cross of connect

ユーガ

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絆の未来編

第三話 表裏の鏡

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~ネロサイド~

「フォルトって、結構広いとこだよな」
と、そう声をかけられたルインは歩きながら、そうですね、と頷いた。
「『クィーリアの天才魔導士』が育った町ですしね」
「だなぁ、こりゃロームの事を調べるのも一苦労だな」
「ですね・・・まぁ、地道に探すしかありませんね」
愚痴のように呟いたネロに、ルインは笑みを浮かべてそう答える。ネロはそれに頷き、あ、と何かを思い出したような素振りを見せー不意にルインと肩を組み、二ヶ月前と変わらない意地の悪そうな表情でルインを見つめた。
「なぁ、ミナの奴積極的になったと思わねぇ?」
「とても思います」
ネロの言葉に同意するようにルインも頷き、近くにあった向かい合わせの椅子に座り込んで肘をつき、二人とも口元を隠すように座る。どこかの新◯紀アニメでサングラスをかけた人がやってて見たことある気がするけど多分気のせいだ。多分。
「やっぱりそう思うかいルイン君」
「ええ・・・しかしなぜあんなに積極的になったのでしょうか」
「いややっぱりユーガの奴が鈍感すぎるからじゃねぇか?」
「大いにあり得ますね、気持ちに気付いてもらえないが故に、より一層アピールをする。理にはかなっていますし」
こういう時、ルインは真面目そうに見えて案外ノリがいい。それか単純に、それを元にイジるイジらないはさておき、恋路に対して興味があるのかもしれない。こうして考えると、『天才魔導士』という肩書きは持ちながらも、ルインも年相応の人間なのだとわかる。
「さてここでクエスチョン、どうすればユーガの奴にミナの気持ちを伝えられるのか」
「はいネロ先生」
「おっとルイン君」
「素直に気持ちを伝えればいいと思います」
「う~ん、それだとユーガの奴は勘違いして友達として好きとかってなっちゃうかもしれない。五十三点」
なんでそこの判定めちゃくちゃシビアなんだろう、とルインは思いつつーふっ、と微笑みを浮かべてネロを見つめると、ネロは怪訝そうに、どうした?と尋ねてくる。いえ、とルインは前置きし、
「ただ、貴方様とまさかこんな話ができるとは思っておらず」
「まぁ、二ヶ月前まではただ資金援助しただけの奴だったしな」
「ええ。『天才魔導士』としては、貴方様には本当に感謝していますよ」
「『天才魔導士』としては、か・・・今は?」
「『ルイン・グリーシア』としては・・・感謝もしていますし、それ以前に友人であり仲間でしょう」
二ヶ月前の旅で、以前まで『天才魔導士』として接したルインではなく、『ルイン・グリーシア』という一人の人間と旅をした。ネロは頷いて、ありがとな、と呟いて椅子から立ち上がり、てか、と体を伸ばしながら、どうしてこうなった、と言うように頬を掻いた。
「元はミナの恋路の話だったろ?なんで俺達の友情話になってんだ?」
「それは作者が何も考えず書いているからかと」
「作者?」
「いえ、なんでもありませんよ。とにかく、ロームの目撃情報などを探りに行きましょうか」
「あぁ。頼りにしてるぜ、ルイン」
腕をぐるぐると回しながら言うネロに、こちらこそ、とルインは笑みを浮かべながら、再びフォルトの町を歩き出した。

~シノサイド~

シノの靴の音が響くとその後ろに、メルの少し早歩きな足音がフォルトに響き渡る。え、シノさんの歩き早くない?競歩?そう思ってしまうほど、シノの歩く速度は早い。ーと、不意にシノは立ち止まってメルに視線を向ける。
「・・・メルさん」
「え、あ、はい!」
「・・・あなたも、特殊な瞳をお持ちのようですね」
「は、はい・・・そうです・・・」
「・・・であれば、五感のどれかが鋭くなっているんですよね」
ユーガは視力、トビは聴力というように、特殊な瞳を持つ人物には、五感ー視力、聴力、味覚、嗅覚、触覚のいずれかが常人には考えられないほど鋭くなり、その力を手にした人間は、まさしく超人と言えるほどだ。
「・・・私は味覚が鋭くなってます。ただ、ユーガ君やトビさんのように戦闘向きではありませんよ?」
「・・・味覚、なるほど」
ーという事は、特殊な瞳を持つーユーガの模造品クローンである、二ヶ月前に倒したスウォーと、ユーガの兄でありスウォーに協力していた、フルーヴ・ネサスの二人は、どちらかが嗅覚、どちらかが触覚が鋭くなっている、というわけだ。
「・・・シノさん?」
「・・・はい」
「えっと・・・どうかしましたか?」
「・・・その能力が役立った場面など、具体的にお伺いしてもよろしいでしょうか」
「え⁉︎え~っと・・・」
慌てて考え始めたメルに、シノは再度口を開いて、もちろん、と宥めるような声を発した。
「戦闘だけでなく日常生活のみでも構いませんよ」
「そ、そうですね・・・食料に毒が入っていないかとか・・・」
「口にした時点でそれはアウトなのでは」
う、とメルは仰け反って言葉に詰まると、シノは冷静な声で口を開く。
「・・・ないのですね?」
ばっさりと言われ、メルは少し傷ついた。がっくりと肩を落とすと、シノがメルの肩に手を置いて、いえ、と首を振った。
「あなたの力を否定しているわけではありません。・・・旅が終了次第、私の研究に付き合っていただこうかと思い」
「研究、ですか?」
「はい。私には辿り着けない何かに、あなたなら辿り着けそうと思いまして」
「えっと・・・具体的には・・・?」
「世界中の食糧の食べ比べなどいかがですか?」
「やりましょう」
即答したメルにシノは冷静に頷いて、まずは、と取り出したノートにペンを走らせる。
「牛肉、豚肉、鶏肉などの肉類の食べ比べからでどうでしょうか」
「その次は魚でお願いします」
「では次は野菜ですね」
ノリノリで答えてくれるメルに、シノはわずかに笑みを浮かべてペンを走らせる。笑みを浮かべているシノを横目で見ながら、あ、とメルは声をあげる。
「シノさんは何を食べたいんですか?」
「・・・よ」
「はい?」
「・・・呼び捨てでも構いませんよ。・・・メル」
長い金髪に隠れたその横顔を見る事はできなかったが、きっと照れ隠しなのだろう。その証拠に、ペンを握る手が止まっている。メルは、ふふ、と笑みを浮かべてシノの頭を撫でると、怪訝そうにー顔がわずかに赤いシノが視線を向けてくる。
「・・・なんでもないよ、・・・シノ?」
ついでに敬語も解くと、シノは顔を背けてペンとノートを鞄にしまい、メルに背中を向ける。
「・・・早く行きますよ、メル」
そう言ってそそくさと足早に歩いていくシノの背中を見つめながら、あ、と頬を掻いた。
「・・・好きな食べ物、まだ聞いてないのに・・・」
ーまぁ、また今度聞けばいい話ではあるし、一旦は置いておこう。今後、まだ時間はたくさんあるのだから。メルは頷いて、先を歩き続けるシノを追いかけて、足を踏み出した。

