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絆の未来編
第二話 藍紫眼
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ー昔、誰かの話で聞いた事がある。固有能力にはー『覚醒』があり、その力を最大限引き出す事ができるが、溢れ出る元素を抑えきれずに理性を保てなくなる現象ー『暴走』を。ーこの二ヶ月間の調査の中で、分かった事がある。それは、自分の両親は魔物に襲撃されて殺害されたのではなく、父親の固有能力の暴走で亡くなったこと。それを、まずは彼らに伝えなければならない。大切な、仲間達に。
「『暴走』・・・⁉︎」
パチ、とキャンプの火が爆ぜる音と共にユーガがそう驚き、あち、と小さく呟いた。ええ、と頷いた彼ールインは、仲間を一瞥して小さく息を吐き、再び口を開いた。
「この中で能力が『覚醒』しているのは私とシノと・・・ユーガ、あなたがフェルトラでフルーヴに見せた力も、まぁ『覚醒』の兆しと見ていいと思いますが・・・とにかく、三人だけです。・・・いいですか、今後自分の中の元素が抑えきれなくなったらすぐ私に報告してください」
「・・・『暴走』の起こる条件は?」
トビが冷淡にそう尋ね、ルインへ視線を向ける。しかし、ルインはゆっくり首を振って視線を落とした。きっとそれは、わからない、という事だ。『暴走』が発生する条件もわからないならば、対策のしようもない。ただ、とルインは付け加えて再び仲間達へ視線を向ける。
「これまでユーガや私やシノに『暴走』が発生しなかったのは、まだ『覚醒』した力を最大限引き出せていなかったからです。つまり、力を最大限引き出せるようになった場合・・・」
「・・・『暴走』が起こる可能性がある、と」
シノの言葉にルインは頷き、今度はトビ、ネロ、ミナ、リフィアへ視線を向ける。
「皆さんもお気をつけて。固有能力の『覚醒』が発生するタイミングもまだわかりませんから・・・。ですが、一度暴走する事があっても二度は引き起こさせませんよ」
自信満々にそう言ったルインにユーガは首を傾げて、どういう事だ?と尋ねる。
「一度『暴走』を引き起こした場合・・・その元素の流れを読み取り、原因とその対策案を考えます」
「それで、もう一度『暴走』を引き起こさせない・・・薬とかの研究物を開発する、って事か?」
ご名答です、とルインはユーガに向かって頷いた。これでも『天才魔導士』の端くれだ。できる事なら一回目で防ぎたいところだが、今は情報がなさすぎる。研究のしようがない。ーと、思考を巡らせていたところにユーガの、なぁ、という言葉が投げかけられ、ルインは意識を仲間達へ戻す。
「・・・ルインの両親、それで亡くなったんだよな?」
「・・・‼︎」
ユーガの言葉に、ルインだけでなく仲間達全員が目を見張る。気付いていたのか?いや、これは秘密事項の筈だし、誰にも口外はしていない。
「・・・ごめん、ルインを迎えに行った時にちらって見えちゃったんだ、そう書いてある資料」
ユーガのその言葉に、ルインはハッとした。そういえば確かに、その資料は机の上に置きっぱなしにしていたかもしれない。あの時、本棚に本を取りに行っていたので資料を隠すのを抜かっていた。それに、ユーガのー彼の固有能力によって得た、超人的な視力。話がユーガに対して向けられていなかった時、確かにユーガはルインの方へ視線を向けていたのではなくー机へと視線を向けていたかもしれない。諦めたように息を吐くと、ユーガは頬を掻いて申し訳なさそうな表情でルインから顔を逸らした。
「・・・勝手に見ちゃってごめん、辛い過去なこともわかってるつもりだし、掘り返すつもりもなかったんだけど・・・」
ユーガはそこで一旦言葉を切り、僅かに息を吐いてからルインをまっすぐ見つめた。
「でも、きっとルインはその時何もできなかったことを悔いてるんだろ?だから、改めて俺達に話をして、危険を知らせてくれたんじゃないか?」
図星だ。あの時両親に対して何もできなかった後悔を、ユーガ達に理解してほしかった。そしてその危険性を伝え、もう二度と大切な人を失いたくなかったのだ。
「・・・そうですね。私はあの時の己の罪を悔いているのです」
「罪・・・?」
「・・・子供だから、という理由で私は立ち向かえなかった。大切な二人を、目の前で失った・・・無力さ、とでも言うのでしょうか」
それは仕方のないことかもしれない、とユーガは思った。誰だって、子供の頃から強い人間ではない。しかし、それを口にしてしまうとルインの決意を否定する事になる。ーだが。
「ルインは一人じゃないだろ?」
ユーガの言葉に、ルインはユーガへ視線を向ける。ユーガはそれを受け止めるように、ゆっくりと頷いた。
「俺は誰がなんて言ってもルインの仲間で、友達だからさ・・・ルインの辛い事とか、そういうのも俺達が一緒に支えるよ、仲間だろ?」
ー『天才魔導士』として、ずっと誰かを救う選択をしてきた筈だ。しかし彼等は、自分をールインという人間を、救おうとしてくれている。『天才魔導士』としてではなく、『ルイン』という一人を救おうとしているのだ。ふっ、とルインは笑みを浮かべて、ユーガに向かって頷いた。
「・・・そうですね」
「『暴走』の事も、きっと何かしらの対策がある筈だし・・・俺達も調べてみようぜ」
ユーガの言葉に仲間達は頷きートビは渋々ー、張り詰められた糸がぷっつりと切れたように、ネロは地面に寝転がった。
「まぁ、今ここで色々考えても答えは出ねぇだろうしさ・・・今はフォルトに行って、ロームのことを調べるのが最優先だろ?」
「そうですね」とミナも同意して、手を叩いて仲間達を見渡した。「さぁ、そろそろ夜も更けてきましたし寝ましょうか。夜更かしは美肌の敵ですよ?」
軽い冗談を言ったミナに笑顔をートビを除いてー向けながら、仲間達はそれぞれ横になり、目を閉じた。
ーその夜、ルインは誰かが起き上がり歩く足音を耳にして目を覚ました。あの剣と靴は、恐らく『彼』だろう。足音が遠ざかるのを聞きながら、ある程度距離が離れたと同時にルインは体を起こしてその後をゆっくりと着いて行った。どれくらい歩いたか、『彼』はーユーガは、海の見える崖に腰を下ろして、剣を眺めていた。僅かに見える横顔は、どこかとても寂しそうに見える。ルインは導かれるようにユーガの方へと歩くと、ユーガが顔をルインへ、怪訝そうな表情を向けた。
「ルイン・・・起きてたのか?」
「あなたこそ、ね」
「・・・んー、まあね・・・」
「・・・怖いですか、『暴走』が」
ルインの言葉に、ユーガはハッとした表情を見せー自嘲するように、笑みを浮かべた。
「・・・情けないよな・・・俺の力が『覚醒』したら、自分の力が誰かを殺すかもしれない・・・、そう考えると・・・怖いんだ・・・」
「・・・・・・」
ユーガは両手で顔を覆い、深く息を吐いた。よく見ると、その肩は僅かに震えている。ルインはユーガの肩にそっと手を置き、小さく息を吐き出した。
「・・・私達には『絆』があるのでしょう?」
「・・・うん」
「あなたの力が『暴走』しても、私達が全力で止めてみせますよ。・・・それとも、私達が信じられませんか?」
「そ、そんなこと・・・ないよ」
「では心配する必要はありませんね?」
「・・・圧やめてルイン、怖いから。すごい顔近づけてくるじゃん」
だんだん笑顔で近付いてくるルインにユーガはツッコミを入れ、はは、とー今度は自嘲ではない笑みを浮かべた。
「・・・うん、ありがとな、ルイン」
「どういたしまして」
ルインはそう答え、それにしても、と思考を巡らせた。どことなく、ユーガが二ヶ月前と比べて変わった気がする。以前は何に対してもまっすぐだったがー今はそのまっすぐさに加えて、自分の『怖い』という感情や恐れる感情を押さえ込んでいた、とでも言うべきか、そういった感情の共有を、ユーガはあまりしなかった。しかし二ヶ月前の旅とトビとの旅の中で、彼なりに何か思うところもあったのかもしれないな、とルインは感じて、ふっ、と笑みを浮かべてーさて、と徐に立ち上がり、背後へと視線を向けて、腰を僅かに落として戦闘体制を取る。
「・・・魔物です」
「!」
「やれますか?」
「あぁ、もちろんだ!」
ユーガも同様に立ち上がり、ルインの横に並んで剣を引き抜いた。この二ヶ月間、トビと共に旅をしたおかげで自身の修行にもなった。ユーガは自身の体内の元素を高め、小さく息を吐き出す。大丈夫、と自身に強く言い聞かせ、視線を気配の先へと向ける。薄暗い闇の中に、ひたりと地面を一歩一歩、大きな足と手で踏みしめながらこちらへ近づいて来る熊の魔物ーベアだ。しかも、ただのベアではない。
「・・・『強化個体』・・・ですか」
「・・・うん、それもかなり強いタイプだ」
『強化個体』とは、二ヶ月前の世界中の元素が乱れたことにより生態系までもが乱れ、通常個体とはかけ離れた能力を持った魔物の事だ。
「ルイン」
「ええ、行きますよ・・・」
ユーガはルインが魔法の詠唱に入ったのを耳にしながら、ベアに向かって脱兎の如く駆け出した。できるだけベアの注意を引き、詠唱中のルインへ意識を向けさせないようにできるだけ動作を大振りにする。
「誠実なる風よ・・・豪牙たる旋風を巻き起こせ・・・」
ルインの凛とした声で詠唱される言の葉に呼応するように、ルインの周囲に風の元素が集まり始める。ユーガはそれを確認して、剣を地面に突き立て、ベアの視線を下へ向けさせる。そこへ下から蹴り上げる武闘術ーサマーソルトを顎に入れ、ベアの体を僅かに浮かせる。そこへ突き立てた剣を握り直し、剣を思い切り振りかぶってー彼は、自身の技を叫ぶ。
「・・・瞬焔・・・烈火斬!」
ユーガは彼の技ー『瞬焔烈火斬』で、僅かに浮き上がったベアを地面に叩きつけ、怯んだ相手に対して右に、そして左にと焔を纏った剣で薙ぎ払う奥義だ。ベアはそれに対応できず、焔を纏ったまま勢いよく吹き飛ぶ。そして、その先にはールインの展開した巨大な魔法陣が浮かび上がっている。
「シルフストリーム!」
ベアがその魔法陣に入った瞬間に、凄まじい風がベアを包み込み、その風は竜巻となってベアの体を打ち上げた。しかし、まだ終わらない。ユーガは自身の中にいる『彼』に向かって、心の中で話しかける。
(・・・『イフリート』!)
