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絆の邂逅編
第十三話 別離
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「ここか!」
ユーガは息を吐き、一つの門の前で足を止めた。ヨーゲ岬。トビの案内の元、ユーガ達はヨーゲ岬へ辿り着く事ができた。しかし、とルインは内心で小さく息を吐いた。
(魔物に親を、ですか・・・)
ルインは俯き、眼を細める。それを横で見ていたネロが、ユーガに小声で、
「・・・なぁ、確かルインって魔物に親を殺されて・・・」
と尋ねた。
「うん」とユーガが俯いて頷く。「そう聞いたよ。・・・ネロも知ってたんだな」
ああ、とネロは頷いた。
「ま、実際に会った事はなかったけど・・・研究費用を出したり、色々と交流もあったからそれなりの話は聞いてるよ」
「・・・もしかして、ルインはそれを思い出してるのかな」
ユーガが、うーん、と腕を組むと隣で腰に手を当てているトビが頷いた。
「・・・それがあいつにとって心に残るような傷になっているなら・・・トラウマとして植え付けられていてもおかしくはないな」
トラウマ、とユーガは呟いて、クィーリアの天才魔道士、シノと共に歩くルインを見た。
「・・・聞いてみた方が良いのかな」
「やめとけ。それがもし本当なら、思い出させる方が酷ってもんだ」
トビはそう言うと、歩幅を広げて前を歩くルイン達を追い抜いてどんどんと海の音が響く岬を歩いていった。
「・・・そうかもしれないけど、な」
ネロはそう言って肩をすくめ、ユーガの肩をぽん、と叩いてトビの後を追った。トビのあの言葉は、今は気にする事じゃない、という意味だろうか。ユーガは組んでいた腕を解き、後ろに立っていたミナに、行こう、と声をかけて前を歩く仲間達を追いかけて歩き出した。
びゅ、と海風がユーガの髪を揺らす。ユーガは少しだけ髪をかき上げ、そういや、とトビを振り向いた。
「ヨーゲグリフィン・・・だっけ?そいつはどこに巣を構えてるのか知ってたりしないか?」
「知ってたら」とトビが腕を組む。「とっくにそこに向かってる」
そりゃそうだ、とネロは苦笑いして何気なく空を見上げるとー。
「あ!」
ネロが指を指した方向には、巨大なー、本当に巨大な鳥が飛んでいた。
「いました、あれがヨーゲグリフィンです」
こんな時でも抑揚のない声でシノが言った。
「あれか!あいつに着いて行けば、あの子の親を・・・」
ユーガはそこまで言って、とあることに気付いた。
「・・・なぁ、なんかこっちに・・・」
「来て・・・ませんか?」
ネロとミナの言った通り、ヨーゲグリフィンは間違いなくユーガ達に向かって来ていた。それぞれ、武器を構える暇もなくー。
「うぉぉわぁぁぁぁぁぁ⁉︎」
ユーガは肩を掴まれ、風の轟音と共に脚が浮くのを感じた。
「ユーガ⁉︎」
トビの声が聞こえ、そちらを振り向くとトビが銃を構えており、パン、と発砲するがー。
「ダメだ、風圧で・・・!」
ネロが言った通り、トビの弾は風圧によって完全に無効化されていた。
(マジかよ・・・!)
ユーガは何とか剣を抜こうと試みるが、肩を掴まれているためまともに動かせず、ただじたばたと暴れる他なかった。
「くそ・・・!」
トビはヨーゲグリフィンに肩を掴まれて暴れるユーガを見ながら舌を打った。
「くそ・・・あの馬鹿が・・・!」
不意打ちだったとはいえ、いとも簡単に捕まる馬鹿がいたとは思わなかった。
「ともかく追いかけるぞ!」
ネロがそう叫び、ミナとシノがそれに頷く。走り出したネロ達を止める暇もなく、トビは呆れてやれやれ、と首を振った。
「・・・おい、ルイン」
先程と同じようにぼーっとしていたルインの名を呼び、行くぞ、とぶっきらぼうな声でルインにそう言った。
「・・・早いとこネロ達に追い付かねぇと見失うからな」
「え、えぇ・・・」
ふん、と鼻を鳴らしてトビは前を走るネロ達を追いかけた。
~ユーガサイド~
「くそ、離せ・・・!」
ユーガは脚をばたばたとさせるほかできず、体を捻ろうにもそれは叶わなかった。魔物ー確か、ヨーゲグリフィンーは先程から甲高い声をあげて空を飛んでいる。
(どうする・・・?)
