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絆の邂逅編
第十四話 果たす邂逅
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風は吹き荒れてあらゆる大地を壊し、海は荒れ狂い地を飲み込み、太陽は灼熱と化して緑の豊かな大地を次第に破壊していった。それに怒った絶対神、マキラは試練を与えた。風には鳥型の魔物を、海には海洋類の魔物を、太陽は全てを照らさせるために大地に魔物を与えたのだった。その試練は未だに続いていると言われている。それ故に、世界には魔物が満ちているのだー。
「で」とトビがベッドに座り、脚を組んで剣の手入れをしていたユーガを見た。「船を直してもらってソルディオスへ向かって、その後どうすんだ?」
うーん、とユーガは腕を組んで剣の手入れを止めてトビを見た。
「・・・そうだよな。そこが気になってはいたんだけど・・・」
「まぁ、まずはユーガ達をミヨジネアに送り込んだ野郎を捕まえるよな。その後は・・・」
ネロが風呂上がりで濡れた髪をタオルで拭きながら言った言葉を、あの、とミナの言葉が遮った。
「もし良ければ、『制上の門』か『制下の門』に船で行き、元素の不安定についての調査を進めませんか?」
それが良いでしょう、とルインが頷いた。
「そもそもの私達の目的はそれなのですからね」
「わかった」
ユーガは頷いて、あ、と声を上げた。
「・・・シノはどうするんだろう?」
「残るんじゃねーの」
トビが首を振りながらそう呟く。
「あいつは研究に勤しんでるからな。俺達に着いてくる暇なんてないんじゃねぇか」
かもな、とネロも頷く。他の仲間達も、同様に。ユーガは、そうか、と残念そうに俯いた。が、すぐに顔を上げて全員を見回した。
「じゃあ、ちょっと俺シノに聞いてくるよ!」
ユーガに、全員が視線を向けた。
「お前な、話聞いてたか?研究に勤しんでるって・・・」
わかってる、とユーガは頷いて続ける。
「けど、それはトビの見解だろ?俺はちゃんと、シノから言葉を聞いてみたいんだ」
どうかな、と尋ねるユーガに全員ートビを除くーが小さく頷いた。
「・・・ユーガらしいな。ま、そうだな。一度シノに聞いてみよう」
「ええ。聞いてみるだけでも良いと思いますし」
「そうですね。じゃあ、ユーガさん、トビさん、よろしくお願いします」
ミナの言葉にかたやユーガは、ああ、と頷き、かたやトビは、は?とミナを見た。
「何で俺まで着いて行かなきゃなんねーんだよ?」
「まぁまぁ」とルインが少し意地の悪い顔でトビを見た。「暴走した子供を止める保護者は必要でしょう?トビ♪」
誰が保護者だ、とトビは否定したが、行こうぜ、と腕を引っ張るユーガに引きずられながら、トビは渋々行く事となった。
「そういやさ、トビはシノと知り合いなのか?」
後ろ向きに歩きながら、後ろを歩くトビにユーガは尋ねた。トビは小さく息を吐く。
「・・・昔からの知人っつーだけだ」
「へぇ、そうなのか?」
小さく頷き、トビは少しだけ俯いた。
「・・・まぁな。そういや、お前とネロの奴も昔からの知り合いなんだったな」
「ああ、うん。家を無くしちまってガイアの街を放浪して倒れちまったとこをネロ達に拾われたんだ」
ユーガはどこか自嘲するような笑みを浮かべてトビを見た。
「それからネロの家で働く事になったんだ。行く所がないなら家で働かないか、って聞かれてさ」
はは、とユーガは頭をぽりぽりと掻いてトビを見た。トビはその顔を見て、少し複雑な感情に包まれた。なぜ、そこまでの過去がありながらこんなに笑っていられるのか。理解ができなかった。
「・・・そうか」
ああ、とユーガが頷く。ーと、トビはユーガより奥の椅子に見覚えのあるポニーテールの金髪が座っているのが見えた。街の街灯のせいか、少し金髪は輝いていた。
「・・・あれは・・・もしかして・・・」
「・・・シノの奴、何やってんだ?」
ユーガとトビが顔を見合わせてシノに近づくと、シノがユーガ達に気付いてハッと顔を上げた。その眼には隠しきれない涙が浮かんでいた。
「・・・あ」
「何やってんだよ」
トビがしきりに涙を拭うシノに腕を組んで尋ねる。
「・・・昔、お前は泣かないっつってなかったか」
「!」
ユーガはトビとシノの会話を黙って聞いていた。トビとシノにしかわからない会話なら、自分が立ち入る隙はないと判断したのだった。
「で?何やってんだ」
「・・・昔の事を思い出していただけです。・・・ユーガさん」
不意に名を呼ばれ、ユーガは狼狽えながらも、え、とシノを見た。
「・・・私をあなた達の旅に連れて行ってくれませんか」
思ってもいない言葉にユーガとトビは顔を見合わせて驚いた。
「お前・・・研究とかは良いのか?」
トビの質問にシノは頷き、決意に満ちた眼をユーガに向けた。
「・・・わかった」
ユーガはこく、と頷いてシノを見た。トビが何かを言いたげにユーガを見たが、いや、と首を振って眼を逸らした。
「・・・お前にこれ以上言っても無駄だった。勝手にすれば良いんじゃねーの」
その言葉はユーガに向けてか、シノに向けてなのかはユーガにはわからなかったが、トビはそれだけ言い捨て、早足で宿への道を戻って行った。ああ、と頷いて、ユーガは隣に立つシノを見た。シノは金色の前髪から黒色の眼でトビの歩いて行った方向をじっと見ていた。いつまでそうしていたか、唐突にシノがユーガに眼を向けた。
「どうした?」
ユーガがシノに尋ねると、シノはユーガの頬をぶにぶに、と人差し指で突き始めた。訳がわからず、ユーガが戸惑っているとシノがその指を離し、
「・・・よろしくお願いします」
と呟いた。
「あ、ああ・・・」
シノは困惑して頬を押さえるユーガに背を向けて歩き出しかけ、ふと足を止めてユーガを振り向いた。
「・・・ユーガさん」
「ん?」
「・・・後悔、しないでくださいね」
そう呟いて、シノは今度こそ背を向けて足を止める事なく歩いて行った。
(後悔しないで、って・・・どういう事だ・・・?)
