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第3部 あの恋の続きを始める

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謹啓きんけい盛夏せいかこう、ますますのご清栄のことと、って?」

 クスクスと小さく笑みを溢しながら、最賀の手は陽菜のコットンシャツの中に入り込む。柔らかい丸みのある胸元の片方を、ゆっくり掌に包む。

「そ、れは……ふふ、っう、ぁあ…ァ、……ん」

 せっかく着込んだワイシャツのボタンを外し、はあと最賀は首筋に伝う汗を拭った。古く冷房が効きづらいので、やや蒸し暑さは残っている。互いの汗の香りがして、妙に心拍が上がるのだ。

「脈が速いな、どうした?そんなにドキドキするか」

 するりと手首の橈骨動脈から緊張と高揚感を悟られてしまう。陽菜の薄い皮膚の上に三本指が置かれる。陽菜はシャツを捲られ、鎖骨に歯を立てた最賀へ首を横に振って静止を求めた。

「脈拍……測り、ながらは……ッ」

「橈骨触れたって、別に良いだろう?」

「何の……は、ぁ、……プレイ?」

「聴診器でお医者様ごっことかする年じゃあないのでね」

 それは変態、と口に出そうとしたが止めた。最賀の口角がやや上がって、意地悪そうな表情を浮かべていたからだ。

 今日は、何だか最賀は意地悪である。余裕すら垣間見えるからだ。陽菜は最賀の前になると、途端に歳下の世間知らずな男慣れしていない女子になる。
 けれども、最賀以外を知りたく無くて、それなら一層のこと男慣れしていない詰まらない女でいたい。

「素直に小さな可愛いお口から聞きたいんだよ」

 細胞が、記憶している。最賀を。

 それなのに、五年前の痕跡を辿る様に、陽菜の体を隈無く味わう。下着はもうすっかり濡れており、ぐっしょりと下肢を汚している。真新しくも無いが、肌触りの良いサイドは紐の形状の物にしたのは期待していたのは認める。

 最賀と万が一、情交に耽るのであれば大人の女性を演出したいのは普通の心理だ。けれども、陽菜の思惑にも目を向けずに、ショートパンツを引き摺り下ろした。

 あっさりと紐の下着を歯で捉え、引っ張ったのである。しゅるりと片方が解けて鼠蹊部が露わになれば、最賀は秘所を避ける様にして足の付け根に口付けを落とすのだ。

「髪、切ったんだな。似合ってる」

 片方の紐だけ解いて、無防備になった陽菜に対してそんなことを最賀は口にした。

「二人だけの秘密……だったのに、切って……ごめんなさい……」

 顔の傷は二人だけの秘密でもあった。五年前は人に知られたく無い一心だったが。心境の変化と言うものは勝手に約束までも反故にする。陽菜は前髪を切ったことで、もう秘密では無くなってしまったことが、少しだけ寂しくも思えた。

「ん?俺達だけの秘密、他にも沢山あるだろう?それに、目が悪くなる方が困るよ」

 まあ、確かに秘密は沢山二人の間では交わされている。
 例えば最賀が女性は新作のお菓子やデザート、コラボ商品が好きだと言うテンプレートを信じ込んでいたこと。まだ和菓子コラボ企画の物は良かったが、ミスマッチの物も平気で買ってきては陽菜を何度か困らせた。

 次に、地元に帰りたく無いこと。親不孝だろう?と最賀は苦笑したが、人にはそれなりの事情がある。

 花を育てるのが苦手で、代わりにサボテンを置いていること。殺風景な部屋を回避する為の苦肉の策だったらしい。今も、あのサボテンはあるのだろうか?

 数え切れない程の、小さな秘密を抱える二人には誰にも明かせない約束があるのだ。

「忠さんの顔が良く見えるようになって、ちょっと戸惑っては、います」

「ええ?どうして?」

「盗み見出来なくなっちゃう……」

「そんなに俺のこと穴が開くほど見たいか?これからは合法的にずっと見てられるぞ?何なら俺も隙あれば目で追ってしまいそうだ」

 仕事とプライベートを分別するのは最賀にとって朝飯前だろう。職場恋愛を上手くやり通すのに長けた経験値の高い大人の男と言う認識は陽菜は変わっていない。

 最賀は焦らす様に、もう片方の紐をクッと引っ張る。徐々に紐が緩んで最後の砦が明かされる光景を楽しんでいる。陽菜は羞恥心は最骨頂に近くて、無意識に下から最賀を見上げた。
 睫毛が震えて、どうしようもなくて、やっぱり食べられる運命なのだと知らしめられる。

「最賀先生は上手く隠せそう……」

「いや、小野寺さんにはがっつり注意もう入ったからな……」

「ええ……見過ぎです、ダメ」

 じっくりと凝視する最賀の顔を掌で隠すが、べろりと分厚い舌が指の間や先端を舐めて挑発する。最賀は夢と同じで、根っこは意地悪なのかもしれない。

 陽菜は指の間を行き来する舌に翻弄される。ぞくぞくと背筋が期待に喘いでいる。

「あ、腰に座布団入れようか…腰痛くなるだろう」

 ふと思い付いたのか、畳に無造作に寝転んだ陽菜の体を労って、近くにあった座布団を最賀は引き寄せた。陽菜はそんな配慮に愛おしさが増すものの、今は情熱的に、本能的に求められたかった。

 早く、この体に沸騰しそうな熱量をぶつけて欲しかったのである。
 熱に魘され、頭がぼんやりとしている状態で本音が知らず知らず出てしまう。

「……は、やく……ッ」

「俺が来るの、本当は待っていたのか?」

「────あ………ッ」

 陽菜の顔が見る見るうちに、サーッと青褪める。
 最賀が新品で未開封の、まだビニール包装がされたままの避妊具へまじまじと視線を落とした。陽菜が購入したのは瞬時にバレてしまう。

 これならば、部屋に招くことがセックスへの期待感だと思われても仕方がない状況だった。
 そんなつもりは無い、なんて情交途中で言える筈も無く、陽菜は口をあんぐり開けたまま正当な言い訳を試行錯誤する。

「新品のコンドーム、用意しておいたなんて……妬けるなあ」

「ち、がっ、違いますッ、先生がもしかしたらって!」

「先生?」

「あ………ぅ。忠さんと、そうなったら……って何処か期待、していました。ごめんなさ……い」

 白状したものの、情けない気持ちで胸が締め付けられた。セックスだけが目的と思われたく無かった。

 あわよくば、もう一度繋がりたいなんて強かな考えを。

 正直、五年間男性と繋がらず操を立ててたも同然な生活をしていた陽菜は、葬式での本能的に体を重ねたのは未だに夢みたいだった。嬉しい半面、やり場の無い複雑な気持ちを胸に押し込んで、動物的に貪食し合う。


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