忠誠か復讐か――滅びの貴族令嬢、王子の剣となる

案山子十六号

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狂嵐襲来編

雷槍

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 王子アレクシスは剣を構え、素早く駆け出した。
 その傍らには、傭兵団の弓使い――エルヴァン。
 彼は弓を手にし、すでに矢を番えている。

 「殿下、前を頼む!」

 エルヴァンが叫ぶと同時に、矢が一直線に放たれる。
 空を裂き、槍兵の鎧の隙間へと突き刺さる。
 呻き声とともに、一人が膝をついた。

 アレクシスは迷わずその隙を突き、剣を閃かせる。
 鋼と鋼がぶつかり合い、火花が散る。

 「いいぞ、もっとやれるか?」
 「言われなくても!」

 エルヴァンは次々に矢を放ち、アレクシスは矢の軌道に合わせるように動く。
 二人の動きは完璧なコンビネーションだった。

 騎士たちの包囲を少しずつ崩しながら、アレクシスは剣を振るい続ける。
 傭兵団員たちも果敢に戦い、それぞれが持ち場で戦線を支えていた。

 ゲオルグと騎士団長カイルの間には、張り詰めた緊張が漂っていた。
 二人は無言のまま槍と剣を構え、互いの動きをじっくりと観察する。

 "槍"と"剣"――それぞれの間合いを熟知した二人の間には、無駄な動きは一切なかった。
 お互いの武器の特性を知り尽くしているからこそ、軽々しく仕掛けることができない。

 しかし――

 雨音に紛れ、一瞬だけ"風"が揺らいだ。

 その刹那、ゲオルグが槍を回転させ、一気に間合いを詰めた。

 「――はァッ!!!」

 鋭い突き――まるで雷のごとく、一直線に繰り出される槍の一撃!

 カイルは即座に反応する。
 剣をわずかに傾けながら身を引き、その突きを"紙一重"で避けた。

 だが、ゲオルグの動きは止まらない。
 槍の軌道を"一撃で終わらせない"。

 そのまま槍を旋回させ、二撃目が繰り出される。
 最初の突きを避けた敵が"次に動く場所"を正確に読んだ、"殺意の二撃"。

 カイルは眉をひそめ、即座に対応する。
 片手で剣を振りかぶり、槍の二撃目を受け流すように弾く。

 ――キィンッ!!!

 火花が散る。

 鋼と鋼がぶつかり、激しい衝撃が周囲に伝わる。
 それと同時に、カイルの剣が跳ね上げられる。

(……悪くない)

 ゲオルグは満足げに口角を上げた。
 だが、カイルもまた笑みを浮かべる。

 「さすがは元"クレスト"」

 言葉と同時に、カイルが前へ踏み込む。

 ゲオルグの槍の"間合い"を無理やり潰す形で、剣の斬撃を繰り出した!

 シュバッ――!!

 剣閃が閃く。

 ゲオルグは即座に槍を引いて防御の態勢に入る。

 ――しかし、カイルの剣は、一撃だけでは終わらなかった。

 間髪入れずに連撃が繰り出される。

 一撃目――槍を叩くように弾き、軌道を狂わせる。
 二撃目――胴を狙い、鋭い横薙ぎ。
 三撃目――突きを見せかけ、フェイントからの踏み込み!

 ゲオルグはその猛攻を目の当たりにし、即座に判断を下した。

 (――こいつ、速いな)

 片腕の自分が、カイルの猛攻をまともに受け続ければ、いずれ破綻する。

 "ならば"

 槍の柄を回転させ、一瞬で防御に徹する。

 そして――

 「オラァッ!!!」

 防御の動きを見せつつ、槍を強く振り抜くことで、"衝撃"をカイルに返した。

 まるで槍が"鞭"のようにしなり、カイルの剣を押し戻す。

 (……!)

 カイルの目がわずかに見開かれる。

 その一瞬の隙をつき、ゲオルグは後方へ大きく飛び退いた。

 泥が跳ね、槍の切っ先が雨の中で鈍く光る。

 再び、間合いを測る二人。

 カイルは深く息をついた。
 ゲオルグもまた、わずかに肩を揺らして息を整える。

 「……ほう。片腕でも、まだまだやるではないですか」

 ゲオルグが不敵に笑う。

 「剣の方もな。今の連撃、ちょっと危なかったぜ?」

 カイルは何も言わず、静かに剣を構え直す。

 大地を叩く雨が戦場の喧騒を包み込み、激しく地面を濡らしていた。
 兵たちの息遣い、泥に足を取られる音、鋼がぶつかり合う甲高い音――
 それらすべてが、戦場の狂騒を形作る。

