら、本当に外出をなされているのですか? もし嘘なら、神がそれを暴き、罰を下します。もう一度お尋ねします。今は何処にいらっしゃいますか? 先程の言葉は真実でしょうか?」
 この間に僕と母はガレージにある車に乗り込む。幸い、ガレージは玄関側から死角になっているんだ。
「行くよ」
「うん」
 母は車のエンジンをかけると、間もなくアクセルを踏んだ。
 いくら玄関側から死角になっているとはいえ、エンジンの音は聞こえる。もしあの人が車の前に乗り出してきたら、車を出せなくなってしまうだろう。だから、安全確認はしつつも母は車をを即座にガレージから出した。
 父が引き止めてくれていたみたいで、あの人が出てくることはなかった。
「ふう……」
「緊張したね」
「うん。あ、荷物」
「後ろに積んである」
「ありがとう」
「うん。…………もし、疑いが晴れたら、何がしたい?」
「急にどうしたの? …………まあ、いいか。疑いが晴れたら? 今度こそヒーローしてもいいかな。どうせ力の事はバレるだろうし」
「聞きたくないだろうけど多分、母さんは逃げきるのは難しいと思う。でも、夢を叶えたいなら、それまでにできる事はやってしまいなさい。きっとそれがあなたの為になるから」
 運転中だから、僕の方には殆ど目線を向けなかったけど、母の言葉は力強かった。
「できる事か……。母さん、警察に電話し終えたら〇〇さんの所に行ってもらっていい? 話をしておきたい」
「わかった。……着いたよ」
「うん」
 車は公衆電話の前に停められて、周りからは見えにくくなっている。母の配慮だろう。電話中に見られたら逃げにくいし。
 僕は公衆電話にお金を幾らか入れて、早速警察に電話をかけた。
『――――警です。ご要件は何でしょうか?』
「……あー。……今朝ニュースでも言ってた爆発の事件のことなんですけど、えっと、△△を指名手配してましたよね?」
『はい、目撃情報ですか?』
「いえ、多分指名手配して追ってるとなると、また別の所を襲うと思うんです」
『はあ……?』
「そこの場所について心当たりがあるんです」
『では、一応聞かせて貰っても良いですか?』
 いたずら電話が多いのか、気怠そうな声色での対応だけど、無視はできないのか聞いてくれるようだ。
「――――中学校。△△が通っていた学校です。そこで夢を諦めさせられたと聞いた☓☓教の人が怒っていたんで、可能性は高いです」
『そうですか。それだけですか?』
「あ、いえ。爆弾処理できる人がいるかもしれません。ガスとかの可能性は低いと思うんで、今回も多分爆弾を使うはずです」
 確か、異物が混入した時はどうなるか聞かれたからな、だからこその爆弾なんだろう。
『証拠や根拠はありますか?』
「証明はできません。推測です」
『そうですか……。では参考にさせていただきます』
 ため息をつかれた。いたずら電話だと思っているんだろう。でも、動いて貰わないと沢山被害が出る。
「えっと、警察署のやつは犯行声明からどれくらいで爆破されたんですか? 次もきっと犯行声明は出されると思うんです。だいたいの時間が分かれば犠牲も無くせるかもしれないですし」
 何も言わずに爆破すればそれはただの殺人であり、自身の正当性や力を示す事ができない。だからあちらも正義を持って行動してるなら、また犯行声明を出した後に爆破する。
『それについてお応えできません』
「そうですか……」
『以上ですか? 切りますよ?』
 何ですぐに切ろうとするんだ。
「あ、待って!」
『まだ何かあるんですか?』
「爆弾処理班の出動が難しくても、せめて避難はさせて下さい! お願いします! 僕は△△です、嘘じゃありま――――」
『はい、参考にさせていただきます。では切ります』
 僕の言葉を遮るように返事をして、そのまま電話は切れてしまった。きっと信じて貰えていない。いたずらだと思われているはずだ。
 僕は憤りを感じながら車に戻った。
「どうだった?」
 母が聞いた。
「ダメ。名前も言ったんだけど、まともに聞いて貰えなかった」