ユーガは首を傾げていたが、その答えはユーガにはわかるはずもなかったのだった。
「ただいま」
ユーガが宿屋の部屋の扉を開けると、ミナのお帰りなさい、という声に迎えられた。ミナは机に向かってノートを広げ、何かを書いているようだった。
「ミナ、何書いてるんだ?」
ハッとしたミナが、ノートを慌てて閉じた。
「い、いえ・・・なんでもありません」
あまりの勢いに、机が凄まじい音を立てた。ユーガはそれを見て苦笑して近くにあった椅子に腰をかけた。常夜灯となった電球を見上げて、ユーガは息を吐く。ガタ、と音がしてユーガが電球から目を離して首を戻すと、ミナがユーガの前の椅子に座っていた。紫の瞳に見据えられ、ユーガは以前ミナに緋眼を覗き込まれた事を思い出して再び顔を真っ赤にさせた。
「・・・ユーガさんの眼は、なんて言うか・・・」
「・・・え、な、なんだよ?」
「・・・綺麗な緋色で・・・太陽みたいですね」
真っ直ぐ瞳を見続けられた恥ずかしさにユーガは顔を逸らせて頭を掻いて、そうか?と答えた。
「はい・・・そういえば、ユーガさんは『精霊』を知っていますか?」
話題を変えられたのでユーガは少しホッとして、ミナを見た。
「ああ・・・まぁ本で読んだくらいなら・・・」
「精霊、ですか」
ユーガの言葉を遮って部屋の扉を開けて中に入ってきたのは、ルインだった。
「ルイン!どこに行ってたんだ?」
ユーガの質問にルインは、少し散歩に、と答えてユーガの隣の椅子に座った。さらに、トビがベッドから起き上がって頭をわしわしと掻いた。
「トビさん・・・起きていたんですか?」
「まぁな。それより、精霊、ねぇ・・・」
トビはベッドに両手をついて後ろのめりになって呟いた。
「精霊っつーのはおとぎ話の中の架空の生物だろ?実在してるわけじゃ・・・」
「ええ、架空の生物として扱われていますね」
トビの言葉にルインが頷いて答えた。けど、とユーガは少し前のめりに体を乗り出した。
「精霊って、なんかかっけーよな・・・!火の精霊とか確かいたよな?えっと・・・イフリート、だっけ?」
「ええ」とミナが頷いた。「風の精霊がシルフ、水がウンディーネ、地がノーム、光がアスカ、闇がシャドウ、氷がセルシウス、そしてそれらを統一してると言われているのが・・・」
「『絶対神 マキラ』。・・・だったな」
トビがそう呟き、ユーガも、うん、と頷く。
「マキラ・・・ってこの世界を作ったとされる神・・・だったよな。あのヤハルォーツって人が信仰してる・・・。なら、なんで魔物とかまで生み出したんだろうな?」
「確か、争いを繰り返す・・・風、海、太陽に怒って、ではありませんでしたか?試練を与えた、という話で、それは未だに続いている、と」
ルインがそう言うと、そうだったな、とトビが頷いた。
「マキラの試練か・・・けど、マキラがグリアリーフに元素(フィーア)を満ちさせたのって二千万年前だろ?って事は、大体二千万年前くらいからマキラの試練ってのは始まってたって事なのかな?」
ユーガが、うーん、と首を傾げて腕を組んだ。かもですね、とルインが同意するように頷いた。
(・・・試練、ねぇ・・・)
トビが、やれやれ、と呆れたように少し首を振った。
「まぁ」とルインが手を振った。「今はそれを考えていても、仕方ありません。いつか、調べてみましょう」
そうだな、とユーガは頷いた。