ベアが断末魔を上げ、霞んでいく眼から見たその姿はー炎の化身を背後に纏った、緋色の瞳の人間。最後の力を振り絞り、打ち上げられた状態で鋭い爪をその人間に突き立てようとしー。
「はぁぁぁぁぁっ‼︎」
剣を思い切り振りかぶって焔を纏った剣で一閃され、ベアは突き立てようとして伸ばした腕から、全身から力が抜けるのを感じたー。
「・・・よし」
ユーガは血がついた剣を降って、ベアの血液を振り払う。その姿を見てルインは、やれやれ、と呆れたようにユーガに視線を向ける。
(トビのおかげか、攻撃に精密さや正確さが含まれていますね)
二ヶ月前の旅よりも、ユーガの剣筋は間違いなく上がっている。的確に相手を仕留めにいく冷静さ、とでも言うのだろうか、どことなくトビを感じさせるものもある。それを兼ね備えて、ただただまっすぐ仲間をー『絆』を信じる彼は、明らかに強くなっている。
「やったな、ルイン!」
ーかと思えば急に子供のようにこうしてはしゃいだりもする。笑みを浮かべて、ルインはユーガへ顔を向ける。
「・・・えぇ、流石ですね、ユーガ。恐怖も消えたようで何よりです」
「・・・本音を言うと怖いわけじゃねぇけどさ」
ユーガは剣を納めながら、左手を握りしめてルインに向けて突き出した。
「信じてるから、ルインと・・・皆のこと」
その眩しいほどのまっすぐな言葉と視線に、自然に口元が緩み、笑みを浮かべられる。彼は元々自己肯定感がそこまで高いわけではなかったが、今はそのような傾向は見えない。むしろ、高まっているようにも感じている。
「・・・私こそ、あなた方のことを信じてますよ」
「お、ホントか⁉︎」
「ええ、友人ですからね」
「・・・へへ、おう!」
「・・・そろそろ夜も遅いですし、戻って私達も休みましょう。明日はフォルトに向かいますからね」
「あぁ、そうだな・・・。あ、ルイン」
「はい?」
ルインがユーガへ視線を向けると、ユーガは自分の右手の甲をルインの胸へと当て、柔らかい笑みで微笑んだ。
「ありがとな」
「・・・ふっ、あなたにキザな言葉と動作は似合いませんよ」
「なんでだよ・・・」
ユーガが呆れたように、それでも笑みを浮かべてそう言うと、ルインもまた呆れたように首を振って笑みを浮かべる。
「・・・普段は鈍感なのに、こういう時だけは繊細ですよね・・・。いや、自分の事だから見えてないだけか・・・」
「・・・なんか俺、すげぇ嫌味言われてないか?」
ユーガがそう言うとルインは、さぁ?と誤魔化すように肩をすくめて、仲間達のいる野営場へと向かっていった。ユーガはそれを見送って、はっ、と何者かの気配に気付いて、再び剣の持ち手へと手をかける。
「・・・誰だ・・・?」
「・・・あれ、バレてしまいましたか?」
その声は、ユーガには聞き覚えのない女性の声でー刹那、ユーガは全身にぶわっと鳥肌が立つのを感じた。殺気でもなく、それでも仲間でもなさそうなこの感じーなんだ?以前までならすぐ信用するところだが、念のため警戒は解かずに剣の持ち手を握り直す。
「・・・えっと・・・俺に何か用か?」
「・・・んー・・・用、と言えば用ですかね。けど安心してください、私はアナタの敵ではありませんから」
「・・・あ、あぁ」
完全に警戒を解いたわけではないが、話が通じるなら話で解決をしたい。ーそれにしても、とユーガは彼女の姿をまじまじと見た。シアン色の髪を揺らしながら同色の艶やかな瞳を向けていて、薄いチュールのスカートを身につけている。それはまるでー。
「・・・すげぇ、オーロラみたいな服で綺麗だな!」
「・・・私は初めて会う人に服を褒められることを喜ぶべきですかね?」
え、とユーガは彼女の言葉に頭を掻いて、怪訝そうな表情で口を開く。
「・・・思ったことを言っただけなんだけどな」
「・・・随分と単純ですね。・・・まぁ、警戒を解いてないだけ感心ですよ、ユーガ・サンエット君」
「・・・!なんで俺の名前を・・・⁉︎」
ふふっ、と彼女はー少し怪しげな表情で、ユーガに一歩、二歩と近づく。そのシアン色の瞳に、ユーガは吸い込まれそうでー。
「・・・知ってますよ、有名人ですからね。固有能力、『緋眼』の持ち主ですし」
「・・・‼︎」
なぜ、初対面のこの子が『緋眼』の事をーそして、なぜユーガの固有能力を知っているのか。やっぱり、もしかして敵なのかー?と思考を巡らせると、彼女は再び口を開く。
「自己紹介がまだでしたね。私はメル・シアン。しがない旅人ですよ」
彼女ーメルは、ユーガをまっすぐその瞳で見つめて、警戒をしているユーガに向かって笑みを浮かべる。
「さっきも言ったけど、敵ではありませんから。むしろ、味方ポジションに近いかと」
「・・・。メルさん、だっけ?なんで俺の名前と固有能力を知ってるんだ・・・?」
「メル、でいいですよ。なんで知ってるかというのは・・・君のことを調べてたからですよ、ユーガ君」
「俺の事を・・・?」
「ユーガ君。君と、その『緋眼』の力が必要なんです」
ユーガは剣の持ち手から手を離し、右手で右眼をー緋色の瞳に触れた。俺と、この力がー?ユーガはメルをまっすぐ見つめ、腕を組んだ。
「・・・メル、なんで俺の力が必要なんだ・・・?」
ユーガの固有能力ー『緋眼』は、強力な力である反面、『世界を滅ぼすほどの力』を持つも言われている、言ってしまえば諸刃の剣のようなものだ。現段階ではまだそのような力を見せてはいないが、そういった力を秘めているのが『緋眼』だ。しかも、先刻にルインから『暴走』の話も聞いてしまった。もしも自分の力が抑えきれなくなったら、メルを助けるどころの話ではなくなってしまう。だから、念のためメルになぜ力が必要なのかを聞きたかった。これは、以前はあまり持っていなかったー自分の力に対する、『警戒』だ。
「・・・確かに、事情は説明しておくべきですかね」
メルがそう言うと、手を徐に握りしめ、ユーガの前まで持っていく。そしてその手を上に向けて開くとー。
「・・・え・・・⁉︎」
メルが開いた手には、ふわふわと浮遊する小さな結晶が浮かんでいて、それはメルの髪や瞳と同じ色をしていて、どこか神々しくも見えた。
「・・・これが、私の固有能力・・・『藍紫眼』です」
「・・・!じゃあ、メルのその目も俺と同じ特別な・・・⁉︎」
「・・・そうですね。結晶を自由自在に生み出して、それを武器として戦えたりできます」
「・・・へぇ、すげぇな!」
「よければあげますよ、結晶」
「ホントか⁉︎ありがとう‼︎」
ユーガが結晶を受け取ると、その直後結晶は突如として元素となって消える。
「あ」
「嘘ですよ」
「・・・なんかすげぇからかわれてるな・・・」
「・・・冗談はさておき」
メルは改めてユーガに結晶を渡し、今度のそれは元素に返ることなくユーガの手の中に落ちる。それをユーガは荷物にしまうと、メルは再びぽつぽつと語り始める。
ー二ヶ月前ー
その日、私は自分の住んでいる町でいつものように過ごしていました。町の中では私の結晶を作る能力が重宝され、私は毎日のように結晶を誰かのために作っていました。しかしそんなある日、突如として私のその力が制御できなくなりました。溢れ出る結晶の力によって、私の町全域が結晶に覆われてしまいました。家族も、知り合いも、何もかもを巻き込んで結晶化させて。
「・・・というわけで、その結晶が元素でできているのなら、元素を乖離させる能力を持つユーガ君ーあなたの力をお借りしたいんですよ」
メルの話を聞きながらユーガは、それって、と先程ルインから聞いた話を思い出した。
(・・・メルの固有能力の暴走・・・⁉︎)
メルの口ぶりからすると、メルの住む町とはそこそこの大きさの街なのだろう。その町全域を包むほどの結晶化に、ユーガはぞっと戦慄した。
「・・・わかった、手伝うよ」
「ありがとうございます。私の町の事は後々でもいいので、今はとりあえずユーガ君達のやるべきことを済ませましょう。私も手伝いますよ」
「え、いいのか?」
「ええ」
まさかそんな事を言われると思っておらず、ユーガは思わず戸惑ってしまう。だが、これからフォルトへ向かい、『四大幻将』の一人、『鬼将のローム』が本当に生きているのかを確かめる。なら、少しでも人手は多い方がいいはずだ。
「ありがとう、メル。よろしくな」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ユーガとメルはもう日が上りそうな空を見上げて、仲間達のいる野営場へと戻った。ーこの後、めちゃくちゃトビに叱られる羽目になるとも知らずに。
「・・・で?」
朝。見慣れない見た目の女性がいる事について、花を摘んでいるメルから少し離れたところでユーガはトビに正座をさせられていた。
「アレ、何?」
「・・・えっと・・・今日の夜が明ける前に会って、俺の力が必要らしかったので手を貸す事にしました・・・」
「あのなぁ・・・俺達には俺達のやる事があんだぞ」
「・・・えっと、それが終わってから手伝ってくれって・・・」
「そういう問題じゃねぇ」
「・・・ハイスミマセン」
正座しながら肩をすくめ、小さくなっているユーガにトビは呆れたように嘆息して、諦めたように再度ユーガに視線を向ける。
「・・・んじゃ次、事情は?」
「・・・ああ、実はー」
ユーガは昨日メルから聞いた情報と、自身で考えた、恐らく『暴走』の力が起こったのだろう、と説明すると、トビは腕を組んで考え込み、恐らく、と前置きをして人差し指を立てた。
「『暴走』に関してはお前と同じ意見だ。それはメル・・・とやらの固有能力が『暴走』した影響だろうな」
「『暴走』するって事は、メルの固有能力も『覚醒』はしてるんだよな」
そう。『暴走』を引き起こす条件として今わかっているのは、『自身の固有能力が『覚醒』している事』だけだ。トビも同意見だ、と言うようにユーガに頷き、で、とユーガへと視線を向ける。
「お前はどうしたいんだよ」
「え?」
「え?じゃねぇよ。今お前から聞いたのはメルとかいう奴の事情、それと『暴走』についてだ。お前の意見をまだ聞いてねぇ」
「・・・俺は・・・」
彼女はーメルは、ユーガを頼ってわざわざ自分の事、『緋眼』の事を調べてきてくれた。ならー。その期待に応えたい。それに、困っている人がいるなら、やはり助けたい。
「メルを助けたい。・・・俺にしかできない事があるなら、尚更・・・助けてあげたいんだ」
「・・・へいへい。わかったよ・・・だが、やるのはローム・・・『四大幻将』の調査をしてからだ。それが優先、いいな?」
「ああ、ありがとう!」
「・・・それと、お前は相変わらず甘いな。二ヶ月の旅でちっとは警戒を持つかと思ったが・・・」
「いや、警戒はしたぞ?でも、俺にはトビや皆がいるから大丈夫かなって信じてるんだ」
「お前それは人任せって言うんだぞ人任せって」
トビがユーガの頭を叩くとユーガは、いて、と頭を抱えてうずくまった。やれやれ、とトビは嘆息し、近くで出発の準備をしていたルインに声をかけて二、三回会話をして、おら、とユーガの方へ向いて首で止まっている『エアボード』を差した。