ユーガは考えを巡らせた。トビや仲間達もおらず、自分一人で戦わなければならない。トビ達なら自分がいなくてもどうとでもなるだろう、とユーガは思う。
(あ・・・)
ユーガが顔を上げると、そこには藁で作られた半球状の巣があった。どさ、と乱暴に落とされ、痛みに顔を顰めるとー、
「・・・これは・・・」
ユーガの顔の横には、卵があった。恐らく、このヨーゲグリフィンの卵だろう。ヨーゲグリフィンはユーガに一度視線を巡らせると、大きな羽で再び飛び去った。自分以外の餌を探しに行ったのかもしれない。
「・・・チャンスだな」
今のうちに飛び降りて逃げよう、と思い、ユーガは巣の下を覗き込んだ。
「・・・うわ!」
ユーガは咄嗟に尻もちをついた。飛び降りるなんてとんでもない。巣は思ったよりも高いところにあり、飛び降りようものなら骨折ーそれどころか、死すら感じられるほど高いーは免られないほど、巣は高かった。くそ、と唇を噛み、少し息を整えて辺りを見渡した。出っ張った岩の先に、今ユーガのいる巣がある。下は高所、上は剣山のように鋭い岩。どうやらかなりの高所のようだ、とユーガは改めて思う。魔法が使えればそれなりの解決策も見つかるかもしれないが、あいにくとユーガは魔法を使えない。それに、手元には一振りの剣とポーション等といった物が入った小袋のみ。
「・・・どうしよう・・・」
ユーガはどさ、と尻もちをつき、ポツリと呟いた。無論、諦めたわけではないが、解決策が見つからない以上無闇に暴れるのは良くないと思ったのだ。
(くそっ・・・)
~トビサイド~
「ユーガが飛んで行ったのはこっちだったよな?」
前を走るネロが尋ねた。ああ、とトビは頷く。
「・・・トビさん」
シノが走りながらトビの名を呼んだ。
「なんだ」
「・・・ヨーゲグリフィンの巣って、確か・・・かなりの高所に・・・」
「!」
トビはそれを聞き、脚を止めた。ネロ達がトビを振り向く。
「・・・そうか、ヨーゲグリフィンの習性か!」
まずった、とトビは眼を細めた。忘れていた。ヨーゲグリフィンは高いところに巣を作り、卵を外敵から身を守る習性があるのだった。小さく舌を打ち、トビはくそ、と腕を組む。
「忘れてた・・・あの馬鹿にロープでも渡しとけば良かった」
考えてみれば、ユーガが最も危なっかしいのだ。それくらいの道具を持たせておけば良かった、と後悔した。まぁ、もう遅いのだが。
「ともかく、早くユーガを見つけましょう。助ける方法はそこに着いてから考えましょう!」
ルインの言葉に、全員が頷いた。駆け出すネロ達を見ながら、トビは内心ユーガに毒付いた。
(・・・面倒かけさせやがって)
頭を押さえて溜め息を吐き、トビはネロ達を追いかけた。ーその時、彼の蒼い眼が少しー本当に少し光ったのを気付いたのは誰もいなかった。
しばらく走り、トビがネロ達に追い付くと何やらルインがまたぼーっとしていた。またかー、流石に苛立ちを覚えたトビは、おい、とルインの肩を掴んでー。異変に気付いた。今回は明らかに様子が違う。前とは違い、体が小刻みにかたかたと震えている。ネロ達も異変に気付いて声をかけるが、返事はない。
「・・・おい、ルイン!」
トビが怒鳴るも、反応はない。こんな時にー!トビの苛立ちもかなり高まり、殴って眼を覚まさせてやろうかー、そんな事を考えていると。
「・・・・・・が」
「あ?」
ぽつり、と呟いたルインの言葉はとても小さく、トビは眼を細めて聞き直した。
「・・・何ですか、この・・・」
マハの言葉を聞きながら、トビはぞくりと背筋が凍るようなそんな感覚を覚えた。何だ、この感じはー。体が震え、震えるな、と言いつけても無駄だった。トビは異様な気配を感じた方向を見て、眼を見張った。他の仲間も、同様に。そこにはー。
「フルーヴ・・・!」
~ユーガサイド~
「だー、くそ・・・。全然方法が思いつかねぇ!」
変わらず、ユーガは下に降りる方法を探していた。頭をがしがしと掻き、はぁ、と溜め息を吐いた。こんな事ならロープだ何だと貰っておけば良かった、と自分の愚かさを呪う。彼は気付いていないが、実はすぐ側までトビ達は来ていた。しかし、そこまで頭が回らずに、どうしよう、と悩み続けるのであった。あれから、何度かヨーゲグリフィンが巣に帰ってきて、ユーガはその度なんとか掴まって帰ろうとするのだが、全てかわされて無意味に終わるのであった。
「ちぇっ、ちょっと掴ませてくれても良いのに・・・」
当然、悪いのは油断していたユーガ自身なのだが。ユーガは少し反省しつつ、もう一度下を見下ろした。相変わらず、高い。そりゃそうか、と自分で納得し、何気なく視線を上に向けた。太陽がちょうど、真上に上がっている。どうやら昼のようだ。
「・・・待てよ、太陽・・・?」
ユーガはハッとして、剣を抜いた。これなら、とユーガは剣を上に掲げ、光の反射で剣が輝くのを確認した。
「ちょっと手間かかるけど・・・これをなるべく全方位に向ければ・・・!」
それを続ける事で、トビ達に気付いてもらおう、というユーガなりに頭を使った手段だった。よし、と呟き、剣をなるべく輝かせた。
~トビサイド~
「・・・僕らの邪魔をするからこうなるんだ」
「ぐ・・・」
