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20,登場、即爆発消滅
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冷静に「許可は王族が出す」と断言する侍女と、苛立ちながら「私は上の立場である」を繰り返すメイローズ侯爵令嬢のやり取りは、なかなか終わりを迎えそうにありません。
メイローズ侯爵令嬢は素晴らしい程にしつこいです。
はいはいもう貴女が上でいいから、と面倒だからと強制的に終了することが出来ない内容に発展してしまっただけに、私とフレイ兄様は帰ることも出来ず口論が続く二人の横で立っているだけです。
もう切っ掛けであったフレイ兄様も口を挟むなんて出来ません。
とにかくメイローズ侯爵令嬢には、何を言っても見当違いに自分に都合が良い方向に解釈される様子。フレイ兄様は口が達者ではございませんので、迂闊に何かを話さない方が安全でしょう。
私と同じくぼんやりと2人を眺めているだけです。
迷惑、あるいは物珍しいものを見る目で私達を文官達は遠巻きにして通り過ぎていきます。これは完全に業務妨害になっておりますね。口喧嘩自体がが始まってからも結構時間が経っております。
それにしても、完全に口論はループ状態になっていて、お互いいい加減に止まるなり、周囲も止めてくれるなりして欲しいところです。
つい他の人に期待することを考えていると、別方向からザワザワとざわめきが近付いてくることに気が付きました。
「王城の廊下をいつまで許可なく占拠している?」
複数の警護の騎士と従者を連れた、今まで会った方々とは明らかに別格の雰囲気を持った方が現れると、侍女とフレイ兄様はさっと礼を取りました。私も慌てて2人に倣います。
そうですね、ここは王城ですから。
「申し訳ありません。私はフルレット侯爵令嬢に注意を……」
「フルレット侯爵令嬢なんて存在していないだろう。私を前にして、わざと言っているのか?」
私は頭を下げているので、声しか聞こえません。
聞き取りやすくも冷たいこの声の持ち主は、第1王子殿下でしょうか。第2王子殿下でしょうか。
「フレイもレーニア嬢も楽にしていいよ」
フレイ兄様に合わせて礼を取るのを止めて顔を上げると、流石高確率ですからね。王子殿下はやはり美形でしたよ。
これはもう、高位貴族で王族の血まで引いているのに外れ顔面を持って生まれた私がおかしいのでしょうか?
内心とても悲しくも複雑な私には王子殿下はにっこり笑いかけて下さいましたが、対してメイローズ侯爵令嬢には社交的な笑みも浮かべず冷めた目を向けられました。
「それは、その……」
しつこ過ぎるメイローズ侯爵令嬢も、とうとう食い下がれなくなりましたか。
わざわざ『フルレット侯爵令嬢』と呼ぶ私への嫌みは、王族を前にしては王族も決めた養子縁組に文句をつけているとなるかもしれませんものね。後は、貴族用の広報を全く見ていない愚か者か。
「……私は侯爵令嬢として、彼女に注意していただけです」
「公爵令嬢に、注意か」
メイローズ侯爵令嬢の技能の一種でしょうか。
話す度にメイローズ侯爵令嬢は新しい泥沼に落ちております。もう話さない方がいいのではないでしょうか。
「そうではなくて……」
「難癖つけるのが注意というのか? ここで起きていることは報告を受けている」
「難癖ではありません! 私は目上の貴族として、無知な彼女の行動を正そうとしておりました」
「目上というならオラージュ公爵令嬢の方が目上だろう。それにオラージュ公爵令嬢がここにいるのは王女のお茶会に参加していたからだ。それのどこが無知だとか正しいなどと論じる部分がある話なのだ」
「まあ、王女様にお会いしたなんて、図々しいこと!」
地方を回る舞台女優さながらに大袈裟に非難してきました。
もう明らかにメイローズ侯爵令嬢は終わりましたね。完全に駄目ですね。
私や周りの様子など全く目に入っていないメイローズ侯爵令嬢は、きつい目尻を更につり上げて、
「王女の友人として貴女には領地で謹慎を命じます! もう二度と王都にも足を踏み入れてはいけません」
……もしかして、愚兄越えの何かでいらっしゃる?