「行くぞ。メルを呼んでこい」
「あ、ああ。わかった」
ユーガは頷いて、準備を始めたトビに背中を向けて草むらに座っているメルの元へと歩いた。
「メル」
「ん?行きますか?」
「うん。とりあえずフォルトに向かうよ」
「わかりました。行きましょうか」
ユーガが踵を返すと、後ろにメルも付いてくる。あ、とユーガはポーチの中からとあるものを取り出して、それを渡す。メルが受け取ると、それはお金ー五千セルで、メルの手にそれを渡した。
「お金・・・?」
「うん、それ」
ユーガが指を差した先はメルの靴で、かなり使い込まれたものなのか、ぼろぼろになってしまっていた。
「今度ガイアに行く時にいい靴屋知ってるから、その時に直してもらうための費用、一応渡しとくよ」
「い、いや・・・悪いですよ」
「いいよ、メルのその靴、多分お気に入りなんだろ?だったらピカピカに直してもらおうぜ」
「で、でも・・・」
「お金で構築するのが俺の信じる『絆』じゃないけど・・・着いてきてくれるお礼というか、そんな感じかな。だから受け取っといてくれ」
ユーガの笑顔にメルはそれ以上何も言えず、ただ頷くことしかできなかった。ーだが、一つ気になることがある。
「・・・なんで、この靴を大切にしてる事がわかったんですか・・・?」
「え?だって野営場に来るまでにその靴を庇うように歩いてたし・・・」
「ユーガー!何してんだよ、置いてくぞー!」
ネロに名を呼ばれユーガは、やば、と手を振って大きく息を吸いー。
「今行く!」
と返して、再びメルの方へと視線を向ける。まだ手に乗せられた五千セルを眺めていたが、ユーガが自分を見ている事に気付くとそのお金を自身のポーチにしまって、ユーガに頭を下げた。
「・・・本当にありがとうございます、ユーガ君」
「いやいや、俺がしたくてやった事だから、全然気にしないでくれ!・・・ほら、行こうぜ!」
歩き出したユーガのその背中を、メルはなんとなく不思議な感情で眺めーふっ、と微笑みを浮かべて、その後を追った。
『ユーガ』
『エアボード』で空を飛んでいる最中、ネロが自分にだけ声を聞こえるようにして、そうスピーカーから声が聞こえてきた。
「ん?」
『あのメルって子、どこから来たんだ?』
ネロが視線を向けた先には、シノの『エアボード』にギリギリ乗り込んでいるメルがいた。メルの分の『エアボード』はないので、ひとまずの応急処置としてシノの『エアボード』に乗せることにしたのだ。ユーガはネロの問いに、首を振って答える。
「いや、それは聞いてないな・・・」
『見た事ねぇ服じゃねぇか?トビにも聞いてみようぜ』
「うん、わかった。・・・トビ」
ユーガはトビのスピーカーにも声が聞こえ、会話に参加できるようにしトビに話しかけると、あ?と少し不機嫌そうな声が返ってくる。
『メルって子、どこから来たか予想とかできるか?』
『・・・いや。着てる服もどこのものかさっぱりだし、最近どっかの町が結晶に覆われたなんて話聞いた事がねぇ。お前もないだろ』
トビからそう尋ねられ、ユーガはこの二ヶ月間の記憶を辿ったがーやはり、聞いた覚えがない。ユーガがトビに向かって頷くと、トビは片手を『エアボード』の操縦桿に置いたまま、顎に手を当てた。
『・・・とすると、まだこの世界には・・・』
「俺達の知らない場所がある、って事だよな」
ユーガとトビは顔を見合わせて頷き、その様子を見ていたネロが、やれやれ、と自身の声をユーガとトビには聞こえないようにして、呆れたようにーそれでもどこか楽しそうに口を開いた。
「・・・これで相棒じゃない、は無理があるな」
笑いながらそう言って視線を巡らせるとーネロの前にミナの『エアボード』が飛んでいて、どこかその『エアボード』からはー苛立ちが浮かんでいるように見える。ネロは一息嘆息し、ミナに声が聞こえるようにして話しかけた。
「・・・ミナ、まだ妬いてるのか?」
「・・・そんな事ありませんよ」
「嘘つけよ・・・、やれやれ、あれはユーガが悪いわけじゃねぇって」
それは、出発前ー。メルの分の『エアボード』がない事に気付いたユーガ達は、とりあえずユーガの『エアボード』に乗せようとしたのだがー。
「だ、だだだだ駄目です‼︎」
「へ?」
思わず叫んでしまったミナに、全員からの視線が飛ぶ。そこには、顔を真っ赤にして茶色の長い髪を振り乱させるミナが、メルに指を差していた。
「ふ、二人で『エアボード』に乗るとか、駄目です‼︎」
「・・・えっと、・・・私が乗ると何か問題がありますか・・・?」
何を言ってるのかわからないメルに、ミナはさらに顔を赤くして、ふん、とそっぽを向いた。あー、と鈍感すぎて気付かないユーガを除いて察した仲間達は顔を見合わせて頷いた。
「・・・では、メルにはシノの『エアボード』に乗ってもらいましょう。シノ、構いませんか?」
「・・・状況を把握。問題ありません」
「ありがとうございます。・・・あぁ、メル。あなたは気にする事はありませんよ」
「まぁ・・・はい、何となくは理解しましたし、大丈夫です」
と、メルはシノの『エアボード』に乗る事を快く了承してくれたのだった。そして、時は戻りー。
「大体、ユーガさんは警戒がなさすぎます・・・」
「いや、まぁそれはわかる。うん」
「・・・私だって・・・」
「・・・あいつは極度の鈍感だからな・・・」
全くです、と頬を赤らめながら、ミナは頬を膨らませた。ネロは嘆息して、その後もミナと二、三言会話をした。それを後ろで眺めながら、黙々と『エアボード』の操縦桿を握るシノに、メルはゆっくりと口を開いて話しかけた。
「・・・シノ・・・さん?」
「はい」
「・・・もしかして、怒ってます?」
「・・・質問の意図が不明。詳細説明を求めます」
「いえ・・・雰囲気といえばいいのか・・・」
シノは瞳だけメルに向けて、小さな口をわずかに開いて先ほどのメル同様に、ゆっくり話し始める。
「・・・あなたには、ご両親はいらっしゃいますか」
「両親・・・?まぁ、今は結晶の中にいますけど・・・」
「・・・実の親から、必要のない存在だった・・・そう言われたら、あなたはどうしますか」
「・・・え?」
シノは、二ヶ月前ー実の母親のソニアと邂逅した時のことを思い出して、その事をメルに話した。ユーガ達が命を懸けてソニアへと語りかけてくれた事、氷の精霊の『セルシウス』が力を貸してくれている事、そしてー『四大幻将』の一人、『煉獄のフィム』によって、和解できかけたソニアを殺され、死別した事。
「・・・お母さんから否定されて以来、私は『感情』を殺しました。今は・・・以前よりは感情を持てたかと」
「・・・皆さん、壮絶な過去を送ってきた・・・のですか?」
「・・・はい。また機会があればお話しますよ」
「じゃあ、お友達になりませんか?」
メルにそう言われ、シノは怪訝そうに眉を顰め、メルに再度尋ねた。
「・・・理解不能。どうしてですか?」
「そういうことをお話してくださった上で、あなたの事も知りたいです。シノさんが嫌でなければですけど」
「・・・まだ理解は不能ですが・・・まぁそれくらいなら・・・」
『え、なになに~?』
と、スピーカーから明るい声が聞こえてきて、メルが視線を横に向けると、自分達の『エアボード』の横に並走してリフィアの『エアボード』があり、羨むようにメルとシノを見た。
『アタシもその中に入れてよ~、ガールズトークしよ~よ~、アタシとも友達になってよ~』
「私はもちろん、構いませんよ」
快く了承してくれたメルに、リフィアは目を輝かせて、じゃあその流れで、と言葉を継ぐ。
『シノちゃんも、アタシと友達に・・・』
「嫌です」
『なんでぇ⁉︎』
わりとバッサリ拒否したシノに、リフィアはかなりショックを受けたように大袈裟にのけぞった。でもさー、と文句があるのか、メルを指差して頬を膨らませた。
『なんでメルちゃんは友達認定してて前から一緒にいるアタシは駄目なの~⁉︎不公平だよ~‼︎』
「私はあなたの事をまだ信じてません」
『あんな一緒にいたのに⁉︎』
「まぁ時間だけじゃ解決できないこともありますよね」
『ひどいよ~‼︎ルインく~~ん‼︎』
メルが追い打ちをかけるようにそう言うと、リフィアは左隣を飛ぶルインへと助けを求めるように視線を送り、ルインは呆れたように嘆息した。
『ちょっと飽きれないでよ‼︎』とリフィアがルインにツッコミを入れ、さらに言葉を継ぐ。『酷いよ皆がアタシをいじめるよ‼︎』
リフィアがそう駄々をこねると、スピーカーからユーガの声が聞こえてくる。
『皆、フォルトが見えたよ』
ユーガの言う通り、眼下にはシノの故郷ーフォルトの街並みが広がっていて、ユーガとトビが高度を下げると、仲間達もそれに従って『エアボード』の高度を下げていく。僅かな振動と共に『エアボード』は地面に着地し、周りを覆っていた元素障壁が解除されると同時に、ユーガ達は『エアボード』から降りる。
「そういえば、フォルトに来るのは久しぶりだな」
ユーガが懐かしむようにそう言うと、ネロも呆れたように同意する。
「だなぁ、俺は仕事に捕まってユーガ達みたいに自由に旅できなかったし」
「いや、それはネロが悪いと思うぞ?」
即座にユーガがツッコミを入れるとネロは、うぐ、と言葉を詰まらせる。
「でも、仕事よりは世界の危機の方が大事だろう?」
「大事だけど溜めたのはネロのせいだろ?」
正論を真正面からユーガに突きつけられ、それに同意するようにトビも頷いて、呆れたように嘆息して眼を細める。
「仕事を溜める理由に世界の危機を使うな」
いよいよ何も言えなくなり、ネロは肩を落としてーおそらく冗談だろうがーそれ以上言葉を発しなくなった。わぁ、とリフィアがネロに同情の目を向け、おどけたように口に手を当てて笑みを浮かべる。
「さっきのアタシよりいじめられてる」
「そういうところだと思いますよ・・・?」
メルにそう釘を刺され、どういう意味よ、とメルに突っかかったが、それをのらりくらりとメルはかわし、ふふ、と笑みを浮かべる。
「冗談ですよ、リフィア」
穏やかな笑みを浮かべるメルを見て、ユーガは安心したように微笑んだ。
「良かった、上手く馴染めてるみたいだ」
「あ?んな事心配してたのか」
トビがユーガの肩に肘を置いて、呆れたようにユーガを見る。トビがそんな事をしてくると思わず、ユーガとネロは思わず固まってトビを凝視したが、あえて何も言わない。言ったら殺される。絶対。
「う、うん・・・メルはずっと一人で旅してたみたいだし・・・上手く馴染めるかちょっと心配だったけど、とにかく良かった」
「まぁ・・・俺達の仲間、皆お人好しだからな」
ネロもユーガに同意したようにそう言うと、トビが切れ長な瞳をネロに向けて、何言ってんだ、と苛立ちを隠さずに言う。
「誰がお人好しだよ」
(説得力が全然ないんですけど・・・)
だってユーガの肩に肘置いてるじゃん。無意識か?無意識なのか?それはもうお人好しというかユーガの事認めてるって事で良いのかな?多分良いんだね?
