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絆の未来編
第一話 再び集いし仲間達
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「行ったぞ」
「わかった、任せろ!」
静かな木々の中に二人の少年の声が響き、緋色の瞳を持つ少年ーユーガ・サンエットは草むらの中からイノシシのような魔物の姿を捉え、振りかぶっていた剣を思い切り振り下ろした。その剣はしっかりと魔物の姿を捉えており、その剣に纏った焔によって魔物は世界に満ちる元素となって、ほわっと空気に舞った。ユーガはそれを顔で追って確認して、剣を鞘に収めた。それと同時にもう一人の少年が草むらの中から、がさがさと音を立てて草をかき分けて現れ、ユーガは『彼』に向けて笑みを向けた。
「やったな、トビ!」
ユーガがそう呼んだその少年ートビ・ナイラルツは、小さく鼻を鳴らして彼の武器である双銃を太もものホルダーへ収めて、どこか呆れたように目を眇めた。
「・・・剣の踏み込みに乱れがあるぞ。それで死なれても困る。直せ」
「へ?そうだったか・・・?」
「ああ。・・・どこまでも甘い野郎だぜ」
「は、はは・・・けど、トビがそうやって教えてくれるからありがたいよ」
ユーガは頭を掻きながらそう呟き、そうかよ、とトビはユーガから視線を逸らした。それにしてもー最近、トビがよくアドバイスをくれるようになったな、とユーガは思う。以前からしてくれてはいたが、こうして的確な指摘をしてくる事は初めて会った時ではあり得ないことだった。
「・・・そういえば、もうあれから二ヶ月か・・・」
誤魔化すように言ったユーガの言葉に、トビは腕を組んで頷いた。ユーガの言う、『あれ』とは恐らく二ヶ月前の、彼の模造品のースウォーとの戦いの事だろう。二ヶ月前、ユーガ達は仲間達と共にそのスウォーと戦い、そして勝利した。しかし、それでもかなり苦戦した戦闘であった。ユーガ達の中には、ユーガの住む国、ケインシルヴァが誇る天才魔導士と言われる、ルイン・グリーシアとトビの住む国、クィーリアが誇る天才魔導士のシノ・メルトの二人がいたにも関わらず。それほど、スウォーは強敵であった。しかも、その仲間にはユーガの実の兄である、フルーヴ・ネサスがいて、ユーガにとっては体力的にも精神的にもとても辛い戦いであった。その旅を思い返しながら、ユーガはその時に共に戦った仲間達の顔を思い出した。
「皆、今どうしてるのかな・・・?」
「さぁな。ただ、リフィアは世界中を俺達のように旅をしてるらしいぜ。それ以外は知らん」
「・・・へぇ、よく知ってるな・・・?」
「風の噂だがな」
リフィアも、それ以外の仲間達もきっとまた、スウォーが引き起こした事態の収束に勤めているのだろう。スウォーは全世界の人間を模造品にし、差別がなく全ての人間が平等に生きれる世界を作ろうと目論んでいた。それは、彼が差別されていた過去を持っていたからだ。彼はそうして絶望し、人を信じる事をーやめてしまった。そして、ユーガ達と戦闘になってしまったのだ。本当は、ユーガはもっとスウォーと話をしたかったが、それももう叶わない。ユーガは胸の中に僅かに残る『棘』を感じながら、隣に立つトビに視線を向けた。
「・・・なぁ、ひと段落したら仲間達に会いに行ってもいいか?」
「・・・勝手にしろ」
それは、許してくれた、という事。ユーガはトビに礼を言ってから、周囲に広がる木々を見つめた。ここは、かつてソルディオスという街があった場所だ。ユーガとトビ、そしてルインにとってはある意味感慨深いものを思い出させるが、今はその感慨に耽っている場合でもない。ユーガは今ここにはいないルインを思い浮かべながら、小さく息を吐いて視線をトビに戻すとトビは、この話は終わり、と言うように組んでいた腕を解いた。
「俺達は俺達の使命を果たすだけだ。俺達はカヴィスから直々に勅命があってこの任務を引き受け、そしてそれを果たした。・・・さっさと報告に行くぞ」
ユーガ達はスウォーが引き起こした、元素の不安定化によって発生してしまった、凶暴化した世界各地の魔物の被害を抑えるための旅をしており、つい先週まではケインシルヴァとクィーリアの両国と同盟を結ぶ国、ミヨジネアにいたのだがケインシルヴァから兵が派遣され、ユーガ達は直々にケインシルヴァの王であるカヴィスから依頼を受け、ソルディオス近郊の魔物の討伐を命じられていたのだった。ユーガは、わかった、と頷いて前に歩き出したトビを追いかけようとしてー。
『・・・それが、『本当の絆』なのかもわからないのに、か?』
突如頭の中に響いてきた、二ヶ月前にスウォーと戦った際にスウォーがそう言い放った言葉が、まるで何かを暗示しているかのように鮮明に思い返され、ユーガは心の中にいる『彼』に話しかけたが、どうやら『彼』のせいではないらしく、ユーガは首を傾げて頭を掻いて怪訝そうな表情を浮かべつつも、気のせいだろう、と結論付けてもはや遠くを歩いてしまっているトビを追いかけて、苔が生い茂った道を走り抜けてトビの横へと並びーケインシルヴァの首都であるガイアへと向かった。
ユーガとトビは、森を抜けて平原へと出て、ポケットから出した卵のようなものを地面に叩きつけた。すると、煙がもうもうと立ち込め、それが収まるとそこには取っ手の付いたスケートボードのような物ータイヤは付いておらず、僅かに地面から浮いている物があり、その名は『エアボード』という。ただ、なぜ先程のソルディオス近郊の森で使わなかったのか、という質問に関してはお口チャックだ。わかったな?
「よし」
ユーガ達がエアボードに乗り込むと同時に、エアボードには上空の魔物から身を守るための防御壁ーそれは、元素によって起動させる機械、元素機械の一種である元素障壁だ。ユーガはそれが完全に起動したのを確認すると、それに付いた取っ手を片手で握り締めて上に引き上げた。すると、エアボードはゆっくりと、けれど確実に小さな音と共に、ふわり、と浮き上がり、次の瞬間にはユーガ達は空高くへと飛び上がっていた。
「そういえば、なんで俺達がソルディオスからミヨジネアまで運ばれたのかわからないままだったな?」
ユーガの小さな呟きに、トビは小さく嘆息して呆れたようにユーガに視線を向けて、口を開く。
「あれはどうやらただの勘違いらしい」
「へ?勘違い・・・?」
「あぁ、勘違い」
勘違い。ただの勘違いで、俺もトビもルインも頭殴られた挙句ミヨジネアまで運ばれたの?
「どういう・・・ことだ?」
「あの時ソルディオスはミヨジネア兵が調査してたらしい。それで俺達が勝手に家に入ったから、敵だと思いこんで俺達を捉えたらしいぜ」
「えぇ・・・」
ユーガもまた眼を細めて、呆れたように肩をすくめた。つまり、あの時ソルディオスを目指していたのはーただボタンをお互いが掛け違ってしまった、勘違いから生じた目的だったのか?
「・・・ま、無駄足」
「じゃないよな」
トビの言葉をユーガが遮り、トビがユーガのエアボードの方へ視線を向けると、彼は緋色の瞳を自分の方に向けて笑顔を浮かべていた。
「じゃなかったら、皆とも出会えてないだろ?」
「・・・あ、そ」
そういえばこいつこういう奴だったな、とトビは呆れーその表情の裏に僅かな笑みを隠して、ユーガに視線を向けた。二ヶ月経っても変わらないそのまっすぐ具合は、きっとこれからも変わる事のない彼の良さの一つだろう。そこはー認めてやっても良いかもしれない。
「それに、助けられた命もあったし・・・」
「・・・そうか」
「・・・その分、助けられなかった命もあったから・・・だから、俺はこの旅でこれ以上犠牲者を出さないようにしたいなって思うんだ」
助けられなかったから。その分、自分が悔いのないように助けられなかった命を食って、宿命を背負って生きる。殺した命の分も助けられなかった命の分も、背負って生きると決めたのだ。それが、命に対する自分なりの償い方なのだ。
「・・・死んでいった人達のためにも、俺は生きてなきゃいけないしさ」
「・・・生きてなきゃ、か」
「うん・・・だから、俺は人を助けていきたい」
「・・・」
トビが言葉を止めたところで、ユーガが前方を指差して一点でその指を止める。そこに見えているのは、ユーガの故郷のーガイアだ。
報告を終えたユーガ達は、さて、と息を吐いてユーガの家ー正確にはユーガがこの家に住み込みで働いているのだが、家という認識でいいだろうーへと足を向け、その扉を開けた。相変わらずの高級そうな絨毯や、飾られている物一つ一つが特級品のそれだ。トビも元貴族なので、見ればわかる。ーユーガは首を捻り、相変わらずわかっていないようであったが。しかしそれでも、ユーガは二ヶ月ぶりに帰った自分の家を眺めて、ほっとしているような、安堵の表情を浮かべて立っているようだ。