それから三日後の朝、ユーガ達は修復された『フィアクルーズ』を見上げて立っていた。フォルトの封鎖されていた港をトビが借りたのだった。いやー、とネロが腰に手を当てて『フィアクルーズ』を見上げる。
「これでやっとソルディオスに行けるな!」
「ここで足止めを食ったのはほぼお前のせいだけどな」
ネロの言葉にトビが即座に呟く。
「まぁ」とルインが微笑を浮かべる。「それはもう良いでしょう。ともかく、今はソルディオスに向かって、私達をミヨジネアに送り込んだ者を突き止めましょう」
ああ、とユーガは頷いて一歩一歩船の階段を登っていった。ネロ、ルイン、シノ、ミナもそれの後に続き、階段を登り始める。トビはそれを見ながら、見送りに来ていた女性達ートビのファンクラブの会員のためだろうーを振り向いた。
「・・・この船直した奴に言っといてくれ。さんきゅ、って」
その言葉に、キャー!と女性が叫んだ。トビは溜め息をついて、船の入り口へ視線を向けた。
「おーい!トビー!」
その声に顔を上げると、ユーガがトビに向かって、ぶんぶん、と手を振っていた。
「早く行こうぜ!ソルディオス‼︎」
「・・・わーってるっつの。騒ぐなって」
やれやれ、と首を振って、トビは船の階段に脚を出した。トビが階段を上り切ると、階段は船の中に収容され、微かな振動がユーガの足元に伝わった。ざば、と船は波を立て、ゆっくりと全身をしていった。
「今回は壊れていないだろうな?」
船の甲板で、トビが腕を組んで誰にともなく尋ねた。
「大丈夫です。フォルトの技術者は優秀ですからね」
「・・・なんか、ケインシルヴァの技術者が優秀じゃねぇ、みたいな言い方だな・・・」
シノの言葉にネロが頭を掻きながら呟く。
「まぁ、点検していなかったですし・・・」
ルインの言葉に、
「そうだな・・・言われちまっても仕方ないかもよ?ネロ」
ユーガが言葉を継いだ。
「う・・・そいつは・・・」
言葉に詰まったネロの肩を、ミナがぽんぽん、と叩く。ネロはそれが何となく傷付いたようで、ちぇ、と口を尖らせた。
「・・・着いたな、ソルディオス・・・」
ユーガが船の階段を降り、ソルディオス港の見覚えのある景色を見渡し、ぽつりと呟いた。ええ、とルインも周りを見渡しながら頷く。
「こっからソルディオスは東だったな。行くぞ」
トビの言葉に全員が頷いた。それからユーガ達はソルドの森を抜けてソルディオスへ向かった。一度通った事もあり、ソルドの森は今回は迷う事はなかった。そして、ソルディオスに着いたユーガ達は目の前の光景に絶句した。
「・・・こ、これは・・・」
「・・・ソルディオスが・・・無い・・・⁉︎」
ユーガとルインの言葉の通りー無いという程ではないがーソルディオスは廃墟と化していた。辺りには家の残骸だと思われる木片がそこらに転がっていた。
「・・・ユーガ。別れて何かしらの痕跡がねぇか探すのはどうだ」
「あ、ああ・・・わかった。じゃあそうしよう」
トビの提案にユーガは頷いた。全員それに同意し、ソルディオス跡を各々が調べ始める。トビはまっすぐ、元村長の家であったと思われる廃墟に向かった。木片を脚で蹴り飛ばしながら歩き回った。
「けど」とユーガが辺りをきょろきょろと見回しながら言った。「何でこんな事に・・・?」
「わかんねぇけど・・・ともかく調べようぜ」
うん、と頷いてユーガが何気なく下を見ると、きらりと何かが光ったのに気付いた。
(ん?)