「・・・あら、シノ」
と、ネロがありとあらゆる思考をぐーるぐると巡らせていると、街の入り口からそんな女性の声が聞こえてきて、ユーガ達はそちらに視線を向けると女性がシノに手を振っていて、シノもぺこりと頭を下げた。トビも、お、と言っているところを見ると、恐らくこの人はトビとシノの顔見知り、といったところだろうか。
「おかえり、『ケインシルヴァの天才魔導士』には会えた?」
「・・・えっと、それ私です」
ルインが自身を指差していうと女性は、え⁉︎と驚愕したようにルインをまじまじと見る。
「・・・めっちゃ可愛いじゃん」
「男なんですけど・・・」
「知ってますよ‼︎」
女性とルインの会話を見て、ネロはユーガとトビにこそっと耳打ちをする。
「・・・確かに、ルインって中性的な見た目してるよな」
「・・・そうかな」
「ちょっと何言ってるかわからん」
ユーガとトビに否定され、ネロは拗ねた。誰がどう見てもわかるくらいには拗ねた。
「え、ちょっと握手してください‼︎」
「は、はぁ・・・」
女性に詰め寄られ、苦笑して応対するルインを見ながら、シノは女性に話しかける。
「あの、『四大幻将』のロームさんをお見かけしませんでしたか」
「ローム?いえ、私は見てないけど・・・」
「・・・そうですか、わかりました」シノは女性に頭を下げると、フォルトの街の門をくぐってフォルトへ入る。ユーガ達もそれに伴ってシノの後ろを歩きールインは女性からなんとか離れーユーガの眼には、懐かしい街並みが広がった。その景色を眺めながら、ネロはユーガにだけ聞こえる声で耳打ちした。
「・・・なぁ、なんかトビの距離近くね?」
「・・・うん、俺もびっくりした」
まさかあのトビがそんな事をしてくるとは。多分、トビのファンクラブの人から殺されかねない事をされた。それくらい、衝撃だった。だが、ユーガにとっては衝撃よりも嬉しさの方が強い。ユーガはトビが少なくとも自分を認めてくれている事が伝わってきて、頬を掻いて照れ臭そうに笑みを浮かべる。
「嬉しいのはわかったから早く行こうな。置いてかれてるから」
ネロは嬉しそうに笑みを浮かべるユーガを見て、嘆息しながらそう言った。ーそういえば、昔ユーガが小さい頃に、彼に『親友だ』と言うとこんな感じで喜んだ。成長し、変わったものもあったがー彼のこういうところは、本当に変わっていない。
「・・・随分楽しそうだな」
ユーガとネロの背後からそんな声が聞こえ、ゆっくり振り返ると、トビの冷たい視線がユーガとネロに向けられていて、二人は言葉に詰まった。
「え、・・・いや、その・・・」
「なんで後ろに・・・」
ネロがそう尋ねると、トビは銃に弾を詰めながらその質問に答える。
「もともと後ろにいたわ。あいつらの足が早いだけだし、『蒼眼』で耳良いから全部丸聞こえだ」
・・・嫌な予感、とユーガとネロの背中に冷たい汗が伝わってくる。さて、とトビはユーガとネロを見下すように顔を上げ、口元にわずかに笑みを浮かべた。
「・・・誰が、距離が近いって?」
ー殺られる。二人は、そう直感してーじゃあ、とネロが最後の抵抗かのように冷や汗を垂らしながら尋ねる。
「なんでさっきユーガの肩に肘乗せたんだよ⁉︎」
「腕が疲れて良い置き場があったから。以上」
ーやはり、トビはトビだった。
「で、今はとりあえず聞き込みか?」
ユーガとネロを二発ずつ殴り、トビは手を払いながら仲間達にそう尋ねた。ですね、とルインは頷き、仲間達の数を数え始める。
「七、八・・・ちょうど八人ですから、二人ずつで別れて書き込みに行きましょうか」
「わかりました」とミナは頷き、一度仲間達を一瞥してから再び口を開く。「どう別れましょうか?」
うーん、とユーガが腕を組むと、メルがユーガに視線を向けて口を開く。
「ユーガ君は誰と行きますか?」
君付けしてる、とミナは頬を膨らませたが、リフィアがそれを宥める。ユーガは少し考え込み、ちらりとトビを見るとトビも同様にユーガの事を見ていて、呆れたようにユーガの頭を平手で叩いた。
「なんだよ、俺か?」
「まぁ、だよなぁ」
「知ってたよねぇ」
ネロとリフィアはおちょくるようにユーガとトビに視線を向けると、トビは二人に向かって銃を向けた。ーが、それはネロとリフィアを余計におどけさせてしまい、トビは嘆息した。もしかして、とメルがユーガにこっそりと尋ねる。
「ユーガ君、トビさんと何か?」
「え?あぁ、相棒なんだ。・・・つっても、トビはどう思ってるかわかんないけど・・・」
「なるほど、・・・良い関係ですね」
「ん、本当か?ありがとな」
ユーガがそう言い終わるとルインが、では、と手を叩いて仲間達を一瞥した。
「他の組分けで組みたい方はそれぞれ別れましょうか」
「では、メルさん」
シノがメルを指名し、メルは自分を指差して目をぱちくりとさせた。
「・・・行きますよ」
「は、はい‼︎」
「あの二人、仲良くなれたんだな」
ネロが安堵したように呟くと、ユーガもそれに同意するように頷いて口を開く。
「うん、でもまさかシノがメルと仲良くなるって思わなかったな・・・シノ、そういう感じじゃないと思ってたし・・・」
シノはどちらかというと単独行動を好むタイプの人間だ。そのシノがメルと仲良くなれたことに、ユーガは安堵すると共に驚きもあった。
「じゃあ~」とリフィアがミナの方を見て、リフィアはミナを正面から抱きしめた。「アタシはミナちゃんと行こっかな~」
「では、必然的に私とネロがペアですね」
「だな、よろしく頼むぜ、ルイン」
この二人も仲良くなったな、とユーガは思ったが、それは元からか?と頬を掻いて、何も言わない。ーうん、あんま変わんないわ。
「では、一時間後にまたここに集合にしましょう。仮にここでロームに会っても二人では挑まず、冷静に助けを呼んでください。いいですね、ユーガ」
ルインに名指しでそう言われ、俺⁉︎とユーガは自身を指差して言った。
「たしかに、何も考えずに突っ込みそうだよなぁ」
ネロにもそう言われ、ネロも大概だけどな、と綺麗にカウンターを返す。ユーガは頬を掻いて嘆息するとトビが、とにかく、と話を遮るように口を開いた。
「ロームは見つけ次第お前らに報告し、全員であいつに挑むって事だな」
「そういう事です。・・・お気を付けてくださいね」
ルインの言葉に仲間達は頷きーそれと同時にシノが、自分の鞄から小さな何かを取り出した。
「・・・どうぞ」
それを仲間達一人一人に手渡し、手に取ったトビが、へぇ、と興味深そうにそれを眺め始める。ユーガにはそれがなんなのかわからなかったが、トビ同様にルインも感心した声を上げ始める。
「これは・・・?」
「『無線機』か」
トビがそう言うと、シノは頷いて仲間達を一瞥する。
「・・・あくまでフォルトの貸出品ですので、後々返す必要はあります。ですが、今の状況においてはちょうど良いと思います」
「そうですね、ありがたく使わせていただきましょう」
ミナがそう言うと、仲間達はそれぞれ頷いて耳元にそれをつける。仲間達全員がつけ終わるのを確認して、ルインは改めて、
「では、各自気をつけて。何かあれば即座に連絡を」
と仲間達に語りかけると、それが合図であるかのように、先程別れたグループでそれぞれ違う道へ進み始める。
その先に待っているのは、『生』なのか『死』なのかも、わからぬまま。
「『暴走』・・・⁉︎」
パチ、とキャンプの火が爆ぜる音と共にユーガがそう驚き、あち、と小さく呟いた。ええ、と頷いた彼ールインは、仲間を一瞥して小さく息を吐き、再び口を開いた。
「この中で能力が『覚醒』しているのは私とシノと・・・ユーガ、あなたがフェルトラでフルーヴに見せた力も、まぁ『覚醒』の兆しと見ていいと思いますが・・・とにかく、三人だけです。・・・いいですか、今後自分の中の元素が抑えきれなくなったらすぐ私に報告してください」
「・・・『暴走』の起こる条件は?」
トビが冷淡にそう尋ね、ルインへ視線を向ける。しかし、ルインはゆっくり首を振って視線を落とした。きっとそれは、わからない、という事だ。『暴走』が発生する条件もわからないならば、対策のしようもない。ただ、とルインは付け加えて再び仲間達へ視線を向ける。
「これまでユーガや私やシノに『暴走』が発生しなかったのは、まだ『覚醒』した力を最大限引き出せていなかったからです。つまり、力を最大限引き出せるようになった場合・・・」
「・・・『暴走』が起こる可能性がある、と」