「おー、お前ら!おかえり!」
そんな声が響いて、姿を現したのは綺麗に整えられた青い髪をセンター分けにし、金色の瞳に赤い礼服を身に纏って腰に剣を付けている、この家の家主の息子であり、ユーガの幼馴染でもあるーネロだった。
「わざわざミヨジネアから戻って来てもらって、すまなかったな」
「まったくだ」と、トビは不機嫌さを隠さずにネロに鋭い視線を向けた。「俺らじゃなくとも、他に人がいただろうが」
「人員不足なんだよ、ごめんって」
「人員不足、ねぇ」
トビが呆れたように呟いているのを聞きながら、ユーガは彼らから少し離れて家の壁にかけられている肖像画を眺めた。そこには、ルーオス家の面々と、幼き頃の自分の姿が描かれている。本当はルーオス家の面々のみが描かれる予定が、幼き頃のネロが駄々をこね、ユーガも画家に描いてもらったのだった。
「・・・あの頃は、生きている意味とかわからなかったけど・・・母さんと父さん、兄貴もいなくなって悲しかったけど・・・今は、生きてて楽しいよ」
ユーガは幼い頃はガイアの貴族であった。しかし、クィーリアの兵士に突如として家を襲撃され、家族も家も、何もかも失った。そうしてガイアの街を放浪していたところを青髪の少年ーネロに拾われ、そして使用人として生きてきた。ユーガはそれを思い返して、少し口を開いてどこか悲しげな表情を見せた。
「・・・俺は生きてるよ。世界に絶望もしないし、誰かを憎んでもない・・・俺は世界を救うって決めたよ」
「何ブツブツ言ってんだよ」
「うわ⁉︎」
背後から急に声をかけられ、ユーガは肩を跳ね上げて後ろを振り返った。そこには、呆れたようにユーガを見つめるトビとネロが立っていて、ユーガはどう答えようか、と困惑してー。
「小せえ頃とか、関係ねぇだろ」
トビの言葉にユーガは、はっとして小さく頷いてー。
「そうだよな・・・大切なのは過去じゃなくて、今だもんな」
「・・・そういう事だ」
「・・・あ、ユーガ」
ネロに呼ばれ、ユーガはネロの方へ視線を向けると、ネロは鞘に収めていた自分の剣の先をユーガに向けて、ニヤリとした笑みを浮かべていた。
「どうよ、久しぶりにやろうぜ」
ユーガも笑みを浮かべて、剣に手をかけてネロを見据えてー。
「・・・いいな、やる?」
「・・・また始まった」
トビの声を聞きながら、ユーガとネロは中庭へと出て、互いに剣を引き抜いた。剣と剣が光り合い、ユーガ達は互いに生まれ持った能力ー固有能力を解放して、ゆっくりと息を吐く。中庭にあったベンチに腰をかけて足を組み頭をがしがしと掻いて、トビはユーガに視線を向けてからネロに視線を向ける。彼等は幼馴染、ということもあり、剣の流派も同じのためーユーガはほぼオリジナルの流派と化しているがー余興として楽しむ事くらいはできるだろう。
「あ、あの・・・」
横から遠慮がちに声をかけられ、トビは顔は向けずに視線だけをそちらに向けるとー。
「・・・お、お茶でもいかがですか?」
と、おそらくこの家のメイドであろう女性がお盆の上に紅茶を乗せ、顔を赤らめながらトビに声をかけていた。断るのも無碍だ、とトビは小さく溜息を吐いて、あぁ、と表情を変えずに頷いて紅茶に手を伸ばした。
「・・・もらうわ」
「あ、ありがとうございます!」
去っていくメイドの後ろ姿を眺めながらーどこか黄色い声なのは、気のせいではないだろう、と実感した。だってほら、窓から見えるさっきのメイドがきゃーきゃー言って跳ねてるし。まぁいつもの事だからべつにもう気にしないけど。紅茶のほのかなアールグレイの香りを感じながら、トビは先程のメイドを呼ぶために少し手を上げた。すると、先程のメイドが走ってきて、いや、一人じゃないね。なんか五人くらいのメイドが後ろから来てるね。気にしないけど。とにかくメイドがトビの元へと走って近付いてきて、少し嬉しそうな声音で口を開いた。
「い、いかがされましたか⁉︎」
「・・・いや、俺に茶を出すのはいいんだがな・・・この家の主人はネロ、使用人にはユーガもいんだろ?その二人には出してやらねぇのか?」
「そ!そうですよね!今すぐにお出しします!」
「いや、今すぐじゃなくてもー」
いいだろ、と言い切る前にメイドは去ってしまい、窓からせっせと紅茶を淹れているのが見えた。
「・・・単純な奴・・・」
「っ・・・でぇいっ!」
ユーガのそんな声が聞こえ、そちらに視線を向けるとーユーガは剣を横に大きく振り、それを防いだネロを大きく吹き飛ばしていた。ユーガはそのまま吹き飛んだネロを追いかけ、さらに追撃を重ねようと剣を振りかぶるがー。
「・・・おらっ!」
ネロは空中で体勢を立て直し体を捻って、走ってきたユーガに蹴りを喰らわせた。
「くっ・・・!」
それを腕で受け止めるが、まともに当たったので腕がびりびりと痺れるがーユーガは歯を噛み締めてそれを抑え込み、近くにあった壁に向かってジャンプして壁を踏み締め、さらに高く跳躍する。そこから、剣に彼の固有能力ー『緋眼』を纏わせ、ネロの背中を剣の鞘で殴りつけて地面に落とす。立ち上がったネロにユーガは一度拳で殴りつけてから剣で振り上げる。
「・・・烈牙斬っ!」
彼の技の一つである『烈牙斬』を喰らい、ネロは膝をつく。彼の固有能力である『緋眼』の力を纏い、全力ではないとはいえまともにその力を食らったのだ、かなりのダメージを負う事は当然であろう。
「ね、ネロ!ごめん、やりすぎたっ!」
「馬鹿野郎、加減を知らねえのか・・・」
トビはネロに回復魔法をかけ、ネロが起き上がるのを見届けてからユーガの額にチョップを入れた。
「いってぇ⁉︎」
「馬鹿」
トビがそう言い終えると同時に、先程のメイドがユーガとネロの分の紅茶をお盆に乗せて運んできて、トビを見て再び顔を赤らめた。
「あ、あの・・・お茶をどうぞ・・・!」
「いやだから俺じゃねぇって」
トビは呆れたようにツッコミを入れると、メイドは慌てたようにユーガ達の方へとお茶を運んだ。やれやれ、と嘆息しながらネロは紅茶を受け取り、ユーガは眼を輝かせて感謝を述べて、紅茶を受け取る。紅茶のほのかな香りが彼等の鼻を心地よく吹き抜け、心地よい感触がユーガ達を包み込んだ。
「それで、お前らはこの後どうすんだ?」
ベンチに座りながら紅茶を喉の奥に入れ、ネロは隣に座るユーガとトビに視線を向けながらそう尋ねた。今のところ、これといってする事も特にはないはずだ。それを確認するようにトビを見ると、彼もまた同調するように頷いた。
「・・・特には何も決まってないな・・・そうだな、皆に会いにいこうかな?」
「・・・まぁ、いいんじゃね」
ユーガの言葉にトビも頷き、それに賛同する。若干彼の言葉からは渋々感が否めないが、トビは嫌なら嫌、という性格だ。恐らく本心から嫌だとは思っていないのだろう、とユーガは思う。
「そうか・・・なら、俺もそろそろ旅に出ようと思っててさ、よければ俺も連れてってくれないか?」
「え、俺はもちろんいいけど・・・ネロの仕事はもういいのか?」
「あぁ、基本の仕事は終わってるし・・・帰ってきてからやっても全然間に合う仕事だからなー」
「・・・わかった、トビはどう思う?」
ユーガとネロがトビの方へ視線を向けると、彼は呆れたような視線をネロに向けて口を開いた。
「・・・仕事、早めに終わらせた方が良さそうだぜ?ほら、あれ」
ユーガとネロはトビが指を差し示した方向へ視線を向けると、よく見慣れたー紫のマントを羽織り、腹部を出した露出の高い服から、黒い羽と尻尾が現れている、共に旅をした仲間の『魔族』ーリフィア・ブラッドがそこには立っていた。
「や、元気ぃ?」
彼女はそう言って、手を立ててユーガ達の方へと近づきながら二ヶ月前と変わらない口調で、ふふん、と笑みを浮かべた。
「ってかぁ、アタシかなり前からいたんだけど・・・キミ達の話長すぎない~?」
「ごめんって・・・それより、なんでリフィアがここに・・・?」
「ん?まぁ近くを通りがかったから顔を見に来たってゆーか~?」
リフィアのその言葉を聞いて、トビは呆れたように腕を組んで眼を細める。
「・・・本当は?」
ギクリと体を震わせたリフィアにトビは、やはりな、と嘆息した。さっきからチラチラとネロの事を見てる事が何よりの証拠だ。おおかた、ネロに会いに来たとかそんなところなのだろう。だってわかるし。ネロとリフィアがお互いにどういう感情を抱いているかなど、二ヶ月前のあの旅を見ていれば明確にわかる。ほら、見て?ネロもこんなわかりやすい表情してるんだよ?こんなのわからない方がおかしいよ?
