24 / 73
21,知り合いは虫と屑
しおりを挟む王城で起きたことの一連の報告を受けたオラージュ公爵、養母はフレイ兄様そっくりに眉間に皺を寄せました。
「……なりきり2号のような者がこれ以上出没しても、潰しきれないわね」
養母の中でもやはり1匹現れると、と語られる害虫と同等の扱いなのですね。いいえ、私にも異論はございません。
私の最初の『婚約者付きなりきり夢見がち傷物奇行令嬢加護も持っているよ』は早々にオラージュ公爵家の家族会議で却下されました。元メイローズ侯爵令嬢より遥かに長い名前になってしまいましたし、説明しすぎで傍で聞いた誰でも分かってしまう呼び名は若干センスが足りないそうです。
わざわざ別の名前を付けるのは遊んでいるからではなく、長すぎる貴族名を省略して整理するためです。ということに母曰くなっております。しかも、極近しい身内以外、誰のことを指しているか分からない呼び名が良いそうです。
「なりきり2号はもう檻に入ったけど、私の姪、娘を馬鹿にするような嫁なんていらないに決まっているわ。あの手紙も巫山戯ているし」
結局呼び名はなりきり2号ですか。
『嫁いだ』という言葉の隠喩は『檻に入った』なのですか。貴族の言葉の隠喩はまだまだ私には難しいです。
でも、養母が檻と表現するほどなのですから、なりきり2号は相当な束縛系の夫の元に嫁いだのでしょうね。頑張って望むような深い愛を育めると良いのですが。
「フレイ兄様、愛人は旅立ってしまいましたね……」
「2号と呼ぶことに引きずられているぞ。私は結婚もしていないのに、愛人なんているわけないだろ」
「脳内結婚はお相手に認められませんものね。一応悲恋でございます」
「いや、私は清々したな。愛の欠片もなかったからな」
「実際はフレイ兄様には本妻もおられないので、2号は愛人にはなれなかった。何という悲劇でしょうか……」
やっぱり話題が戻った、と外野の父は喜んでおられました。
ジト目とはこういうものだと言う目で、フレイ兄様は私を見ております。
「お前、雰囲気や話し方こそフワフワしているから誤魔化されかけるが、話す内容は母上そっくりだな」
「フレイお兄様こそ、言葉遣いと鋭いしゃべり方はお母様そっくりで、内容はお父様そっくりですよ」
「血縁なんだから当たり前だろ」
「私も血縁者ですね」
何を今更仰るのやら。
「この会話の流れに入れる人がフレイの妻には丁度良いんだけど、いるかしらね?」
養母は笑っております。
なりきり2号は言葉は良い感じに強烈で負けることはなかったのですが、如何せん会話自体の内容が互いにかみ合いませんでした。
持論を通そうとする姿勢は素晴らしいので、会話の内容を理解するよう努めて頂ければ……愛人から本妻になれたかもしれません。過去形でございます。
とは言え、養母が考えるような良い感じの方は見つけられなかったようで、政略的な理由からフレイ兄様の婚約者には王女様が選ばれました。
王女様はフレイ兄様より少し年上と伺っておりましたが、元々王女様も難ありらしく、難ありになってしまったフレイ兄様が丁度良いからと押しつけられた所もある話とか。
「どうせこの話は破談になる前提だから」
そうでしょうね。
王女様は周りがそうしたのでしょうが、でっかい瑕疵をお持ちになっております。
ようやく先日、王女様の事情を訊くことができました。
我が国には王妃様と側妃様がおられますが、王女様はそのどちらも産みの母ではないそうです。
ある日突然、国王陛下がまだ幼い子供を連れて来て、
「私の娘だ」
母親は誰か一切語らず、臣下に子供を王女として扱うよう命じたそうです。
王の娘と証明する物も持たない女児を王命とは言え城の者はどう扱って良いか分からず持て余した結果、ほぼ冷遇と言える状態になったという、情けなくも単純な話でした。
この国では原則、王以外の王族、王妃も側妃もその子供についても王家から支払われる予算は少額で、主に実家からの援助で生活しているとあれば、誰からも援助のない王女の生活は最低限になるでしょう。肝心である王も連れて来ただけで心を砕くこともなく放置しているのであれば、どの貴族家も対応に困るというもの。
王女がいかに王家の加護持ちであっても今まで婚約者もなく独り身だったのは、一応そういう理由となっているそうです。
世の中には色々な事情があるものですね。
私にはちょっと理解できません。
王都のオラージュ公爵家からフルレット侯爵家のカントリーハウスにいよいよ、漸くやっと帰ることが出来る日が近付いてきました。
今後は私のなりきりがこれ以上増殖しないように時々王都に行くことになりました。
これで増殖が止まると良いのですが、もう既に増殖しているものはどう対応したら良いのでしょう。まあ、なるようになるしかないでしょうね。
「王都はどうだった?」
穏やかな午後のティータイム、養父から和やかに尋ねられました。
私はちょっと考えました。
色々ありましたし、本当に色々濃い方々にお会いしましたしね。
「イグニスさんやハッシュさんが懐かしいですね」
1ヶ月も離れていないのですが。
「イグニスさんとハッシュさんって、誰かな?」
「フルレット侯爵領の領民の方達ですよ。2人揃って周囲から屑と呼ばれておりますね」
「ははは。ちょっと領地に帰るのは待って欲しいな」
イグニスさんもハッシュさんも、私の小さな頃から領地におりますよ。簡潔に人物像を説明したつもりが、ちょっと失敗したかもしれません。
フルレット領は安全ですよ?