シノの言葉にルインは頷き、今度はトビ、ネロ、ミナ、リフィアへ視線を向ける。
「皆さんもお気をつけて。固有能力の『覚醒』が発生するタイミングもまだわかりませんから・・・。ですが、一度暴走する事があっても二度は引き起こさせませんよ」
自信満々にそう言ったルインにユーガは首を傾げて、どういう事だ?と尋ねる。
「一度『暴走』を引き起こした場合・・・その元素の流れを読み取り、原因とその対策案を考えます」
「それで、もう一度『暴走』を引き起こさせない・・・薬とかの研究物を開発する、って事か?」
ご名答です、とルインはユーガに向かって頷いた。これでも『天才魔導士』の端くれだ。できる事なら一回目で防ぎたいところだが、今は情報がなさすぎる。研究のしようがない。ーと、思考を巡らせていたところにユーガの、なぁ、という言葉が投げかけられ、ルインは意識を仲間達へ戻す。
「・・・ルインの両親、それで亡くなったんだよな?」
「・・・‼︎」
ユーガの言葉に、ルインだけでなく仲間達全員が目を見張る。気付いていたのか?いや、これは秘密事項の筈だし、誰にも口外はしていない。
「・・・ごめん、ルインを迎えに行った時にちらって見えちゃったんだ、そう書いてある資料」
ユーガのその言葉に、ルインはハッとした。そういえば確かに、その資料は机の上に置きっぱなしにしていたかもしれない。あの時、本棚に本を取りに行っていたので資料を隠すのを抜かっていた。それに、ユーガのー彼の固有能力によって得た、超人的な視力。話がユーガに対して向けられていなかった時、確かにユーガはルインの方へ視線を向けていたのではなくー机へと視線を向けていたかもしれない。諦めたように息を吐くと、ユーガは頬を掻いて申し訳なさそうな表情でルインから顔を逸らした。
「・・・勝手に見ちゃってごめん、辛い過去なこともわかってるつもりだし、掘り返すつもりもなかったんだけど・・・」
ユーガはそこで一旦言葉を切り、僅かに息を吐いてからルインをまっすぐ見つめた。
「でも、きっとルインはその時何もできなかったことを悔いてるんだろ?だから、改めて俺達に話をして、危険を知らせてくれたんじゃないか?」
図星だ。あの時両親に対して何もできなかった後悔を、ユーガ達に理解してほしかった。そしてその危険性を伝え、もう二度と大切な人を失いたくなかったのだ。
「・・・そうですね。私はあの時の己の罪を悔いているのです」
「罪・・・?」
「・・・子供だから、という理由で私は立ち向かえなかった。大切な二人を、目の前で失った・・・無力さ、とでも言うのでしょうか」
それは仕方のないことかもしれない、とユーガは思った。誰だって、子供の頃から強い人間ではない。しかし、それを口にしてしまうとルインの決意を否定する事になる。ーだが。
「ルインは一人じゃないだろ?」
ユーガの言葉に、ルインはユーガへ視線を向ける。ユーガはそれを受け止めるように、ゆっくりと頷いた。
「俺は誰がなんて言ってもルインの仲間で、友達だからさ・・・ルインの辛い事とか、そういうのも俺達が一緒に支えるよ、仲間だろ?」
ー『天才魔導士』として、ずっと誰かを救う選択をしてきた筈だ。しかし彼等は、自分をールインという人間を、救おうとしてくれている。『天才魔導士』としてではなく、『ルイン』という一人を救おうとしているのだ。ふっ、とルインは笑みを浮かべて、ユーガに向かって頷いた。
「・・・そうですね」
「『暴走』の事も、きっと何かしらの対策がある筈だし・・・俺達も調べてみようぜ」
ユーガの言葉に仲間達は頷きートビは渋々ー、張り詰められた糸がぷっつりと切れたように、ネロは地面に寝転がった。
「まぁ、今ここで色々考えても答えは出ねぇだろうしさ・・・今はフォルトに行って、ロームのことを調べるのが最優先だろ?」
「そうですね」とミナも同意して、手を叩いて仲間達を見渡した。「さぁ、そろそろ夜も更けてきましたし寝ましょうか。夜更かしは美肌の敵ですよ?」
軽い冗談を言ったミナに笑顔をートビを除いてー向けながら、仲間達はそれぞれ横になり、目を閉じた。
ーその夜、ルインは誰かが起き上がり歩く足音を耳にして目を覚ました。あの剣と靴は、恐らく『彼』だろう。足音が遠ざかるのを聞きながら、ある程度距離が離れたと同時にルインは体を起こしてその後をゆっくりと着いて行った。どれくらい歩いたか、『彼』はーユーガは、海の見える崖に腰を下ろして、剣を眺めていた。僅かに見える横顔は、どこかとても寂しそうに見える。ルインは導かれるようにユーガの方へと歩くと、ユーガが顔をルインへ、怪訝そうな表情を向けた。
「ルイン・・・起きてたのか?」
「あなたこそ、ね」
「・・・んー、まあね・・・」
「・・・怖いですか、『暴走』が」
ルインの言葉に、ユーガはハッとした表情を見せー自嘲するように、笑みを浮かべた。
「・・・情けないよな・・・俺の力が『覚醒』したら、自分の力が誰かを殺すかもしれない・・・、そう考えると・・・怖いんだ・・・」
「・・・・・・」
ユーガは両手で顔を覆い、深く息を吐いた。よく見ると、その肩は僅かに震えている。ルインはユーガの肩にそっと手を置き、小さく息を吐き出した。
「・・・私達には『絆』があるのでしょう?」
「・・・うん」
「あなたの力が『暴走』しても、私達が全力で止めてみせますよ。・・・それとも、私達が信じられませんか?」
「そ、そんなこと・・・ないよ」
「では心配する必要はありませんね?」
「・・・圧やめてルイン、怖いから。すごい顔近づけてくるじゃん」
だんだん笑顔で近付いてくるルインにユーガはツッコミを入れ、はは、とー今度は自嘲ではない笑みを浮かべた。
「・・・うん、ありがとな、ルイン」
「どういたしまして」
ルインはそう答え、それにしても、と思考を巡らせた。どことなく、ユーガが二ヶ月前と比べて変わった気がする。以前は何に対してもまっすぐだったがー今はそのまっすぐさに加えて、自分の『怖い』という感情や恐れる感情を押さえ込んでいた、とでも言うべきか、そういった感情の共有を、ユーガはあまりしなかった。しかし二ヶ月前の旅とトビとの旅の中で、彼なりに何か思うところもあったのかもしれないな、とルインは感じて、ふっ、と笑みを浮かべてーさて、と徐に立ち上がり、背後へと視線を向けて、腰を僅かに落として戦闘体制を取る。
「・・・魔物です」
「!」
「やれますか?」
「あぁ、もちろんだ!」
ユーガも同様に立ち上がり、ルインの横に並んで剣を引き抜いた。この二ヶ月間、トビと共に旅をしたおかげで自身の修行にもなった。ユーガは自身の体内の元素を高め、小さく息を吐き出す。大丈夫、と自身に強く言い聞かせ、視線を気配の先へと向ける。薄暗い闇の中に、ひたりと地面を一歩一歩、大きな足と手で踏みしめながらこちらへ近づいて来る熊の魔物ーベアだ。しかも、ただのベアではない。
「・・・『強化個体』・・・ですか」
「・・・うん、それもかなり強いタイプだ」
『強化個体』とは、二ヶ月前の世界中の元素が乱れたことにより生態系までもが乱れ、通常個体とはかけ離れた能力を持った魔物の事だ。
「ルイン」
「ええ、行きますよ・・・」
ユーガはルインが魔法の詠唱に入ったのを耳にしながら、ベアに向かって脱兎の如く駆け出した。できるだけベアの注意を引き、詠唱中のルインへ意識を向けさせないようにできるだけ動作を大振りにする。
「誠実なる風よ・・・豪牙たる旋風を巻き起こせ・・・」
ルインの凛とした声で詠唱される言の葉に呼応するように、ルインの周囲に風の元素が集まり始める。ユーガはそれを確認して、剣を地面に突き立て、ベアの視線を下へ向けさせる。そこへ下から蹴り上げる武闘術ーサマーソルトを顎に入れ、ベアの体を僅かに浮かせる。そこへ突き立てた剣を握り直し、剣を思い切り振りかぶってー彼は、自身の技を叫ぶ。
「・・・瞬焔・・・烈火斬!」
ユーガは彼の技ー『瞬焔烈火斬』で、僅かに浮き上がったベアを地面に叩きつけ、怯んだ相手に対して右に、そして左にと焔を纏った剣で薙ぎ払う奥義だ。ベアはそれに対応できず、焔を纏ったまま勢いよく吹き飛ぶ。そして、その先にはールインの展開した巨大な魔法陣が浮かび上がっている。
「シルフストリーム!」
ベアがその魔法陣に入った瞬間に、凄まじい風がベアを包み込み、その風は竜巻となってベアの体を打ち上げた。しかし、まだ終わらない。ユーガは自身の中にいる『彼』に向かって、心の中で話しかける。
(・・・『イフリート』!)