~ミナサイド~

「あ~あ~あ~‼︎納得いかないよ~‼︎」
「・・・まだ言ってるんですか?さっきの事・・・」
歩きながら頭を抱え、納得いかないと連呼するリフィアを横目で見ながら、呆れながらミナは嘆息した。さっきの事とは、シノがメルの事を友人認定し、リフィアの事は信じてない、と言った事だろう。というか、それ以外考えられない。
「そりゃ言うよ⁉︎まったく、シノちゃんはアタシのなのに・・・」
「それは違いますよ絶対」
鋭くツッコミを入れるミナに、なんでよ~、とリフィアは抱きついて泣いたフリをする。嘆息しながらリフィアを引き剥がすと、リフィアはめちゃくちゃ頬を膨らませていた。
「・・・ミナちゃんだってメルちゃんにユーガくんを取られそうになって焦ってたくせに」
完全に言葉に詰まったミナに、リフィアはにやにやとした笑みを浮かべながら肩を組む。
「いいのかな~、愛しのユーガくんが取られちゃっても~」
「・・・リフィアさん、そういうところだと思いますよ」
「ひどっ・・・‼︎」
「・・・ほら、早く行きますよ」
軽くリフィアをあしらって、ミナは先にフォルトの町を歩いていく。その背中に頬を膨らませながら、リフィアは不意に真面目な顔になって顎に手を当てる。
「・・・それに、『藍紫眼』・・・の事も気になるし・・・」
リフィアはそう呟いて、ポケットから一つの元素機械フィアブロストを取り出した。それは、以前彼女の妹ーレイと別れる際に互いに持たせあった、携帯電話だ。レイの番号を押して、耳にそれを当てる。しばらくコール音が鳴ると繋がった音がして、はい、と怪訝そうな声が聞こえてくる。
「あ、レイちゃん~‼︎元気⁉︎」
『・・・相変わらずうるさいね』
「・・・なんかアタシすごいいじめられてない?」
『・・・それで、何の用が?』
そういうレイの声を聞きながら、リフィアは以前よりもレイの感情が戻ってきているように感じる。レイは何も答えないリフィアに、ちょっと、と咎めるような声で再度尋ねてくる。
『・・・用がないなら切る』
「あ~待って待って‼︎レイちゃんってさ、前にアタシが渡したノートってまだ持ってる?」
『・・・一応。それが?』
「その中にさ、固有能力スキルー『藍紫眼』の事について書いてなかったっけ?」
『・・・確認する。待ってて』
「おっけ~」
五分ほど待っただろうか、レイの声が再度電話口から聞こえ始め、リフィアは黙ってそれを聞いた。
『・・・それだけ。後はない』
「・・・そっか」
『・・・『藍紫眼』の人と会ったの?』
「え?まぁね~」
『・・・そう』
「・・・安心して、レイ。あなたのことはちゃんと守るから」
『・・・別に頼んでない』
「まぁまぁ、頼れるお姉ちゃんに任せときなさいよ‼︎」
リフィアがそう言うと、電話口の向こうからあからさまに嘆息され、再度反論しようと口を開きー。
『・・・なら、ちゃんと守ってよ』
「!」
『・・・守るんでしょ。私の事』
「・・・ふっふっふ、アタシに任せなさいよ‼︎」
『・・・私にも用があるから。切るよ』
「は~い、またね~」
電話を切り、ふぅ、とリフィアは一息つく。まさかあんな言葉が来ると思っておらず、ちょっと涙腺がまずい。
「頼れるお姉ちゃん、か・・・がんばろ、アタシも」
リフィアは携帯電話をポケットにしまい、一軒の民家から出てきたーおそらく聞き込みを始めているミナに手を振られ、リフィアは小さく手を振り返して、少し伸びをする。
「・・・さて、やりますか」
ぽつりと呟いたその声は、風に流されて消えー誰の耳にも届かずとも、確かに存在した。