ユーガがそれを拾い上げると、何かの破片のようだった。
「これ、何だろう・・・?」
ひょい、とネロが覗き込んで破片を見た。
「ん・・・?武器の破片、か・・・?」
「こっちにもあったぞ」
トビがユーガの側まで歩いてきて、破片を手のひらに乗せてユーガに見せた。
「ホントだ・・・じゃ、人が攻めてきた・・・?」
「そういう事だと思います」
さらに、ミナがユーガの眼の前に白い鉄のような破片を見せた。
「これは・・・?」
「これは・・・ミヨジネア兵の兜の破片です」
「!」
ユーガとトビが、同時に眼を見開いた。顔を見合わせ、同時に頷く。
「って事は・・・まさか、ミヨジネアの奴らがここを・・・?」
ユーガは唇を噛みながら呟いた。その横で、トビが、だが、と腕を組んだ。
「どうなってやがる?俺達の憶測だと、この街とミヨジネアは繋がってたー、まぁグルだったっつー話だったが・・・」
「ああ」とネロが木片を拾い上げながら頷いた。「・・・ユーガ、どうするよ。この状況じゃ、お前らをミヨジネアに送り込んだ奴なんてわかんねぇぜ」
「・・・うん・・・そうだよな・・・どうしようか・・・?」
ユーガが頭を掻いて考え込む。ーすると、ネロの横にある茂みがガサガサ、と揺れた。
「・・・魔物っ」
ルインが即座にそう呟く。ユーガ達はそれぞれの武器を引き抜いて構えた。
「・・・来る!」
トビの声と同時に、魔物は姿を現した。その姿は、真冬を思わせる見た目をした白銀の龍だった。
「・・・な、なんだこいつは・・・⁉︎」
「・・・見た事のない魔物・・・気をつけてください!」
ミナが叫ぶと同時に、その魔物はユーガに大きな口を開けて噛み付いた。ユーガはそれをかろうじて避け、横から剣を振るう。ーが。カキン、という音と共に、ユーガの剣は弾かれた。
「なっ・・・⁉︎」
「だったら魔法でやる。下がってろ。闇よ、悪しきを飲み込め!ナイトメアセルド!」
トビの魔法で土埃が立ち、そこにネロが走り込んで闇の元素を剣に纏わせる。
「閻魔の咆哮・・・受けろ!閻牙烈斬‼︎」
ネロの剣技で、さらに土埃が立つ。どうだ、とネロが息を吐きながら呟く。ーその土埃の中から、先程の龍の手が伸びてーミナの体を掴んだ。
「きゃ⁉︎」
「ミナ⁉︎」
ユーガが叫ぶと、龍が土埃の中から巨大な羽を羽ばたかせて飛んだ。
「・・・わざわざここまでこの女を運んでくれるとはな・・・ご苦労なこったぜ」
「⁉︎」
そんな声が聞こえ、ユーガがその姿を探すとフードを被った男が、龍の背中の上に降り立った。しかし、この声は聞いた事があるー。いや、聞いた事のある、なんてものではない。
「・・・お前は・・・⁉︎」
他の仲間達もそれに気付き、男を睨む。その男がフードを取ってーユーガ達は、言葉を失った。ようやく掠れた声がユーガの喉から出る。
「・・・お、俺・・・⁉︎」
ユーガ?は髪を短く切り、ユーガとは違って髪を前に流せるほど長くはない。目は血のような赤で、黒と紫色の服は、全くユーガらしさを感じる事はない。そして腰の右側ー左利きなのだろうーには、一振りの剣。その男ーユーガ?は彼にはあり得ない、悪魔のような笑みをその顔に浮かべた。
「・・・ふっ」
「スウォー、今はその女が先だ」
続けて、ユーガの兄がーフルーヴが、龍の背中に降り立つ。スウォーと呼ばれた男は、ああ、と頷いて血のような赤い瞳でユーガ達を一瞥した。
「お前らの大事なお仲間は俺達の計画に必要なんでな。いただいてくぜ」
「ま、待て!ミナを返せ‼︎」
ユーガは剣を握りしめ、段々と上昇していくスウォーに向かって飛んだ。ーと、スウォーが腰から左手で剣を引き抜いてー。
「邪魔だ。消えろ、オリジナル」
「ー!」
スウォーの言葉の直後、スウォーが引き抜いた剣から波動がユーガを襲い、ユーガは空中から地面まで落ち、したたかに背中を打った。
「うわっ・・・‼︎」
「ユーガさんっ‼︎」
龍に掴まれながら、ミナがユーガに向けて手を伸ばす。
「く、くそっ・・・ミナぁっ!」
トビやシノ、ネロ、ルインもそれぞれ応戦するが、スウォーが少し剣を振るっただけで地に伏してしまった。皆が、強く体を打ちつける。
「くっ・・・」
「はははははははっ!」
トビが痛みに顔を顰めながら上空を見上げると、スウォーが高笑いをしながら、はるか上空まで飛び上がっていた。
「ユーガさぁんっ!」
「ミナぁぁぁぁぁぁぁぁっ‼︎」
ユーガは力の限り叫ぶが龍は上昇を止めず、その姿が見えなくなると同時にユーガの視界は真っ暗になった。
パチ、と焚き火の木がユーガ達の静寂の中に響いた。ミナがスウォー達に連れ去られてから何時間経ったのだろうか、ユーガは痛む肩をさすりながら考えた。しかし、とルインが火を見ながら呟く。
「・・・あのスウォーという男・・・何者なんでしょうか」
「見る限り、ユーガの模造品(クローン)みたいだったけど・・・」
ネロは頭に包帯を巻き、顔を顰めながら答える。ユーガも視線を火に移すと、まるで自分のような赤い色の炎がユーガを照らしていた。
「ともかく」とトビー頬に湿布を貼っているーが腕を組んで話す。「スウォーの奴を追いかけるぞ。あいつは恐らく、シノの資料にあったフルーヴともう一人の男で間違い無いだろう」
トビの言葉に、ええ、とシノも頷く。
「・・・俺もミナを・・・助けに行きたい」
ユーガの言葉に、全員が視線を向けた。
「・・・ミナは俺達の大切な仲間だろ?だったら、やっぱ助けたいよ」
「・・・そうだな。ユーガならそう言うと思ってたよ」
「ええ、ユーガらしいですね」
「・・・私も、ミナさんとまだ話してみたいです」
ネロ、ルイン、シノがユーガの意見に賛同する。ユーガは三人に頷き、トビに視線を向ける。トビは呆れたように首を振り、舌を打った。
「お前はそう決めたらもう確定だろ?・・・スウォーを調べるついでだからな。勘違いすんなよ」
「ああ、ありがとう!」
ユーガはトビに笑顔を向け、ミナが消えた空へ眼を向けた。
(・・・スウォー・・・だったよな。もしあいつが本当に俺の模造品なんだとしたら・・・俺のDNAなんて、いつ取られたんだ・・・?)