「なんのことだ?」
いるけど。ここにわかってないおかしい奴いるけど。相変わらずだな、と嘆息して、トビはユーガに呆れた視線を向けるが、何も言わない。言ったところで、どうせこいつにはわからないだろう。
「な、なんでもねーよ!な、リフィア!」
「そ、そ~だよ~!アタシ達は何も、ね!」
バレバレなんですけど?と言いたくなる気持ちを抑え込み、トビはもう一度嘆息した。これ以上首を突っ込んでも、ロクな事にはならないだろうし。
「・・・そ、それで?皆に会いに行くんだっけ?」
「うん、今頃皆は何してるかな・・・?」
「えーっとね、ルイン君は確かレイフォルスに帰って研究を進めてるでしょ?ミナちゃんはメレドルの王様からの依頼でメレドルに帰ったみたいで、シノちゃんはアタシみたいに世界を旅してるみたいだよ?」
リフィアのその言葉に、ユーガは感心したような声をあげて腕を組んだ。
「リフィア、すげぇな・・・なんで知ってるんだ?魔法か?」
「なわけねーだろ」
トビの鋭いツッコミを受けながら、ユーガは首を傾げた。どうやら本当にわかっていないらしく、頭を掻いている。リフィアも流石に苦笑し、ユーガの言葉に対して答える。
「流石に魔法じゃないよ~?世界を旅してるとね、そういう情報が入ってきやすい物なんだよ~」
「へぇ・・・その割には俺達も世界を旅したのにあまり知らないよな・・・」
「・・・確かにそうだな」
トビが同意したのを見てユーガは、珍しいな、と内心思ったが、口に出しては言わない。言ったら間違いなく怒られる事は眼に見えているのだ。流石の鈍さの塊のユーガでも、それはわかる。
「・・・皆に会いに行くなら、まずはルインのところに行くか?」
ネロからのその提案に、その場にいる全員が頷いた。どうやら、リフィアも一緒に行くらしい。それ自体は特に問題はないのだが、リフィアにはもう一つ、聞きたいことがユーガにはあった。
「そういやリフィア、レイは?」
「ん~?なんかね、前まで一緒に旅をしてたんだけど、レイちゃん一人でいろいろ見て回りたいって言ってさ、途中でどっか行っちゃったんだよね~?」
「え、そうなのか?それじゃけっこう心配じゃないのか・・・?」
「ん?まぁ心配だけど、これがあるからね~」
リフィアが取り出したのは、小さな元素機械で、パッと見ではなんの機械なのかはわからない。なんだそれ、とネロが首を傾げると同時にトビは腕を組んで、へぇ、と興味深そうな声を上げた。
「・・・携帯電話機か」
「そーそー!これがあれば、いつでも話せるからね~、基本向こうから電話がくるから、アタシはあんまり心配じゃないよ~」
恐らく、レイー以前はユーガ達の敵であった、『四大幻将』の一人、『無垢のレイ』は以前ユーガ達を助け、その後もう余命は長くない、ということをリフィアを除くユーガ達に伝えたのだ。それを知っていたユーガとトビとネロはそれを悟ったが、それは口にしない。レイ自身がそれをリフィアに伝えてほしくない、と言っているのだから、その意思は尊重すべきだろう。
「んじゃ、とにもかくにもレイフォルスだよね?行こ~?」
リフィアの言葉にユーガ達は頷いて、ルーオス邸の扉を開けた。それが、再び世界を巻き込む旅になる事を知らずに、彼等はー未来へと、その足を踏み出した。
「ルイン!」
ケインシルヴァのレイフォルスへと『エアボード』で移動し、ユーガ達は見慣れた風景を視界に入れながら『彼』の家へと向かう。ユーガは扉をノックし、はい、と返事が聞こえたのを確認してから、ゆっくりと開ける。扉の向こうには、緑の髪と頭の上に立ったあほ毛、びしっとした白衣に身を纏った、二ヶ月前に共に旅をした少年ールインが本を持って立っていて、ユーガ達の姿をその目に入れると同時に、目を輝かせて本を机の上に置いてユーガ達の前に走って来た。
「ユーガ、トビ、それにネロもリフィアも!お久しぶりです!」
「うん、久しぶり、ルイン」
ルインは笑顔でユーガ達を一瞥した後に、おや、と怪訝そうな表情でユーガを見つめた。
「ミナとシノはいないのですか?」
「あぁ、皆に会いに行こうと思っててさ、リフィアはガイアに来てくれたからそのままルインに会いに行こうってなったんだ」
「・・・なるほど、それはそれは・・・お元気そうで何よりですよ、皆さん」
相変わらず真面目だな、とトビが呆れたように言いつつも懐かしみも言葉には含まれていたので、恐らくトビも懐かしみを感じてるのだろう。
「ルインも、元気そうで何よりだ」
「だね~、アタシも久しぶりに会えて嬉しいよ!」
ネロとリフィアのその言葉に、ルインは笑顔を見せて頷いて応える。どうやら、ルインも元気にこの二ヶ月を過ごしていたらしい。以前は少しルインは痩せているイメージがあったが、少し肉付きが良くなったように見える。
「ところで皆さん、二ヶ月前に旅した仲間達に会いに行くのですよね?私もメレドルに行って、ヘルトゥス王に渡す書類がありますから、よろしければ一緒に行きませんか?メレドルならば、ミナもいるでしょう?」
ヘルトゥス、というのはユーガ達の世界、グリアリーフにある三カ国のうち、ミヨジネア国の首都、メレドルでミヨジネア全域を収める王である。王に渡すほどの書類、となればかなり重要な書類である事は確定的に明らかだ。それに、ルインは『ケインシルヴァの天才魔導士』と呼ばれる程の実力の持ち主だ。二ヶ月前同様に着いて来てくれるのならば、とても心強い。
「わかった、一緒に行こう。ルインが来てくれるなら、嬉しいよ!」
ユーガはルインに笑顔を向け、ルインもまた笑顔でそれを返す。行くぞ、と声をかけてトビはルインの家の扉を開けて外に出てードン、と何かにぶつかり、少し後退りした。何だ、とネロが後ろから覗き込むと、あ、と声をあげ、ユーガ達も後ろから覗き込むと、そこにはー。
「シノ⁉︎」
金髪をポニーテールにまとめていて、トビと同じような軍服を身に纏った無表情で、『クィーリアの天才魔導士』と呼称される少女ーシノ・メルトが、トビを見上げて立っていた。二ヶ月ぶりの再会だというのに、二ヶ月前と変わらない無表情をユーガ達に向けていた。
「お久しぶりですね、シノ。つい先程、あなたの話をしていたのですよ」
「・・・既に認知済み。声が聞こえていましたから」
この、冷静なアンドロイドのような口調。しかし、シノのこの冷静な判断にも何度も救われてきたのだ。彼女もまた変わっていない、という事だろう。
「・・・で、何でここにいる?」
トビの冷淡な口調に、シノは少し顔を上げてトビの顔を見上げる。そうでもしないと、身長が低いという事もありトビの顔をまともに見れないからだろう。
「理由はありません。ただ、ルインさんがこの街にいるので顔を見に来たところあなた方と遭遇、つまりただの偶然」
「おや、私の事を気にかけてくれたのですか?お優しいですね、シノ・・・ありがとうございます」
「礼は不要です。・・・ところでユーガさん」
不意に名を呼ばれ、ユーガはまさか自分に話を振られるとは思っておらずに少し上擦った声が出てしまったのは、気のせいではないだろう。
「ど、どうしたんだ、シノ?」
「メレドルヘ行く、・・・先程そう言っていたと記憶。相違はありませんか」
「う、うん・・・」
「だとするのならば、私もあなた達と共に着いていきます。それに対してのご意見などはありますか」
え、とユーガは驚いて仲間達を一瞥した。ルインと同様に『天才魔導士』の称号を持つシノがいるなら、さらに心強くなるだろう。それに、ルインもシノもだが、トビもネロもー今はここにはいないがーミナも、ユーガの大切な仲間だ。ならば、断る理由などないだろう。仲間達もートビは素直に頷かなかったがーそれを理解したようで、うん、と全員が頷いた。
「わかった、一緒に行こう、シノ」
「全員の意見の合致を確認。またよろしくお願いします、皆さん」
シノはそう言って、恭しく頭を下げる。では、とルインが改めてユーガ達を一瞥して、ふっ、と穏やかな笑みを浮かべて口を開く。
「行きましょうか、メレドルヘ」
あぁ、とユーガ達は頷いて、ユーガを先頭にーまた旅立つのだな、と感慨深い思いをルインは胸の中に押し留めて少し首を振り、ユーガ達の背中を追ってレイフォルスの街の出口へと向かった。
『ミナは何してるかなぁ?』
ユーガのそんな声が『エアボード』に取り付けられたスピーカーから聞こえてきて、トビは少し鼻を鳴らして意地の悪い表情でユーガの『エアボード』の方へ視線を向けた。
「何だ?そんなにミナの事が気になってんのかよ」
『そりゃな?』
「へぇ、特別な感情でも持ち合わせてんのかよ」
『へ?そりゃ仲間なんだし・・・』
そういう事じゃねぇ、とトビは呆れたように首を振ったが、もはや諦めてそれ以上口を開かなかった。この手の話はユーガには通じない事もわかっているし、突き詰めたところで彼は理解ができないのでこちらが疲れるだけだ。そんなところで体力を消耗するのはーあまりに馬鹿らしい。
「・・・もういい」
『な、何だよ・・・変なトビ』
「てめぇの方がよっぽど変だよ馬鹿たれ」
訳がわからないようで、ユーガは首を横に捻っている。そもそも、そういった関連の話をしたところで無駄な事は分かりきっていた事だ。それなのに話をしてしまった時点で、馬鹿という言葉は自分に返ってくる。しかし、それを口に出すのも馬鹿馬鹿しいので、何も言わずに口をつぐむ。
「・・・?よくわかんねぇけど、とにかくレイフォルスでシノと会えたのはラッキーだったな!」
「そうですね」と、ユーガの言葉にルインも同意する。「どこにいるかわからないシノを探すのは骨が折れたでしょうし、ナイスタイミングでしたね」
「あのタイミングで皆さんと再会できた確率はおよそ一%と言ったところ。偶然ーというよりは奇跡という言葉が最適解」
という事は、ほんの一握りの可能性を自分達は引き当てた、という事だ。本当にラッキーだったーそういう事なのだろう。
「んじゃ、あとはミナに会って全員大集結を果たすだけだな」