~ユーガサイド~

「・・・わかりました、ありがとうございます」
道端にいた男性に聞き込みをしていたユーガは、そうお礼を言って男性に背中を向ける。すると、ちょうど彼もートビも聞き込みを終えており、嘆息しながらユーガの方へ視線を向けた。
「・・・どうだ」
「特には知らないってさ・・・トビは?」
「こっちもだ」
「そうか・・・皆も何もなさそうだしな・・・」
今のところ何も反応のない『無線機トランシーバー』を見つめて呟くと、トビも同意したように頷く。
「・・・目撃情報がパチモンだったって説も十分あり得るけどな」
「・・・うーん、もうちょっと聞き込みしてみたら、皆にどうか聞いてみるか?」
「・・・任せる」
「わかった」
トビが広げた地図ーフォルトの町の全体地図を後ろから覗き込んで、まだ訪れていないところを探す。こことかどうかな、とユーガが指を差すと、いや、とトビは首を振ってユーガに呆れたような視線を向けてくる。
「そっちはルインが行った方向だろ・・・」
「あれ、そうだっけ?」
「方向音痴かお前は」
軽く悪口を叩くトビに、はは、と誤魔化すように笑うとトビに頭をはたかれる。しかもわりと痛い。普通五割くらいの力で叩かない?なんか八割くらいの力で叩いてくるんだけど?
「・・・行くとすればここだな」
トビが指を差したのは、フォルトの町の南西部分。ユーガ達が今いるのが北西部分なので、歩けば大体十分ほどだろうか。確かに、そこはまだ行っていない場所だ。ユーガは頷いて、よし、とトビに視線を向ける。
「行こうぜ、トビ」
「あぁ」
座っていたトビは立ち上がりながらそう言う。ユーガとトビは地図を見ながら、南西部分へ向かおうとしーユーガが『気付いた』。
「・・・トビ!」
「あ?」
「あれ・・・‼︎」
ユーガの指の先には、『彼』がー四大幻将の一人、ロームがいて、彼は裏路地へと歩いて行く。それを見ながら、ユーガとトビは視線を交わしー。
「・・・当たり」
「・・・当たり」
声を揃えて、そう呟く。ユーガが急いで無線機トランシーバーの電源を入れ、仲間達に伝達する。仲間達が驚きの声をあげ、全員にその報告が伝わるーと、トビも同様に電源を入れて、口を開いた。
「ルイン。ロームは裏路地に入っていった」
『裏路地に、ですか・・・』
「あぁ。このままだと最悪見逃す。どうする」
『・・・今、南西付近にいるのは・・・』
ルインが確認のためにそう呟くと、誰も返事をしない。恐らく、この近くには仲間が誰もいない状況だ。ーと、ユーガはトランシーバーに向かって、にっと笑みを浮かべる。
「大丈夫、トビと一緒だし‼︎なんとかこっちは食い止めるから、皆はできるだけ急いでくれ‼︎」
『・・・わかりました。ユーガ、トビはロームの追跡、私達は至急そちらに向かいます』
各々が了承の返事をし、ユーガとトビは無線機トランシーバーをしまい、ロームの入っていった路地裏へと向かう。最悪、角で待っている、なんて事もあり得なくもない。慎重に、一歩ずつ向かいー路地裏へ、視線を向けるとー。
「・・・え?」
「・・・これは・・・」
「・・・行き止まり・・・⁉︎」

『行き止まり⁉︎』
再度無線機トランシーバーで報告をすると、ネロが驚いたような声をあげる。ユーガとトビは一瞬耳を塞ぎ、耳から手を離してトランシーバーに口を近づける。
「・・・うん、完全に行き止まりだ」
『・・・見間違え、とかではないですよね?』
メルが怪訝そうに尋ねてきてユーガは、うん、と頷いてトビに視線を向ける。
「俺とトビの二人で見てたから、間違いないよ」
「・・・ちょっと待て」
と、路地裏の行き止まりを調べていたトビが話を遮るように口を開き、無線機トランシーバーの電源を入れて口を開く。ユーガはトビに近づきながら、どうした?と尋ねる。
「・・・微かだが、ここから異質な元素フィーアを感じる。・・・なにかあるな」
『・・・もしや・・・』
無線機トランシーバーからルインのそんな声が聞こえてきて、ユーガはルインに向かって尋ねる。
「何か知ってるのか?」
『・・・ええ・・・トビ、聞こえてますか?』
「あぁ」
『異質な元素フィーア・・・もしや、円状になってませんか?』
ルインの問いかけに、トビは確認するように地面に残った元素フィーアを追いかけ、その指は確かに円状に動いていく。トビがそれを報告すると、ルインはやはり、といった口調で、考え込む声が聞こえてくる。
『・・・そこ、もしかしたら・・・私達には動かせない転送魔法陣があるのかもしれませんね・・・』
「転送魔法陣か・・・」
ユーガがそう言いながら行き止まりに足を踏み入れたーその刹那。足元が光り始め、ユーガとトビの体が光に包まれ始める。ユーガが驚愕していると、トビも焦りを見せた声で無線機トランシーバーに早口で説明をする。
「転送魔法陣が起動した・・・しかも、一度入ったら魔法陣の外に出れねえ」
『な・・・』
「こっちは俺達でなんとかする‼︎皆はフォルトをー‼︎」
そこまで言い切り、ユーガとトビは光の中に包まれる。あまりの眩さに顔を覆い、光が収まっていく感覚を感じながらゆっくり目を開くとー。そこはフォルトの町とは打って変わり、禍々しさすら感じる空間に、ユーガ達は転送されていた。辺りを見渡しても、紫色の空間がただ広がるだけ。そして、二人の真正面にはー。ただ一つの、鏡があった。
恐る恐るその空間に足を踏み出すと、しっかり足場はある。トビも同様に足を踏み出すと、目の前に道が見えー、それは、先ほどのただ一つの鏡に向かって伸びていく。その鏡が意思を持ち、自分達を誘っているかのように。ユーガとトビは顔を見合わせて頷き、鏡に一歩一歩近付いていく。鏡の目の前まで来ると、かなり大きい鏡であることがわかる。
「・・・すげぇ・・・」
ユーガがそう呟くと、トビが鏡の正面に立って、鏡を真正面から見据える。ユーガもトビの隣に立って鏡の中をまじまじと覗き込むと、次第に紫色しか写していなかった鏡の中に自分達の顔が写り込む。ーと。ユーガからは、自分自身のー鏡に写ったユーガの顔が。トビからは、鏡に写ったトビの顔が不気味に笑みを浮かべたーその瞬間。彼等はそれぞれの鏡の中の自分に腕を掴まれて、完全に不意をつかれた二人はー。
「うわっ⁉︎」
「な・・・⁉︎」
抵抗しようにも力が強くて抜け出せずー、ゆっくりと、確かに鏡の中の世界へと、引き摺り込まれた。