フルーヴの辛辣な言葉が横たわって悶絶するトビの頭に降り注いだ。他の仲間達も、皆やられた。それに加え、今目の前にいるフルーヴはどこか前とは違う雰囲気を覚えさせた。雰囲気というより、大量の元素を含んでいるような、そんな感覚。
「・・・ふん・・・ま、お前らの無力を噛み締めてこのまま地獄へ落ちるんだな」
フルーヴは倒れているトビの腹を蹴った。がふ、と血を吐いてトビは転がった。
(くそ・・・)
トビは血で赤く染まった視界を少し細め、心の中で舌打ちをした。こんな事なら、ユーガ達に着いてくるんじゃなかった、と後悔する。ーもう遅いか、とトビは血を吐き出し、仰向けになった。こんな時に限って、ユーガはいない。くそが、と小さく呟いてトビはフルーヴに眼を向けた。フルーヴは今にも大きな槍をトビに突き刺そうと槍を振りかざしている。深く息を吐き、ここまでか、と思ったその時。
「・・・う・・・」
フルーヴが眩しい何かから眼を逸らせた。眩しい何かは何度もフルーヴの顔をー眼を照らし、フルーヴは顔を腕で隠した。その隙を見て、トビは銃を取って足元の土に向けて放った。土が舞い、フルーヴの視界を遮った。
「くっ・・・!」
「てめぇら、いつまで寝てやがる!さっさと退くぞ!」
トビは倒れている仲間達に叫び、ゆっくりと立ち上がった仲間達に苛立ちを覚えながら舌を打った。
(今の光・・・まさか・・・)
走りながら、トビは先ほどの光が放たれた方向へ走った。途中でちら、と後ろを見たが、険しい表情のネロ達以外には誰もいなかった。フルーヴが来てない事を確認して、トビはスピードを緩めて服に着いた泥を落とした。
「けど」と肩で息をしながらネロが呟いた。「さっきの光がなかったら、俺達危なかったな・・・」
ええ、とルインも肩をーそれはフルーヴに刺されたーを押さえながら頷く。ミナとシノは比較的傷は浅いが、全くの無傷、というわけではない。トビとシノは全員に回復術をかけていった。
「・・・そういや、シノも回復術を使えるんだな」
ネロが痛みに顔を顰めながら言った。シノは、はい、と頷く。
「・・・研究の成果です」
研究。そういえば、以前そんな事を言っていた気がする、とトビは思い出す。やがて、全員の治療を終えると日は傾き始めていた。
「・・・早いとこさっきの光のとこに行くぞ」
多少ぶっきらぼうに言い、トビはさっさと歩き出した。
「きっと早くユーガに会いたいんだぜ」
「かもですね」
後ろでネロとルインがそんな事を言っていたのを聞き逃さず、トビはキッと彼らを睨んで眼を細めた。ネロとルインは肩をすくめて口をつぐんだ。
「駄目、かな・・・」
ユーガはかざしていた剣を下ろし、長い溜め息を吐いた。既に日は暮れかけ、剣も光を失いかけていた。・・・俺、このまま死ぬのかな・・・空腹感もあるし、喉も乾いた。このままでは、ホントにヤバい・・・そう思った、その時。
「ユーガ!」
聞き覚えのある、ネロの声が聞こえた気がした。幻聴などではなく、はっきりと。ハッと眼を覚まし、ユーガは体を起こして下を覗き込んでー、眼を見張った。仲間が、トビ達がそこにはいた。
「皆!」
これで助かる、そう思うと眼の奥が熱くなった。
「今」とトビが腕を組んで叫んだ。「崩して下ろしてやる。ちょっと待ってろ」
「ああ!わかっ・・・」
え?今なんて言った?確か、崩して・・・?ユーガが考えを巡らせていると、トビが魔法の詠唱に取り掛かった。
「力よ爆散せよ・・・穿て」
「ちょ、ちょっとタンマ・・・‼︎」
「・・・フォースブラスト」
トビの詠唱が終わると同時に、ユーガは激しく体が揺れた。ヤバい、と思っても遅い。段々と景色が下に落ちていくー!ユーガは地面ギリギリで飛び降り、じん、と脚に痛みを感じながら深く息を吐いた。
「あ、あ、危ねぇ・・・!死ぬかと思った・・・!」
「生きてんだから良いじゃねーか」
良くないわ!とユーガは叫び、トビに詰め寄った。
「・・・そもそも、事の発端はお前があんな鳥に攫われるからだろ?責めるなら自分を責めろ」
ぐ、と言葉に詰まる。それはそうだ。自分が攫われさえしなければ、トビ達に苦労をかける事もなかった。それは事実だ。
「・・・そ、そうだな・・・ごめん。それと、助けてくれてありがとう」
「『仕方なく』助けてやったんだ。せいぜい感謝しろ」
トビは腕を組んでユーガから顔を背ける。ホントに良いコンビだな、とネロはつくづく思う。そんなユーガ達を横眼に、さぁ、とシノが言った。
「行きましょう。やるべきことはまだあります」
そうだった。フォルトにいた、あの少女の親を助けないと。ユーガは頷き足を出しかけて、あ、と呟いて足を止めた。ユーガが先程の巣があった所ーそこは瓦礫の山と化しているーをよく見ると、ユーガが先程までいた巣があり、そこには無惨にも割れてしまった卵があった。
(やっぱ、割れちまってるよな・・・)
ユーガは小さく息を吐き、巣の側まで歩いて膝をついた。
「・・・ごめんな、俺達の勝手な都合で・・・どうか、安らかに眠ってくれ・・・」
それは、割れてしまった卵の中にあった小さく、儚い一つの命に向けての言葉だった。ユーガは顔を上げて立ち上がり、ネロ達を振り向いた。
「・・・行こう」
「兄貴が・・・⁉︎」
フォルトの少女の親を探しながら、ネロがフルーヴに襲われたと話すとユーガは驚いた声をあげた。
