[完結]加護持ち令嬢は聞いてはおりません

夏見颯一

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21,知り合いは虫と屑

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 王城で起きたことの一連の報告を受けたオラージュ公爵、養母はフレイ兄様そっくりに眉間に皺を寄せました。
「……なりきり2号のような者がこれ以上出没しても、潰しきれないわね」
 養母の中でもやはり1匹現れると、と語られる害虫と同等の扱いなのですね。いいえ、私にも異論はございません。

 私の最初の『婚約者付きなりきり夢見がち傷物奇行令嬢加護も持っているよ』は早々にオラージュ公爵家の家族会議で却下されました。元メイローズ侯爵令嬢より遥かに長い名前になってしまいましたし、説明しすぎで傍で聞いた誰でも分かってしまう呼び名は若干センスが足りないそうです。
 わざわざ別の名前を付けるのは遊んでいるからではなく、長すぎる貴族名を省略して整理するためです。ということに母曰くなっております。しかも、極近しい身内以外、誰のことを指しているか分からない呼び名が良いそうです。

「なりきり2号はもう檻に入ったけど、私の姪、娘を馬鹿にするような嫁なんていらないに決まっているわ。あの手紙も巫山戯ているし」
 結局呼び名はなりきり2号ですか。
 『嫁いだ』という言葉の隠喩は『檻に入った』なのですか。貴族の言葉の隠喩はまだまだ私には難しいです。
 でも、養母が檻と表現するほどなのですから、なりきり2号は相当な束縛系の夫の元に嫁いだのでしょうね。頑張って望むような深い愛を育めると良いのですが。

「フレイ兄様、愛人は旅立ってしまいましたね……」
「2号と呼ぶことに引きずられているぞ。私は結婚もしていないのに、愛人なんているわけないだろ」
「脳内結婚はお相手に認められませんものね。一応悲恋でございます」
「いや、私は清々したな。愛の欠片もなかったからな」
「実際はフレイ兄様には本妻もおられないので、2号は愛人にはなれなかった。何という悲劇でしょうか……」
 やっぱり話題が戻った、と外野の父は喜んでおられました。
 ジト目とはこういうものだと言う目で、フレイ兄様は私を見ております。
「お前、雰囲気や話し方こそフワフワしているから誤魔化されかけるが、話す内容は母上そっくりだな」
「フレイお兄様こそ、言葉遣いと鋭いしゃべり方はお母様そっくりで、内容はお父様そっくりですよ」
「血縁なんだから当たり前だろ」
「私も血縁者ですね」
 何を今更仰るのやら。
「この会話の流れに入れる人がフレイの妻には丁度良いんだけど、いるかしらね?」
 養母は笑っております。
 なりきり2号は言葉は良い感じに強烈で負けることはなかったのですが、如何せん会話自体の内容が互いにかみ合いませんでした。
 持論を通そうとする姿勢は素晴らしいので、会話の内容を理解するよう努めて頂ければ……愛人から本妻になれたかもしれません。過去形でございます。


 とは言え、養母が考えるような良い感じの方は見つけられなかったようで、政略的な理由からフレイ兄様の婚約者には王女様が選ばれました。
 王女様はフレイ兄様より少し年上と伺っておりましたが、元々王女様も難ありらしく、難ありになってしまったフレイ兄様が丁度良いからと押しつけられた所もある話とか。
「どうせこの話は破談になる前提だから」

 そうでしょうね。
 王女様は周りがそうしたのでしょうが、でっかい瑕疵をお持ちになっております。
 ようやく先日、王女様の事情を訊くことができました。

 我が国には王妃様と側妃様がおられますが、王女様はそのどちらも産みの母ではないそうです。
 ある日突然、国王陛下がまだ幼い子供を連れて来て、
「私の娘だ」
 母親は誰か一切語らず、臣下に子供を王女として扱うよう命じたそうです。
 王の娘と証明する物も持たない女児を王命とは言え城の者はどう扱って良いか分からず持て余した結果、ほぼ冷遇と言える状態になったという、情けなくも単純な話でした。
 この国では原則、王以外の王族、王妃も側妃もその子供についても王家から支払われる予算は少額で、主に実家からの援助で生活しているとあれば、誰からも援助のない王女の生活は最低限になるでしょう。肝心である王も連れて来ただけで心を砕くこともなく放置しているのであれば、どの貴族家も対応に困るというもの。
 王女がいかに王家の加護持ちであっても今まで婚約者もなく独り身だったのは、一応そういう理由となっているそうです。
 世の中には色々な事情があるものですね。
 私にはちょっと理解できません。


 王都のオラージュ公爵家からフルレット侯爵家のカントリーハウスにいよいよ、漸くやっと帰ることが出来る日が近付いてきました。
 今後は私のなりきりがこれ以上増殖しないように時々王都に行くことになりました。
 これで増殖が止まると良いのですが、もう既に増殖しているものはどう対応したら良いのでしょう。まあ、なるようになるしかないでしょうね。

「王都はどうだった?」
 穏やかな午後のティータイム、養父から和やかに尋ねられました。
 私はちょっと考えました。
 色々ありましたし、本当に色々濃い方々にお会いしましたしね。
「イグニスさんやハッシュさんが懐かしいですね」
 1ヶ月も離れていないのですが。
「イグニスさんとハッシュさんって、誰かな?」
「フルレット侯爵領の領民の方達ですよ。2人揃って周囲から屑と呼ばれておりますね」
「ははは。ちょっと領地に帰るのは待って欲しいな」
 イグニスさんもハッシュさんも、私の小さな頃から領地におりますよ。簡潔に人物像を説明したつもりが、ちょっと失敗したかもしれません。
 フルレット領は安全ですよ?


 心配する養父を振り切り、愚兄の所為でやることの増えた実の両親は王都にまだしばらく残らなけば片付かないとのことで、私は1人で先にフルレット領に行くことになりました。
 護衛として同行するオラージュ騎士団も、フルレット侯爵令嬢からオラージュ公爵令嬢になったことで増えました。
 まるでお姫様になったようで、ちょっと楽しかったですよ。


 大体こういうことが前兆となることを、私は一切学習しておりませんでした。


 フルレット領に帰ったらしばらくのんびりしようと考えておりましたが、フルレット侯爵家のカントリーハウスに着くやいなや、留守を管理していた高齢の執事が飛んできました。
 貴方、走れたのね。
 執事の尋常な様子ではないことより、走ったことの方が私には余程気になりました。
「お嬢様、お客様がお見えです!」
 あらまあ、実の両親がいないのですよ。それに、
「私もオラージュ公爵令嬢になったのだから、一応お客様になっておりますよ」
「屁理屈は今は止めて下さい!」
 公爵令嬢の肩書きは屁理屈にもなると知りました。
 遠慮なく私の背中を押して奥に連れて行く高齢の執事、貴方、走るだけでなくそんな力を出せたのね。
「王女様がお見えですよ!」
「まさか、なりきり3号なのですか!」
 流石に心の中に収めておくことはできませんでした。
 だって、田舎のフルレット領に本物が来ているなんて、誰が信じるのですか。

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