~ユーガサイド~
「いてて・・・ここは・・・?」
鏡の中に引き摺り込まれたユーガは、鏡の中の空間に入った瞬間に引き摺り込まれる力がなくなり、地面に落とされた。慌てて周囲を警戒すると、入ってきたはずの鏡は消え、隣にいたはずのトビの姿もない。どうやら、完全に分断されたらしい。ーと。
「!」
ユーガの目の前に元素フィーアが渦巻きー次第にその元素フィーアの渦は、人の形へと変化する。ユーガは剣に手をかけながら、警戒を解かない。次第にその渦が収まるとーユーガは、眼を見張って剣を握る力を弱めた。そこにいたのはー。
「・・・スウォー・・・?いや、俺・・・⁉︎」
そこにいたのは、彼のーユーガの模造品クローンであるスウォーでもなく、紛れもないユーガ本人。しかし、剣を握る手が逆だったりといった、『鏡に写した自分』が具現化したような姿をしている。それに、彼にはー偽ユーガには、色がない。全身が灰色で、例えるならば塗装前のプラモデルのような、そんな感じだ。
「・・・・・・」
偽ユーガは、何も言わない。ただぼうっと手をグーパーしたり、ぴょんぴょんと跳ねたりしてーまるで、新しい体に慣れようとしてるようにも思えた。
「・・・お前は」
「お前は」
ユーガがそう、声をかけようとするとー偽ユーガは、ユーガに向けて視線と声を向ける。ーその眼の色は、紛れもない、緋色。声も、ユーガと全く同じだ。言うなれば、スウォーに近い声。ユーガはぞくりと鳥肌が立つのを感じて、ユーガは再度剣に手をかける。
「俺だ。そして、俺はお前だ」
「・・・!」
「・・・おい。世界を救う旅なんて止めようぜ。世界が滅ぶならそれでいい。そして、ただ憎しみのままにあいつを・・・トビを殺せ」
「・・・!何言って・・・!」
「お前は怖いんだろう」
「・・・っ!」
「世界を滅ぼす力を持つ人間としての恐怖。そして、トビに・・・相棒に認められていないのではないかという恐怖が、あるんだろう?」
「・・・俺は・・・!」
ユーガがそう言いかけると、偽ユーガは手をユーガに向けて伸ばす。すると、その手の先から炎がーユーガの中にいるはずの、イフリートの力を感じる焔が巻き起こり、ユーガは咄嗟に守りを固めたがーそれは遅く、ユーガは焔に巻かれながら背後へと吹き飛ぶ。
「づっ・・・!」
ユーガが痛みに顔を顰めながら顔を起こすと、偽ユーガは左手に剣を持った状態で一歩一歩、ユーガに近付いてくる。そして、剣の先をユーガの顎の下に入れ、剣の先を持ち上げて顔を無理矢理上げさせる。
「あの鏡は『表裏の鏡』。お前すら知らない心の中を写し出し、幻影を写す」
「・・・『表裏の鏡』・・・?」
偽ユーガは、自分とは同じ顔、同じ声とは思えないほどーその瞳に生気も、何もない。彼の中は、今は『空』なのだ。
「・・・認めろよ。お前は怖いんだろ?自分が誰かを殺す事が・・・仲間に認められない事が」
「・・・あぁ、そうさ・・・」
「!」
「・・・怖いよ。誰かを殺す事も、皆から認められない事も、・・・世界を救うために戦う事も」
「認めたな?」
「・・・認めるよ。俺は一人じゃ何もできない。だから、きっとお前が生まれた・・・そうなんだろう」
「・・・フッ・・・ハハハハハ‼︎それは自分の心に負けた事だな⁉︎お前の本当の魂は、俺に負けたんだ‼︎これから体は、俺が扱う‼︎」
偽ユーガの体が白い光に包まれ始める。それに伴って、ユーガの意識は薄れる、と同時にー。
「・・・っ、でも・・・」
それを振り払うように、ユーガはゆっくりと、震える腕を押さえながら立ち上がって手を振り払う。偽ユーガを拒むように、彼を拒絶するために。確かに、怖い。でもそれを支えてくれたのは、紛れもない仲間達ー。
「・・・俺には・・・仲間がいる‼︎」
(・・・体を乗っ取れなかった・・・?・・・そうか、イフリートがあいつの意思に賛同して、俺が入る事を拒んでいるのか)
偽ユーガは冷静に分析しー異変に気付く。ユーガの纏う緋色の輝きが、これまでよりも一層強くなっている。間違いないーこれは。
「・・・か・・・『覚醒』・・・‼︎」
「・・・お前・・・さっき言ってたよな。・・・俺の本当の魂が、お前に負けたって」
「・・・!」
「・・・お前は知ってるんだ。・・・俺の本当の・・・表の魂は『俺』で、裏は『お前』って」
ユーガは胸元を強く握り締めてー、焔を引き抜いた剣に纏わせる。さっきの彼の意見は、全て正しい。怖くてたまらない事なんて、山ほどある。ーしかし、それを助けてくれたのが仲間達なのだ。一人なら潰れてしまう事も、彼等と共にいるなら大丈夫。心の底から、そう思える。
「・・・お前は知ってるんだ。仲間が・・・トビが、ネロが、ルインが、ミナが、シノが、リフィアが、メルが・・・俺にとって、どんな存在なのか」
「ちが・・・」
「・・・ありがとう」