ベアが断末魔を上げ、霞んでいく眼から見たその姿はー炎の化身を背後に纏った、緋色の瞳の人間。最後の力を振り絞り、打ち上げられた状態で鋭い爪をその人間に突き立てようとしー。
「はぁぁぁぁぁっ‼︎」
剣を思い切り振りかぶって焔を纏った剣で一閃され、ベアは突き立てようとして伸ばした腕から、全身から力が抜けるのを感じたー。
「・・・よし」
ユーガは血がついた剣を降って、ベアの血液を振り払う。その姿を見てルインは、やれやれ、と呆れたようにユーガに視線を向ける。
(トビのおかげか、攻撃に精密さや正確さが含まれていますね)
二ヶ月前の旅よりも、ユーガの剣筋は間違いなく上がっている。的確に相手を仕留めにいく冷静さ、とでも言うのだろうか、どことなくトビを感じさせるものもある。それを兼ね備えて、ただただまっすぐ仲間をー『絆』を信じる彼は、明らかに強くなっている。
「やったな、ルイン!」
ーかと思えば急に子供のようにこうしてはしゃいだりもする。笑みを浮かべて、ルインはユーガへ顔を向ける。
「・・・えぇ、流石ですね、ユーガ。恐怖も消えたようで何よりです」
「・・・本音を言うと怖いわけじゃねぇけどさ」
ユーガは剣を納めながら、左手を握りしめてルインに向けて突き出した。
「信じてるから、ルインと・・・皆のこと」
その眩しいほどのまっすぐな言葉と視線に、自然に口元が緩み、笑みを浮かべられる。彼は元々自己肯定感がそこまで高いわけではなかったが、今はそのような傾向は見えない。むしろ、高まっているようにも感じている。
「・・・私こそ、あなた方のことを信じてますよ」
「お、ホントか⁉︎」
「ええ、友人ですからね」
「・・・へへ、おう!」
「・・・そろそろ夜も遅いですし、戻って私達も休みましょう。明日はフォルトに向かいますからね」
「あぁ、そうだな・・・。あ、ルイン」
「はい?」
ルインがユーガへ視線を向けると、ユーガは自分の右手の甲をルインの胸へと当て、柔らかい笑みで微笑んだ。
「ありがとな」
「・・・ふっ、あなたにキザな言葉と動作は似合いませんよ」
「なんでだよ・・・」
ユーガが呆れたように、それでも笑みを浮かべてそう言うと、ルインもまた呆れたように首を振って笑みを浮かべる。
「・・・普段は鈍感なのに、こういう時だけは繊細ですよね・・・。いや、自分の事だから見えてないだけか・・・」
「・・・なんか俺、すげぇ嫌味言われてないか?」
ユーガがそう言うとルインは、さぁ?と誤魔化すように肩をすくめて、仲間達のいる野営場へと向かっていった。ユーガはそれを見送って、はっ、と何者かの気配に気付いて、再び剣の持ち手へと手をかける。
「・・・誰だ・・・?」
「・・・あれ、バレてしまいましたか?」
その声は、ユーガには聞き覚えのない女性の声でー刹那、ユーガは全身にぶわっと鳥肌が立つのを感じた。殺気でもなく、それでも仲間でもなさそうなこの感じーなんだ?以前までならすぐ信用するところだが、念のため警戒は解かずに剣の持ち手を握り直す。
「・・・えっと・・・俺に何か用か?」
「・・・んー・・・用、と言えば用ですかね。けど安心してください、私はアナタの敵ではありませんから」
「・・・あ、あぁ」
完全に警戒を解いたわけではないが、話が通じるなら話で解決をしたい。ーそれにしても、とユーガは彼女の姿をまじまじと見た。シアン色の髪を揺らしながら同色の艶やかな瞳を向けていて、薄いチュールのスカートを身につけている。それはまるでー。
「・・・すげぇ、オーロラみたいな服で綺麗だな!」
「・・・私は初めて会う人に服を褒められることを喜ぶべきですかね?」
え、とユーガは彼女の言葉に頭を掻いて、怪訝そうな表情で口を開く。
「・・・思ったことを言っただけなんだけどな」
「・・・随分と単純ですね。・・・まぁ、警戒を解いてないだけ感心ですよ、ユーガ・サンエット君」
「・・・!なんで俺の名前を・・・⁉︎」
ふふっ、と彼女はー少し怪しげな表情で、ユーガに一歩、二歩と近づく。そのシアン色の瞳に、ユーガは吸い込まれそうでー。
「・・・知ってますよ、有名人ですからね。固有能力、『緋眼』の持ち主ですし」
「・・・‼︎」
なぜ、初対面のこの子が『緋眼』の事をーそして、なぜユーガの固有能力を知っているのか。やっぱり、もしかして敵なのかー?と思考を巡らせると、彼女は再び口を開く。
「自己紹介がまだでしたね。私はメル・シアン。しがない旅人ですよ」
彼女ーメルは、ユーガをまっすぐその瞳で見つめて、警戒をしているユーガに向かって笑みを浮かべる。
「さっきも言ったけど、敵ではありませんから。むしろ、味方ポジションに近いかと」
「・・・。メルさん、だっけ?なんで俺の名前と固有能力を知ってるんだ・・・?」
「メル、でいいですよ。なんで知ってるかというのは・・・君のことを調べてたからですよ、ユーガ君」
「俺の事を・・・?」
「ユーガ君。君と、その『緋眼』の力が必要なんです」
ユーガは剣の持ち手から手を離し、右手で右眼をー緋色の瞳に触れた。俺と、この力がー?ユーガはメルをまっすぐ見つめ、腕を組んだ。
「・・・メル、なんで俺の力が必要なんだ・・・?」
ユーガの固有能力ー『緋眼』は、強力な力である反面、『世界を滅ぼすほどの力』を持つも言われている、言ってしまえば諸刃の剣のようなものだ。現段階ではまだそのような力を見せてはいないが、そういった力を秘めているのが『緋眼』だ。しかも、先刻にルインから『暴走』の話も聞いてしまった。もしも自分の力が抑えきれなくなったら、メルを助けるどころの話ではなくなってしまう。だから、念のためメルになぜ力が必要なのかを聞きたかった。これは、以前はあまり持っていなかったー自分の力に対する、『警戒』だ。
「・・・確かに、事情は説明しておくべきですかね」
メルがそう言うと、手を徐に握りしめ、ユーガの前まで持っていく。そしてその手を上に向けて開くとー。
「・・・え・・・⁉︎」
メルが開いた手には、ふわふわと浮遊する小さな結晶が浮かんでいて、それはメルの髪や瞳と同じ色をしていて、どこか神々しくも見えた。
「・・・これが、私の固有能力・・・『藍紫眼』です」
「・・・!じゃあ、メルのその目も俺と同じ特別な・・・⁉︎」
「・・・そうですね。結晶を自由自在に生み出して、それを武器として戦えたりできます」
「・・・へぇ、すげぇな!」
「よければあげますよ、結晶」
「ホントか⁉︎ありがとう‼︎」
ユーガが結晶を受け取ると、その直後結晶は突如として元素となって消える。
「あ」
「嘘ですよ」
「・・・なんかすげぇからかわれてるな・・・」
「・・・冗談はさておき」
メルは改めてユーガに結晶を渡し、今度のそれは元素に返ることなくユーガの手の中に落ちる。それをユーガは荷物にしまうと、メルは再びぽつぽつと語り始める。
ー二ヶ月前ー
その日、私は自分の住んでいる町でいつものように過ごしていました。町の中では私の結晶を作る能力が重宝され、私は毎日のように結晶を誰かのために作っていました。しかしそんなある日、突如として私のその力が制御できなくなりました。溢れ出る結晶の力によって、私の町全域が結晶に覆われてしまいました。家族も、知り合いも、何もかもを巻き込んで結晶化させて。
「・・・というわけで、その結晶が元素でできているのなら、元素を乖離させる能力を持つユーガ君ーあなたの力をお借りしたいんですよ」
メルの話を聞きながらユーガは、それって、と先程ルインから聞いた話を思い出した。
(・・・メルの固有能力の暴走・・・⁉︎)
メルの口ぶりからすると、メルの住む町とはそこそこの大きさの街なのだろう。その町全域を包むほどの結晶化に、ユーガはぞっと戦慄した。
「・・・わかった、手伝うよ」
「ありがとうございます。私の町の事は後々でもいいので、今はとりあえずユーガ君達のやるべきことを済ませましょう。私も手伝いますよ」
「え、いいのか?」
「ええ」
まさかそんな事を言われると思っておらず、ユーガは思わず戸惑ってしまう。だが、これからフォルトへ向かい、『四大幻将』の一人、『鬼将のローム』が本当に生きているのかを確かめる。なら、少しでも人手は多い方がいいはずだ。
「ありがとう、メル。よろしくな」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ユーガとメルはもう日が上りそうな空を見上げて、仲間達のいる野営場へと戻った。ーこの後、めちゃくちゃトビに叱られる羽目になるとも知らずに。
「・・・で?」
朝。見慣れない見た目の女性がいる事について、花を摘んでいるメルから少し離れたところでユーガはトビに正座をさせられていた。
「アレ、何?」
「・・・えっと・・・今日の夜が明ける前に会って、俺の力が必要らしかったので手を貸す事にしました・・・」
「あのなぁ・・・俺達には俺達のやる事があんだぞ」
「・・・えっと、それが終わってから手伝ってくれって・・・」
「そういう問題じゃねぇ」
「・・・ハイスミマセン」
正座しながら肩をすくめ、小さくなっているユーガにトビは呆れたように嘆息して、諦めたように再度ユーガに視線を向ける。
「・・・んじゃ次、事情は?」
「・・・ああ、実はー」
ユーガは昨日メルから聞いた情報と、自身で考えた、恐らく『暴走』の力が起こったのだろう、と説明すると、トビは腕を組んで考え込み、恐らく、と前置きをして人差し指を立てた。
「『暴走』に関してはお前と同じ意見だ。それはメル・・・とやらの固有能力が『暴走』した影響だろうな」
「『暴走』するって事は、メルの固有能力も『覚醒』はしてるんだよな」
そう。『暴走』を引き起こす条件として今わかっているのは、『自身の固有能力が『覚醒』している事』だけだ。トビも同意見だ、と言うようにユーガに頷き、で、とユーガへと視線を向ける。
「お前はどうしたいんだよ」
「え?」
「え?じゃねぇよ。今お前から聞いたのはメルとかいう奴の事情、それと『暴走』についてだ。お前の意見をまだ聞いてねぇ」
「・・・俺は・・・」
彼女はーメルは、ユーガを頼ってわざわざ自分の事、『緋眼』の事を調べてきてくれた。ならー。その期待に応えたい。それに、困っている人がいるなら、やはり助けたい。
「メルを助けたい。・・・俺にしかできない事があるなら、尚更・・・助けてあげたいんだ」
「・・・へいへい。わかったよ・・・だが、やるのはローム・・・『四大幻将』の調査をしてからだ。それが優先、いいな?」
「ああ、ありがとう!」
「・・・それと、お前は相変わらず甘いな。二ヶ月の旅でちっとは警戒を持つかと思ったが・・・」
「いや、警戒はしたぞ?でも、俺にはトビや皆がいるから大丈夫かなって信じてるんだ」
「お前それは人任せって言うんだぞ人任せって」
トビがユーガの頭を叩くとユーガは、いて、と頭を抱えてうずくまった。やれやれ、とトビは嘆息し、近くで出発の準備をしていたルインに声をかけて二、三回会話をして、おら、とユーガの方へ向いて首で止まっている『エアボード』を差した。