ネロの言葉に、ユーガは頷いて『エアボード』の操縦桿を握り直した。
辺りの建物の壁を見渡すと、ところどころに傷や焼け跡が見受けられる。おそらくこれが、ここーメレドルで起こった、ミヨジネアの内乱の痕なのだろう。ちくりとユーガは胸が痛むが、それを顔には出さずにメレドル城へと向かう。その道中、何人ものミヨジネア兵に遭遇したが、そのほとんどの兵士の体や鎧に傷が付いていたのもおそらく内乱の痕なのだろう。
「あの、ミナ・アクセリアってどこにいるかお聞きしたいんですけど・・・」
ユーガがメレドル城の前にいるミヨジネア兵にミナの居場所を尋ねてみると、彼は心置きなく教えてくれた。
「アクセリアでしたら今の時間は城の図書室にいるかと思われますよ」
「わかりました、ありがとうございます」
ユーガの言葉に兵士は僅かに頷いて、小さく笑みを浮かべた。ユーガも頷いてから、図書室か、と腕を組んで仲間達と共に城の中へと足を踏み入れる。
「図書室ってどの辺だっけ・・・?」
「入り口から入って左の部屋をまっすぐだ」
「わかった、にしても城ってなんでこんなに広いんだろうな・・・」
「敵が入ってきた時に惑わせることが出来るように、らしいぜ。広ければ広いほど、敵は惑わせられるし戦力も散できるしな」
ユーガの疑問にトビがさらっと教えてくれてユーガは、なるほど、と声を上げた。
「だからガイアの城も広いだろ」
「へぇ・・・敵襲を見越してって事なのか・・・」
「そういう事」
なるほどな、とユーガは納得して、図書室へ向かう扉を開ける。すると情報通りそこにはミナがいて、なにやら難しそうな内容の本を読み耽っていたが、ユーガ達に気付くとぱっと顔を上げて椅子から立ち上がり、その顔に笑顔を見せた。
「ユーガさん、それに皆さんも!」
「久しぶり、ミナ!元気だったか?」
「はい、まぁ忙しかったですけど・・・平和にするための活動は、気持ちいい感覚です」
「そっか、大変そうだな・・・大丈夫なのか?」
「はい、なんとか・・・」
「お~い、いちゃいちゃしてんなよ~」
ネロの冗談混じりの言葉に、ミナは顔を真っ赤にし、ユーガは首を傾げてそれぞれネロの方へ視線を向けた。
「そ、それより・・・どうしてユーガさん達がここに・・・?」
「あぁ、実は・・・」
ユーガは自分が仲間達に会いに各地を巡った事、ルインがヘルトゥス王に重要な書類を渡しに来た事を伝えると、ミナは少し考え込む表情を見せて、ルインの方へと視線を巡らせた。
「・・・もしかして、重要書類というのは・・・『あの事』についてですか?」
「・・・ええ、おそらくあなたが思っている物と同じですよ」
「・・・同意」
ミナ、ルイン、シノのみがわかっているような話題に、リフィアが駄々をこねるような口調で口を開いた。
「ねーねー、なんの事か教えてよ~?キミ達だけわかっててずるくない~?」
「ずるいとかずるくないとかそういう問題じゃねぇだろ」
トビの鋭い指摘にリフィアは頬を膨らませたが、で?とトビも尋ねていたところを見ると、割とトビも気になっているのだろう。
「・・・実は、以前レイフォルスで・・・四大幻将の『絶雹のキアル』をお見かけしまして」
「・・・な・・・!?」
『四大幻将』。それは、二ヶ月前の旅で敵対した、ミヨジネア王国兵団の最も強いとされる四人の兵士のことで、それが『絶雹のキアル』、『鬼将のローム』、『煉獄のフィム』、そして、ユーガ達の仲間であるリフィアの妹、『無垢のレイ』の事だ。そして『絶雹のキアル』は被験者ではなく、模造品ーつまり、作られた人間だった。そして、キアルは自分が生まれてきたことを呪い、愚かな生で自分を終わらせないためにユーガの模造品である、スウォーに加担して世界を滅ぼそうと目論んだ。しかし、二ヶ月前にユーガ達はキアルに勝利した。そう、勝利したのだ。動かない事も確かに確認したし、間違いなく脈も止まっていたはずだ。にも関わらず、ルインはキアルの姿を目撃した、と言った。
「・・・実は私も、ロームさんの姿をお見かけしました」
ミナの言葉に、ユーガ達全員の視線がミナの方へと向けられる。ロームー『鬼将のローム』は、大きな鎌を持った巨漢の男で、敵であるにも関わらず自分達にあらゆる情報を教えてくれた。ー最後に会ったのはシレーフォの牢屋の中だ。情報を教えてもらう代わりに、ロームを牢から出すという条件付きで彼を牢から出した。あの時は、ロームが最後にスウォーと戦った場所ー『制上の門』で自分達を倒しに来るだろうと思っていた。だが、彼はいなかった。必ず来るだろうと思っていたのに、彼はいなかったのだ。ユーガはそれも疑問にしていたが、口には出す事なく今まで過ごしてきたが、今回のミナの目撃情報によってその疑問は自分の中でとても大きな物となっていた。
「私は」と、今度はシノの声が聞こえ、そちらに視線を向ける。「フィムさんを目撃」
フィムー『煉獄のフィム』の正体は、四大幻将になる前はユーガの家の元使用人であった、レイト・フィムだった。元貴族だったユーガの使用人のフィムは、ユーガの良い友人であった。しかし、彼は同じく元貴族であったトビの家を滅ぼした。彼はーフィムは研究者として、自分の研究を世界に認めさせるためにユーガを味方に引き入れようと目論んだ。しかしユーガはそれを否定し、フィムと戦う事を決意した。しかし最終的にはフィムは海辺の洞窟でシノの母ーソニアを殺し、『精霊』を纏ったシノとユーガ達によって倒され、崩落した洞窟に飲み込まれたはずだ。死んだ、と思っていたが、あの崩落に巻き込まれても生きていたのかー?喜びのような、驚きのような、さまざまな感情が混じり合ったようなものをユーガは感じて、複雑な心境を味わった。
「・・・つまり・・・四大幻将の復活、って事か」
「・・・そうだね、皆の目撃情報を信じるってなるとそういう事になるかな」
ネロとリフィアの言葉に、ユーガ達は黙り込んだ。平和になったと思った世界は、まだ平和ではない、と表された気分を味わってしまい、わずかな絶望を感じ取ったのだ。
「・・・四大幻将がもしかしたら、敵じゃないかもしれないしさ・・・とにかく、その事をヘルトゥス王に報告しに行こう」
「・・・だな・・・ここで考えてても何も動かねぇ」
ユーガの言葉にトビも頷いて同意し、仲間達も同様に頷いたのを確認して、玉座へ行くための道へ足を踏み出した。
「・・・なるほど」
ミヨジネアの王、ヘルトゥスはルインの書状に目を通した後、ふー、と深いため息をついてユーガ達を一瞥した。
「・・・我等も、四大幻将はレイ以外は全滅したと思っていたが・・・貴公らの話を真に捉えるのならば、奴等は生きていて、今も何かを企んでいる可能性があるという事だな」
「・・・そうですね。ですので、念のためヘルトゥス王もご警戒をなさってください」
ルインの言葉にヘルトゥスは僅かに頷いて、玉座に深く腰掛けた。その顔は、一気に十代ほど老けたようにも感じられる。
「・・・しかし、もし奴等が生き返っているのだとして、奴等は何のために行動してるというのか・・・」
「・・・仮にだが」と、トビが御前だというのにも関わらず腕を組みながら口を開いた。「スウォーが死んだ今、スウォーの目的をあいつらだけで果たそうとしていたら・・・」
「・・・どちらにせよ、調べる必要はあるって事だな」
ネロの言葉にトビも頷き、ユーガの方へと視線を向ける。ユーガはその視線を受け、ユーガもまた頷いた。
「・・・わかった・・・四大幻将の情報を集めよう」
「私が」とミナが口を開き、ユーガ達も視線をそちらに向ける。「ロームさんをお見かけしたのはこの街です。きっとロームさんを見たのは、私だけではないと思いますから・・・どなたかロームさんをお見かけしていないか聞いてみましょう」
「りょ~かい、じゃあまたばらばらになって情報を集めてみよっか!」
そのリフィアの言葉に仲間達は頷いて、それぞれ玉座の間を出ていく。その光景をユーガは呆然と見守っていて、それに気付いたトビは、おい、とぶっきらぼうに声をかけた。
「何ぼーっとしてんだよ」
「・・・え、いや・・・」
「・・・またスウォーが復活してたら、とかって考えてんのか」
「・・・!」
図星か、とトビは嘆息する。
「・・・気にしてても仕方ねぇだろ」
「・・・まぁ・・・そうなんだけど・・・」
「うだうだ考えてたって何も物事は動かねぇ。だとするなら、次に繋げるために行動するしかねぇだろ」
「・・・うん」
「早く来い。行くぞ」
いつの間にか、自分とトビが一緒に行く事は確定していたらしい。それを自覚して、なんとなく照れくさくなったが先を歩き始めていたトビの背中を追って走り始めた。
「・・・収穫はあったのか、リフィア」
それぞれ情報を集め、集合したユーガ達の中で格段に明るい顔をしていたリフィアに向けて、トビがそう尋ねた。
「そうだね、一応は!・・・アタシが聞いた情報は、ローム君はフォルトの方に向かったみたいって話だよ」
「フォルトに・・・」
シノがそう呟いたのをユーガ達は聞き逃さず、何も言わずにシノの方へと視線を向けた。フォルトはクィーリアの街の一つで、シノの生まれ育った街である。
「・・・どうする?フォルトに行ってみるか?」
「・・・今はそれしか手掛かりもないし、行ってみるしかないんじゃないかな・・・」
ネロとユーガの会話に仲間達も頷きーそれを見て、ユーガは怪訝そうな顔をした。
「皆は・・・いいのか?それぞれやるべきことがあるんじゃないのか・・・?」
「何言ってんの~」と、リフィアがあっけらかんとした、それでも固い決意を感じれる口調で口を開く。「世界の危機かもしれないのに、アタシ達が動かないわけないでしょ?」
仲間達も同意したように頷いて、その中でルインがさらに言葉を継ぐ。
「何もなければ何もないで結構です。しかし、僅かでも危険な可能性があるのだとするならば・・・その可能性は、潰しておくべきでしょう?」
ルインの言葉にユーガは押し黙ってしまい、トビもまた鼻を鳴らしてユーガの方へ視線を向けた。