ユーガはそう呟いて、剣を偽ユーガの腹に突き刺す。偽ユーガの顔が歪んでユーガを引き剥がそうとしーユーガは、彼をゆっくりと抱きしめた。
「・・・は・・・?」
「・・・俺を強くしてくれて・・・お前が、俺でいてくれて、ありがとう」
「・・・っ!」
ーいつだって、俺は『裏』の存在だった。こいつユーガが正しい道を歩くのをー仲間達と共に、くだらない正論を叩くこいつが嫌いだった。どこまでもまっすぐで、この俺にも情けをかけるー『俺自身』が大嫌いだったのだ。
「・・・多分、これは四大幻将が仕掛けた罠なんだと思う。でも、俺はお前に会えてよかった」
「・・・ハッ」
ユーガが彼の腹から剣を引き抜いて、ゆっくりと離れる。ーすると、偽ユーガはーユーガ自身は、手を広げて眼を閉じる。
「・・・なら、わかってるだろ。・・・ちゃんと『覚醒』した力でやれよ」
「・・・うん。・・・烈牙・・・墜斬翔っ‼︎」
『覚醒』したユーガの剣からは、これまでにないほどの焔が立ち上がりーその剣先は、確実に『彼』の体を捉えている。そこから立ち上がった焔によって、『彼』は眩い光となって消えーその光は、ユーガの中に確かに入ってくる。
(・・・もし『心』に負けたら・・・体はもらうからな)
そんな『彼』の声が聞こえた気がして、ユーガは胸に手を当てて小さく頷いて、口を開く。確実に『彼』に聞こえるように、しっかりと。
「・・・大丈夫。皆もいるし・・・お前もいるだろ」
(・・・誰に話しかけておるのだ)
と、ユーガの中にいるイフリートがそう尋ねてきて、ユーガは首を振ってそれを誤魔化した。イフリートが、そうか、と呟くのと同時にーユーガの体は光に包まれ、温かい感覚に包まれていくのを感じながら、ユーガは息を吐きながら眼を閉じた。