命じますって仰いますが、いつからメイローズ侯爵令嬢は私に命令できる立場になられたのでしょうか。
シーンと水を打ったような周囲の静けさが、本当に恐ろしいです。
誰一人何も言葉を発しない時間がしばらく流れ、王子殿下は疲れたようなため息をつきました。
「王女の友人とは、かくも凄い権限を持っているのだな。王族や貴族院ですら審議を経て始めて罪を負った貴族に処分を下せるのにな」
「ええ、そうです! 私は大切な友人である王女の為に処分を下したんです」
王子の割と直球過ぎる嫌みを斜め上に受け取って、褒められたと勘違いされました?
メイローズ侯爵令嬢、貴女の言動は外から拝見している者からすると、とても友情ではなく……
「王女の威を借りて我が儘を通そうとする者など友人と言えるわけがない。全く妄想も甚だしい」
王子殿下も微妙に会話も成り立たず明後日に飛躍した持論を話してくる令嬢に、いっそ笑うしかないのでしょうね。声が笑いに少し震えております。
「私は王女の威を借りてなど……!」
「もういいよ。話の元は単に君がフレイとよりを戻したかっただけだろう。オラージュ公爵令嬢がフレイと距離が近いから嫉妬したにしても、この2人はしっかり認められた兄妹だし、もう少し言葉を考えなければ伝わるものも伝わらないよ」
あー……そういうことですか。
やっとこのやりとりの前提が分かりました。
奇行持ち令嬢の復縁要請と嫉妬は何と分かりづらいのでしょう。本当にとばっちりで、私が攻撃される意味はありませんでしたね。
「……っ、嫉妬ではなく!」
「でももう嫉妬ではなくても何でもいいんだよ。君は許可も得ず王族の権威を私的に利用しようとした。ここでの私との会話だけでも君はどれだけ王女、王女と口にした? 随分私の妹を貶めたな」
「わ、私は加護持ちですよ!」
新しい言い訳が飛び出しましたか。
ですが、周囲は無反応です。
加護持ち同士は会っただけで相手が加護持ちだと分かるのですが、周囲の少しの驚きもない反応だとメイローズ侯爵令嬢が加護持ちであることは有名なことのようですね。
「加護持ちだから、何なんだ?」
問題はそこですよね。
「私は毎週神殿で奉仕をしております。私は十分上の立場です」
なりきり2号!
まさかメイローズ侯爵令嬢が、なりきり2号だったなんて……。
突然の登場と正体告白に私は興奮を隠し……切らないといけないのですね。より上の立場であられる王族がこの場にはいらっしゃいましたよ。
「つくづく愚かしい。誰が本当に奉仕しているのか、王家が把握しているに決まっているだろう」
氷点下になった王子の声に、やっとメイローズ侯爵令嬢の口は止まりました。
「少なくともここ3年神殿にも出向いていない君が、いつどこで奉仕をして国に貢献していると言うのかな?」
神殿に3年出かけないって中々のことですよ?
余程出不精な方でもない限り、1年に1回は神殿へ女神への感謝のお祈りに出かけます。それに神殿では学校や治療院の他、毎月何かしらのお祭りやイベントを行っているので、家族やそれ以外の方とでも、何なら女性1人でも気軽に出かける場所ですよね。
何というか……変な見栄を張るというのは、想像もできない恐ろしい結果を招くのですね。
メイローズ侯爵令嬢は奉仕を全くしていない事の暴露の上に、一般の感覚とはかけ離れた生活をしていることが、人の多いこの場で判明してしまいました。
漸く現れたメイローズ侯爵が、娘である令嬢を引き取って行かれました。
私達に詫びて帰って行ったメイローズ侯爵は、令嬢の父親にしてはやや年配の落ち着きのある風貌の紳士でした。令嬢にはメイローズ侯爵の血が本当に流れているのか疑問に感じる程です。
仕事で外出していた侯爵を探して連絡したとか、少し離れた位置におられる文官の方々の会話が聞こえてきます。
「父や兄だったら投獄しただろうに、微妙に加護持ちは運が良い」
国王陛下と第1王子は仕事の手が離せなかったから、メイローズ侯爵令嬢は運が良かった……のでしょうか。
本当に運が良いならもう少し、こう、何とかならなかったのでしょうか。
いえ、もう少しと自分が言うところが自分でも分かりません。
「それにしても、あの令嬢はフレイに執着していたな。てっきりフレイには全く興味もないと思っていたのに」
「あれの考えていることなんて誰にも分かりませんよ。自分が冷淡な対応しても自分を溺愛するべきだって……。最初から婚約は政略でしかないんですよ。徹頭徹尾あれには何の愛もありません」
「凄いよね。あの態度で溺愛してもらえると思っていたんだろ。プレゼントも手紙も自分は受け取っても、自分は何もせず無視しておいて、相手どころか自分自身のことを何だと思っていたんだろうか」
うーん、よく分かりませんが、この2人の会話から想像するにメイローズ侯爵令嬢の言動は、領民達から聞いた恋愛物語の一種と同じであったのでしょうか。
自分が相手に向ける愛より、相手には自分に対して遥かに大きな愛を向けて貰いたいという夢見がち少女の願望は、結局物語だから起こりえるのです。でも、夢と現実の見極めがつかず、そういった願望を政略結婚の相手に求めるとほぼほぼ失敗すると、ハッシュさんも常々仰ってました。
屑だ屑だと評されていても、ハッシュさんには8人も妻がいれば多少なりと女心も分かるということですね。妻の方々からも屑だと評されていても、それはそれですよ。
一方、なりきり夢見がち奇行令嬢につきまとわれた、女心を微塵も理解しないフレイ兄様は、疲れきった様子で頭を掻き毟ります。
「分かりません。あれに今更愛していたと言われても、私は全く信じませんよ」
「別に愛しているわけではないだろう。彼女は愛されたいのであって、愛する気なんかさらさらないさ」
「自分が愛されるようなこともしていないのに?」
「してなくても、自分は愛して貰いたい、愛して貰えると思っているんだろう。巷で流行っている恋愛物語でも余程読み過ぎたのかもな。私も彼女の気持ちはそれ以上理解できない。第一、彼女は既に君とは別の相手と新しい婚約もしているし」
……何と。
これが王都なのでしょうか。
お2人ともさらりと話しておられますが、よく分からないアプローチ方法でフレイ兄様に復縁を求めていた『なりきり夢見がち傷物奇行令嬢』は実は婚約者持ちって……大分マナー違反、というかもう全然全くあり得ない話だったのですか。
流石に私も衝撃が大きすぎて、その影響で王女様への疑問がすっかり頭から抜け落ちてしまい、フレイ兄様達に尋ねるのは随分経ってからでした。
後日、メイローズ侯爵家は王家とオラージュ公爵家からも抗議を受け、令嬢は新しい婚約者にも去られたそうです。
程なくして侯爵家の方のコネで、遠くの言葉も通じない国の何番目か分からない妃になることになり、令嬢はいつの間にか旅立って行かれました。
残されたのは、丁度私達が王城で令嬢に会った日に届けられていた、フレイ様への復縁要請の手紙だけでした。
「ここまで来て代筆とはなぁ」
フレイ兄様はとても呆れていました。
手紙の文字はフレイ兄様曰く令嬢の字とは異なる美しい字で、教養高く故事を交えながらも丁寧な文章で礼儀正しく、過日の非を誤りながらも静かに愛を伝える手紙でしたが、これは流石に令嬢を知る人物なら誰がどう見ても別人が書いた手紙だと分かりますよ。
文章の内容は人任せでも、せめてご自身の字で書くことはできなかったのでしょうか。
元メイローズ侯爵令嬢の愛はフレイ兄様どころか誰にも届きませんよ、これでは。
メイローズ侯爵令嬢は素晴らしい程にしつこいです。
はいはいもう貴女が上でいいから、と面倒だからと強制的に終了することが出来ない内容に発展してしまっただけに、私とフレイ兄様は帰ることも出来ず口論が続く二人の横で立っているだけです。
もう切っ掛けであったフレイ兄様も口を挟むなんて出来ません。
とにかくメイローズ侯爵令嬢には、何を言っても見当違いに自分に都合が良い方向に解釈される様子。フレイ兄様は口が達者ではございませんので、迂闊に何かを話さない方が安全でしょう。
私と同じくぼんやりと2人を眺めているだけです。
迷惑、あるいは物珍しいものを見る目で私達を文官達は遠巻きにして通り過ぎていきます。これは完全に業務妨害になっておりますね。口喧嘩自体がが始まってからも結構時間が経っております。
それにしても、完全に口論はループ状態になっていて、お互いいい加減に止まるなり、周囲も止めてくれるなりして欲しいところです。
つい他の人に期待することを考えていると、別方向からザワザワとざわめきが近付いてくることに気が付きました。
「王城の廊下をいつまで許可なく占拠している?」
複数の警護の騎士と従者を連れた、今まで会った方々とは明らかに別格の雰囲気を持った方が現れると、侍女とフレイ兄様はさっと礼を取りました。私も慌てて2人に倣います。
そうですね、ここは王城ですから。
「申し訳ありません。私はフルレット侯爵令嬢に注意を……」
「フルレット侯爵令嬢なんて存在していないだろう。私を前にして、わざと言っているのか?」
私は頭を下げているので、声しか聞こえません。
聞き取りやすくも冷たいこの声の持ち主は、第1王子殿下でしょうか。第2王子殿下でしょうか。
「フレイもレーニア嬢も楽にしていいよ」
フレイ兄様に合わせて礼を取るのを止めて顔を上げると、流石高確率ですからね。王子殿下はやはり美形でしたよ。
これはもう、高位貴族で王族の血まで引いているのに外れ顔面を持って生まれた私がおかしいのでしょうか?
内心とても悲しくも複雑な私には王子殿下はにっこり笑いかけて下さいましたが、対してメイローズ侯爵令嬢には社交的な笑みも浮かべず冷めた目を向けられました。
「それは、その……」
しつこ過ぎるメイローズ侯爵令嬢も、とうとう食い下がれなくなりましたか。
わざわざ『フルレット侯爵令嬢』と呼ぶ私への嫌みは、王族を前にしては王族も決めた養子縁組に文句をつけているとなるかもしれませんものね。後は、貴族用の広報を全く見ていない愚か者か。
「……私は侯爵令嬢として、彼女に注意していただけです」
「公爵令嬢に、注意か」
メイローズ侯爵令嬢の技能の一種でしょうか。
話す度にメイローズ侯爵令嬢は新しい泥沼に落ちております。もう話さない方がいいのではないでしょうか。
「そうではなくて……」
「難癖つけるのが注意というのか? ここで起きていることは報告を受けている」
「難癖ではありません! 私は目上の貴族として、無知な彼女の行動を正そうとしておりました」
「目上というならオラージュ公爵令嬢の方が目上だろう。それにオラージュ公爵令嬢がここにいるのは王女のお茶会に参加していたからだ。それのどこが無知だとか正しいなどと論じる部分がある話なのだ」
「まあ、王女様にお会いしたなんて、図々しいこと!」
地方を回る舞台女優さながらに大袈裟に非難してきました。
もう明らかにメイローズ侯爵令嬢は終わりましたね。完全に駄目ですね。
私や周りの様子など全く目に入っていないメイローズ侯爵令嬢は、きつい目尻を更につり上げて、
「王女の友人として貴女には領地で謹慎を命じます! もう二度と王都にも足を踏み入れてはいけません」
……もしかして、愚兄越えの何かでいらっしゃる?
命じますって仰いますが、いつからメイローズ侯爵令嬢は私に命令できる立場になられたのでしょうか。
シーンと水を打ったような周囲の静けさが、本当に恐ろしいです。
誰一人何も言葉を発しない時間がしばらく流れ、王子殿下は疲れたようなため息をつきました。
「王女の友人とは、かくも凄い権限を持っているのだな。王族や貴族院ですら審議を経て始めて罪を負った貴族に処分を下せるのにな」
「ええ、そうです! 私は大切な友人である王女の為に処分を下したんです」
王子の割と直球過ぎる嫌みを斜め上に受け取って、褒められたと勘違いされました?
メイローズ侯爵令嬢、貴女の言動は外から拝見している者からすると、とても友情ではなく……
「王女の威を借りて我が儘を通そうとする者など友人と言えるわけがない。全く妄想も甚だしい」
王子殿下も微妙に会話も成り立たず明後日に飛躍した持論を話してくる令嬢に、いっそ笑うしかないのでしょうね。声が笑いに少し震えております。
「私は王女の威を借りてなど……!」
「もういいよ。話の元は単に君がフレイとよりを戻したかっただけだろう。オラージュ公爵令嬢がフレイと距離が近いから嫉妬したにしても、この2人はしっかり認められた兄妹だし、もう少し言葉を考えなければ伝わるものも伝わらないよ」
あー……そういうことですか。
やっとこのやりとりの前提が分かりました。
奇行持ち令嬢の復縁要請と嫉妬は何と分かりづらいのでしょう。本当にとばっちりで、私が攻撃される意味はありませんでしたね。
「……っ、嫉妬ではなく!」
「でももう嫉妬ではなくても何でもいいんだよ。君は許可も得ず王族の権威を私的に利用しようとした。ここでの私との会話だけでも君はどれだけ王女、王女と口にした? 随分私の妹を貶めたな」
「わ、私は加護持ちですよ!」
新しい言い訳が飛び出しましたか。
ですが、周囲は無反応です。
加護持ち同士は会っただけで相手が加護持ちだと分かるのですが、周囲の少しの驚きもない反応だとメイローズ侯爵令嬢が加護持ちであることは有名なことのようですね。
「加護持ちだから、何なんだ?」
問題はそこですよね。
「私は毎週神殿で奉仕をしております。私は十分上の立場です」
なりきり2号!
まさかメイローズ侯爵令嬢が、なりきり2号だったなんて……。
突然の登場と正体告白に私は興奮を隠し……切らないといけないのですね。より上の立場であられる王族がこの場にはいらっしゃいましたよ。
「つくづく愚かしい。誰が本当に奉仕しているのか、王家が把握しているに決まっているだろう」
氷点下になった王子の声に、やっとメイローズ侯爵令嬢の口は止まりました。
「少なくともここ3年神殿にも出向いていない君が、いつどこで奉仕をして国に貢献していると言うのかな?」
神殿に3年出かけないって中々のことですよ?