「・・・まぁ・・・戦力は少しでも多い方がいいし、いいんじゃねぇの」
「・・・わかった、それじゃまたよろしく頼むよ、皆!」
ユーガはそう言って、握りしめた拳を仲間達の方へと向ける。その言葉に仲間達は頷き、それを確認して、それにしても、とユーガは口を開いた。
「またこのメンバーが揃ったな!」
「成り行き上とはいえ、結果また一緒に旅ができて私は嬉しいですよ?」
「俺は」とトビがどこか不機嫌そうに口を開き、全員の視線がトビの方へと向く。「こいつと二ヶ月一緒だったっての。二ヶ月一人で御守りさせられたこっちの身にもなってくれよ」
呆れたようにそう言われたユーガは、え、と頭をぽりぽりと掻いたが、それ以外の仲間達ーシノを除いてーはトビを見て、意地の悪い笑みを浮かべた。
「いいではありませんか、相棒同士なんですし」
とミナが。
「うんうん、仲が良さそうで何よりじゃないかぁ」
とリフィアが。
「御守りは大変だな、同情するぜ?」
とネロが。
「本当に御守りだったのかはわかりませんが、大変ですね」
とルインが、口々にトビにちょっかいをかけていく。シノは何も言わずに、ただトビをじっと見ていたが。トビは自身の瞳に蒼い光ー彼の固有能力である、『蒼眼』を纏わせて銃を仲間達に向けた。
「なるほど死にてぇのか、覚悟しろよてめぇら」
それを聞いた仲間達は散り散りになって笑い声をあげながら逃げていき、トビは素早い動きでそれを追いかけていった。残されたのは、ユーガとシノだけ。ユーガはシノの方へ視線を向け、はは、と笑みを浮かべた。
「・・・皆、何も変わってなくて良かったよ」
「そうですね」
「・・・シノ」
「はい」
「・・・改めて、これからもよろしくな」
「・・・今更感があります」
「はは、そうかもな・・・けど、頼りにしてるからさ」
こんな風にシノと話ができて良かった、とユーガは心の中で思いながら、帰ってきた仲間達と全く息の切れていないトビを確認して、仲間達の息が整うのを待ってから仲間達に笑顔を向けた。
「よし、フォルトに行こう!」
再び彼の元へ集った仲間達はそれぞれ頷き、彼の意思に賛同する。これからも変わる事のない絆を信じて、彼等は足を踏み出した。
未来の道標に向かって、歩み出す。それが再び世界の危機へ繋がる事も知らずにー。
「・・・あれが、『緋眼』の子かぁ・・・」
歩き出した彼等を背後から眺める少女は、シアン色の髪を揺らしながら艶やかな瞳を向けていて、その少女の傍には、ふわふわと漂う不思議なクリスタルが浮いている。
「・・・連れてってくれるといいんだけどなぁ」
薄いチュールのスカートが彼女が振り向いて歩き出すと共にふらりと揺れる。シアン色が僅かに陰に隠れ、周囲のクリスタルの中にマゼンタ色がふっと浮かんだがそれはたった一瞬で、瞬き一瞬の後には、もう跡形もなく消えていた。
「わかった、任せろ!」
静かな木々の中に二人の少年の声が響き、緋色の瞳を持つ少年ーユーガ・サンエットは草むらの中からイノシシのような魔物の姿を捉え、振りかぶっていた剣を思い切り振り下ろした。その剣はしっかりと魔物の姿を捉えており、その剣に纏った焔によって魔物は世界に満ちる元素となって、ほわっと空気に舞った。ユーガはそれを顔で追って確認して、剣を鞘に収めた。それと同時にもう一人の少年が草むらの中から、がさがさと音を立てて草をかき分けて現れ、ユーガは『彼』に向けて笑みを向けた。
「やったな、トビ!」
ユーガがそう呼んだその少年ートビ・ナイラルツは、小さく鼻を鳴らして彼の武器である双銃を太もものホルダーへ収めて、どこか呆れたように目を眇めた。
「・・・剣の踏み込みに乱れがあるぞ。それで死なれても困る。直せ」
「へ?そうだったか・・・?」
「ああ。・・・どこまでも甘い野郎だぜ」
「は、はは・・・けど、トビがそうやって教えてくれるからありがたいよ」
ユーガは頭を掻きながらそう呟き、そうかよ、とトビはユーガから視線を逸らした。それにしてもー最近、トビがよくアドバイスをくれるようになったな、とユーガは思う。以前からしてくれてはいたが、こうして的確な指摘をしてくる事は初めて会った時ではあり得ないことだった。
「・・・そういえば、もうあれから二ヶ月か・・・」
誤魔化すように言ったユーガの言葉に、トビは腕を組んで頷いた。ユーガの言う、『あれ』とは恐らく二ヶ月前の、彼の模造品のースウォーとの戦いの事だろう。二ヶ月前、ユーガ達は仲間達と共にそのスウォーと戦い、そして勝利した。しかし、それでもかなり苦戦した戦闘であった。ユーガ達の中には、ユーガの住む国、ケインシルヴァが誇る天才魔導士と言われる、ルイン・グリーシアとトビの住む国、クィーリアが誇る天才魔導士のシノ・メルトの二人がいたにも関わらず。それほど、スウォーは強敵であった。しかも、その仲間にはユーガの実の兄である、フルーヴ・ネサスがいて、ユーガにとっては体力的にも精神的にもとても辛い戦いであった。その旅を思い返しながら、ユーガはその時に共に戦った仲間達の顔を思い出した。
「皆、今どうしてるのかな・・・?」
「さぁな。ただ、リフィアは世界中を俺達のように旅をしてるらしいぜ。それ以外は知らん」
「・・・へぇ、よく知ってるな・・・?」
「風の噂だがな」
リフィアも、それ以外の仲間達もきっとまた、スウォーが引き起こした事態の収束に勤めているのだろう。スウォーは全世界の人間を模造品にし、差別がなく全ての人間が平等に生きれる世界を作ろうと目論んでいた。それは、彼が差別されていた過去を持っていたからだ。彼はそうして絶望し、人を信じる事をーやめてしまった。そして、ユーガ達と戦闘になってしまったのだ。本当は、ユーガはもっとスウォーと話をしたかったが、それももう叶わない。ユーガは胸の中に僅かに残る『棘』を感じながら、隣に立つトビに視線を向けた。
「・・・なぁ、ひと段落したら仲間達に会いに行ってもいいか?」
「・・・勝手にしろ」
それは、許してくれた、という事。ユーガはトビに礼を言ってから、周囲に広がる木々を見つめた。ここは、かつてソルディオスという街があった場所だ。ユーガとトビ、そしてルインにとってはある意味感慨深いものを思い出させるが、今はその感慨に耽っている場合でもない。ユーガは今ここにはいないルインを思い浮かべながら、小さく息を吐いて視線をトビに戻すとトビは、この話は終わり、と言うように組んでいた腕を解いた。
「俺達は俺達の使命を果たすだけだ。俺達はカヴィスから直々に勅命があってこの任務を引き受け、そしてそれを果たした。・・・さっさと報告に行くぞ」
ユーガ達はスウォーが引き起こした、元素の不安定化によって発生してしまった、凶暴化した世界各地の魔物の被害を抑えるための旅をしており、つい先週まではケインシルヴァとクィーリアの両国と同盟を結ぶ国、ミヨジネアにいたのだがケインシルヴァから兵が派遣され、ユーガ達は直々にケインシルヴァの王であるカヴィスから依頼を受け、ソルディオス近郊の魔物の討伐を命じられていたのだった。ユーガは、わかった、と頷いて前に歩き出したトビを追いかけようとしてー。
『・・・それが、『本当の絆』なのかもわからないのに、か?』
突如頭の中に響いてきた、二ヶ月前にスウォーと戦った際にスウォーがそう言い放った言葉が、まるで何かを暗示しているかのように鮮明に思い返され、ユーガは心の中にいる『彼』に話しかけたが、どうやら『彼』のせいではないらしく、ユーガは首を傾げて頭を掻いて怪訝そうな表情を浮かべつつも、気のせいだろう、と結論付けてもはや遠くを歩いてしまっているトビを追いかけて、苔が生い茂った道を走り抜けてトビの横へと並びーケインシルヴァの首都であるガイアへと向かった。
ユーガとトビは、森を抜けて平原へと出て、ポケットから出した卵のようなものを地面に叩きつけた。すると、煙がもうもうと立ち込め、それが収まるとそこには取っ手の付いたスケートボードのような物ータイヤは付いておらず、僅かに地面から浮いている物があり、その名は『エアボード』という。ただ、なぜ先程のソルディオス近郊の森で使わなかったのか、という質問に関してはお口チャックだ。わかったな?
「よし」
ユーガ達がエアボードに乗り込むと同時に、エアボードには上空の魔物から身を守るための防御壁ーそれは、元素によって起動させる機械、元素機械の一種である元素障壁だ。ユーガはそれが完全に起動したのを確認すると、それに付いた取っ手を片手で握り締めて上に引き上げた。すると、エアボードはゆっくりと、けれど確実に小さな音と共に、ふわり、と浮き上がり、次の瞬間にはユーガ達は空高くへと飛び上がっていた。
「そういえば、なんで俺達がソルディオスからミヨジネアまで運ばれたのかわからないままだったな?」
ユーガの小さな呟きに、トビは小さく嘆息して呆れたようにユーガに視線を向けて、口を開く。
「あれはどうやらただの勘違いらしい」
「へ?勘違い・・・?」
「あぁ、勘違い」
勘違い。ただの勘違いで、俺もトビもルインも頭殴られた挙句ミヨジネアまで運ばれたの?
「どういう・・・ことだ?」
「あの時ソルディオスはミヨジネア兵が調査してたらしい。それで俺達が勝手に家に入ったから、敵だと思いこんで俺達を捉えたらしいぜ」
「えぇ・・・」
ユーガもまた眼を細めて、呆れたように肩をすくめた。つまり、あの時ソルディオスを目指していたのはーただボタンをお互いが掛け違ってしまった、勘違いから生じた目的だったのか?
「・・・ま、無駄足」
「じゃないよな」
トビの言葉をユーガが遮り、トビがユーガのエアボードの方へ視線を向けると、彼は緋色の瞳を自分の方に向けて笑顔を浮かべていた。
「じゃなかったら、皆とも出会えてないだろ?」
「・・・あ、そ」
そういえばこいつこういう奴だったな、とトビは呆れーその表情の裏に僅かな笑みを隠して、ユーガに視線を向けた。二ヶ月経っても変わらないそのまっすぐ具合は、きっとこれからも変わる事のない彼の良さの一つだろう。そこはー認めてやっても良いかもしれない。