 だが、その喧騒を圧倒するかのように、カイルの静かな声が響いた。

 「さすが、かつて"剣聖"と互角だった男……」

 その言葉が放たれた瞬間、戦場の空気が一変する。

 周囲にいた兵士や傭兵たちが息を飲み、ささやきが広がった。

 「……剣聖?」
 「"クレスト"にそんな男がいたのか……?」
 「いや、そんな話は……」

 だが、それを知る者はいた。

 古参の兵士が、信じられないものを見たようにゲオルグを凝視する。

 「……まさか、"雷光"のアルベルトか?」

 それを聞いた者たちは、一斉にゲオルグへと視線を向けた。
 だが、彼は何も答えない。

 雨がその無言を余計に際立たせていた。

 濡れた髪が頬に張り付き、槍を持つ手は変わらず力強い。
 その姿には、かつて"クレスト"の名の下に戦場を駆け抜けた頃の面影が滲んでいた。

 だが――

 騎士団長カイルの目が鋭さを増し、静かに言葉を紡ぐ。

 「クレストを捨てた時点で、あなたはただの傭兵にすぎない」

 冷徹な言葉が、雨音とともに戦場に響き渡る。

 「あなたが戦場でどれだけの名を馳せようと、"今のクレスト"にとって、あなたは過去の亡霊にすぎない」

 周囲の兵たちが、息をのむ。

 「……クレストにいたころの誇りは、もう何も残っていないのですか?」

 その言葉に、ゲオルグの目が細められる。

 雨の帳が降りしきる中、二人の男が静かに向き合っていた。
 騎士団長カイルは、ゲオルグを警戒するように剣を構える。
 その鋭い眼差しには、過去の記憶が滲んでいた。

 この男を知っている。
 かつて王国最強の精鋭――"クレスト"の一員として、その名を轟かせた騎士。
 "剣聖"と並び称されるほどの実力を持ち、無数の戦場を駆け抜けた英雄。
 王都の騎士たちが憧れ、恐れた存在。

 ――だが、そのすべてを捨てた男。

 「誇り、か……そんなものを持ったまま、生きられるほど甘くはないさ」

 ゲオルグの声は低く、感情の色を持たなかった。
 かつて王国に忠誠を誓った男の言葉とは思えない、乾いた響き。

 騎士団長カイルは、表情を変えずに言葉を返す。

 「ならば証明してもらいましょう。"今の貴様"に、かつての力がどれほど残っているのかをな」

 言葉の裏に込められたものは、挑発ではなかった。
 これは"過去の亡霊"に向けられた、戦士としての純然たる興味――
 そして、王国の騎士としての誇りだった。

 ゲオルグは小さく肩をすくめる。

 「……試してみるか?」

 片腕で槍を軽く回し、試し打ちでもするかのように空を裂く。
 槍の先が雨粒を弾き、鋭い風切り音を響かせた。

 瞬間――

 "雷槍"が、再び牙を剥いた。

 ゲオルグの槍が雷のごとく閃き、瞬時にカイルとの間合いを詰める。
 それはまるで、"槍"ではなく"雷光"そのもの。

 「――ッ!!」

 騎士団長は刹那の判断で剣を振るう。
 刃と刃がぶつかり、火花が飛び散った。

 雨音すらかき消されるほどの激しい衝撃が、大地を揺るがす。

 槍と剣が、閃光のごとく交錯する。

 ――"互角"。

 長年の鍛錬を積んできた騎士団長カイルの剣。
 そして、片腕になってなお、一切衰えを見せないゲオルグの槍。

 どちらも、一歩も譲らない。

 ゲオルグの突きが風を裂き、カイルの剣がそれを的確に弾く。
 すべてが一瞬の判断、一瞬の攻防。
 まるで一手でも誤れば、命が尽きるかのような戦い。
 
 しかし――"決着の兆し"は、まだ見えなかった。

 槍と剣がぶつかり合い、戦場に火花を散らし続ける。

 雨の中、二人の戦士は、互いに一歩も引かず、ただ"技"だけで勝負を決めようとしていた。


 戦場の空気が、極限の緊張で張り詰める。
 戦場は雨に濡れながらも、激しさを増していく。
 傭兵たちの叫び、剣と槍がぶつかり合う鋼の音、駆ける馬の蹄が泥を跳ね上げる音――そのすべてが混ざり合い、戦場は混沌としていた。

 王子アレクシス・エドワルド・ヴァルトハイトは、前衛に立ち、剣を振るう。
 泥の中でも無駄のない動きで騎士たちの攻撃を受け流し、隙を見て斬り込む。
 その横で、エルヴァンが弓を次々と放ち、敵の動きを制限していた。

 「殿下、左!」

 エルヴァンの警告とほぼ同時に、アレクシスは体をひねり、迫る槍を剣で弾く。
 相手の力強い突きに腕が痺れる。
 だが、躊躇はしない。

 逆に相手の動きが止まった一瞬を見逃さず、王子は体を低く沈め、剣を閃かせた。

 騎士の鎧に弾かれるも、その衝撃で相手は体勢を崩す。

 「よし、動きが止まった!」

 その隙を、エルヴァンの矢が正確に突いた。
 鎧の継ぎ目を射抜かれた騎士が呻き声を上げ、膝をつく。

 王子とエルヴァンは息を合わせながら戦っていた。
 まるで何度もこの戦いを経験してきたかのように、互いの動きを計算し、連携を繰り広げる。

 だが――

 騎士たちの壁は、厚く、強い。

 幾人かを斃しても、すぐに別の騎士が間を詰め、隊列を乱すことなく戦いを続けている。
 彼らは個々の強さだけでなく、完璧に近い連携で王子たちを追い詰めていた。

 アレクシスは息を整えながら、僅かに距離を取る。
 目の前の光景を冷静に分析する。

 (……さすが騎士団……個々の力もだが、連携が異常に洗練されている)

 アレクシスは自らの剣を構え直しながら、戦況を見極める。
 傭兵団の面々も戦い続けているが、彼らの隊列は乱れつつあった。

 騎士たちの動きは組織的で、どの傭兵に対しても同時に圧力をかけている。
 一人が下がれば、そこに新たな騎士が入り込み、休む間もなく攻撃を加える。
 まるで連携した生き物のように、秩序だった戦い方をしているのだ。

 (このままでは……)

 王子が唇を噛む。

 エルヴァンも矢を番えながら、焦りを隠せない様子で王子に声をかけた。

 「王子、ちょっとまずいぞ。あいつら、間断なく攻撃を仕掛けてきてる」

 「わかっている……だが、この状況を打開しなければ」

 王子は剣を強く握りしめた。
 雨の冷たさも、体の疲労も、今は気にしていられない。

 戦局は、刻一刻と不利になりつつあった――。


 <あとがき>
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