ユーガは瞬く星空を見上げながら考えを巡らせたが、痛む体に顔を顰める事になった。
「けどさ」翌日、ユーガ達は元ソルディオス跡で考えを纏めていた。「ミナはどこに行ったんだろう・・・?どの方向に行っちまったかもわかんないだろ?」
ユーガが腕を組んで誰にともなく尋ねると、ルインが即座に答える。
「私の固有能力で、ミナの元素を追いかけてみます。ミナでなくとも、スウォーやフルーヴの異様な元素を辿る事もできます。・・・正確にはちょっとわかりませんが、ここから南ですね・・・」
「南か・・・わかった。行こうぜ、ユーガ」
ネロがそう言ってユーガの肩を叩き、ソルディオス港に向かって歩き始める。それにルイン、シノも伴っていく。ユーガが元ソルディオス跡を見つめているとトビが横に立った。ユーガはそれを認め、なぁ、と声をかけた。
「・・・トビ、確かスウォーって兄貴が太古エルスペリア語で調べてたよな・・・?」
「・・・そうだったな。確か・・・『滅び・滅亡』という意味があったはずだ」
そっか、とユーガは少し俯いて呟く。
「滅び・・・滅亡・・・まさしくこの村って感じだよな・・・」
「・・・あのスウォーって野郎には聞きたい事が山ほどある。スウォーを追いかける『ついでに』ミナを助けるぞ」
トビが息を吐きながらそう言って、先を歩くネロ達の後を追って歩き出す。ユーガはもう一度元ソルディオス跡を眺める。スウォーという男を思い出し、ユーガはぶるっと体を震わせた。
ばさ、と翼が蠢く音が男ースウォーの耳に入る。
「・・・よくあいつらがソルディオスに行くなんて分かったな」
スウォーが後ろに座る男、フルーヴにそう言うと、フルーヴはこともなげに答えた。
「・・・あの村であんな事が起こりゃ、誰でももう一度来るだろ。・・・ま、ソルディオスの奴らが勝手な事を言い出したのはちっと驚きだったが」
「・・・ふっ、ソルディオスを滅ぼした事によって、俺達の邪魔をする奴が一つは減ったんだ。後は・・・」
「・・・あいつら、だな」
スウォーはその言葉に頷いて、短い髪を少し摘んだ。
「・・・まぁ、どうせあいつらはこの女を取り戻しにやってくるはずだ。・・・その時に処せばいいさ」
ニヤリ、と笑みを顔に広げ、スウォーは下方に広がる海を見下ろした。
ーこの世界もろとも、消し去ってやるー
スウォーは、微かに、だが確かに野望がもう一度燃え上がるのを感じたー。
「で」とトビがベッドに座り、脚を組んで剣の手入れをしていたユーガを見た。「船を直してもらってソルディオスへ向かって、その後どうすんだ?」
うーん、とユーガは腕を組んで剣の手入れを止めてトビを見た。
「・・・そうだよな。そこが気になってはいたんだけど・・・」
「まぁ、まずはユーガ達をミヨジネアに送り込んだ野郎を捕まえるよな。その後は・・・」
ネロが風呂上がりで濡れた髪をタオルで拭きながら言った言葉を、あの、とミナの言葉が遮った。
「もし良ければ、『制上の門』か『制下の門』に船で行き、元素の不安定についての調査を進めませんか?」
それが良いでしょう、とルインが頷いた。
「そもそもの私達の目的はそれなのですからね」
「わかった」
ユーガは頷いて、あ、と声を上げた。
「・・・シノはどうするんだろう?」
「残るんじゃねーの」
トビが首を振りながらそう呟く。
「あいつは研究に勤しんでるからな。俺達に着いてくる暇なんてないんじゃねぇか」
かもな、とネロも頷く。他の仲間達も、同様に。ユーガは、そうか、と残念そうに俯いた。が、すぐに顔を上げて全員を見回した。
「じゃあ、ちょっと俺シノに聞いてくるよ!」
ユーガに、全員が視線を向けた。
「お前な、話聞いてたか?研究に勤しんでるって・・・」
わかってる、とユーガは頷いて続ける。
「けど、それはトビの見解だろ?俺はちゃんと、シノから言葉を聞いてみたいんだ」
どうかな、と尋ねるユーガに全員ートビを除くーが小さく頷いた。