「それに、助けられた命もあったし・・・」
「・・・そうか」
「・・・その分、助けられなかった命もあったから・・・だから、俺はこの旅でこれ以上犠牲者を出さないようにしたいなって思うんだ」
助けられなかったから。その分、自分が悔いのないように助けられなかった命を食って、宿命を背負って生きる。殺した命の分も助けられなかった命の分も、背負って生きると決めたのだ。それが、命に対する自分なりの償い方なのだ。
「・・・死んでいった人達のためにも、俺は生きてなきゃいけないしさ」
「・・・生きてなきゃ、か」
「うん・・・だから、俺は人を助けていきたい」
「・・・」
トビが言葉を止めたところで、ユーガが前方を指差して一点でその指を止める。そこに見えているのは、ユーガの故郷のーガイアだ。
報告を終えたユーガ達は、さて、と息を吐いてユーガの家ー正確にはユーガがこの家に住み込みで働いているのだが、家という認識でいいだろうーへと足を向け、その扉を開けた。相変わらずの高級そうな絨毯や、飾られている物一つ一つが特級品のそれだ。トビも元貴族なので、見ればわかる。ーユーガは首を捻り、相変わらずわかっていないようであったが。しかしそれでも、ユーガは二ヶ月ぶりに帰った自分の家を眺めて、ほっとしているような、安堵の表情を浮かべて立っているようだ。
「おー、お前ら!おかえり!」
そんな声が響いて、姿を現したのは綺麗に整えられた青い髪をセンター分けにし、金色の瞳に赤い礼服を身に纏って腰に剣を付けている、この家の家主の息子であり、ユーガの幼馴染でもあるーネロだった。
「わざわざミヨジネアから戻って来てもらって、すまなかったな」
「まったくだ」と、トビは不機嫌さを隠さずにネロに鋭い視線を向けた。「俺らじゃなくとも、他に人がいただろうが」
「人員不足なんだよ、ごめんって」
「人員不足、ねぇ」
トビが呆れたように呟いているのを聞きながら、ユーガは彼らから少し離れて家の壁にかけられている肖像画を眺めた。そこには、ルーオス家の面々と、幼き頃の自分の姿が描かれている。本当はルーオス家の面々のみが描かれる予定が、幼き頃のネロが駄々をこね、ユーガも画家に描いてもらったのだった。
「・・・あの頃は、生きている意味とかわからなかったけど・・・母さんと父さん、兄貴もいなくなって悲しかったけど・・・今は、生きてて楽しいよ」
ユーガは幼い頃はガイアの貴族であった。しかし、クィーリアの兵士に突如として家を襲撃され、家族も家も、何もかも失った。そうしてガイアの街を放浪していたところを青髪の少年ーネロに拾われ、そして使用人として生きてきた。ユーガはそれを思い返して、少し口を開いてどこか悲しげな表情を見せた。
「・・・俺は生きてるよ。世界に絶望もしないし、誰かを憎んでもない・・・俺は世界を救うって決めたよ」
「何ブツブツ言ってんだよ」
「うわ⁉︎」
背後から急に声をかけられ、ユーガは肩を跳ね上げて後ろを振り返った。そこには、呆れたようにユーガを見つめるトビとネロが立っていて、ユーガはどう答えようか、と困惑してー。
「小せえ頃とか、関係ねぇだろ」
トビの言葉にユーガは、はっとして小さく頷いてー。
「そうだよな・・・大切なのは過去じゃなくて、今だもんな」
「・・・そういう事だ」
「・・・あ、ユーガ」
ネロに呼ばれ、ユーガはネロの方へ視線を向けると、ネロは鞘に収めていた自分の剣の先をユーガに向けて、ニヤリとした笑みを浮かべていた。
「どうよ、久しぶりにやろうぜ」
ユーガも笑みを浮かべて、剣に手をかけてネロを見据えてー。
「・・・いいな、やる?」
「・・・また始まった」
トビの声を聞きながら、ユーガとネロは中庭へと出て、互いに剣を引き抜いた。剣と剣が光り合い、ユーガ達は互いに生まれ持った能力ー固有能力を解放して、ゆっくりと息を吐く。中庭にあったベンチに腰をかけて足を組み頭をがしがしと掻いて、トビはユーガに視線を向けてからネロに視線を向ける。彼等は幼馴染、ということもあり、剣の流派も同じのためーユーガはほぼオリジナルの流派と化しているがー余興として楽しむ事くらいはできるだろう。
「あ、あの・・・」
横から遠慮がちに声をかけられ、トビは顔は向けずに視線だけをそちらに向けるとー。
「・・・お、お茶でもいかがですか?」
と、おそらくこの家のメイドであろう女性がお盆の上に紅茶を乗せ、顔を赤らめながらトビに声をかけていた。断るのも無碍だ、とトビは小さく溜息を吐いて、あぁ、と表情を変えずに頷いて紅茶に手を伸ばした。
「・・・もらうわ」
「あ、ありがとうございます!」
去っていくメイドの後ろ姿を眺めながらーどこか黄色い声なのは、気のせいではないだろう、と実感した。だってほら、窓から見えるさっきのメイドがきゃーきゃー言って跳ねてるし。まぁいつもの事だからべつにもう気にしないけど。紅茶のほのかなアールグレイの香りを感じながら、トビは先程のメイドを呼ぶために少し手を上げた。すると、先程のメイドが走ってきて、いや、一人じゃないね。なんか五人くらいのメイドが後ろから来てるね。気にしないけど。とにかくメイドがトビの元へと走って近付いてきて、少し嬉しそうな声音で口を開いた。
「い、いかがされましたか⁉︎」
「・・・いや、俺に茶を出すのはいいんだがな・・・この家の主人はネロ、使用人にはユーガもいんだろ?その二人には出してやらねぇのか?」
「そ!そうですよね!今すぐにお出しします!」
「いや、今すぐじゃなくてもー」
いいだろ、と言い切る前にメイドは去ってしまい、窓からせっせと紅茶を淹れているのが見えた。
「・・・単純な奴・・・」
「っ・・・でぇいっ!」
ユーガのそんな声が聞こえ、そちらに視線を向けるとーユーガは剣を横に大きく振り、それを防いだネロを大きく吹き飛ばしていた。ユーガはそのまま吹き飛んだネロを追いかけ、さらに追撃を重ねようと剣を振りかぶるがー。
「・・・おらっ!」
ネロは空中で体勢を立て直し体を捻って、走ってきたユーガに蹴りを喰らわせた。
「くっ・・・!」
それを腕で受け止めるが、まともに当たったので腕がびりびりと痺れるがーユーガは歯を噛み締めてそれを抑え込み、近くにあった壁に向かってジャンプして壁を踏み締め、さらに高く跳躍する。そこから、剣に彼の固有能力ー『緋眼』を纏わせ、ネロの背中を剣の鞘で殴りつけて地面に落とす。立ち上がったネロにユーガは一度拳で殴りつけてから剣で振り上げる。
「・・・烈牙斬っ!」
彼の技の一つである『烈牙斬』を喰らい、ネロは膝をつく。彼の固有能力である『緋眼』の力を纏い、全力ではないとはいえまともにその力を食らったのだ、かなりのダメージを負う事は当然であろう。
「ね、ネロ!ごめん、やりすぎたっ!」
「馬鹿野郎、加減を知らねえのか・・・」
トビはネロに回復魔法をかけ、ネロが起き上がるのを見届けてからユーガの額にチョップを入れた。
「いってぇ⁉︎」
「馬鹿」
トビがそう言い終えると同時に、先程のメイドがユーガとネロの分の紅茶をお盆に乗せて運んできて、トビを見て再び顔を赤らめた。
「あ、あの・・・お茶をどうぞ・・・!」
「いやだから俺じゃねぇって」
トビは呆れたようにツッコミを入れると、メイドは慌てたようにユーガ達の方へとお茶を運んだ。やれやれ、と嘆息しながらネロは紅茶を受け取り、ユーガは眼を輝かせて感謝を述べて、紅茶を受け取る。紅茶のほのかな香りが彼等の鼻を心地よく吹き抜け、心地よい感触がユーガ達を包み込んだ。
「それで、お前らはこの後どうすんだ?」
ベンチに座りながら紅茶を喉の奥に入れ、ネロは隣に座るユーガとトビに視線を向けながらそう尋ねた。今のところ、これといってする事も特にはないはずだ。それを確認するようにトビを見ると、彼もまた同調するように頷いた。
「・・・特には何も決まってないな・・・そうだな、皆に会いにいこうかな?」
「・・・まぁ、いいんじゃね」
ユーガの言葉にトビも頷き、それに賛同する。若干彼の言葉からは渋々感が否めないが、トビは嫌なら嫌、という性格だ。恐らく本心から嫌だとは思っていないのだろう、とユーガは思う。
「そうか・・・なら、俺もそろそろ旅に出ようと思っててさ、よければ俺も連れてってくれないか?」
「え、俺はもちろんいいけど・・・ネロの仕事はもういいのか?」
「あぁ、基本の仕事は終わってるし・・・帰ってきてからやっても全然間に合う仕事だからなー」
「・・・わかった、トビはどう思う?」
ユーガとネロがトビの方へ視線を向けると、彼は呆れたような視線をネロに向けて口を開いた。
「・・・仕事、早めに終わらせた方が良さそうだぜ?ほら、あれ」
ユーガとネロはトビが指を差し示した方向へ視線を向けると、よく見慣れたー紫のマントを羽織り、腹部を出した露出の高い服から、黒い羽と尻尾が現れている、共に旅をした仲間の『魔族』ーリフィア・ブラッドがそこには立っていた。
「や、元気ぃ?」
彼女はそう言って、手を立ててユーガ達の方へと近づきながら二ヶ月前と変わらない口調で、ふふん、と笑みを浮かべた。
「ってかぁ、アタシかなり前からいたんだけど・・・キミ達の話長すぎない~?」
「ごめんって・・・それより、なんでリフィアがここに・・・?」
「ん?まぁ近くを通りがかったから顔を見に来たってゆーか~?」
リフィアのその言葉を聞いて、トビは呆れたように腕を組んで眼を細める。
「・・・本当は?」
ギクリと体を震わせたリフィアにトビは、やはりな、と嘆息した。さっきからチラチラとネロの事を見てる事が何よりの証拠だ。おおかた、ネロに会いに来たとかそんなところなのだろう。だってわかるし。ネロとリフィアがお互いにどういう感情を抱いているかなど、二ヶ月前のあの旅を見ていれば明確にわかる。ほら、見て?ネロもこんなわかりやすい表情してるんだよ?こんなのわからない方がおかしいよ?
