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第3部 あの恋の続きを始める
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しおりを挟むそのお陰で、陽菜にとっては映画のワンシーンの様に、鮮明な現在の最賀を合法的に捉えることが可能となったのである。
「スーツ、可愛かった。パンツスタイルなのは意外だったが」
「実は太っちゃって……スカートのチャックが上がらず」
「ん? そうか? 腰回り?」
「あ、擽ったいですからッ!」
腰回りを大きな掌で確認されて、陽菜はこそばゆくて体を捻る。
「んー……そんな太ったか? あ、女性に体重増加を詳しく聞くのはデリカシーが無いか。失礼」
「……聞いて驚きますよ」
「……うん」
喉仏をこくりと鳴らして、最賀は神妙な面持ちで陽菜の言葉を待っていた。
「──七キロ」
「うん」
「色々あって、落ちちゃった分を差し引いても七キロ太りました」
五年前の体重は、痩せ過ぎの域に陽菜はいた。最賀が片手で抱えられる程に、痩せていたのである。
しかし、桃原と箕輪のテーブルマナー講習と称した女子会やお菓子パーティーの成果は効果絶大だった。
「後でその成果を抱っこして確認させても?」
「抱っこ」
「う……取り敢えず抱き締めても良いか?」
「忠さん、確認しなくても良いですから。その……抱き締めて……下さい」
最賀は陽菜の隣に来て、それから恐る恐る陽菜を体に閉じ込めた。毛布がフカフカで、そして最賀の温もりが心地良い。
「……陽菜」
「……忠……さん」
目がパチリと合って、唇が近付く。口付けをされると思って瞼を自然と閉じた。ドキドキと胸が高まって息苦しい。
体温が上昇して、全身でこの男が欲しいと本能に抗えない。いや、抗いたくないのだ。
けれども、邪魔は入るものである。
乾燥機がタイミング良く完了を示した軽快な音が鳴り響いた。幸せな時間はあっという間に過ぎていく。陽菜達は思わず顔を離してしまう。
苦笑して、キスの口実を無かったことになる。
陽菜は乾燥機から取り出したシャツとインナー等を手渡す。もう帰る時間なのか、と心寂しくなる。引き止める理由が欲しかったが、今の陽菜には何も見付からない。一緒に居たいだとか、軽はずみに言えるような間柄ならばどんなに良かったか。
一度破綻した関係を再構築するには、勇気も決意もいる。大人になって、一番厄介なことは人との繋がりを改めて作ることだ。
すると突然、ばらばらと屋根に雨粒が叩き付ける音がした。陽菜は雨戸が閉まっているか確認する。雷音が鳴り響いており、縁側は雨が吹き込んでしまっていた。急いで閉めに行くと、衝立が引っ掛かっており上手く閉められない。
陽菜は力一杯引くと、最賀が背後から加勢してくれ、戸は何なく動いた。
「……ゲリラ豪雨か」
天気予報では、大気が不安定でゲリラ豪雨の可能性もあるとテレビでやっていたなと、ふと思い出した。
「自転車で、帰るの……危ないから」
その言葉を皮切りに、男と閨を共にする口実は十分だった。
耳の後ろをすん、と嗅がれて耳朶をやんわり噛まれる。
「石鹸の香り?」
「あの、嗅がないで……」
「良い香りするから」
押し倒されるには時間はかからない。数秒の筈なのに、やけに長く感じた。
きし、と畳が軋む音が打ち付ける雨音と重なって、陽菜を緊張させる。男の温もりを感じたのは、つい最近の出来事だ。
いや、一ヶ月くらいの時間はもう五年に比べたら短いだろう。それでも、忘れたくても忘れられず熱を貪った事実は覆らない。
最賀と激しく燃え盛る一夜を過ごしてから、理性的なセックスとはかけ離れている。あれは、単なる勢いと雰囲気に飲み込まれた哀れな男女であって。
今は違う。これは互いに思惑のある、意味のあるセックスである。
「──俺は」
「いま、は……何も、言わないで……下さい」
「──そう、だな」
話を遮りたかったのでは無い。最賀と共に過ごせる時間が幸せだ。だからこそ、全てを打ち解けてしまえば魔法が消えてしまうのかとすら思ったのだ。
「一緒に、ご飯……食べて、こうして話せたのが……ただ幸せなんです」
「幸せを噛み締めているから?」
「だって……お腹いっぱい食べたら、入らなくなる」
幸せを一度に沢山摂取するには、勿体無い気がした。分割して、少しずつ咀嚼して味わってから飲み込みたい。
幸せを分けるのは、愚かな行為なのだろうか。
「会わないうちに随分と可愛いお口が達者になったなあ」
確かに、陽菜はこの五年間で引っ込み思案だった性格の面影は無くなっている。早坂と言う我儘で口が上手く回り、頭の回転数は凡人の予想を凌駕する程の速さ。
そして、鋭い眼光に長身で威圧的な裏ボスの様な人間と五年間仕事をして来たのである。
並大抵の精神では太刀打ちが出来ないだろう。それでも陽菜は最終的に、彼の信頼を得られた。毎日言葉巧みに操られ、操るの攻防戦は陽菜を強くしたのである。
「はや、さか先生が……」
「うん、早坂が?」
「……悪口じゃないんです」
「うん」
「お前が淹れる珈琲は、俺が今切実に飲みたい物じゃないって……口車にいつも翻弄されて」
「え……アンタに淹れさせていたのか?」
表情が強張って行く様子に、陽菜は慌てて説明する。
「色々……男性の更年期みたいに……情緒が。五年間チワワの戦い方を覚えた、ので」
「チワワ!」
「懐かしいでしょう? 前の職場でもチワワがポメちゃんになれないからって、私言われたのですから」
「そりゃあ、遺伝子組み換えしても無理な話だな」
「因みに……早坂先生にはミジンコって呼ばれていました」
勿論、嫌がらせは試用期間後も継続した。けれども、少しずつ順応するとキッパリ言い切って立ち向かったところ、ある日を境にクールダウンしていった。
ミジンコ呼びは愛称だと割り切る。
機嫌が悪い時は桃原が補充した豆乳を使って適温のソイラテを黙って持って行く。
死角から行くと飛び上がって怒鳴られるので、堂々と。
我ながら逞しいなと思いつつ、早坂は眉間に皺を寄せるだけだったが日々の積み重ねは功を成した。最初は小間使いだろうと、円滑に物事が進むのならば必要な過程である。
陽菜の考えとは裏腹に、最賀は少し呆れ気味にこう言うのだ。
「俺は直ぐにでも対応注意の開けて吃驚する患者の紹介状、あいつ宛てに送るべきか?」
「──早坂先生御机下?」
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