「ああ・・・」
それに、とトビが辺りを見渡しながら呟いた。
「さっきのフルーヴは・・・なんか今までとちっと違った気がする」
違う?とユーガは首を傾げた。
「それって・・・兄貴の模造品(クローン)って事か?」
「いや、違う・・・。というよりは、元素を大量に取り入れていたような感じだった」
トビの言葉にユーガは腕を組んだ。
「元素を大量に・・・?どういう事なんだ・・・?」
ユーガがそう呟くと、ルインがじっとユーガを見ている事に気付いた。
「・・・ルイン?どうした?」
声をかけると、まるで初めて自分の行動に気付いたようにハッとして、いえ、と頭を振った。
「何でも・・・何でもありません」
やはり、今日のルインは少しおかしい。大丈夫か、と声をかけようとした時ー。
「あ、あそこ!」
ミナが近くの岩山を指差すと、そこには少女の親であろう女性が座り込んでいた。しかし、ユーガは腕を組んだままトビに顔を向けた。
「けど、どうやってあの人を助けるんだ?まさかさっきみたいに崩すなんて事・・・」
「・・・お前が今そう言わなかったらやるつもりだった」
言っといて良かった、とユーガはつくづく思った。ま、とトビが少し肩をすくめて頭を掻いた。
「ともかく行くぞ。それから考えりゃ良いだろ」
珍しいな、とネロは内心口笛を吹いた。トビは計画派だ。行ってから考える、とは。それとも、何も考えつかないからちょっと考えさせろ、という事なのか。ネロはできる事なら前者であってくれれば面白いな、と微笑を浮かべた。ー事実、現時点ではトビには何の解決策もなかった。ーネロの考えの後者の方であった。やがて、女性のいる巣の真下へ来るとユーガが上に向かって叫んでいた。
「大丈夫ですか⁉︎今助けます!ーで、トビ。どうやって助ける?」
人任せかートビは少し舌を打ち、上を見上げた。高さは先程ユーガがいたところまで高くはないが、先程同様飛び降りれば骨折、だろう。さて、どうするかー。
(崩すのが一番手っ取り早いんだがな)
小さく溜め息を吐き、あ、とトビは声をあげた。
「なんか思いついたのか?トビ?」
顔を覗き込んできたユーガから少し顔を離して、ああ、と頷いた。
「・・・シノ、お前確かハーケン持ってたよな。一個くれ」
ハーケンは釘のようなもので山を登る道具の一つだ。わかりました、とシノが頷き、一つをトビに差し出す。
「これにロープ括りつけて・・・こんなもんか」
ロープを固く結び、トビは満足げに頷いた。それを地面に置き、上の女性に向かって叫んだ。
「今からロープを付けた釘みてえなやつを飛ばすからしっかりキャッチしろ!良いな!」
返事を待たず、トビは言い終わると、さてと、と地面に置いたハーケンを見た。
「飛ばすったって、どうやって飛ばすんだよ」
ネロの指摘は、ユーガも気になっていた事だった。投げても届かない事は見ればわかるし、飛ばそうにも飛ばせない。そんな事を考えていると、トビが魔法の詠唱を始めた。
「・・・大地よ隆起せよ・・・吼えろ」
なるほど、とルインは腕を組んだ。地属性でこの魔法なら、届くかもしれない。
「アースランス!」
隆起した岩がハーケンを上空へと吹き飛ばし、それは見事に女性の目の前まで飛んだ。それをキャッチし、女性はゆっくりと降りてきた。
(すげぇ)
ユーガはそう思った。流石はトビだ。到底、自分にはあそこまでの考えは至らないだろうと思っていた。
「あの・・・ありがとうございました!」
女性の声に、ユーガは意識を引き戻された。いえ、と頭を振る。感謝はトビにするべきだ。自分はただ魔物に攫われ、たまたま光の反射でトビ達を助けた。それだけだ。何の貢献もしていない。自嘲するような笑みを浮かべながら、ユーガは女性を見た。見た感じでは怪我はなさそうだ。
「無事で良かったです」
シノが女性に念の為回復魔法をかけて呟いた。だな、とネロも頷く。
「もしもの事があったら、俺達あの女の子に顔向けできねぇし。な、ユーガ」
「あ、ああ。そうだな」
ユーガは頷いて、ちら、とトビを見た。相変わらずぶっきらぼうな顔で女性を見ている。トビが助けたのだから、もう少し言葉をかけてやらないのかな、と考えているとトビと眼が合った。その眼は明らかに、なんだ、と物語っていた。ユーガは慌てて眼を逸らした。
(とにかく帰ろう・・・)
もうすぐ夜が来る。それまでに帰らないと魔物に襲われかねないと思ったユーガはそう決め、ネロ達にそう提案した。
「お兄ちゃん達、ありがとう!」
あの少女が手を振って女性と共に踵を返した。
「良かったな、ちゃんと親と再会できてさ」
ネロが小さく息を吐き、そう言った。ユーガは、うん、と頷く。
「そういえば」とルインが何かを思い出したように言った。「あと何日くらい船の修理にはかかるのでしょう・・・」
「前は一週間だったよな。確か、それから三日経ってるから・・・あと四日くらいかな」
ユーガの言葉に、ええ、とシノは頷いた。
「あと四日か・・・待ち遠しいな」
ネロが肩をすくめてそう呟く。トビは腕を組んだまま無言だったが、やがて口を開いた。
「・・・俺はもう寝る。宿の手続きくらいはしといてやるから休みたければお前らは勝手に休め」