「なんのことだ?」
いるけど。ここにわかってないおかしい奴いるけど。相変わらずだな、と嘆息して、トビはユーガに呆れた視線を向けるが、何も言わない。言ったところで、どうせこいつにはわからないだろう。
「な、なんでもねーよ!な、リフィア!」
「そ、そ~だよ~!アタシ達は何も、ね!」
バレバレなんですけど?と言いたくなる気持ちを抑え込み、トビはもう一度嘆息した。これ以上首を突っ込んでも、ロクな事にはならないだろうし。
「・・・そ、それで?皆に会いに行くんだっけ?」
「うん、今頃皆は何してるかな・・・?」
「えーっとね、ルイン君は確かレイフォルスに帰って研究を進めてるでしょ?ミナちゃんはメレドルの王様からの依頼でメレドルに帰ったみたいで、シノちゃんはアタシみたいに世界を旅してるみたいだよ?」
リフィアのその言葉に、ユーガは感心したような声をあげて腕を組んだ。
「リフィア、すげぇな・・・なんで知ってるんだ?魔法か?」
「なわけねーだろ」
トビの鋭いツッコミを受けながら、ユーガは首を傾げた。どうやら本当にわかっていないらしく、頭を掻いている。リフィアも流石に苦笑し、ユーガの言葉に対して答える。
「流石に魔法じゃないよ~?世界を旅してるとね、そういう情報が入ってきやすい物なんだよ~」
「へぇ・・・その割には俺達も世界を旅したのにあまり知らないよな・・・」
「・・・確かにそうだな」
トビが同意したのを見てユーガは、珍しいな、と内心思ったが、口に出しては言わない。言ったら間違いなく怒られる事は眼に見えているのだ。流石の鈍さの塊のユーガでも、それはわかる。
「・・・皆に会いに行くなら、まずはルインのところに行くか?」
ネロからのその提案に、その場にいる全員が頷いた。どうやら、リフィアも一緒に行くらしい。それ自体は特に問題はないのだが、リフィアにはもう一つ、聞きたいことがユーガにはあった。
「そういやリフィア、レイは?」
「ん~?なんかね、前まで一緒に旅をしてたんだけど、レイちゃん一人でいろいろ見て回りたいって言ってさ、途中でどっか行っちゃったんだよね~?」
「え、そうなのか?それじゃけっこう心配じゃないのか・・・?」
「ん?まぁ心配だけど、これがあるからね~」
リフィアが取り出したのは、小さな元素機械で、パッと見ではなんの機械なのかはわからない。なんだそれ、とネロが首を傾げると同時にトビは腕を組んで、へぇ、と興味深そうな声を上げた。
「・・・携帯電話機か」
「そーそー!これがあれば、いつでも話せるからね~、基本向こうから電話がくるから、アタシはあんまり心配じゃないよ~」
恐らく、レイー以前はユーガ達の敵であった、『四大幻将』の一人、『無垢のレイ』は以前ユーガ達を助け、その後もう余命は長くない、ということをリフィアを除くユーガ達に伝えたのだ。それを知っていたユーガとトビとネロはそれを悟ったが、それは口にしない。レイ自身がそれをリフィアに伝えてほしくない、と言っているのだから、その意思は尊重すべきだろう。
「んじゃ、とにもかくにもレイフォルスだよね?行こ~?」
リフィアの言葉にユーガ達は頷いて、ルーオス邸の扉を開けた。それが、再び世界を巻き込む旅になる事を知らずに、彼等はー未来へと、その足を踏み出した。
「ルイン!」
ケインシルヴァのレイフォルスへと『エアボード』で移動し、ユーガ達は見慣れた風景を視界に入れながら『彼』の家へと向かう。ユーガは扉をノックし、はい、と返事が聞こえたのを確認してから、ゆっくりと開ける。扉の向こうには、緑の髪と頭の上に立ったあほ毛、びしっとした白衣に身を纏った、二ヶ月前に共に旅をした少年ールインが本を持って立っていて、ユーガ達の姿をその目に入れると同時に、目を輝かせて本を机の上に置いてユーガ達の前に走って来た。
「ユーガ、トビ、それにネロもリフィアも!お久しぶりです!」
「うん、久しぶり、ルイン」
ルインは笑顔でユーガ達を一瞥した後に、おや、と怪訝そうな表情でユーガを見つめた。
「ミナとシノはいないのですか?」
「あぁ、皆に会いに行こうと思っててさ、リフィアはガイアに来てくれたからそのままルインに会いに行こうってなったんだ」
「・・・なるほど、それはそれは・・・お元気そうで何よりですよ、皆さん」
相変わらず真面目だな、とトビが呆れたように言いつつも懐かしみも言葉には含まれていたので、恐らくトビも懐かしみを感じてるのだろう。
「ルインも、元気そうで何よりだ」
「だね~、アタシも久しぶりに会えて嬉しいよ!」
ネロとリフィアのその言葉に、ルインは笑顔を見せて頷いて応える。どうやら、ルインも元気にこの二ヶ月を過ごしていたらしい。以前は少しルインは痩せているイメージがあったが、少し肉付きが良くなったように見える。
「ところで皆さん、二ヶ月前に旅した仲間達に会いに行くのですよね?私もメレドルに行って、ヘルトゥス王に渡す書類がありますから、よろしければ一緒に行きませんか?メレドルならば、ミナもいるでしょう?」
ヘルトゥス、というのはユーガ達の世界、グリアリーフにある三カ国のうち、ミヨジネア国の首都、メレドルでミヨジネア全域を収める王である。王に渡すほどの書類、となればかなり重要な書類である事は確定的に明らかだ。それに、ルインは『ケインシルヴァの天才魔導士』と呼ばれる程の実力の持ち主だ。二ヶ月前同様に着いて来てくれるのならば、とても心強い。
「わかった、一緒に行こう。ルインが来てくれるなら、嬉しいよ!」
ユーガはルインに笑顔を向け、ルインもまた笑顔でそれを返す。行くぞ、と声をかけてトビはルインの家の扉を開けて外に出てードン、と何かにぶつかり、少し後退りした。何だ、とネロが後ろから覗き込むと、あ、と声をあげ、ユーガ達も後ろから覗き込むと、そこにはー。
「シノ⁉︎」
金髪をポニーテールにまとめていて、トビと同じような軍服を身に纏った無表情で、『クィーリアの天才魔導士』と呼称される少女ーシノ・メルトが、トビを見上げて立っていた。二ヶ月ぶりの再会だというのに、二ヶ月前と変わらない無表情をユーガ達に向けていた。
「お久しぶりですね、シノ。つい先程、あなたの話をしていたのですよ」
「・・・既に認知済み。声が聞こえていましたから」
この、冷静なアンドロイドのような口調。しかし、シノのこの冷静な判断にも何度も救われてきたのだ。彼女もまた変わっていない、という事だろう。
「・・・で、何でここにいる?」
トビの冷淡な口調に、シノは少し顔を上げてトビの顔を見上げる。そうでもしないと、身長が低いという事もありトビの顔をまともに見れないからだろう。
「理由はありません。ただ、ルインさんがこの街にいるので顔を見に来たところあなた方と遭遇、つまりただの偶然」
「おや、私の事を気にかけてくれたのですか?お優しいですね、シノ・・・ありがとうございます」
「礼は不要です。・・・ところでユーガさん」
不意に名を呼ばれ、ユーガはまさか自分に話を振られるとは思っておらずに少し上擦った声が出てしまったのは、気のせいではないだろう。
「ど、どうしたんだ、シノ?」
「メレドルヘ行く、・・・先程そう言っていたと記憶。相違はありませんか」
「う、うん・・・」
「だとするのならば、私もあなた達と共に着いていきます。それに対してのご意見などはありますか」
え、とユーガは驚いて仲間達を一瞥した。ルインと同様に『天才魔導士』の称号を持つシノがいるなら、さらに心強くなるだろう。それに、ルインもシノもだが、トビもネロもー今はここにはいないがーミナも、ユーガの大切な仲間だ。ならば、断る理由などないだろう。仲間達もートビは素直に頷かなかったがーそれを理解したようで、うん、と全員が頷いた。
「わかった、一緒に行こう、シノ」
「全員の意見の合致を確認。またよろしくお願いします、皆さん」
シノはそう言って、恭しく頭を下げる。では、とルインが改めてユーガ達を一瞥して、ふっ、と穏やかな笑みを浮かべて口を開く。
「行きましょうか、メレドルヘ」
あぁ、とユーガ達は頷いて、ユーガを先頭にーまた旅立つのだな、と感慨深い思いをルインは胸の中に押し留めて少し首を振り、ユーガ達の背中を追ってレイフォルスの街の出口へと向かった。
『ミナは何してるかなぁ?』
ユーガのそんな声が『エアボード』に取り付けられたスピーカーから聞こえてきて、トビは少し鼻を鳴らして意地の悪い表情でユーガの『エアボード』の方へ視線を向けた。
「何だ?そんなにミナの事が気になってんのかよ」
『そりゃな?』
「へぇ、特別な感情でも持ち合わせてんのかよ」
『へ?そりゃ仲間なんだし・・・』
そういう事じゃねぇ、とトビは呆れたように首を振ったが、もはや諦めてそれ以上口を開かなかった。この手の話はユーガには通じない事もわかっているし、突き詰めたところで彼は理解ができないのでこちらが疲れるだけだ。そんなところで体力を消耗するのはーあまりに馬鹿らしい。
「・・・もういい」
『な、何だよ・・・変なトビ』
「てめぇの方がよっぽど変だよ馬鹿たれ」
訳がわからないようで、ユーガは首を横に捻っている。そもそも、そういった関連の話をしたところで無駄な事は分かりきっていた事だ。それなのに話をしてしまった時点で、馬鹿という言葉は自分に返ってくる。しかし、それを口に出すのも馬鹿馬鹿しいので、何も言わずに口をつぐむ。
「・・・?よくわかんねぇけど、とにかくレイフォルスでシノと会えたのはラッキーだったな!」
「そうですね」と、ユーガの言葉にルインも同意する。「どこにいるかわからないシノを探すのは骨が折れたでしょうし、ナイスタイミングでしたね」
「あのタイミングで皆さんと再会できた確率はおよそ一%と言ったところ。偶然ーというよりは奇跡という言葉が最適解」
という事は、ほんの一握りの可能性を自分達は引き当てた、という事だ。本当にラッキーだったーそういう事なのだろう。
「んじゃ、あとはミナに会って全員大集結を果たすだけだな」
ネロの言葉に、ユーガは頷いて『エアボード』の操縦桿を握り直した。
辺りの建物の壁を見渡すと、ところどころに傷や焼け跡が見受けられる。おそらくこれが、ここーメレドルで起こった、ミヨジネアの内乱の痕なのだろう。ちくりとユーガは胸が痛むが、それを顔には出さずにメレドル城へと向かう。その道中、何人ものミヨジネア兵に遭遇したが、そのほとんどの兵士の体や鎧に傷が付いていたのもおそらく内乱の痕なのだろう。
「あの、ミナ・アクセリアってどこにいるかお聞きしたいんですけど・・・」
ユーガがメレドル城の前にいるミヨジネア兵にミナの居場所を尋ねてみると、彼は心置きなく教えてくれた。
「アクセリアでしたら今の時間は城の図書室にいるかと思われますよ」
「わかりました、ありがとうございます」
ユーガの言葉に兵士は僅かに頷いて、小さく笑みを浮かべた。ユーガも頷いてから、図書室か、と腕を組んで仲間達と共に城の中へと足を踏み入れる。
「図書室ってどの辺だっけ・・・?」
「入り口から入って左の部屋をまっすぐだ」
「わかった、にしても城ってなんでこんなに広いんだろうな・・・」
「敵が入ってきた時に惑わせることが出来るように、らしいぜ。広ければ広いほど、敵は惑わせられるし戦力も散できるしな」
ユーガの疑問にトビがさらっと教えてくれてユーガは、なるほど、と声を上げた。
「だからガイアの城も広いだろ」
「へぇ・・・敵襲を見越してって事なのか・・・」