~トビサイド~
ユーガが偽ユーガに鏡の中に引き込まれた時間と同刻。トビは鏡の中の世界を見渡し、冷静に状況を分析する。
(・・・ユーガは・・・いない。分離されたか。シャドウはいるのか)
(御意)
自分の中に闇の精霊、シャドウがいる事を確認して、トビは意識を再度鏡の世界へと戻す。なるほど、中々に不気味な空間だ。そして、恐らく先ほどの鏡はー。
「・・・『表裏の鏡』か、やられたな」
「・・・知ってるんだな。まぁ当然か」
トビがそう言い切ると、上空からー闇の中からそんな声が聞こえてきて、やはりな、といつでも戦闘に入れるように足を開いて、戦闘の構えを取る。ーと、上空からー蒼い輝きと共に人が降ってきて、綺麗に着地する。その姿は、トビの予想通りー。
「・・・よぉ」
「・・・驚かないんだな、まぁ知ってるから当然か」
『彼』ー偽トビは、ポケットに手を突っ込んだまま感心したようにそう告げる。だが、と偽トビはポケットから両手を出して、その右手をトビに向ける。
「その全て能力までは知らんだろ。知ってんのは名前と、ある程度の能力だけ・・・だろ」
「・・・・・・」
「お前、あいつが怖いんだろ」
「・・・あ?」
「・・・俺達の仇・・・ユーガ・サンエットの事だよ。いつかは自分よりも強くなるんじゃないか。そしていつかまた、一人に戻るのが怖いんだろう?」
「・・・・・・」
「なら・・・今のうちにあいつを殺そう。抜かれるよりも前に、あいつも、その仲間も皆殺しだ。そうすりゃ、お前も幸せになれる。今の面倒な状況も・・・」
「・・・おい」
話を区切って声をかけたトビに、偽トビは怪訝そうな表情で顔を向ける。
「あ?」
「・・・幸せ、ね。・・・そりゃ滑稽だな。・・・お前、本当に俺かよ」
「んだと?」
「・・・抜かれる?あいつらを殺せば俺が幸せになれる?くだらねぇ」
トビは双銃を引き抜いて、偽トビに向ける。その瞳には、蒼い輝きを纏わせてー。本当にくだらない事を抜かす『あの野郎』を、拒むために。
「・・・お前にはわからないだろうな。『幸せ』の本当の意味が」
「・・・なんだと」
「俺は俺が正しいと思った道を行く。お前が俺だとか関係ねぇ。ユーガが正しいとか、そんなんは知らん。ただ今は、あの馬鹿のいる道が正しいと思ってる、それだけだ」
「・・・お前がんなに腑抜けてるとは思わなかったぜ」
偽トビも同様に、トビと同じ銃を向けてくる。トビが小さく息を吐くと、偽トビはトビの頭目掛けて発砲しートビはそれを屈みながら走る事で避け、走りながら魔法の詠唱を始める。
「効くかはわからんけど・・・闇の力よ、収縮せよ」
トビの魔法の詠唱と共に、トビの足元に魔法陣が浮かび上がる。それに合わせて、偽トビは詠唱を中断するべくさらに発砲し、トビの髪を弾が掠め、髪が跳ねたように動く。偽トビは舌打ちをして、今度は魔法の詠唱を始める。
「力よ・・・」
ーが、もう遅い。
「シャドウレッグ」
トビの魔法が偽トビの体に命中しーわずかに怯んだその体にダメ押しとして、偽トビの腹部に回し蹴りを入れる。我ながら、かなりいいのが入った。しっかり着地し、さらに追い打ちをかけようとしてー。
「爆散せよ、穿て・・・」
「!」
「フォースブラスト」
今度はトビの腹部に鋭い痛みと共に激しい衝撃が来て、トビは舌打ちしながら背後へと吹き飛んだ。その状況でも、何が起こったのか、冷静に判断は怠らない。
(・・・くそっ、シャドウレッグとあの蹴りじゃさっきの詠唱を中断できてなかったのか・・・)
「・・・おいおい・・・全力じゃねぇよな、それ」
偽トビが煙の中からこちらへ向かってくるのが見え、その体には蒼い輝きを纏わせる。恐らく、彼も自分であるためー固有能力スキル、『蒼眼』を解放したのだろう。
「・・・当たり前だろ、馬鹿言うなよ・・・」
トビは体を起こしながらそう呟いてーハッ、と気付く。足が宙に浮き始めてーいや、足だけでなく、体全体が宙に浮き始めている。ーこれはー。
「『蒼眼』・・・」
トビがそう呟くと、トビの体が完全に浮き上がって偽トビの方へと吸い寄せられる。そう、『蒼眼』の能力は、指定した元素フィーアの吸い寄せることができるのだ。恐らく、彼は無理やりトビの元素フィーアを吸い寄せたのだと予想する。
「闇の力よ収縮せよ・・・!」
偽トビは、吸い寄せられるタイミングを計算して魔法が発動した瞬間に、魔法ーシャドウレッグをトビにぶつける気だろう。ダメージを喰らっている現状ーしかも、恐らく偽トビも精霊シャドウによって闇の魔法の威力は倍増している。あれをまともに喰らえば、流石にひとたまりもない。
(・・・生半可な攻撃は通らん、魔法の詠唱中断も難しい・・・どうする)
どうにかして、この吸い込みを阻止するか、魔法の詠唱を中断しなければーそうでなければ、恐らく自分は負けるだろう。ーと、不意に吸い込みが弱まり、トビは地面に手をつく事ができた。ーが、手を離せば再び吸い込まれるだろう。トビが顔を上げると、偽トビは余裕の笑みを浮かべながら、吸い込む音の中でもよく通る声でトビに声をかける。
「・・・お前がここでさっきの言葉を認め、ユーガも・・・その仲間も皆殺しにするなら、お前は殺さないでやるが?」
「・・・あんだと?」
「お前は決めるんだよ。皆殺しにするか、しないか。今はそれだけを答えりゃいい。方法はいくらでもあるんだからな」
ームカつく野郎だ、とトビは舌を打ち、ゆっくりと息を吐く。
「さぁ、どうする?このままー」
「お前さ」
偽トビの言葉を遮って、トビは顔を上げる。その瞳は瞑ったまま、さらに言葉を継ぐ。ーその心には、『彼等』をー『彼』を思い出しながら。
「・・・皆殺し皆殺しってうるっせぇんだよ」
「・・・あ?」
「皆殺しだと?・・・俺がそんな・・・これまで旅をした、あの馬鹿どもを殺すと思ってんのか」
「・・・それは、皆殺しにはしないということか」
「ああ。当たり前だろうが」
「・・・へぇ、ならお前はここで死ぬしか・・・」
「鏡の中に吸い込まれたのは俺だけじゃねぇ。あの馬鹿も吸い込まれた筈だ。・・・という事は、あの馬鹿も自分自身とり合ってんだろ」
トビは、ゆっくりと瞳を開く。髪の隙間から普段見えずに隠れた右眼も、決意に満ちた瞳が開いていく。
「・・・信じてやるよ。・・・お前の言葉をじゃなく、俺を信じたあいつらを」
「・・・まさか」
「・・・あいつは・・・ユーガは負けねぇ。弱い自分にも負けずに、共に旅を続ける。・・・だからこそ」
「これはっ・・・」
「・・・その『相棒』が負けるわけには・・・いかねぇんだよ」
その瞳が、いつも以上に蒼の輝きを増す。その光と溢れ出る力は、まさかー。
「『覚醒』・・・⁉︎くっ・・・‼︎」
偽トビは、弱めていた吸い込む力をさらに強くする。しかし、それでもトビは吸い込まれる事はなく、ただその吹き荒れる風の中に立ち続ける。
(・・・お前の焔・・・使うぞ、ユーガ)
ーそして、右手を上に向けてー。
「・・・行け。焔の槍よ」
その魔法によって浮かび上がった焔を纏った槍を、強く握りしめる。その焔が、トビの意思に呼応するようにさらに激しく燃え上がって、トビの顔を明るく照らす。
「シャドウレッグ!」
「・・・フレア・・・ランス」
トビは大きく振りかぶってその魔法の槍を吸い込まれる風の中に力強く投げ、その槍は一直線にー偽トビが発動したシャドウレッグごと貫いていく。焔を纏った、その決意の槍は迷いなく偽トビの胸へと向かいー。鈍い音と共に、その胸へと突き刺さった。
「・・・っ・・・!馬鹿な・・・⁉︎」
「・・・幸せは、お前に決めてもらうもんじゃねぇよ」
痛みに悶えて膝をついた偽トビの頭に、躊躇なく銃を突きつけ、トビはそう呟く。
(・・・くっ)
ーわかっていた。本物の魂のこいつトビが、何を求めているかなど。本当は復讐など、求めていない事くらい、わかっていたのだ。ーそれでも、なんの躊躇いもなくケインシルヴァの人間と共にいる事が、どうしても許せなかった。自分の魂が、それを拒んでいたのだ。だから、皆殺しを望んだ。
「・・・何か・・・言い残す事はあるか」
「・・・お前・・・」
偽トビはー『彼』は、トビに指を差して鋭い視線を向けた。だが、その瞳は先ほどのような殺意はなく、どこか呆れるように、ただ認めるような視線を向ける。
「・・・いいか。この先・・・お前が死んだら、お前の体でお前の仲間を殺す」
「・・・そいつはできないな。俺は死なねぇ」
「・・・聞け。・・・いいか、死んだら殺すぞ」
「・・・まぁ・・・心には留めといてやるよ」
トビは呆れるようにそう呟いて、銃の引き金を引く。乾いた音が周囲に響き渡り、『彼』の体が元素フィーアに返っていく。トビはその元素フィーアが体の中に入ってくる感覚を抱きながら、先ほど銃から飛び出た薬莢を拾い上げる。
「・・・留めとくだけだがな」
薬莢を『彼』が消滅した場所へと立てて置き、それが彼の墓標と言うかのようにトビはそれに背中を向ける。ーと同時に、トビの体が光に包まれ始めて、やれやれ、と呆れたように首を振って、その感覚に身を任せた。