「行くぞ。メルを呼んでこい」
「あ、ああ。わかった」
ユーガは頷いて、準備を始めたトビに背中を向けて草むらに座っているメルの元へと歩いた。
「メル」
「ん?行きますか?」
「うん。とりあえずフォルトに向かうよ」
「わかりました。行きましょうか」
ユーガが踵を返すと、後ろにメルも付いてくる。あ、とユーガはポーチの中からとあるものを取り出して、それを渡す。メルが受け取ると、それはお金ー五千セルで、メルの手にそれを渡した。
「お金・・・?」
「うん、それ」
ユーガが指を差した先はメルの靴で、かなり使い込まれたものなのか、ぼろぼろになってしまっていた。
「今度ガイアに行く時にいい靴屋知ってるから、その時に直してもらうための費用、一応渡しとくよ」
「い、いや・・・悪いですよ」
「いいよ、メルのその靴、多分お気に入りなんだろ?だったらピカピカに直してもらおうぜ」
「で、でも・・・」
「お金で構築するのが俺の信じる『絆』じゃないけど・・・着いてきてくれるお礼というか、そんな感じかな。だから受け取っといてくれ」
ユーガの笑顔にメルはそれ以上何も言えず、ただ頷くことしかできなかった。ーだが、一つ気になることがある。
「・・・なんで、この靴を大切にしてる事がわかったんですか・・・?」
「え?だって野営場に来るまでにその靴を庇うように歩いてたし・・・」
「ユーガー!何してんだよ、置いてくぞー!」
ネロに名を呼ばれユーガは、やば、と手を振って大きく息を吸いー。
「今行く!」
と返して、再びメルの方へと視線を向ける。まだ手に乗せられた五千セルを眺めていたが、ユーガが自分を見ている事に気付くとそのお金を自身のポーチにしまって、ユーガに頭を下げた。
「・・・本当にありがとうございます、ユーガ君」
「いやいや、俺がしたくてやった事だから、全然気にしないでくれ!・・・ほら、行こうぜ!」
歩き出したユーガのその背中を、メルはなんとなく不思議な感情で眺めーふっ、と微笑みを浮かべて、その後を追った。
『ユーガ』
『エアボード』で空を飛んでいる最中、ネロが自分にだけ声を聞こえるようにして、そうスピーカーから声が聞こえてきた。
「ん?」
『あのメルって子、どこから来たんだ?』
ネロが視線を向けた先には、シノの『エアボード』にギリギリ乗り込んでいるメルがいた。メルの分の『エアボード』はないので、ひとまずの応急処置としてシノの『エアボード』に乗せることにしたのだ。ユーガはネロの問いに、首を振って答える。
「いや、それは聞いてないな・・・」
『見た事ねぇ服じゃねぇか?トビにも聞いてみようぜ』
「うん、わかった。・・・トビ」
ユーガはトビのスピーカーにも声が聞こえ、会話に参加できるようにしトビに話しかけると、あ?と少し不機嫌そうな声が返ってくる。
『メルって子、どこから来たか予想とかできるか?』
『・・・いや。着てる服もどこのものかさっぱりだし、最近どっかの町が結晶に覆われたなんて話聞いた事がねぇ。お前もないだろ』
トビからそう尋ねられ、ユーガはこの二ヶ月間の記憶を辿ったがーやはり、聞いた覚えがない。ユーガがトビに向かって頷くと、トビは片手を『エアボード』の操縦桿に置いたまま、顎に手を当てた。
『・・・とすると、まだこの世界には・・・』
「俺達の知らない場所がある、って事だよな」
ユーガとトビは顔を見合わせて頷き、その様子を見ていたネロが、やれやれ、と自身の声をユーガとトビには聞こえないようにして、呆れたようにーそれでもどこか楽しそうに口を開いた。
「・・・これで相棒じゃない、は無理があるな」
笑いながらそう言って視線を巡らせるとーネロの前にミナの『エアボード』が飛んでいて、どこかその『エアボード』からはー苛立ちが浮かんでいるように見える。ネロは一息嘆息し、ミナに声が聞こえるようにして話しかけた。
「・・・ミナ、まだ妬いてるのか?」
「・・・そんな事ありませんよ」
「嘘つけよ・・・、やれやれ、あれはユーガが悪いわけじゃねぇって」
それは、出発前ー。メルの分の『エアボード』がない事に気付いたユーガ達は、とりあえずユーガの『エアボード』に乗せようとしたのだがー。
「だ、だだだだ駄目です‼︎」
「へ?」
思わず叫んでしまったミナに、全員からの視線が飛ぶ。そこには、顔を真っ赤にして茶色の長い髪を振り乱させるミナが、メルに指を差していた。
「ふ、二人で『エアボード』に乗るとか、駄目です‼︎」
「・・・えっと、・・・私が乗ると何か問題がありますか・・・?」
何を言ってるのかわからないメルに、ミナはさらに顔を赤くして、ふん、とそっぽを向いた。あー、と鈍感すぎて気付かないユーガを除いて察した仲間達は顔を見合わせて頷いた。
「・・・では、メルにはシノの『エアボード』に乗ってもらいましょう。シノ、構いませんか?」
「・・・状況を把握。問題ありません」
「ありがとうございます。・・・あぁ、メル。あなたは気にする事はありませんよ」
「まぁ・・・はい、何となくは理解しましたし、大丈夫です」
と、メルはシノの『エアボード』に乗る事を快く了承してくれたのだった。そして、時は戻りー。
「大体、ユーガさんは警戒がなさすぎます・・・」
「いや、まぁそれはわかる。うん」
「・・・私だって・・・」
「・・・あいつは極度の鈍感だからな・・・」
全くです、と頬を赤らめながら、ミナは頬を膨らませた。ネロは嘆息して、その後もミナと二、三言会話をした。それを後ろで眺めながら、黙々と『エアボード』の操縦桿を握るシノに、メルはゆっくりと口を開いて話しかけた。
「・・・シノ・・・さん?」
「はい」
「・・・もしかして、怒ってます?」
「・・・質問の意図が不明。詳細説明を求めます」
「いえ・・・雰囲気といえばいいのか・・・」
シノは瞳だけメルに向けて、小さな口をわずかに開いて先ほどのメル同様に、ゆっくり話し始める。
「・・・あなたには、ご両親はいらっしゃいますか」
「両親・・・?まぁ、今は結晶の中にいますけど・・・」
「・・・実の親から、必要のない存在だった・・・そう言われたら、あなたはどうしますか」
「・・・え?」
シノは、二ヶ月前ー実の母親のソニアと邂逅した時のことを思い出して、その事をメルに話した。ユーガ達が命を懸けてソニアへと語りかけてくれた事、氷の精霊の『セルシウス』が力を貸してくれている事、そしてー『四大幻将』の一人、『煉獄のフィム』によって、和解できかけたソニアを殺され、死別した事。
「・・・お母さんから否定されて以来、私は『感情』を殺しました。今は・・・以前よりは感情を持てたかと」
「・・・皆さん、壮絶な過去を送ってきた・・・のですか?」
「・・・はい。また機会があればお話しますよ」
「じゃあ、お友達になりませんか?」
メルにそう言われ、シノは怪訝そうに眉を顰め、メルに再度尋ねた。
「・・・理解不能。どうしてですか?」
「そういうことをお話してくださった上で、あなたの事も知りたいです。シノさんが嫌でなければですけど」
「・・・まだ理解は不能ですが・・・まぁそれくらいなら・・・」
『え、なになに~?』
と、スピーカーから明るい声が聞こえてきて、メルが視線を横に向けると、自分達の『エアボード』の横に並走してリフィアの『エアボード』があり、羨むようにメルとシノを見た。
『アタシもその中に入れてよ~、ガールズトークしよ~よ~、アタシとも友達になってよ~』
「私はもちろん、構いませんよ」
快く了承してくれたメルに、リフィアは目を輝かせて、じゃあその流れで、と言葉を継ぐ。
『シノちゃんも、アタシと友達に・・・』
「嫌です」
『なんでぇ⁉︎』
わりとバッサリ拒否したシノに、リフィアはかなりショックを受けたように大袈裟にのけぞった。でもさー、と文句があるのか、メルを指差して頬を膨らませた。
『なんでメルちゃんは友達認定してて前から一緒にいるアタシは駄目なの~⁉︎不公平だよ~‼︎』
「私はあなたの事をまだ信じてません」
『あんな一緒にいたのに⁉︎』
「まぁ時間だけじゃ解決できないこともありますよね」
『ひどいよ~‼︎ルインく~~ん‼︎』
メルが追い打ちをかけるようにそう言うと、リフィアは左隣を飛ぶルインへと助けを求めるように視線を送り、ルインは呆れたように嘆息した。
『ちょっと飽きれないでよ‼︎』とリフィアがルインにツッコミを入れ、さらに言葉を継ぐ。『酷いよ皆がアタシをいじめるよ‼︎』
リフィアがそう駄々をこねると、スピーカーからユーガの声が聞こえてくる。
『皆、フォルトが見えたよ』
ユーガの言う通り、眼下にはシノの故郷ーフォルトの街並みが広がっていて、ユーガとトビが高度を下げると、仲間達もそれに従って『エアボード』の高度を下げていく。僅かな振動と共に『エアボード』は地面に着地し、周りを覆っていた元素障壁が解除されると同時に、ユーガ達は『エアボード』から降りる。
「そういえば、フォルトに来るのは久しぶりだな」
ユーガが懐かしむようにそう言うと、ネロも呆れたように同意する。
「だなぁ、俺は仕事に捕まってユーガ達みたいに自由に旅できなかったし」
「いや、それはネロが悪いと思うぞ?」
即座にユーガがツッコミを入れるとネロは、うぐ、と言葉を詰まらせる。
「でも、仕事よりは世界の危機の方が大事だろう?」
「大事だけど溜めたのはネロのせいだろ?」
正論を真正面からユーガに突きつけられ、それに同意するようにトビも頷いて、呆れたように嘆息して眼を細める。
「仕事を溜める理由に世界の危機を使うな」
いよいよ何も言えなくなり、ネロは肩を落としてーおそらく冗談だろうがーそれ以上言葉を発しなくなった。わぁ、とリフィアがネロに同情の目を向け、おどけたように口に手を当てて笑みを浮かべる。
「さっきのアタシよりいじめられてる」
「そういうところだと思いますよ・・・?」
メルにそう釘を刺され、どういう意味よ、とメルに突っかかったが、それをのらりくらりとメルはかわし、ふふ、と笑みを浮かべる。
「冗談ですよ、リフィア」
穏やかな笑みを浮かべるメルを見て、ユーガは安心したように微笑んだ。
「良かった、上手く馴染めてるみたいだ」
「あ?んな事心配してたのか」
トビがユーガの肩に肘を置いて、呆れたようにユーガを見る。トビがそんな事をしてくると思わず、ユーガとネロは思わず固まってトビを凝視したが、あえて何も言わない。言ったら殺される。絶対。
「う、うん・・・メルはずっと一人で旅してたみたいだし・・・上手く馴染めるかちょっと心配だったけど、とにかく良かった」
「まぁ・・・俺達の仲間、皆お人好しだからな」
ネロもユーガに同意したようにそう言うと、トビが切れ長な瞳をネロに向けて、何言ってんだ、と苛立ちを隠さずに言う。
「誰がお人好しだよ」
(説得力が全然ないんですけど・・・)
だってユーガの肩に肘置いてるじゃん。無意識か?無意識なのか?それはもうお人好しというかユーガの事認めてるって事で良いのかな?多分良いんだね?
