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第5部 同棲編
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しおりを挟む「あ…………」
声が、出てこない。喉がひしゃげたのか、枯渇した砂漠の如く。最賀は静かに陽菜の背に沿ったチャックをジジ……と下ろす。
「──俺が怖いか?」
服を一枚、一枚脱がされる。床に落ちる度に、息を整える。下着も、スカートも、ショーツも脱がされて隠し事をさせない姿にさせる。真っ白な陽菜の肌が月夜に晒されて、生え始めた股下の毛すら明るみになる。月経を迎える前の張った胸元も、艶めく伸びた足先まで目の前の男のものだ。
「怖、くない」
「──どうして?」
最賀は一糸纏わず、艶かしい裸体が前にあるのに触れたりはしなかった。瞳の奥底は燃焼した炎の灯火が宿るのに。陽菜の答えを待つ、咎人の如く。
じとりと陽菜を視姦せず、答えを求める。はあ、と息を吐くだけでも緊張する。怖いかと言えば否とは即答しづらい。ただ、最賀は心の内に野獣を飼っており、陽菜へ放っていない。これが事実だ。
「忠さんは、獣を飼っているから……?」
「はは、本当は手酷くされたいから煽ってるのか?」
「それは忠さんが……望んでいるのでは。離れない確信的な証拠が欲しい、とか」
「俺は狡い中年なので……簡単にはなあ」
「忠さんッ!!」
「はいはい、なんでしょうか陽菜さん」
「……クシャミしそうなので、もっとぎゅっとするか、体があったまること……とか」
「──そこは、服着させて欲しい、じゃないのか?」
最賀のシャツボタンを黙って外し、陽菜もお返しと言わんばかりに服を剥ぎ取る。肌着を引っ張ると、慌てふためいて上擦った声は聞かなかったことにした。首から抜けると、引き締まった肢体が外気に晒される。
「こら……好き勝手して」
ふわ、と体が宙に浮いて陽菜は小さく悲鳴を上げた。最賀は軽々と陽菜を横で抱き抱えたからだ。首にしがみ付いた衝動で、スリッパが爪先から落ちる。
「炬燵でするのと、布団……どっちが良い?」
「……炬燵の使い方、間違えてます」
「じゃあ炬燵でゆーっくり、使い方をレクチャーしようか」
「言い方が……凄く、おじさんっぽい……」
「若者言葉も偶について行けんぞ。特に三条との会話」
炬燵の使い方は間違っている。けれども、蜜柑を食べながら年末年始の恒例番組を観る。
途中、体をひんやりとして手が弄って、姫初めをしたのは今思い出すと恥ずかしい。汗だくになり、着ていた半纏を肌けさせて身体を繋げる。互いの熱で溶け合いそうだった。
「足りない物あるか? ほら、あれ……とか」
「あれ?」
「……男には、ない……ほら」
「ああ、そう言えばストック無いかも……」
言った張本人が耳を赤く染め上げて、顔を掌で覆った。生理用品のことを声を大にして言うのは、と配慮したのだろう。言葉足らずでも、雰囲気で何となく察した。
二人は仕事帰りにドラッグストアで、必要な物を籠に詰め込んでいた。泊まりと同棲では質量が異なる。ある程度の物は最賀の家に備わっているが、生理用品や化粧水等細々とした物は買い足さなければならない。
店内は陳列された商品に満ち溢れている。生活用品や食べ物、薬等種類が豊富だ。夜八時まで営業しており、日々生活に追われる人々の暮らしの支えでもある。
「メーカーとか、なんか……その、俺も知っておくべきだよな」
そうか、最賀は二人姉弟である。身内に姉妹がいる場合、切っては切れぬ話題だ。デリケートな話題を慎重に取り扱う姿勢に、妙に納得してしまう。
比べて、早坂は陽菜が生理痛で仕事中顔を青褪めていた時だった。生理か?タンポンと薬あるのか?とやや大き目の声で話し掛けてきたのだ。陽菜は特段気にしなかったが、周囲の女性陣は嫌悪を示した。
当たり前だ。女性同士ならまだしも、異性から生理の話題を声高々に出すのだ。反感を買っても早坂は神経の図太さは院内一である。桃原が尻拭いさせられたのは言うまでも無い。
因みに、桃原はドラッグストアで生理用品をまじまじ観察した後、早坂は総体的な面でこのメーカーが良いと勧めてきたそうだ。怖いもの知らずなのか。
このエピソードを苦笑混じりに陽菜はドラッグストアで、生理用品を籠に入れながら話すと。最賀はやっぱりあいつは最低野郎だと怒気が篭った声音で吐き捨てた。デリカシーに欠ける男だ、とも。
「あと、痛み止めも買っておくぞ。いつも辛そうだから……」
生理痛で仕事に支障が出てしまうのは、時折あった。便秘はするし、何より猛烈な下腹部痛。湯たんぽやホッカイロ、痛み止めを併用してなんとか峠を越している。まだまだ朝晩は冷え込む時期なので、常備するのが得策だ。
最賀と暮らし始めて、毎日が幸せだった。これ以上ない幸福感が訪れ、陽菜は最賀の手を無意識にぎゅっと握る。怪訝そうに最賀は首を傾げたが、大きな手で握り返してくれる。
手を繋いで歩くことが、こんなにも幸せだなんて。
寝食を共にする上司であり、恋人。それでも、五年前のような脆い関係では無い。聳え立つ障害を乗り越えて、今がある。後ろめたさを感じることの方が、最賀に失礼だ。
この温かい日々が永久に続いて欲しい。
何の変哲も無い毎日が愛おしかった。
河津桜が満開になり、春先を鼻先で感じる。
荷物の少なさに、最賀は何度も目を擦っては疑っていた。
隣近所の住人が土地を拡大させたいらしく、問題も起こらず売却が決定した。あっさり、だ。物事がスムーズに進行し過ぎて若干違和感を覚えるも、万事解決である。
無事だった家具も処分するよりは、次の使い手に譲った方がエコだ。箪笥や破壊されなかった洗濯機等も引き取ってくれると言う。お陰様で荷物の運び出しは大掛かりにならなそうだ。
軍手を嵌めて、一秒でも早く荷物を運ぶ。それはもう、黙々と。陽菜は足早に予め纏めてあったケースを玄関先へ搬出する。
──もう、此処に縛られなくて良いんだ……。
最賀は表札を外した陽菜を見届けると、敷地の外で少ない荷物を車に積んでいる。
「さて、荷物軽トラに積んだし。そろそろ行こうか」
「軽トラック、もしかして関さん家の?」
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