~ネロサイド~
「・・・あいつら、無事かなぁ・・・」
ネロ達は別グループで行動していたミナグループ、シノグループと合流し、ユーガ達との通信が途絶えたフォルトの裏路地へと集合していた。裏路地にはユーガとトビの報告通り何もなかったが、ネロ達は二人が帰って来ることを信じて、ただその場で待ち続けていたのだった。
「・・・大丈夫、きっと帰ってきますよ」
ミナが不安そうに、落ち着かない様子で裏路地の方をチラチラと見ているのを、メルが隣に座って慰めていた。ルインは魔法陣を再度発動できないか何度も試している様子だったが、やはりそう上手くいくものではない。
「・・・やっぱり罠だったんだね~、きっとユーガくん達が見たロームって、きっと前トビくんとシノちゃんが見たみたいに幻覚・・・幻だったんじゃない?」
「そう考えるのが一般的」
リフィアの言葉にシノは頷いてそう答え、だよねぇ、とリフィアは頭を掻く。ーそれでも、必ず帰って来ると信じている。誰もが、ユーガとトビの事を待っている。
「・・・ん?」
ーと、ルインが何かに気付いたような声をあげる。全員の視線がルインへと向かい、ルインが座っている場所に集まって、どうした、と口々に尋ねる。
「・・・元素フィーアが・・・発散されていきます」
「え?それって・・・?」
ネロが尋ねようとしたその時、彼等の足元から眩い光が溢れ出していき、次第にその光はどんどん強くなっていく。その光に彼等が包まれると同時にー。
「うわぁぁぁぁ⁉︎」
よく聞き慣れた悲鳴が響いてきて、わずかな振動と共にその悲鳴が消える。光が次第に収まり、ネロ達が目を開くと、そこにはー。
「ユーガ、トビ⁉︎無事だったか‼︎」
地面に倒れているユーガとトビがそこには確かにいて、ネロが喜びの声をあげる。その声に目が覚めるように、ユーガ達は体を起こして首を振り、頭を覚醒させる。
「ここは・・・?」
「・・・戻ってきたのか・・・」
ユーガとトビがそう呟くと、不意にユーガにミナが正面から抱きついて、ユーガは一気に顔を真っ赤にさせる。そういえばこいつ、女性苦手でしたね。最近まで忘れゲフンゲフン。
「え、あの、ちょ、ミナ⁉︎」
「・・・心配しました・・・」
「・・・!・・・うん、ごめん」
その光景を眺めながら、いやぁ、とネロとリフィアが茶化すように声をあげる。
「いやぁお熱いですねぇ」
「ホント、俺達は用無しかなぁ」
「お二人とも、茶化すのはよくありませんよ」
メルが咎めるようにそう注意すると、へーい、とネロとリフィアは口を揃えて返事を返した。ーと、ユーガとトビの姿を眺めながらルインが、おや、と驚いたような声で口を開いた。
「・・・これは、まさか・・・」
「ん?ルイン、どうした?」
ミナを一旦体から離してユーガがルインへと視線を送ると、ルインはユーガの『緋眼』とトビの『蒼眼』をまじまじと見つめて、なるほど、と納得したように頷いた。
「・・・あなた方の固有能力スキルー『覚醒』したのですね」
「『覚醒』⁉︎」
リフィアが驚いたようにユーガとトビを交互に見ると、ユーガとトビもまた驚いたように互いを見合って、口を開いた。
「え、トビも・・・?」
「お前も・・・『覚醒』してたのかよ」
「経緯をお伺いしたいところですが、お二人共とても疲労していますし・・・一旦ここは、宿で休憩にしましょう。構いませんか?お二人共」
ルインの言葉にユーガとトビは頷いて、ネロがユーガを、ルインがトビを支えて歩かせる。その光景の歩いていく仲間の背中を見つめながら、シノは考え込むように顎に手を当てた。
「・・・『覚醒』の兆候についても、いずれは調査を進めてみましょうか」
ぽつりとそう呟いて、シノは嘆息してポケットに手を入れた。今ここでそれを考えても、恐らく結論は出ない。ひとまずはーその調査については保留ということにしておこう。