トビは言い終わると踵を返した。やれやれ、とネロは首を振った。
「んじゃ、俺も宿に行かせてもらうわ」
「・・・あ、俺も行く」
歩き出したネロの横にユーガも走り、横並びになって歩いて行った。
「シノさんはどうなさるんですか?」
ミナが尋ねるとシノは少し顔を背け、
「・・・家に帰ります」
と呟いた。わかりました、と頷いて彼女もまた踵を返した。ミナとルインはそれを見守って、ルインがちら、とミナを見るとミナは後ろを振り向いて何かを見ていた。ルインも振り返り、ミナの視線の先を見るとそこにはネロとふざけ合いながら宿に向かうユーガが歩いていた。ふふ、と新しい遊び物を見つけたようにルインの顔が意地悪い笑みを浮かべる。
「・・・ミナ、まっすぐな男性と貴族の男性、どちらが好みです?」
「・・・私は・・・まっすぐな・・・」
そこまで言いかけ、ハッとして口を押さえたミナに、ルインは顔を向けた。
「あ・・・い、今のは・・・」
「ええ、わかっていますよ」
ルインの言葉にミナはホッとした顔になったが、それもルインの次の言葉を聞くまでだった。
「・・・あなたが『まっすぐで白い服を着た剣士』が好みだと言う事は♪」
それを聞き、みるみるミナの顔が赤く染まっていくのをルインは変わらない笑みを浮かべて見ていた。
ユーガは息を吐き、一つの門の前で足を止めた。ヨーゲ岬。トビの案内の元、ユーガ達はヨーゲ岬へ辿り着く事ができた。しかし、とルインは内心で小さく息を吐いた。
(魔物に親を、ですか・・・)
ルインは俯き、眼を細める。それを横で見ていたネロが、ユーガに小声で、
「・・・なぁ、確かルインって魔物に親を殺されて・・・」
と尋ねた。
「うん」とユーガが俯いて頷く。「そう聞いたよ。・・・ネロも知ってたんだな」
ああ、とネロは頷いた。
「ま、実際に会った事はなかったけど・・・研究費用を出したり、色々と交流もあったからそれなりの話は聞いてるよ」
「・・・もしかして、ルインはそれを思い出してるのかな」
ユーガが、うーん、と腕を組むと隣で腰に手を当てているトビが頷いた。
「・・・それがあいつにとって心に残るような傷になっているなら・・・トラウマとして植え付けられていてもおかしくはないな」
トラウマ、とユーガは呟いて、クィーリアの天才魔道士、シノと共に歩くルインを見た。
「・・・聞いてみた方が良いのかな」
「やめとけ。それがもし本当なら、思い出させる方が酷ってもんだ」
トビはそう言うと、歩幅を広げて前を歩くルイン達を追い抜いてどんどんと海の音が響く岬を歩いていった。
「・・・そうかもしれないけど、な」
ネロはそう言って肩をすくめ、ユーガの肩をぽん、と叩いてトビの後を追った。トビのあの言葉は、今は気にする事じゃない、という意味だろうか。ユーガは組んでいた腕を解き、後ろに立っていたミナに、行こう、と声をかけて前を歩く仲間達を追いかけて歩き出した。
びゅ、と海風がユーガの髪を揺らす。ユーガは少しだけ髪をかき上げ、そういや、とトビを振り向いた。
「ヨーゲグリフィン・・・だっけ?そいつはどこに巣を構えてるのか知ってたりしないか?」
「知ってたら」とトビが腕を組む。「とっくにそこに向かってる」
そりゃそうだ、とネロは苦笑いして何気なく空を見上げるとー。
「あ!」
ネロが指を指した方向には、巨大なー、本当に巨大な鳥が飛んでいた。
「いました、あれがヨーゲグリフィンです」
こんな時でも抑揚のない声でシノが言った。
「あれか!あいつに着いて行けば、あの子の親を・・・」
ユーガはそこまで言って、とあることに気付いた。
「・・・なぁ、なんかこっちに・・・」
「来て・・・ませんか?」
ネロとミナの言った通り、ヨーゲグリフィンは間違いなくユーガ達に向かって来ていた。それぞれ、武器を構える暇もなくー。
「うぉぉわぁぁぁぁぁぁ⁉︎」
ユーガは肩を掴まれ、風の轟音と共に脚が浮くのを感じた。
「ユーガ⁉︎」
トビの声が聞こえ、そちらを振り向くとトビが銃を構えており、パン、と発砲するがー。
「ダメだ、風圧で・・・!」
ネロが言った通り、トビの弾は風圧によって完全に無効化されていた。
(マジかよ・・・!)
ユーガは何とか剣を抜こうと試みるが、肩を掴まれているためまともに動かせず、ただじたばたと暴れる他なかった。
「くそ・・・!」
トビはヨーゲグリフィンに肩を掴まれて暴れるユーガを見ながら舌を打った。
「くそ・・・あの馬鹿が・・・!」
不意打ちだったとはいえ、いとも簡単に捕まる馬鹿がいたとは思わなかった。
「ともかく追いかけるぞ!」
ネロがそう叫び、ミナとシノがそれに頷く。走り出したネロ達を止める暇もなく、トビは呆れてやれやれ、と首を振った。
「・・・おい、ルイン」
先程と同じようにぼーっとしていたルインの名を呼び、行くぞ、とぶっきらぼうな声でルインにそう言った。
「・・・早いとこネロ達に追い付かねぇと見失うからな」
「え、えぇ・・・」
ふん、と鼻を鳴らしてトビは前を走るネロ達を追いかけた。
~ユーガサイド~
「くそ、離せ・・・!」
ユーガは脚をばたばたとさせるほかできず、体を捻ろうにもそれは叶わなかった。魔物ー確か、ヨーゲグリフィンーは先程から甲高い声をあげて空を飛んでいる。
(どうする・・・?)