「・・・ユーガらしいな。ま、そうだな。一度シノに聞いてみよう」
「ええ。聞いてみるだけでも良いと思いますし」
「そうですね。じゃあ、ユーガさん、トビさん、よろしくお願いします」
ミナの言葉にかたやユーガは、ああ、と頷き、かたやトビは、は?とミナを見た。
「何で俺まで着いて行かなきゃなんねーんだよ?」
「まぁまぁ」とルインが少し意地の悪い顔でトビを見た。「暴走した子供を止める保護者は必要でしょう?トビ♪」
誰が保護者だ、とトビは否定したが、行こうぜ、と腕を引っ張るユーガに引きずられながら、トビは渋々行く事となった。
「そういやさ、トビはシノと知り合いなのか?」
後ろ向きに歩きながら、後ろを歩くトビにユーガは尋ねた。トビは小さく息を吐く。
「・・・昔からの知人っつーだけだ」
「へぇ、そうなのか?」
小さく頷き、トビは少しだけ俯いた。
「・・・まぁな。そういや、お前とネロの奴も昔からの知り合いなんだったな」
「ああ、うん。家を無くしちまってガイアの街を放浪して倒れちまったとこをネロ達に拾われたんだ」
ユーガはどこか自嘲するような笑みを浮かべてトビを見た。
「それからネロの家で働く事になったんだ。行く所がないなら家で働かないか、って聞かれてさ」
はは、とユーガは頭をぽりぽりと掻いてトビを見た。トビはその顔を見て、少し複雑な感情に包まれた。なぜ、そこまでの過去がありながらこんなに笑っていられるのか。理解ができなかった。
「・・・そうか」
ああ、とユーガが頷く。ーと、トビはユーガより奥の椅子に見覚えのあるポニーテールの金髪が座っているのが見えた。街の街灯のせいか、少し金髪は輝いていた。
「・・・あれは・・・もしかして・・・」
「・・・シノの奴、何やってんだ?」
ユーガとトビが顔を見合わせてシノに近づくと、シノがユーガ達に気付いてハッと顔を上げた。その眼には隠しきれない涙が浮かんでいた。
「・・・あ」
「何やってんだよ」
トビがしきりに涙を拭うシノに腕を組んで尋ねる。
「・・・昔、お前は泣かないっつってなかったか」
「!」
ユーガはトビとシノの会話を黙って聞いていた。トビとシノにしかわからない会話なら、自分が立ち入る隙はないと判断したのだった。
「で?何やってんだ」
「・・・昔の事を思い出していただけです。・・・ユーガさん」
不意に名を呼ばれ、ユーガは狼狽えながらも、え、とシノを見た。
「・・・私をあなた達の旅に連れて行ってくれませんか」
思ってもいない言葉にユーガとトビは顔を見合わせて驚いた。
「お前・・・研究とかは良いのか?」
トビの質問にシノは頷き、決意に満ちた眼をユーガに向けた。
「・・・わかった」
ユーガはこく、と頷いてシノを見た。トビが何かを言いたげにユーガを見たが、いや、と首を振って眼を逸らした。
「・・・お前にこれ以上言っても無駄だった。勝手にすれば良いんじゃねーの」
その言葉はユーガに向けてか、シノに向けてなのかはユーガにはわからなかったが、トビはそれだけ言い捨て、早足で宿への道を戻って行った。ああ、と頷いて、ユーガは隣に立つシノを見た。シノは金色の前髪から黒色の眼でトビの歩いて行った方向をじっと見ていた。いつまでそうしていたか、唐突にシノがユーガに眼を向けた。
「どうした?」
ユーガがシノに尋ねると、シノはユーガの頬をぶにぶに、と人差し指で突き始めた。訳がわからず、ユーガが戸惑っているとシノがその指を離し、
「・・・よろしくお願いします」
と呟いた。
「あ、ああ・・・」
シノは困惑して頬を押さえるユーガに背を向けて歩き出しかけ、ふと足を止めてユーガを振り向いた。
「・・・ユーガさん」
「ん?」
「・・・後悔、しないでくださいね」
そう呟いて、シノは今度こそ背を向けて足を止める事なく歩いて行った。
(後悔しないで、って・・・どういう事だ・・・?)