「・・・あら、シノ」
と、ネロがありとあらゆる思考をぐーるぐると巡らせていると、街の入り口からそんな女性の声が聞こえてきて、ユーガ達はそちらに視線を向けると女性がシノに手を振っていて、シノもぺこりと頭を下げた。トビも、お、と言っているところを見ると、恐らくこの人はトビとシノの顔見知り、といったところだろうか。
「おかえり、『ケインシルヴァの天才魔導士』には会えた?」
「・・・えっと、それ私です」
ルインが自身を指差していうと女性は、え⁉︎と驚愕したようにルインをまじまじと見る。
「・・・めっちゃ可愛いじゃん」
「男なんですけど・・・」
「知ってますよ‼︎」
女性とルインの会話を見て、ネロはユーガとトビにこそっと耳打ちをする。
「・・・確かに、ルインって中性的な見た目してるよな」
「・・・そうかな」
「ちょっと何言ってるかわからん」
ユーガとトビに否定され、ネロは拗ねた。誰がどう見てもわかるくらいには拗ねた。
「え、ちょっと握手してください‼︎」
「は、はぁ・・・」
女性に詰め寄られ、苦笑して応対するルインを見ながら、シノは女性に話しかける。
「あの、『四大幻将』のロームさんをお見かけしませんでしたか」
「ローム?いえ、私は見てないけど・・・」
「・・・そうですか、わかりました」シノは女性に頭を下げると、フォルトの街の門をくぐってフォルトへ入る。ユーガ達もそれに伴ってシノの後ろを歩きールインは女性からなんとか離れーユーガの眼には、懐かしい街並みが広がった。その景色を眺めながら、ネロはユーガにだけ聞こえる声で耳打ちした。
「・・・なぁ、なんかトビの距離近くね?」
「・・・うん、俺もびっくりした」
まさかあのトビがそんな事をしてくるとは。多分、トビのファンクラブの人から殺されかねない事をされた。それくらい、衝撃だった。だが、ユーガにとっては衝撃よりも嬉しさの方が強い。ユーガはトビが少なくとも自分を認めてくれている事が伝わってきて、頬を掻いて照れ臭そうに笑みを浮かべる。
「嬉しいのはわかったから早く行こうな。置いてかれてるから」
ネロは嬉しそうに笑みを浮かべるユーガを見て、嘆息しながらそう言った。ーそういえば、昔ユーガが小さい頃に、彼に『親友だ』と言うとこんな感じで喜んだ。成長し、変わったものもあったがー彼のこういうところは、本当に変わっていない。
「・・・随分楽しそうだな」
ユーガとネロの背後からそんな声が聞こえ、ゆっくり振り返ると、トビの冷たい視線がユーガとネロに向けられていて、二人は言葉に詰まった。
「え、・・・いや、その・・・」
「なんで後ろに・・・」
ネロがそう尋ねると、トビは銃に弾を詰めながらその質問に答える。
「もともと後ろにいたわ。あいつらの足が早いだけだし、『蒼眼』で耳良いから全部丸聞こえだ」
・・・嫌な予感、とユーガとネロの背中に冷たい汗が伝わってくる。さて、とトビはユーガとネロを見下すように顔を上げ、口元にわずかに笑みを浮かべた。
「・・・誰が、距離が近いって?」
ー殺られる。二人は、そう直感してーじゃあ、とネロが最後の抵抗かのように冷や汗を垂らしながら尋ねる。
「なんでさっきユーガの肩に肘乗せたんだよ⁉︎」
「腕が疲れて良い置き場があったから。以上」
ーやはり、トビはトビだった。
「で、今はとりあえず聞き込みか?」
ユーガとネロを二発ずつ殴り、トビは手を払いながら仲間達にそう尋ねた。ですね、とルインは頷き、仲間達の数を数え始める。
「七、八・・・ちょうど八人ですから、二人ずつで別れて書き込みに行きましょうか」
「わかりました」とミナは頷き、一度仲間達を一瞥してから再び口を開く。「どう別れましょうか?」
うーん、とユーガが腕を組むと、メルがユーガに視線を向けて口を開く。
「ユーガ君は誰と行きますか?」
君付けしてる、とミナは頬を膨らませたが、リフィアがそれを宥める。ユーガは少し考え込み、ちらりとトビを見るとトビも同様にユーガの事を見ていて、呆れたようにユーガの頭を平手で叩いた。
「なんだよ、俺か?」
「まぁ、だよなぁ」
「知ってたよねぇ」
ネロとリフィアはおちょくるようにユーガとトビに視線を向けると、トビは二人に向かって銃を向けた。ーが、それはネロとリフィアを余計におどけさせてしまい、トビは嘆息した。もしかして、とメルがユーガにこっそりと尋ねる。
「ユーガ君、トビさんと何か?」
「え?あぁ、相棒なんだ。・・・つっても、トビはどう思ってるかわかんないけど・・・」
「なるほど、・・・良い関係ですね」
「ん、本当か?ありがとな」
ユーガがそう言い終わるとルインが、では、と手を叩いて仲間達を一瞥した。
「他の組分けで組みたい方はそれぞれ別れましょうか」
「では、メルさん」
シノがメルを指名し、メルは自分を指差して目をぱちくりとさせた。
「・・・行きますよ」
「は、はい‼︎」
「あの二人、仲良くなれたんだな」
ネロが安堵したように呟くと、ユーガもそれに同意するように頷いて口を開く。
「うん、でもまさかシノがメルと仲良くなるって思わなかったな・・・シノ、そういう感じじゃないと思ってたし・・・」
シノはどちらかというと単独行動を好むタイプの人間だ。そのシノがメルと仲良くなれたことに、ユーガは安堵すると共に驚きもあった。
「じゃあ~」とリフィアがミナの方を見て、リフィアはミナを正面から抱きしめた。「アタシはミナちゃんと行こっかな~」
「では、必然的に私とネロがペアですね」
「だな、よろしく頼むぜ、ルイン」
この二人も仲良くなったな、とユーガは思ったが、それは元からか?と頬を掻いて、何も言わない。ーうん、あんま変わんないわ。
「では、一時間後にまたここに集合にしましょう。仮にここでロームに会っても二人では挑まず、冷静に助けを呼んでください。いいですね、ユーガ」
ルインに名指しでそう言われ、俺⁉︎とユーガは自身を指差して言った。
「たしかに、何も考えずに突っ込みそうだよなぁ」
ネロにもそう言われ、ネロも大概だけどな、と綺麗にカウンターを返す。ユーガは頬を掻いて嘆息するとトビが、とにかく、と話を遮るように口を開いた。
「ロームは見つけ次第お前らに報告し、全員であいつに挑むって事だな」
「そういう事です。・・・お気を付けてくださいね」
ルインの言葉に仲間達は頷きーそれと同時にシノが、自分の鞄から小さな何かを取り出した。
「・・・どうぞ」
それを仲間達一人一人に手渡し、手に取ったトビが、へぇ、と興味深そうにそれを眺め始める。ユーガにはそれがなんなのかわからなかったが、トビ同様にルインも感心した声を上げ始める。
「これは・・・?」
「『無線機』か」
トビがそう言うと、シノは頷いて仲間達を一瞥する。
「・・・あくまでフォルトの貸出品ですので、後々返す必要はあります。ですが、今の状況においてはちょうど良いと思います」
「そうですね、ありがたく使わせていただきましょう」
ミナがそう言うと、仲間達はそれぞれ頷いて耳元にそれをつける。仲間達全員がつけ終わるのを確認して、ルインは改めて、
「では、各自気をつけて。何かあれば即座に連絡を」
と仲間達に語りかけると、それが合図であるかのように、先程別れたグループでそれぞれ違う道へ進み始める。
その先に待っているのは、『生』なのか『死』なのかも、わからぬまま。
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