ユーガは考えを巡らせた。トビや仲間達もおらず、自分一人で戦わなければならない。トビ達なら自分がいなくてもどうとでもなるだろう、とユーガは思う。
(あ・・・)
ユーガが顔を上げると、そこには藁で作られた半球状の巣があった。どさ、と乱暴に落とされ、痛みに顔を顰めるとー、
「・・・これは・・・」
ユーガの顔の横には、卵があった。恐らく、このヨーゲグリフィンの卵だろう。ヨーゲグリフィンはユーガに一度視線を巡らせると、大きな羽で再び飛び去った。自分以外の餌を探しに行ったのかもしれない。
「・・・チャンスだな」
今のうちに飛び降りて逃げよう、と思い、ユーガは巣の下を覗き込んだ。
「・・・うわ!」
ユーガは咄嗟に尻もちをついた。飛び降りるなんてとんでもない。巣は思ったよりも高いところにあり、飛び降りようものなら骨折ーそれどころか、死すら感じられるほど高いーは免られないほど、巣は高かった。くそ、と唇を噛み、少し息を整えて辺りを見渡した。出っ張った岩の先に、今ユーガのいる巣がある。下は高所、上は剣山のように鋭い岩。どうやらかなりの高所のようだ、とユーガは改めて思う。魔法が使えればそれなりの解決策も見つかるかもしれないが、あいにくとユーガは魔法を使えない。それに、手元には一振りの剣とポーション等といった物が入った小袋のみ。
「・・・どうしよう・・・」
ユーガはどさ、と尻もちをつき、ポツリと呟いた。無論、諦めたわけではないが、解決策が見つからない以上無闇に暴れるのは良くないと思ったのだ。
(くそっ・・・)
~トビサイド~
「ユーガが飛んで行ったのはこっちだったよな?」
前を走るネロが尋ねた。ああ、とトビは頷く。
「・・・トビさん」
シノが走りながらトビの名を呼んだ。
「なんだ」
「・・・ヨーゲグリフィンの巣って、確か・・・かなりの高所に・・・」
「!」
トビはそれを聞き、脚を止めた。ネロ達がトビを振り向く。
「・・・そうか、ヨーゲグリフィンの習性か!」
まずった、とトビは眼を細めた。忘れていた。ヨーゲグリフィンは高いところに巣を作り、卵を外敵から身を守る習性があるのだった。小さく舌を打ち、トビはくそ、と腕を組む。
「忘れてた・・・あの馬鹿にロープでも渡しとけば良かった」
考えてみれば、ユーガが最も危なっかしいのだ。それくらいの道具を持たせておけば良かった、と後悔した。まぁ、もう遅いのだが。
「ともかく、早くユーガを見つけましょう。助ける方法はそこに着いてから考えましょう!」
ルインの言葉に、全員が頷いた。駆け出すネロ達を見ながら、トビは内心ユーガに毒付いた。
(・・・面倒かけさせやがって)
頭を押さえて溜め息を吐き、トビはネロ達を追いかけた。ーその時、彼の蒼い眼が少しー本当に少し光ったのを気付いたのは誰もいなかった。
しばらく走り、トビがネロ達に追い付くと何やらルインがまたぼーっとしていた。またかー、流石に苛立ちを覚えたトビは、おい、とルインの肩を掴んでー。異変に気付いた。今回は明らかに様子が違う。前とは違い、体が小刻みにかたかたと震えている。ネロ達も異変に気付いて声をかけるが、返事はない。
「・・・おい、ルイン!」
トビが怒鳴るも、反応はない。こんな時にー!トビの苛立ちもかなり高まり、殴って眼を覚まさせてやろうかー、そんな事を考えていると。
「・・・・・・が」
「あ?」
ぽつり、と呟いたルインの言葉はとても小さく、トビは眼を細めて聞き直した。
「・・・何ですか、この・・・」
マハの言葉を聞きながら、トビはぞくりと背筋が凍るようなそんな感覚を覚えた。何だ、この感じはー。体が震え、震えるな、と言いつけても無駄だった。トビは異様な気配を感じた方向を見て、眼を見張った。他の仲間も、同様に。そこにはー。
「フルーヴ・・・!」
~ユーガサイド~
「だー、くそ・・・。全然方法が思いつかねぇ!」
変わらず、ユーガは下に降りる方法を探していた。頭をがしがしと掻き、はぁ、と溜め息を吐いた。こんな事ならロープだ何だと貰っておけば良かった、と自分の愚かさを呪う。彼は気付いていないが、実はすぐ側までトビ達は来ていた。しかし、そこまで頭が回らずに、どうしよう、と悩み続けるのであった。あれから、何度かヨーゲグリフィンが巣に帰ってきて、ユーガはその度なんとか掴まって帰ろうとするのだが、全てかわされて無意味に終わるのであった。
「ちぇっ、ちょっと掴ませてくれても良いのに・・・」
当然、悪いのは油断していたユーガ自身なのだが。ユーガは少し反省しつつ、もう一度下を見下ろした。相変わらず、高い。そりゃそうか、と自分で納得し、何気なく視線を上に向けた。太陽がちょうど、真上に上がっている。どうやら昼のようだ。
「・・・待てよ、太陽・・・?」
ユーガはハッとして、剣を抜いた。これなら、とユーガは剣を上に掲げ、光の反射で剣が輝くのを確認した。
「ちょっと手間かかるけど・・・これをなるべく全方位に向ければ・・・!」
それを続ける事で、トビ達に気付いてもらおう、というユーガなりに頭を使った手段だった。よし、と呟き、剣をなるべく輝かせた。
~トビサイド~
「・・・僕らの邪魔をするからこうなるんだ」
「ぐ・・・」
フルーヴの辛辣な言葉が横たわって悶絶するトビの頭に降り注いだ。他の仲間達も、皆やられた。それに加え、今目の前にいるフルーヴはどこか前とは違う雰囲気を覚えさせた。雰囲気というより、大量の元素を含んでいるような、そんな感覚。
「・・・ふん・・・ま、お前らの無力を噛み締めてこのまま地獄へ落ちるんだな」
フルーヴは倒れているトビの腹を蹴った。がふ、と血を吐いてトビは転がった。
(くそ・・・)