ユーガは首を傾げていたが、その答えはユーガにはわかるはずもなかったのだった。
「ただいま」
ユーガが宿屋の部屋の扉を開けると、ミナのお帰りなさい、という声に迎えられた。ミナは机に向かってノートを広げ、何かを書いているようだった。
「ミナ、何書いてるんだ?」
ハッとしたミナが、ノートを慌てて閉じた。
「い、いえ・・・なんでもありません」
あまりの勢いに、机が凄まじい音を立てた。ユーガはそれを見て苦笑して近くにあった椅子に腰をかけた。常夜灯となった電球を見上げて、ユーガは息を吐く。ガタ、と音がしてユーガが電球から目を離して首を戻すと、ミナがユーガの前の椅子に座っていた。紫の瞳に見据えられ、ユーガは以前ミナに緋眼を覗き込まれた事を思い出して再び顔を真っ赤にさせた。
「・・・ユーガさんの眼は、なんて言うか・・・」
「・・・え、な、なんだよ?」
「・・・綺麗な緋色で・・・太陽みたいですね」
真っ直ぐ瞳を見続けられた恥ずかしさにユーガは顔を逸らせて頭を掻いて、そうか?と答えた。
「はい・・・そういえば、ユーガさんは『精霊』を知っていますか?」
話題を変えられたのでユーガは少しホッとして、ミナを見た。
「ああ・・・まぁ本で読んだくらいなら・・・」
「精霊、ですか」
ユーガの言葉を遮って部屋の扉を開けて中に入ってきたのは、ルインだった。
「ルイン!どこに行ってたんだ?」
ユーガの質問にルインは、少し散歩に、と答えてユーガの隣の椅子に座った。さらに、トビがベッドから起き上がって頭をわしわしと掻いた。
「トビさん・・・起きていたんですか?」
「まぁな。それより、精霊、ねぇ・・・」
トビはベッドに両手をついて後ろのめりになって呟いた。
「精霊っつーのはおとぎ話の中の架空の生物だろ?実在してるわけじゃ・・・」
「ええ、架空の生物として扱われていますね」
トビの言葉にルインが頷いて答えた。けど、とユーガは少し前のめりに体を乗り出した。
「精霊って、なんかかっけーよな・・・!火の精霊とか確かいたよな?えっと・・・イフリート、だっけ?」
「ええ」とミナが頷いた。「風の精霊がシルフ、水がウンディーネ、地がノーム、光がアスカ、闇がシャドウ、氷がセルシウス、そしてそれらを統一してると言われているのが・・・」
「『絶対神 マキラ』。・・・だったな」
トビがそう呟き、ユーガも、うん、と頷く。
「マキラ・・・ってこの世界を作ったとされる神・・・だったよな。あのヤハルォーツって人が信仰してる・・・。なら、なんで魔物とかまで生み出したんだろうな?」
「確か、争いを繰り返す・・・風、海、太陽に怒って、ではありませんでしたか?試練を与えた、という話で、それは未だに続いている、と」
ルインがそう言うと、そうだったな、とトビが頷いた。
「マキラの試練か・・・けど、マキラがグリアリーフに元素(フィーア)を満ちさせたのって二千万年前だろ?って事は、大体二千万年前くらいからマキラの試練ってのは始まってたって事なのかな?」
ユーガが、うーん、と首を傾げて腕を組んだ。かもですね、とルインが同意するように頷いた。
(・・・試練、ねぇ・・・)
トビが、やれやれ、と呆れたように少し首を振った。
「まぁ」とルインが手を振った。「今はそれを考えていても、仕方ありません。いつか、調べてみましょう」
そうだな、とユーガは頷いた。
それから三日後の朝、ユーガ達は修復された『フィアクルーズ』を見上げて立っていた。フォルトの封鎖されていた港をトビが借りたのだった。いやー、とネロが腰に手を当てて『フィアクルーズ』を見上げる。
「これでやっとソルディオスに行けるな!」
「ここで足止めを食ったのはほぼお前のせいだけどな」
ネロの言葉にトビが即座に呟く。
「まぁ」とルインが微笑を浮かべる。「それはもう良いでしょう。ともかく、今はソルディオスに向かって、私達をミヨジネアに送り込んだ者を突き止めましょう」
ああ、とユーガは頷いて一歩一歩船の階段を登っていった。ネロ、ルイン、シノ、ミナもそれの後に続き、階段を登り始める。トビはそれを見ながら、見送りに来ていた女性達ートビのファンクラブの会員のためだろうーを振り向いた。
「・・・この船直した奴に言っといてくれ。さんきゅ、って」
その言葉に、キャー!と女性が叫んだ。トビは溜め息をついて、船の入り口へ視線を向けた。
「おーい!トビー!」
その声に顔を上げると、ユーガがトビに向かって、ぶんぶん、と手を振っていた。
「早く行こうぜ!ソルディオス‼︎」
「・・・わーってるっつの。騒ぐなって」
やれやれ、と首を振って、トビは船の階段に脚を出した。トビが階段を上り切ると、階段は船の中に収容され、微かな振動がユーガの足元に伝わった。ざば、と船は波を立て、ゆっくりと全身をしていった。
「今回は壊れていないだろうな?」
船の甲板で、トビが腕を組んで誰にともなく尋ねた。
「大丈夫です。フォルトの技術者は優秀ですからね」
「・・・なんか、ケインシルヴァの技術者が優秀じゃねぇ、みたいな言い方だな・・・」
シノの言葉にネロが頭を掻きながら呟く。
「まぁ、点検していなかったですし・・・」
ルインの言葉に、
「そうだな・・・言われちまっても仕方ないかもよ?ネロ」
ユーガが言葉を継いだ。
「う・・・そいつは・・・」
言葉に詰まったネロの肩を、ミナがぽんぽん、と叩く。ネロはそれが何となく傷付いたようで、ちぇ、と口を尖らせた。
「・・・着いたな、ソルディオス・・・」
ユーガが船の階段を降り、ソルディオス港の見覚えのある景色を見渡し、ぽつりと呟いた。ええ、とルインも周りを見渡しながら頷く。
「こっからソルディオスは東だったな。行くぞ」
トビの言葉に全員が頷いた。それからユーガ達はソルドの森を抜けてソルディオスへ向かった。一度通った事もあり、ソルドの森は今回は迷う事はなかった。そして、ソルディオスに着いたユーガ達は目の前の光景に絶句した。
「・・・こ、これは・・・」
「・・・ソルディオスが・・・無い・・・⁉︎」
ユーガとルインの言葉の通りー無いという程ではないがーソルディオスは廃墟と化していた。辺りには家の残骸だと思われる木片がそこらに転がっていた。
「・・・ユーガ。別れて何かしらの痕跡がねぇか探すのはどうだ」
「あ、ああ・・・わかった。じゃあそうしよう」
トビの提案にユーガは頷いた。全員それに同意し、ソルディオス跡を各々が調べ始める。トビはまっすぐ、元村長の家であったと思われる廃墟に向かった。木片を脚で蹴り飛ばしながら歩き回った。
「けど」とユーガが辺りをきょろきょろと見回しながら言った。「何でこんな事に・・・?」
「わかんねぇけど・・・ともかく調べようぜ」
うん、と頷いてユーガが何気なく下を見ると、きらりと何かが光ったのに気付いた。
(ん?)
