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4章 文化祭
伊織どんなだった?
しおりを挟む俺が泣き止む頃、空はずっと背中を撫でてくれていた手を離して顔を覗き込んで来た。
俺がキュッと空の服を掴むとニコッと笑った。
「落ち着いた?」
「うん……」
よく見ると空は薄い上着を羽織っていた。
もしかして帰るつもりだったのか?
「空、帰るのか?」
「うん。最後に貴哉と話がしたくて。ちゃんと桐原さんに許可取ったよ」
伊織の名前が出てドキッとした。
そうか、空ってば気使ってくれたのか。
「そっか。ダセェとこ見られちまったな」
「ほんと。俺が桐原さんのファンだったらザマァって感じだよ。さっきまであんなに見せ付けてたのにこんな姿になっちゃって」
空は優しい声で言って俺の頬を撫でた。
俺はその手に縋り付くように自分の手を添えて
空の温もりを感じた。
「空、俺が悪かったよ。伊織がいるからってお前の味方してやれなくて」
「もう遅いよ」
「…………」
空の答えに俺は心が痛くなった。
顔を上げて空を見ると、ニッと笑っていた。
「なんてね。ショックだったけど、仕方ないだろ。恋人があの人だもん」
「空……今は冗談とかやめてくれ……俺、無理……」
いつものようにしようとしてるのか、空がふざけてる感じがして俺はまた涙が出そうになった。
今は空と冗談を言い合う余裕はねぇ。
こうしてる間にも伊織が来るかもしれないって言う不安とか、これからどうしようとかそういうので頭がいっぱいだった。
「貴哉がこんな風になるなんて珍しいな。原因は桐原さんだろ?」
「おう」
「話してくれるのか?嫌なら帰るけど」
「っ」
何で冷たくするんだよっ。
言おうとして辞めた。
今の俺が言えるセリフじゃないからだ。
散々空の事をほったらかしにして他の男とイチャついてたのに、そんな身勝手な事言ったら……
あーくそ、ダメだ。
上手く考えられねぇ。
「嫌って事?じゃあ帰るよ」
「あ……」
「早めに戻った方がいいよ。みんな心配するだろうから」
空は俺から手を離して、あっさり個室から出て行ってしまった。
嘘だろ?あいつマジで帰りやがった!
俺はいつもの空じゃない事に驚きながら、慌てて個室を出ると、すぐそこにいた空とぶつかりそうになった。
あ、まだいてくれた!
「空!」
「俺がそんな状態の貴哉を置いて帰る訳ないだろー?俺に冷たくした仕返し♡これでおあいこな♡」
「っざけんな!何がおあいこだ!」
「いつもの貴哉になって来たじゃん♪ここだと誰か来るかもだからちょっと出ようぜ?」
そう言って空は俺の手を取ってトイレから出た。
俺は黙って空に付いて行く。
空はそのまま店の外に出て、夜の街を歩き始めた。
「おい、どこまで行くんだよ?俺、荷物置いて来ちゃったんだけど」
「恋人じゃなくて荷物の心配?」
「だって、バッグに財布入ってんだ」
「どういう財布ー?」
「どういうって……お前のと同じやつだよ」
「嬉しい♡使ってくれてるんだ♡」
「使うだろそりゃ」
空は立ち止まって後ろにいる俺を見てニッコリ笑った。
楽しそうな空を見てたらさっきまでの訳分からない気持ちがなくなっていた。
今なら伊織んとこに戻れそうな気がする。
でも俺は空の手を離したくなかった。
「貴哉、桐原さんと何があったんだ?貴哉もだけど、桐原さんも変だったぜ」
「んー、あいつの隣にいるのがちょっと窮屈だなって思ってよ」
「だろー?絶対貴哉はああいうのは好きじゃないもん!やっぱりな~」
「でも、俺が悪いんだ。俺が伊織だけを見てたらあんな風にはならなかっただろ。そう考えたらどうしたらいいか分からなくなったんだ」
「そうか?どちらにせよ変わらないだろ」
少しムッとしてる空。
俺はおかしくて笑った。
すると空も笑った。
空に会えて良かった。
「さっきトイレで泣いてた時、空に会いてぇなって思ってたんだよ。そしたらマジで来てくれたからビックリした」
「え♡会いたいって思っててくれたの!?♡ちょー嬉しい♡」
「てかお前帰るつもりだったんだろ?トイレはついでだろ?」
「桐原さんがあっさり許可してくれて変だなって思ったんだ。貴哉を心配してたのは本当だよ」
「……伊織どんなだった?」
「すげぇ機嫌悪かった。めっちゃ睨まれたからね」
「はぁ、どうすりゃいいんだよ本当」
伊織のとこに戻れそうな気がするのは本当に気がしただけだったみたいだ。
やっぱり戻るの面倒くせぇわ。
今戻っても何て言うんだよ?
普通にしてても空と話してるの知ってるんだし、絶対気まずいじゃん。
もうこのまま帰っちまうか?
「だから~、俺のとこ戻ってくりゃいいんだって!」
「…………」
「一条さんも心配してたんだからな。桐原さんといたら貴哉が貴哉じゃなくなるって。俺もそれは嫌だ」
「でもな~」
「なんだよ!桐原さんに対して不満ある癖に何で悩むんだよっ」
「先に不満にさせたのは俺だからだよ。ここで俺が別れるって言っても何か違う気がするんだ」
本音を言うと、空は真面目な顔をして見て来た。
そして俺と繋いだ手を離した。
「貴哉は俺より桐原さんの方が好きなのか?」
「え」
「貴哉がそこまで言うなら俺も覚悟決める。ここで貴哉が桐原さんを選ぶならもう俺は何も言わないし、関わらない。もう待つのをやめるよ」
「なっ、いきなりどうしたんだよっ」
「だって桐原さんを不満にさせた貴哉が悪いんだろ?俺がいなければ不満にさせる事もなくなるだろ」
「空は出来るのかよ?」
「出来るよ。俺今結構忙しいんだ。お坊ちゃんのお世話が思いのほか大変でさ~」
普通の顔して普通に言いやがる。
空はずっと俺の事を好きでいてくれてると思っていたから、焦った。
ああ、これもバチが当たったのか。
どっちも好きとか言って両方に甘えてたから、天罰が下ったのか。
空はもう俺がいなくても大丈夫なんだな……
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