「じゃあ、中学校の人達はどうするの?」
「多分、全く警察を送らないか、送られたとしてもニ、三人かな?」
「そう……」
「母さん、やれる事って言ったよね?」
「言った」
「次も犯行声明が出されてから爆破されると思う。だからそれまで逃げてさ、途中怪我人とか病人を治して行こうと思う。それでさ、きっと行けば捕まるだろうけど中学校に行って、もし本当に爆破されたら、人を避難させたり、巻き込まれたりした人を助ける事にした」
「良いんじゃない?」
「……良かった。そう言って貰えて」
「あんまり無理はしないでね」
「うん。……うん」
 母の心配はもっともで、僕も無理はしたくない。でも、爆破されると分かってる所に向かうんだから、無理はせざるを得ないだろう。多分、それは母にも分かっていて、でも言わないわけにはいかないんだ。
 そして母は無言で車を発車させた。勿論道中会話がなされる事は無かった。
 
「……ここ。母さん、ついて行こうか?」
 どうやら目的の場所に着いたようだ。
「いや、一人で行く」
 何を話すか? あまり緊張は無かったけど、なかなか一歩が踏み出せない。でも、深呼吸をして、少しずつ玄関まで近づいていく。どんな顔をすれば良いんだろう? この騒動の種を撒いたのは僕だ。喜んでいたと聞いていても、実は恨まれているんじゃないか? そう思ってしまう。
 逃げ出したい気持ちはあったけど、会っておかないと後悔する気がした。
 だから僕は意を決して、インターホンを鳴らした。
 一秒、二秒、三秒、まだ応答は無い。四秒、五秒、僕は生唾を飲んだ。六秒、七秒、八秒、物音が聞こえない。九秒、十秒、留守だろうか? それとも無視されたか? 
 手汗を握る。時間があまりに長く感じて、目眩がしそうだ。友人としてまともに話すのは何年ぶりだろうか? 他人としては最近話したけど、それとはわけが違う。ここで僕はようやく緊張し始めた。そして何秒かもう分からないけど、飲み込める生唾が枯れた時ようやく、開かずとおもわれた扉が開かれた。
「△△くん……ですよね? 〇〇です」
「は、はい。ごほん! △△です。お久しぶりです」
 痰が絡んでしまった。お互い距離を掴めていないのが丸わかりで、笑顔を浮かべるがどこか引きつっていた。
「えっと、中に入りますか?」
「あー、母が待ってますし」
「じゃ、おばさんも一緒に……。外にいて目立ってしまったら困りますし……」
「あ、えっと、じゃあそうします」
 言葉が思うように出てこない。でも、言っておきたい事がある。
「〇〇さん、僕はまた君の笑顔が見たいからずっと、ヒーロー……人助けをしてきました。まあ、に過ぎないかもしれないけど。それで……、そのせいで……、君に悲しい思いをさせてしまったのを凄く後悔しています。ごめんなさい! 許してくれとは言いません。でも、生きて欲しいと思ったのは本当です。だから、勝手かもしれませんけど、どう力になれるか分からないけど力になりますから、どうかこの先辛くても生きて欲しい。もう、死は選ばないで下さい!」
 途中から僕は自分が何を言ってるか分からなかった。頭を深く下げて、ずっと上げられなかった。上げるのが恐かった。
 僕は凄く自分勝手な願いを押し付けている気がしたけど、助けた人を死に追いやってしまうなんて嫌だった。知らずにとはいえ、を、あやうく自分自身の手で消す所だったんだ。そんなの最悪だ。
「よく分からないけど、私はもう自殺しようなんて思ってないですよ。さ、頭を上げてください。血が登ってしまいますよ」
 僕はまだ頭を上げられなかった。
「私、△△くんの怪我を治す光に助けられましたけど、それ以上にあなたの必死な姿に救われたんです。ええっと、言いそびれていましたので、今言わせて下さい。ああ、後で息子も言うとおもいますけど……」
「何を、ですか……?」

「――――――――〇〇くん、ありがとう」
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