「そういう事」
なるほどな、とユーガは納得して、図書室へ向かう扉を開ける。すると情報通りそこにはミナがいて、なにやら難しそうな内容の本を読み耽っていたが、ユーガ達に気付くとぱっと顔を上げて椅子から立ち上がり、その顔に笑顔を見せた。
「ユーガさん、それに皆さんも!」
「久しぶり、ミナ!元気だったか?」
「はい、まぁ忙しかったですけど・・・平和にするための活動は、気持ちいい感覚です」
「そっか、大変そうだな・・・大丈夫なのか?」
「はい、なんとか・・・」
「お~い、いちゃいちゃしてんなよ~」
ネロの冗談混じりの言葉に、ミナは顔を真っ赤にし、ユーガは首を傾げてそれぞれネロの方へ視線を向けた。
「そ、それより・・・どうしてユーガさん達がここに・・・?」
「あぁ、実は・・・」
ユーガは自分が仲間達に会いに各地を巡った事、ルインがヘルトゥス王に重要な書類を渡しに来た事を伝えると、ミナは少し考え込む表情を見せて、ルインの方へと視線を巡らせた。
「・・・もしかして、重要書類というのは・・・『あの事』についてですか?」
「・・・ええ、おそらくあなたが思っている物と同じですよ」
「・・・同意」
ミナ、ルイン、シノのみがわかっているような話題に、リフィアが駄々をこねるような口調で口を開いた。
「ねーねー、なんの事か教えてよ~?キミ達だけわかっててずるくない~?」
「ずるいとかずるくないとかそういう問題じゃねぇだろ」
トビの鋭い指摘にリフィアは頬を膨らませたが、で?とトビも尋ねていたところを見ると、割とトビも気になっているのだろう。
「・・・実は、以前レイフォルスで・・・四大幻将の『絶雹のキアル』をお見かけしまして」
「・・・な・・・!?」
『四大幻将』。それは、二ヶ月前の旅で敵対した、ミヨジネア王国兵団の最も強いとされる四人の兵士のことで、それが『絶雹のキアル』、『鬼将のローム』、『煉獄のフィム』、そして、ユーガ達の仲間であるリフィアの妹、『無垢のレイ』の事だ。そして『絶雹のキアル』は被験者ではなく、模造品ーつまり、作られた人間だった。そして、キアルは自分が生まれてきたことを呪い、愚かな生で自分を終わらせないためにユーガの模造品である、スウォーに加担して世界を滅ぼそうと目論んだ。しかし、二ヶ月前にユーガ達はキアルに勝利した。そう、勝利したのだ。動かない事も確かに確認したし、間違いなく脈も止まっていたはずだ。にも関わらず、ルインはキアルの姿を目撃した、と言った。
「・・・実は私も、ロームさんの姿をお見かけしました」
ミナの言葉に、ユーガ達全員の視線がミナの方へと向けられる。ロームー『鬼将のローム』は、大きな鎌を持った巨漢の男で、敵であるにも関わらず自分達にあらゆる情報を教えてくれた。ー最後に会ったのはシレーフォの牢屋の中だ。情報を教えてもらう代わりに、ロームを牢から出すという条件付きで彼を牢から出した。あの時は、ロームが最後にスウォーと戦った場所ー『制上の門』で自分達を倒しに来るだろうと思っていた。だが、彼はいなかった。必ず来るだろうと思っていたのに、彼はいなかったのだ。ユーガはそれも疑問にしていたが、口には出す事なく今まで過ごしてきたが、今回のミナの目撃情報によってその疑問は自分の中でとても大きな物となっていた。
「私は」と、今度はシノの声が聞こえ、そちらに視線を向ける。「フィムさんを目撃」
フィムー『煉獄のフィム』の正体は、四大幻将になる前はユーガの家の元使用人であった、レイト・フィムだった。元貴族だったユーガの使用人のフィムは、ユーガの良い友人であった。しかし、彼は同じく元貴族であったトビの家を滅ぼした。彼はーフィムは研究者として、自分の研究を世界に認めさせるためにユーガを味方に引き入れようと目論んだ。しかしユーガはそれを否定し、フィムと戦う事を決意した。しかし最終的にはフィムは海辺の洞窟でシノの母ーソニアを殺し、『精霊』を纏ったシノとユーガ達によって倒され、崩落した洞窟に飲み込まれたはずだ。死んだ、と思っていたが、あの崩落に巻き込まれても生きていたのかー?喜びのような、驚きのような、さまざまな感情が混じり合ったようなものをユーガは感じて、複雑な心境を味わった。
「・・・つまり・・・四大幻将の復活、って事か」
「・・・そうだね、皆の目撃情報を信じるってなるとそういう事になるかな」
ネロとリフィアの言葉に、ユーガ達は黙り込んだ。平和になったと思った世界は、まだ平和ではない、と表された気分を味わってしまい、わずかな絶望を感じ取ったのだ。
「・・・四大幻将がもしかしたら、敵じゃないかもしれないしさ・・・とにかく、その事をヘルトゥス王に報告しに行こう」
「・・・だな・・・ここで考えてても何も動かねぇ」
ユーガの言葉にトビも頷いて同意し、仲間達も同様に頷いたのを確認して、玉座へ行くための道へ足を踏み出した。
「・・・なるほど」
ミヨジネアの王、ヘルトゥスはルインの書状に目を通した後、ふー、と深いため息をついてユーガ達を一瞥した。
「・・・我等も、四大幻将はレイ以外は全滅したと思っていたが・・・貴公らの話を真に捉えるのならば、奴等は生きていて、今も何かを企んでいる可能性があるという事だな」
「・・・そうですね。ですので、念のためヘルトゥス王もご警戒をなさってください」
ルインの言葉にヘルトゥスは僅かに頷いて、玉座に深く腰掛けた。その顔は、一気に十代ほど老けたようにも感じられる。
「・・・しかし、もし奴等が生き返っているのだとして、奴等は何のために行動してるというのか・・・」
「・・・仮にだが」と、トビが御前だというのにも関わらず腕を組みながら口を開いた。「スウォーが死んだ今、スウォーの目的をあいつらだけで果たそうとしていたら・・・」
「・・・どちらにせよ、調べる必要はあるって事だな」
ネロの言葉にトビも頷き、ユーガの方へと視線を向ける。ユーガはその視線を受け、ユーガもまた頷いた。
「・・・わかった・・・四大幻将の情報を集めよう」
「私が」とミナが口を開き、ユーガ達も視線をそちらに向ける。「ロームさんをお見かけしたのはこの街です。きっとロームさんを見たのは、私だけではないと思いますから・・・どなたかロームさんをお見かけしていないか聞いてみましょう」
「りょ~かい、じゃあまたばらばらになって情報を集めてみよっか!」
そのリフィアの言葉に仲間達は頷いて、それぞれ玉座の間を出ていく。その光景をユーガは呆然と見守っていて、それに気付いたトビは、おい、とぶっきらぼうに声をかけた。
「何ぼーっとしてんだよ」
「・・・え、いや・・・」
「・・・またスウォーが復活してたら、とかって考えてんのか」
「・・・!」
図星か、とトビは嘆息する。
「・・・気にしてても仕方ねぇだろ」
「・・・まぁ・・・そうなんだけど・・・」
「うだうだ考えてたって何も物事は動かねぇ。だとするなら、次に繋げるために行動するしかねぇだろ」
「・・・うん」
「早く来い。行くぞ」
いつの間にか、自分とトビが一緒に行く事は確定していたらしい。それを自覚して、なんとなく照れくさくなったが先を歩き始めていたトビの背中を追って走り始めた。
「・・・収穫はあったのか、リフィア」
それぞれ情報を集め、集合したユーガ達の中で格段に明るい顔をしていたリフィアに向けて、トビがそう尋ねた。
「そうだね、一応は!・・・アタシが聞いた情報は、ローム君はフォルトの方に向かったみたいって話だよ」
「フォルトに・・・」
シノがそう呟いたのをユーガ達は聞き逃さず、何も言わずにシノの方へと視線を向けた。フォルトはクィーリアの街の一つで、シノの生まれ育った街である。
「・・・どうする?フォルトに行ってみるか?」
「・・・今はそれしか手掛かりもないし、行ってみるしかないんじゃないかな・・・」
ネロとユーガの会話に仲間達も頷きーそれを見て、ユーガは怪訝そうな顔をした。
「皆は・・・いいのか?それぞれやるべきことがあるんじゃないのか・・・?」
「何言ってんの~」と、リフィアがあっけらかんとした、それでも固い決意を感じれる口調で口を開く。「世界の危機かもしれないのに、アタシ達が動かないわけないでしょ?」
仲間達も同意したように頷いて、その中でルインがさらに言葉を継ぐ。
「何もなければ何もないで結構です。しかし、僅かでも危険な可能性があるのだとするならば・・・その可能性は、潰しておくべきでしょう?」
ルインの言葉にユーガは押し黙ってしまい、トビもまた鼻を鳴らしてユーガの方へ視線を向けた。
「・・・まぁ・・・戦力は少しでも多い方がいいし、いいんじゃねぇの」
「・・・わかった、それじゃまたよろしく頼むよ、皆!」
ユーガはそう言って、握りしめた拳を仲間達の方へと向ける。その言葉に仲間達は頷き、それを確認して、それにしても、とユーガは口を開いた。
「またこのメンバーが揃ったな!」
「成り行き上とはいえ、結果また一緒に旅ができて私は嬉しいですよ?」
「俺は」とトビがどこか不機嫌そうに口を開き、全員の視線がトビの方へと向く。「こいつと二ヶ月一緒だったっての。二ヶ月一人で御守りさせられたこっちの身にもなってくれよ」
呆れたようにそう言われたユーガは、え、と頭をぽりぽりと掻いたが、それ以外の仲間達ーシノを除いてーはトビを見て、意地の悪い笑みを浮かべた。
「いいではありませんか、相棒同士なんですし」
とミナが。
「うんうん、仲が良さそうで何よりじゃないかぁ」
とリフィアが。
「御守りは大変だな、同情するぜ?」
とネロが。
「本当に御守りだったのかはわかりませんが、大変ですね」
とルインが、口々にトビにちょっかいをかけていく。シノは何も言わずに、ただトビをじっと見ていたが。トビは自身の瞳に蒼い光ー彼の固有能力である、『蒼眼』を纏わせて銃を仲間達に向けた。
「なるほど死にてぇのか、覚悟しろよてめぇら」
それを聞いた仲間達は散り散りになって笑い声をあげながら逃げていき、トビは素早い動きでそれを追いかけていった。残されたのは、ユーガとシノだけ。ユーガはシノの方へ視線を向け、はは、と笑みを浮かべた。
「・・・皆、何も変わってなくて良かったよ」
「そうですね」
「・・・シノ」
「はい」
「・・・改めて、これからもよろしくな」
「・・・今更感があります」
「はは、そうかもな・・・けど、頼りにしてるからさ」
こんな風にシノと話ができて良かった、とユーガは心の中で思いながら、帰ってきた仲間達と全く息の切れていないトビを確認して、仲間達の息が整うのを待ってから仲間達に笑顔を向けた。
「よし、フォルトに行こう!」
再び彼の元へ集った仲間達はそれぞれ頷き、彼の意思に賛同する。これからも変わる事のない絆を信じて、彼等は足を踏み出した。
未来の道標に向かって、歩み出す。それが再び世界の危機へ繋がる事も知らずにー。
「・・・あれが、『緋眼』の子かぁ・・・」
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「・・・連れてってくれるといいんだけどなぁ」
薄いチュールのスカートが彼女が振り向いて歩き出すと共にふらりと揺れる。シアン色が僅かに陰に隠れ、周囲のクリスタルの中にマゼンタ色がふっと浮かんだがそれはたった一瞬で、瞬き一瞬の後には、もう跡形もなく消えていた。
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