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第4章
32・一命
しおりを挟む「……ラ。ヴィエラ……」
(オズウェル……?)
吐息の混じった悲痛な声が聞こえる。
くぐもった低い声が、悲しそうにヴィエラの名前を呼んでいる。
「オズ、ウェル……?」
導かれるようにしてまぶたを開けたヴィエラの瞳に映ったのは、ヴィエラの手を祈るように握りしめているオズウェルの姿だった。
「……気が、ついたのか……。よかった……」
ヴィエラが目を開いたのを見て、オズウェルは心底安堵した様子で大きく息を吐いた。
「……わたし……」
状況が理解できなくて、ヴィエラは周囲へ視線を走らせる。
白で揃えられた調度品に、サイドボードにはアネモネの花が飾られていた。
見なれたヴィエラの部屋だ。
どうやらヴィエラは、自室のベッドに寝かされているようだった。
オズウェルはベッドのすぐ横に置いた椅子に腰掛けている。
「……っ」
酷く頭が痛む。頭だけでなく、喉も。
こめかみを押えて体を起こそうとしたヴィエラを、オズウェルは軽く肩を押して止めた。
「無理に起きなくていい。まだ休んでいろ」
間近で見たオズウェルの目の下にはうっすらとクマができている。
(きっと、心配してくれたんだわ)
婚約者が意識を失っていたのだ。それを、この皇帝様が心配しないわけがない。
過去のことを思い出したヴィエラは確信を持ってそう思う。
ヴィエラは大人しく横になった。すぐにオズウェルが毛布をかけ直してくれる。
「……あの、何があったの?」
ヴィエラは椅子に座るオズウェルを見上げ、おずおずと尋ねた。
「私と温室で茶会をしていたことは覚えているか? お前は紅茶を飲んで倒れたんだ」
「あ……」
言われて、ようやくヴィエラは思い出す。
薔薇をくれた使用人の男性が持ってきてくれた紅茶。
普通の紅茶とは違い、甘くて苦く、とろみのある味わいだった。
それを感じた瞬間、ヴィエラは意識を失ったのだ。
「どうやら薬を入れられていたようでな……。すぐに解毒の処置をとったのだが、お前は三日ほど眠っていた。今、研究者たちに成分を分析させている」
「三日も……」
やはりあの紅茶には薬が入れられていたらしい。
(あの味は……昔レミリア様の従者の方に飲まされたものと同じ味だわ。もしかしてこれもレミリア様の仕業――?)
過去の記憶を思い出した今、ヴィエラの中でのレミリアの印象はさらに最悪のものとなってしまった。
証拠もないのに無闇に疑うのは良くないと分かってはいる。だけれど、過去に一度飲まされた薬の味と同じとあってはどうしてもレミリアのことを疑ってしまう。
押し黙って考えているヴィエラをしばらく眺め、オズウェルは静かに立ち上がった。
「……医者を呼んでくる。待ってろ」
「あ……」
(行かないで。一人にしないで)
すべてを思い出したせいだろうか。一人にされることがやたら怖い。
かつて聞いたレミリアの「ひとりぼっちになっちゃったのね」と嘲笑う声がヴィエラの脳裏に響く。
「……どうした」
不思議そうなオズウェルの声が降りてきてヴィエラははっとする。
咄嗟にオズウェルの上着の裾を掴んで引き止めてしまっていた。
子供っぽいことをしてしまったと、ヴィエラは恥ずかしくなる。
慌ててオズウェルの上着から手を離した。
「……っご、ごめんなさい」
反射的に謝ると、オズウェルはふうと息を吐き出した。
思った以上に優しい瞳で見下ろされて、ヴィエラはどきりとしてしまう。
「外にいる使用人に呼ばせよう。大丈夫だ。私はお前のそばにいる」
「ありがとう……」
オズウェルは扉を開けてすぐにいたらしい使用人に短く指示を出すと、ヴィエラの横に座り直した。
(ああ、やっぱり、あの時の青年だ。間違いなく、私はオズウェルのそばにいるんだ)
改めてオズウェルの顔を見つめていると実感する。
夢で見たかつての記憶の青年の面影が、確かに今のオズウェルにもあった。
髪の長さこそ違えど、深い海のような群青の瞳は変わらない。
「あの……。全部思い出したわ。7年前のことを、全部」
少し気持ちが落ち着いて、ヴィエラはぽつりぽつりと思い出したことを話した。
墓地で、レミリアとの間に起きたことも全部。
「そうか」
すべてを聞いたあと、オズウェルはただ一言だけ呟いた。
ヴィエラを安心させるように、ぎゅっと手を包み込んでくる。
「大丈夫だ。後のことはすべて私に任せておけ」
オズウェルに穏やかな眼差しでそう言われると大丈夫な気がして、ヴィエラはようやく体から力を抜いた。
(安心したせいかしら……。眠くなってきた……)
ぼんやりとしてきた思考のまま、ヴィエラはオズウェルに微笑みを向けた。
眠りに落ちる前に、これだけは伝えておきたかった。
「……昔の私も、ちゃんとあなたのことを好きだったわ。オズウェル」
ヴィエラの言葉にオズウェルは一瞬目を丸くして……。それから、ふっと口元を笑みの形に引き上げた。
(あ……)
その表情は、ヴィエラが未だかつて見たことがないほど、幸せそうな微笑みだった。
「過去のお前も私と同じ気持ちだったのなら、これほど幸せなことは無い。……ヴィエラ。私は今も昔も、お前のことだけを愛している」
オズウェルはヴィエラの額にかかった金の髪を指先でかきあげると、そこにそっと口付けを落とす。
大きな手が緩やかにヴィエラの頭を撫でてきて、ヴィエラは安心して再び眠りについた。
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