「自分と戦った、ですか・・・なんとも不思議なお話ですね・・・」
怪我の治療を受けながら話したユーガとトビの話を、ミナは半信半疑、といった様子でそう呟いた。まぁ、当然といえば当然だろう。『自分自身』と戦うなど、あまりにも非現実的すぎる。
「でも、ユーガ君とトビさんはそれを乗り越えた事で、固有能力スキルが『覚醒』した・・・んですよね」
メルの言葉にルインが頷いて、メルの言葉にさらに言葉を継ぐ。
「『自分』という敵を倒し、弱い自分を認め、打ち勝てたからこその力という事でしょうか・・・」
「・・・にしても、ユーガ」
「ん?」
「『覚醒』の影響かはわかんねぇけど・・・なんかお前、雰囲気変わった?」
ネロからそう尋ねられてユーガは、そうかな、と頭を掻いて自分の両手を見たり、全身を見たりしてみている。トビはそれを横眼で見ながら、小さく嘆息した。
「まぁ・・・強くはなってんじゃねぇの?知らねぇけど」
「お前は相変わらずだな・・・」
ネロが呆れたように言うと、ユーガは微笑みながらトビの肩を組んで、まぁ、と口を開いた。
「そうやって俺達を助けてくれるのがトビのいいとこだし、いいんじゃないかな?」
「ごめんやっぱりさっきの雰囲気変わったって話はなし」
「えぇ・・・」
ネロがユーガの言葉を聞いて、即座に先ほどの言葉を撤回する。それを聞いて、仲間達の中に笑いが溢れ、トビとシノ以外の仲間が笑みを浮かべた。ひとしきり笑ってリフィアが、さて、と窓の外に浮かんでいる夕陽を見つめて、大きな伸びをした。
「アタシはもう少し聞き込みしてくるけど・・・皆はどうする?休んでる?」
「んじゃ」とネロも椅子から立ち上がり、剣を腰に括り付けて口を開く。「俺も行くよ」
「では私も」とルインも。
「私は」とミナは椅子に座りながら、怪我をしているユーガの腕に包帯を巻きながら口を開いた。「ここでお二人を見てますね」
「では私も残りますね」
とメルがミナに笑顔を向けながらそう言うと、ミナがなんとなく驚いたような視線をメルに向けるがすぐに視線をユーガとトビに戻して、再度包帯を巻き始める。そんなメルに賛同するように、シノも同様に頷いた。
「私もここに」
ルインは仲間達のそれぞれの行動を確認して頷き、ユーガとトビに視線を向けた。
「お二人はちゃんと休んでいてくださいね、勝利したとはいえ、自分自身と戦っているんですから」
「わかった、そうするよ」
「・・・ちゃんと調べとけよ」
こんな時でも毒を吐くトビに苦笑しながら、ルインは頷いて仲間達と共に扉を開けて外へと歩いていく。その背中を見送って、メルは椅子から立ち上がってシノの隣へと座る。
「ねぇねぇシノ、好きな食べ物とかないの?」
「・・・質問の意図が不明です」
メルがシノを呼び捨てしているのに驚いて、ユーガがトビとミナに視線を送ると、ミナはユーガと同様に驚き、トビは鼻を鳴らしてメルへと視線を向けた。
「メル、シノのこと呼び捨てにしてるのか?」
ユーガがそう尋ねると、メルは頷いてシノの頭に手を置いて、撫でるような動作をする。シノはそれを拒まず、ユーガ達をますます驚かせる。
「シノがいいって言ってくれたんです、いいでしょ?」
「え、シノが?」
まさか、シノからそんな話をするとは。流石のトビも、これには驚いて眼を見張る。でも、とユーガは驚いた表情から一転して、シノに笑顔を向けた。
「俺もあんまりシノの好きな食べ物とか知らないし、俺も聞きたいな」
「私も興味あります」
ユーガとミナはそう言ってトビに視線を向けるとトビは、なんだよ、と不機嫌そうに太ももに肘をついて切れ長な瞳でユーガに視線を向ける。
「トビは気にならねぇ?」
「知らん。勝手に話してろ」
トビはそう言ってベッドに横になって背中を向けたが、おそらく眠るわけではないだろう。先ほどのあの表情からして、聞くだけ聞いてはいると思うし。
「じゃあ、リズムよく好きなものをどんどん言ってくゲームな‼︎」
ユーガがそういうと同時にそれぞれが手を叩いて、ユーガがまず最初に口を開く。
「カレー‼︎」
「定番すぎだろ」
思わずトビは小声でそうツッコんでしまったが、それはユーガ達の耳には届いていないようだ。リズムよくそれぞれが好物を言っていく中で、中々面白い回答なども聞こえてくる。トビは嘆息して、口に小さく笑みを浮かべて、誰にも聞こえないような声でー。

「・・・ホンット、うるせぇ奴等」
そう、呟いた。
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