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第4章
33・冷酷(オズウェル視点)
しおりを挟むヴィエラが眠りについたことに、オズウェルはほっと安堵の息を漏らす。
(一時はどうなることかと思ったが……)
倒れたヴィエラをすぐに宮廷医師の元に運んで処置させたが、もう目覚めないのではないかずっと不安だったのだ。
ひとまずは、目覚めてくれただけで十分だ。
ただ一つ、気がかりなことがあるとすれば、薬の効果をきちんとうち消せているのかということである。少なくとも今は、大きな変化はないようだが……。
薬の成分は研究者たちに分析させているがどうなっただろうか。
それに、全てを思い出したヴィエラから告げられたロレーヌ家への対処をどうするべきか。
オズウェルがヴィエラの寝顔を眺めながら考えていたその時、部屋の扉がノックされた。
顔を上げて扉の方を見遣れば、そこにいたのはセリーンだった。その後ろには宮廷医師もいる。
「オズウェル様。ヴィエラ様は……」
尋ねてくるセリーンに、オズウェルは短く首を振った。
「また眠ってしまった。だが、記憶が戻ったと言っていた」
「そうですか……。他になにか変化は見られましたか?」
「いいや」
続けて医師も尋ねてきて、オズウェルはそれにも否定を返した。
薬学に造詣が深いこの医師は、研究者たちと協力して紅茶に含まれた成分を分析してくれている。
医者としても、研究者としてもヴィエラの容態が気になるのだろう。
「それにしても、15年前にあった集団貴族昏倒事件と同じ解毒薬で効果があったようで良かったです」
「……そんなこともあったな」
15年前というと、当時オズウェルは9歳。まだ前皇帝であるオズウェルの父が健在だった頃だ。
オズウェルも事件があったことは知っていたが、さすがに詳しい経緯までは把握していない。
「あの事件では、一時的に記憶を失った貴族もいたそうですから、この解毒薬が効いたということは、ヴィエラ様ももしや更に記憶を失うのではと心配だったのですよ」
「そういえば、犯人は誰だったか」
ふとオズウェルが尋ねると、医師は言いにくそうな顔をしたあと、部屋の中を軽く見回した。
この場にオズウェルとセリーン、そして眠っているヴィエラしかいないことを確認してから、口を開く。
「表面上終わったことになっているので言いにくいんですけど……。当時、一番疑われていたのはロレーヌ公爵様です。けど、証拠不十分で捕まえられなかったはずですよ」
(……またロレーヌか)
随分ときな臭い動きをしている。
医師が話し終わったのを見計らってか、今度はセリーンが口を開いた。
「オズウェル様。ロレーヌと言えばなんですけれども、ご報告がございます」
「なんだ」
「地下牢に入れた使用人が吐きました。ヴィエラ様の紅茶に薬を入れたのは自分だと。……薬はロレーヌ公爵の長女、レミリア様から渡されたものだそうです」
◇◇◇◇◇◇
かつんかつん、と冷たい石の床に乾いた靴音が響く。
オズウェルは無言で地下へ続く薄暗い階段を降りていた。
階段を降りきった先にあるのは、罪を犯した人間を一時的に閉じ込める牢だ。
鉄格子の奥には、一人の男がうずくまってすすり泣いていた。
「やはりお前がやったのか」
「……っ陛下!」
静かに尋ねたオズウェルに、男がはっと顔を上げる。
尋問はセリーンが行ったのだが、吐かせるのに手こずったのだろうか。
男が着ていたお仕着せは、ところどころ擦れて破れていた。体のあちこちからは血が滲んでいる。
(私たちのこんな面は、ヴィエラには決して見せられないな)
まさか皇帝自らが地下牢へ降りてくるとは思っていなかったのだろう。
使用人の男は言葉が出ないようで、ただぱくぱくと口を動かしているだけだ。
オズウェルはため息をついて再度尋ねた。
「私のヴィエラを傷つけたのはお前かと聞いている」
男はオズウェルのいらだち混じりの声にびくりと震え、堰を切ったように話し始める。
「……は、はい……。ですが、傷つけるつもりはなかったんです……! 惚れ薬だとレミリア様から渡されて、どうしてもヴィエラ様に好かれたかった……!」
「ほう。それで、私からヴィエラを奪うつもりだったと」
口元は笑っているが冷たい瞳のまま、オズウェルは男を見下ろした。
その冷えきった眼差しに、男は動けなくなる。
「……ッ!!」
「お前の一方的な気持ちだけ、ヴィエラに押し付けるつもりだったというわけか」
「お、れは……!」
責めるオズウェルの声に、男は完全に怯えきっていた。
皇帝を敵に回してしまったことを、男は遅ればせながら理解したらしい。
過呼吸でも起こしたのだろうか。息が上手く吸えないようで、男はうずくまって荒い呼吸を繰り返していた。
だが、そんなことはオズウェルには関係がない。
無慈悲だと思われようが、この使用人はそれだけのことをしたのだ。
オズウェルにとって、宝物庫に眠るどんな国宝よりも大切な女性を、この使用人は傷つけた。
「本来であれば極刑にしてもいいのだが……。お前を殺したとあれば、ヴィエラが気にするだろう。優しい子だからな。今回の罰として、辺境領へお前を左遷する。今後一切帝都に立ち入るな」
オズウェルはそれだけ告げると、くるりと踵を返した。そのまま上着を翻し、階段を上ろうとする。
「せ、せめて、ヴィエラ様に一目……! 一言謝罪を……!」
「そんなことを私が許すはずがないだろう。一時たりとも、ヴィエラの心に立ち入ることは許さない。彼女の心にいていい男は私だけだ」
それだけ言い捨て、オズウェルは地下牢を後にした。
階段を上りながら、考える。
(ヴィエラは、こんな私の姿など知らなくていい)
自分の冷たい皇帝としての姿など、ヴィエラは知らないままでいい。
凍っていたオズウェルの心を溶かしてくれたのがヴィエラであることは確かなのだから。
彼女と過ごしている間は、皇帝ではなくただのオズウェルとしていられるのだから。
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