心配する養父を振り切り、愚兄の所為でやることの増えた実の両親は王都にまだしばらく残らなけば片付かないとのことで、私は1人で先にフルレット領に行くことになりました。
護衛として同行するオラージュ騎士団も、フルレット侯爵令嬢からオラージュ公爵令嬢になったことで増えました。
まるでお姫様になったようで、ちょっと楽しかったですよ。
大体こういうことが前兆となることを、私は一切学習しておりませんでした。
フルレット領に帰ったらしばらくのんびりしようと考えておりましたが、フルレット侯爵家のカントリーハウスに着くやいなや、留守を管理していた高齢の執事が飛んできました。
貴方、走れたのね。
執事の尋常な様子ではないことより、走ったことの方が私には余程気になりました。
「お嬢様、お客様がお見えです!」
あらまあ、実の両親がいないのですよ。それに、
「私もオラージュ公爵令嬢になったのだから、一応お客様になっておりますよ」
「屁理屈は今は止めて下さい!」
公爵令嬢の肩書きは屁理屈にもなると知りました。
遠慮なく私の背中を押して奥に連れて行く高齢の執事、貴方、走るだけでなくそんな力を出せたのね。
「王女様がお見えですよ!」
「まさか、なりきり3号なのですか!」
流石に心の中に収めておくことはできませんでした。
だって、田舎のフルレット領に本物が来ているなんて、誰が信じるのですか。
28
あなたにおすすめの小説
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして”世界を救う”私の成長物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー編
第二章:討伐軍北上編
第三章:魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
背徳の恋のあとで
ひかり芽衣
恋愛
『愛人を作ることは、家族を維持するために必要なことなのかもしれない』
恋愛小説が好きで純愛を夢見ていた男爵家の一人娘アリーナは、いつの間にかそう考えるようになっていた。
自分が子供を産むまでは……
物心ついた時から愛人に現を抜かす父にかわり、父の仕事までこなす母。母のことを尊敬し真っ直ぐに育ったアリーナは、完璧な母にも唯一弱音を吐ける人物がいることを知る。
母の恋に衝撃を受ける中、予期せぬ相手とのアリーナの初恋。
そして、ずっとアリーナのよき相談相手である図書館管理者との距離も次第に近づいていき……
不倫が身近な存在の今、結婚を、夫婦を、子どもの存在を……あなたはどう考えていますか?
※アリーナの幸せを一緒に見届けて下さると嬉しいです。
婚約破棄された《人形姫》は自由に生きると決めました
星名柚花
恋愛
孤児のルーシェは《国守りの魔女》に選ばれ、公爵家の養女となった。
第二王子と婚約させられたものの、《人形姫》と揶揄されるほど大人しいルーシェを放って王子は男爵令嬢に夢中。
虐げられ続けたルーシェは濡れ衣を着せられ、婚約破棄されてしまう。
失意のどん底にいたルーシェは同じ孤児院で育ったジオから国を出ることを提案される。
ルーシェはその提案に乗り、隣国ロドリーへ向かう。
そこで出会ったのは個性強めの魔女ばかりで…?
《人形姫》の仮面は捨てて、新しい人生始めます!
※「妹に全てを奪われた伯爵令嬢は遠い国で愛を知る」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/271485076/35882148
のスピンオフ作品になります。
旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~
榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。
ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。
別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら?
ー全50話ー
【12月末日公開終了】これは裏切りですか?
たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。
だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。
そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?
妹に婚約者を奪われた上に断罪されていたのですが、それが公爵様からの溺愛と逆転劇の始まりでした
水上
恋愛
濡れ衣を着せられ婚約破棄を宣言された裁縫好きの地味令嬢ソフィア。
絶望する彼女を救ったのは、偏屈で有名な公爵のアレックスだった。
「君の嘘は、安物のレースのように穴だらけだね」
彼は圧倒的な知識と論理で、ソフィアを陥れた悪役たちの嘘を次々と暴いていく。
これが、彼からの溺愛と逆転劇の始まりだった……。
婚約破棄をありがとう
あんど もあ
ファンタジー
リシャール王子に婚約破棄されたパトリシアは思った。「婚約破棄してくれるなんて、なんていい人!」
さらに、魔獣の出る辺境伯の息子との縁談を決められる。「なんて親切な人!」
新しい婚約者とラブラブなバカップルとなったパトリシアは、しみじみとリシャール王子に感謝する。
しかし、当のリシャールには災難が降りかかっていた……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる