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冒険者になる

12 少女との出会い

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いやー、危なかった。

まさか私が重犯罪者になってるとは思ってなかった。
処断の水晶……、あれは三年前にサンクシオンが私を判別した時に持っていたものと同じ水晶だ。その時直接は見たことなかったけど、ああやって水晶が光るんだね。

いやいや、今はそんな事思ってる場合じゃないな。
あの冒険者たちが追っかけてこないうちにもう少しここから離れなければ……。

私は、ギルドから大通りを突っ切って向こう側の道まで走る。その道は、家と家の間にある隙間のような道だ。横幅2メートルもないその路地裏を、ゆっくりと歩いた。

本当に困ったな。本来ならここ中央街で冒険者になって路銀を稼ぐつもりが、まさかいきなり犯罪者扱いになるとは思ってもなかった。
だって仕方ないじゃない。殺されそうだったから反撃しただけなんだもの。

いや、今思えば、先ほど捕まって冷静に説明すれば誤解が解けたのでは?
まだ『銀の鎧』やテラスが冒険者ギルドにいたはずだ。彼らを連れてこられれば、証人になってくれたかもしれない。

あー、やらかしちゃったかな。逃げたら犯罪を認めたようなものじゃん。でもでも、凄い形相で追っかけてくるおじさんたちが悪いと思うんだけどね!

「ぶへっ!」
「きゃっ」

私が歩きながら唸っていると、ちょうど曲がり角で誰かとぶつかってしまった。
思わず、変な声が出てしまった。対する相手は可愛らしい声。これが素の女子力の差か。
私は直ぐに起き上がり、倒れた相手に手を伸ばす。

相手は、全身に麻布のローブを着こみ姿を隠している。身体を引き上げた時にちらりと見えた顔は、かなり整っていた。ゆるくふわっとカールのされたミディアムの金髪、瞳は翡翠色に輝いていた。
思わず女の私でも見惚れるレベルの可愛さを誇った女の子だ。

「……ありがとう存じます」

立ち上がった彼女は小さく礼を言うと、また慌てて奥の道へ走り去ってしまった。

「おい、こっちの方に逃げたぞ!」

私の後方で男の声が響いた。
やばい、私追いかけられてたんだった。彼女に見惚れて突っ立っている場合じゃない。
私は反射的に、逃げて行った美少女を追いかけるように走った。

美少女は目の前を息を切らしながら走っている。そんなに急ぐ用事があるのだろうか。

「どうしてそんな早く走っているんですか?」

私が隣まで近づいて話しかけると、彼女はぎょっとしたように目を見張った。そしてバランスを崩し尻もちをついた。
この子、結構ドジなところがあるようだ。

再び手を伸ばすと、彼女はその手を掴むことに若干抵抗を示した。しかし、私に悪意が無いことが分かったのか、掴まってくれた。

「どうもありがとう。私、あの人たちから逃げなければなりませんの」
「あの人たち?」

今も後方で足音が近づいてる。あれは私を追いかけているはずだ。この子は、それが怖くて逃げたのだろうか。あるいは、この子も犯罪者かなにかなのだろうか。

だとしたら一緒に逃げたい! だってこの子可愛いもん。
というのは別にして、現地の人に道案内をさせたほうが私にとっても逃げきれる可能性が上がるからだ。

「ねえ、私も追いかけられているんです。良ければ、一緒に逃げませんか?」
「さようでございますの? でしたら、こちらまでついてきてくださいませ!」

少女は私の手を引っ張り、先を急ぐ。しかし彼女は既にへとへとな様子だ。このままじゃ確実に捕まる。
私は、その手を一旦放した。

「ちょっと待っててくださいね。......サンドウォール!」

後ろを振り返った私は土魔法を発動させた。
目の前に3メートルほどの壁を出現し、道を完全に封鎖した。これで追手が来るのをある程度押さえつけられる。

「す、すごいですの」
「さ、驚いていないで行きましょうか!」
「は……はい」

私と少女はその道を後にして走り出した。





「なんなんだ、この壁は……」

お嬢様を追いかけている最中に唐突に現れた壁。こんな不自然な形な壁が存在するわけがない。
しかし、お嬢様がやったとは考えにくい。お嬢様は土魔法に適性がないはずなのだから。

「おい、お嬢様の逃亡に協力したものが出たかもしれん」

俺は、部下の騎士にそう告げる。部下たちが息を呑むのが聞こえた気がした。これは一大事だ。
目の前の土の壁を擦る。ほろほろと触ったところから砂がこぼれる。しかしそれはほんの些細な部分だ。根幹はかなりしっかりと固められている。

土魔法のサンドウォールだ。だが、大地魔法でもないただの土魔法でこの強度だ。この壁を作った者は相当な手練れであると推測できる。
場合によっては、お嬢様の"逃亡"から"誘拐"に緊急レベルを上げなければいけない。

これはいよいよ国の危機だぞ……。

「おい、マルク。お前は至急騎士団からの増援と、冒険者ギルドへの依頼を行え!」
「はっ、かしこまりました!」

マルクは隊を抜けて走り去っていく。それを見送った私は、目の前の大壁に拳を入れた。
ドンッという激しい音と共に、壁にひびが入る。俺はその拳を繰り返した。
何度目かでその壁は音を立てて崩れ去った。

「あ、あの隊長の拳が一発で崩せないなんて……」

部下がそう言葉を漏らす。
バカを言え。本気を出せばこの程度なら一発だ。
しかし、逆に言えば本気を出さなければいけないレベルだったのは確実だ。

これはいよいよ大変な事態かもしれんな。

「待っていてください。アイリスお嬢様」
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