トビは血で赤く染まった視界を少し細め、心の中で舌打ちをした。こんな事なら、ユーガ達に着いてくるんじゃなかった、と後悔する。ーもう遅いか、とトビは血を吐き出し、仰向けになった。こんな時に限って、ユーガはいない。くそが、と小さく呟いてトビはフルーヴに眼を向けた。フルーヴは今にも大きな槍をトビに突き刺そうと槍を振りかざしている。深く息を吐き、ここまでか、と思ったその時。
「・・・う・・・」
フルーヴが眩しい何かから眼を逸らせた。眩しい何かは何度もフルーヴの顔をー眼を照らし、フルーヴは顔を腕で隠した。その隙を見て、トビは銃を取って足元の土に向けて放った。土が舞い、フルーヴの視界を遮った。
「くっ・・・!」
「てめぇら、いつまで寝てやがる!さっさと退くぞ!」
トビは倒れている仲間達に叫び、ゆっくりと立ち上がった仲間達に苛立ちを覚えながら舌を打った。
(今の光・・・まさか・・・)
走りながら、トビは先ほどの光が放たれた方向へ走った。途中でちら、と後ろを見たが、険しい表情のネロ達以外には誰もいなかった。フルーヴが来てない事を確認して、トビはスピードを緩めて服に着いた泥を落とした。
「けど」と肩で息をしながらネロが呟いた。「さっきの光がなかったら、俺達危なかったな・・・」
ええ、とルインも肩をーそれはフルーヴに刺されたーを押さえながら頷く。ミナとシノは比較的傷は浅いが、全くの無傷、というわけではない。トビとシノは全員に回復術をかけていった。
「・・・そういや、シノも回復術を使えるんだな」
ネロが痛みに顔を顰めながら言った。シノは、はい、と頷く。
「・・・研究の成果です」
研究。そういえば、以前そんな事を言っていた気がする、とトビは思い出す。やがて、全員の治療を終えると日は傾き始めていた。
「・・・早いとこさっきの光のとこに行くぞ」
多少ぶっきらぼうに言い、トビはさっさと歩き出した。
「きっと早くユーガに会いたいんだぜ」
「かもですね」
後ろでネロとルインがそんな事を言っていたのを聞き逃さず、トビはキッと彼らを睨んで眼を細めた。ネロとルインは肩をすくめて口をつぐんだ。
「駄目、かな・・・」
ユーガはかざしていた剣を下ろし、長い溜め息を吐いた。既に日は暮れかけ、剣も光を失いかけていた。・・・俺、このまま死ぬのかな・・・空腹感もあるし、喉も乾いた。このままでは、ホントにヤバい・・・そう思った、その時。
「ユーガ!」
聞き覚えのある、ネロの声が聞こえた気がした。幻聴などではなく、はっきりと。ハッと眼を覚まし、ユーガは体を起こして下を覗き込んでー、眼を見張った。仲間が、トビ達がそこにはいた。
「皆!」
これで助かる、そう思うと眼の奥が熱くなった。
「今」とトビが腕を組んで叫んだ。「崩して下ろしてやる。ちょっと待ってろ」
「ああ!わかっ・・・」
え?今なんて言った?確か、崩して・・・?ユーガが考えを巡らせていると、トビが魔法の詠唱に取り掛かった。
「力よ爆散せよ・・・穿て」
「ちょ、ちょっとタンマ・・・‼︎」
「・・・フォースブラスト」
トビの詠唱が終わると同時に、ユーガは激しく体が揺れた。ヤバい、と思っても遅い。段々と景色が下に落ちていくー!ユーガは地面ギリギリで飛び降り、じん、と脚に痛みを感じながら深く息を吐いた。
「あ、あ、危ねぇ・・・!死ぬかと思った・・・!」
「生きてんだから良いじゃねーか」
良くないわ!とユーガは叫び、トビに詰め寄った。
「・・・そもそも、事の発端はお前があんな鳥に攫われるからだろ?責めるなら自分を責めろ」
ぐ、と言葉に詰まる。それはそうだ。自分が攫われさえしなければ、トビ達に苦労をかける事もなかった。それは事実だ。
「・・・そ、そうだな・・・ごめん。それと、助けてくれてありがとう」
「『仕方なく』助けてやったんだ。せいぜい感謝しろ」
トビは腕を組んでユーガから顔を背ける。ホントに良いコンビだな、とネロはつくづく思う。そんなユーガ達を横眼に、さぁ、とシノが言った。
「行きましょう。やるべきことはまだあります」
そうだった。フォルトにいた、あの少女の親を助けないと。ユーガは頷き足を出しかけて、あ、と呟いて足を止めた。ユーガが先程の巣があった所ーそこは瓦礫の山と化しているーをよく見ると、ユーガが先程までいた巣があり、そこには無惨にも割れてしまった卵があった。
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ユーガは小さく息を吐き、巣の側まで歩いて膝をついた。
「・・・ごめんな、俺達の勝手な都合で・・・どうか、安らかに眠ってくれ・・・」
それは、割れてしまった卵の中にあった小さく、儚い一つの命に向けての言葉だった。ユーガは顔を上げて立ち上がり、ネロ達を振り向いた。
「・・・行こう」
「兄貴が・・・⁉︎」
フォルトの少女の親を探しながら、ネロがフルーヴに襲われたと話すとユーガは驚いた声をあげた。
「ああ・・・」
それに、とトビが辺りを見渡しながら呟いた。
「さっきのフルーヴは・・・なんか今までとちっと違った気がする」
違う?とユーガは首を傾げた。
「それって・・・兄貴の模造品(クローン)って事か?」
「いや、違う・・・。というよりは、元素を大量に取り入れていたような感じだった」
トビの言葉にユーガは腕を組んだ。
「元素を大量に・・・?どういう事なんだ・・・?」
ユーガがそう呟くと、ルインがじっとユーガを見ている事に気付いた。
「・・・ルイン?どうした?」
声をかけると、まるで初めて自分の行動に気付いたようにハッとして、いえ、と頭を振った。
「何でも・・・何でもありません」
やはり、今日のルインは少しおかしい。大丈夫か、と声をかけようとした時ー。
「あ、あそこ!」