余程出不精な方でもない限り、1年に1回は神殿へ女神への感謝のお祈りに出かけます。それに神殿では学校や治療院の他、毎月何かしらのお祭りやイベントを行っているので、家族やそれ以外の方とでも、何なら女性1人でも気軽に出かける場所ですよね。
何というか……変な見栄を張るというのは、想像もできない恐ろしい結果を招くのですね。
メイローズ侯爵令嬢は奉仕を全くしていない事の暴露の上に、一般の感覚とはかけ離れた生活をしていることが、人の多いこの場で判明してしまいました。
漸く現れたメイローズ侯爵が、娘である令嬢を引き取って行かれました。
私達に詫びて帰って行ったメイローズ侯爵は、令嬢の父親にしてはやや年配の落ち着きのある風貌の紳士でした。令嬢にはメイローズ侯爵の血が本当に流れているのか疑問に感じる程です。
仕事で外出していた侯爵を探して連絡したとか、少し離れた位置におられる文官の方々の会話が聞こえてきます。
「父や兄だったら投獄しただろうに、微妙に加護持ちは運が良い」
国王陛下と第1王子は仕事の手が離せなかったから、メイローズ侯爵令嬢は運が良かった……のでしょうか。
本当に運が良いならもう少し、こう、何とかならなかったのでしょうか。
いえ、もう少しと自分が言うところが自分でも分かりません。
「それにしても、あの令嬢はフレイに執着していたな。てっきりフレイには全く興味もないと思っていたのに」
「あれの考えていることなんて誰にも分かりませんよ。自分が冷淡な対応しても自分を溺愛するべきだって……。最初から婚約は政略でしかないんですよ。徹頭徹尾あれには何の愛もありません」
「凄いよね。あの態度で溺愛してもらえると思っていたんだろ。プレゼントも手紙も自分は受け取っても、自分は何もせず無視しておいて、相手どころか自分自身のことを何だと思っていたんだろうか」
うーん、よく分かりませんが、この2人の会話から想像するにメイローズ侯爵令嬢の言動は、領民達から聞いた恋愛物語の一種と同じであったのでしょうか。
自分が相手に向ける愛より、相手には自分に対して遥かに大きな愛を向けて貰いたいという夢見がち少女の願望は、結局物語だから起こりえるのです。でも、夢と現実の見極めがつかず、そういった願望を政略結婚の相手に求めるとほぼほぼ失敗すると、ハッシュさんも常々仰ってました。
屑だ屑だと評されていても、ハッシュさんには8人も妻がいれば多少なりと女心も分かるということですね。妻の方々からも屑だと評されていても、それはそれですよ。
一方、なりきり夢見がち奇行令嬢につきまとわれた、女心を微塵も理解しないフレイ兄様は、疲れきった様子で頭を掻き毟ります。
「分かりません。あれに今更愛していたと言われても、私は全く信じませんよ」
「別に愛しているわけではないだろう。彼女は愛されたいのであって、愛する気なんかさらさらないさ」
「自分が愛されるようなこともしていないのに?」
「してなくても、自分は愛して貰いたい、愛して貰えると思っているんだろう。巷で流行っている恋愛物語でも余程読み過ぎたのかもな。私も彼女の気持ちはそれ以上理解できない。第一、彼女は既に君とは別の相手と新しい婚約もしているし」
……何と。
これが王都なのでしょうか。
お2人ともさらりと話しておられますが、よく分からないアプローチ方法でフレイ兄様に復縁を求めていた『なりきり夢見がち傷物奇行令嬢』は実は婚約者持ちって……大分マナー違反、というかもう全然全くあり得ない話だったのですか。
流石に私も衝撃が大きすぎて、その影響で王女様への疑問がすっかり頭から抜け落ちてしまい、フレイ兄様達に尋ねるのは随分経ってからでした。
後日、メイローズ侯爵家は王家とオラージュ公爵家からも抗議を受け、令嬢は新しい婚約者にも去られたそうです。
程なくして侯爵家の方のコネで、遠くの言葉も通じない国の何番目か分からない妃になることになり、令嬢はいつの間にか旅立って行かれました。
残されたのは、丁度私達が王城で令嬢に会った日に届けられていた、フレイ様への復縁要請の手紙だけでした。
「ここまで来て代筆とはなぁ」
フレイ兄様はとても呆れていました。
手紙の文字はフレイ兄様曰く令嬢の字とは異なる美しい字で、教養高く故事を交えながらも丁寧な文章で礼儀正しく、過日の非を誤りながらも静かに愛を伝える手紙でしたが、これは流石に令嬢を知る人物なら誰がどう見ても別人が書いた手紙だと分かりますよ。
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