ミナが近くの岩山を指差すと、そこには少女の親であろう女性が座り込んでいた。しかし、ユーガは腕を組んだままトビに顔を向けた。
「けど、どうやってあの人を助けるんだ?まさかさっきみたいに崩すなんて事・・・」
「・・・お前が今そう言わなかったらやるつもりだった」
言っといて良かった、とユーガはつくづく思った。ま、とトビが少し肩をすくめて頭を掻いた。
「ともかく行くぞ。それから考えりゃ良いだろ」
珍しいな、とネロは内心口笛を吹いた。トビは計画派だ。行ってから考える、とは。それとも、何も考えつかないからちょっと考えさせろ、という事なのか。ネロはできる事なら前者であってくれれば面白いな、と微笑を浮かべた。ー事実、現時点ではトビには何の解決策もなかった。ーネロの考えの後者の方であった。やがて、女性のいる巣の真下へ来るとユーガが上に向かって叫んでいた。
「大丈夫ですか⁉︎今助けます!ーで、トビ。どうやって助ける?」
人任せかートビは少し舌を打ち、上を見上げた。高さは先程ユーガがいたところまで高くはないが、先程同様飛び降りれば骨折、だろう。さて、どうするかー。
(崩すのが一番手っ取り早いんだがな)
小さく溜め息を吐き、あ、とトビは声をあげた。
「なんか思いついたのか?トビ?」
顔を覗き込んできたユーガから少し顔を離して、ああ、と頷いた。
「・・・シノ、お前確かハーケン持ってたよな。一個くれ」
ハーケンは釘のようなもので山を登る道具の一つだ。わかりました、とシノが頷き、一つをトビに差し出す。
「これにロープ括りつけて・・・こんなもんか」
ロープを固く結び、トビは満足げに頷いた。それを地面に置き、上の女性に向かって叫んだ。
「今からロープを付けた釘みてえなやつを飛ばすからしっかりキャッチしろ!良いな!」
返事を待たず、トビは言い終わると、さてと、と地面に置いたハーケンを見た。
「飛ばすったって、どうやって飛ばすんだよ」
ネロの指摘は、ユーガも気になっていた事だった。投げても届かない事は見ればわかるし、飛ばそうにも飛ばせない。そんな事を考えていると、トビが魔法の詠唱を始めた。
「・・・大地よ隆起せよ・・・吼えろ」
なるほど、とルインは腕を組んだ。地属性でこの魔法なら、届くかもしれない。
「アースランス!」
隆起した岩がハーケンを上空へと吹き飛ばし、それは見事に女性の目の前まで飛んだ。それをキャッチし、女性はゆっくりと降りてきた。
(すげぇ)
ユーガはそう思った。流石はトビだ。到底、自分にはあそこまでの考えは至らないだろうと思っていた。
「あの・・・ありがとうございました!」
女性の声に、ユーガは意識を引き戻された。いえ、と頭を振る。感謝はトビにするべきだ。自分はただ魔物に攫われ、たまたま光の反射でトビ達を助けた。それだけだ。何の貢献もしていない。自嘲するような笑みを浮かべながら、ユーガは女性を見た。見た感じでは怪我はなさそうだ。
「無事で良かったです」
シノが女性に念の為回復魔法をかけて呟いた。だな、とネロも頷く。
「もしもの事があったら、俺達あの女の子に顔向けできねぇし。な、ユーガ」
「あ、ああ。そうだな」
ユーガは頷いて、ちら、とトビを見た。相変わらずぶっきらぼうな顔で女性を見ている。トビが助けたのだから、もう少し言葉をかけてやらないのかな、と考えているとトビと眼が合った。その眼は明らかに、なんだ、と物語っていた。ユーガは慌てて眼を逸らした。
(とにかく帰ろう・・・)
もうすぐ夜が来る。それまでに帰らないと魔物に襲われかねないと思ったユーガはそう決め、ネロ達にそう提案した。
「お兄ちゃん達、ありがとう!」
あの少女が手を振って女性と共に踵を返した。
「良かったな、ちゃんと親と再会できてさ」
ネロが小さく息を吐き、そう言った。ユーガは、うん、と頷く。
「そういえば」とルインが何かを思い出したように言った。「あと何日くらい船の修理にはかかるのでしょう・・・」
「前は一週間だったよな。確か、それから三日経ってるから・・・あと四日くらいかな」
ユーガの言葉に、ええ、とシノは頷いた。
「あと四日か・・・待ち遠しいな」
ネロが肩をすくめてそう呟く。トビは腕を組んだまま無言だったが、やがて口を開いた。
「・・・俺はもう寝る。宿の手続きくらいはしといてやるから休みたければお前らは勝手に休め」
トビは言い終わると踵を返した。やれやれ、とネロは首を振った。
「んじゃ、俺も宿に行かせてもらうわ」
「・・・あ、俺も行く」
歩き出したネロの横にユーガも走り、横並びになって歩いて行った。
「シノさんはどうなさるんですか?」
ミナが尋ねるとシノは少し顔を背け、
「・・・家に帰ります」
と呟いた。わかりました、と頷いて彼女もまた踵を返した。ミナとルインはそれを見守って、ルインがちら、とミナを見るとミナは後ろを振り向いて何かを見ていた。ルインも振り返り、ミナの視線の先を見るとそこにはネロとふざけ合いながら宿に向かうユーガが歩いていた。ふふ、と新しい遊び物を見つけたようにルインの顔が意地悪い笑みを浮かべる。
「・・・ミナ、まっすぐな男性と貴族の男性、どちらが好みです?」
「・・・私は・・・まっすぐな・・・」
そこまで言いかけ、ハッとして口を押さえたミナに、ルインは顔を向けた。
「あ・・・い、今のは・・・」
「ええ、わかっていますよ」
ルインの言葉にミナはホッとした顔になったが、それもルインの次の言葉を聞くまでだった。
「・・・あなたが『まっすぐで白い服を着た剣士』が好みだと言う事は♪」
それを聞き、みるみるミナの顔が赤く染まっていくのをルインは変わらない笑みを浮かべて見ていた。
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