ユーガがそれを拾い上げると、何かの破片のようだった。
「これ、何だろう・・・?」
ひょい、とネロが覗き込んで破片を見た。
「ん・・・?武器の破片、か・・・?」
「こっちにもあったぞ」
トビがユーガの側まで歩いてきて、破片を手のひらに乗せてユーガに見せた。
「ホントだ・・・じゃ、人が攻めてきた・・・?」
「そういう事だと思います」
さらに、ミナがユーガの眼の前に白い鉄のような破片を見せた。
「これは・・・?」
「これは・・・ミヨジネア兵の兜の破片です」
「!」
ユーガとトビが、同時に眼を見開いた。顔を見合わせ、同時に頷く。
「って事は・・・まさか、ミヨジネアの奴らがここを・・・?」
ユーガは唇を噛みながら呟いた。その横で、トビが、だが、と腕を組んだ。
「どうなってやがる?俺達の憶測だと、この街とミヨジネアは繋がってたー、まぁグルだったっつー話だったが・・・」
「ああ」とネロが木片を拾い上げながら頷いた。「・・・ユーガ、どうするよ。この状況じゃ、お前らをミヨジネアに送り込んだ奴なんてわかんねぇぜ」
「・・・うん・・・そうだよな・・・どうしようか・・・?」
ユーガが頭を掻いて考え込む。ーすると、ネロの横にある茂みがガサガサ、と揺れた。
「・・・魔物っ」
ルインが即座にそう呟く。ユーガ達はそれぞれの武器を引き抜いて構えた。
「・・・来る!」
トビの声と同時に、魔物は姿を現した。その姿は、真冬を思わせる見た目をした白銀の龍だった。
「・・・な、なんだこいつは・・・⁉︎」
「・・・見た事のない魔物・・・気をつけてください!」
ミナが叫ぶと同時に、その魔物はユーガに大きな口を開けて噛み付いた。ユーガはそれをかろうじて避け、横から剣を振るう。ーが。カキン、という音と共に、ユーガの剣は弾かれた。
「なっ・・・⁉︎」
「だったら魔法でやる。下がってろ。闇よ、悪しきを飲み込め!ナイトメアセルド!」
トビの魔法で土埃が立ち、そこにネロが走り込んで闇の元素を剣に纏わせる。
「閻魔の咆哮・・・受けろ!閻牙烈斬‼︎」
ネロの剣技で、さらに土埃が立つ。どうだ、とネロが息を吐きながら呟く。ーその土埃の中から、先程の龍の手が伸びてーミナの体を掴んだ。
「きゃ⁉︎」
「ミナ⁉︎」
ユーガが叫ぶと、龍が土埃の中から巨大な羽を羽ばたかせて飛んだ。
「・・・わざわざここまでこの女を運んでくれるとはな・・・ご苦労なこったぜ」
「⁉︎」
そんな声が聞こえ、ユーガがその姿を探すとフードを被った男が、龍の背中の上に降り立った。しかし、この声は聞いた事があるー。いや、聞いた事のある、なんてものではない。
「・・・お前は・・・⁉︎」
他の仲間達もそれに気付き、男を睨む。その男がフードを取ってーユーガ達は、言葉を失った。ようやく掠れた声がユーガの喉から出る。
「・・・お、俺・・・⁉︎」
ユーガ?は髪を短く切り、ユーガとは違って髪を前に流せるほど長くはない。目は血のような赤で、黒と紫色の服は、全くユーガらしさを感じる事はない。そして腰の右側ー左利きなのだろうーには、一振りの剣。その男ーユーガ?は彼にはあり得ない、悪魔のような笑みをその顔に浮かべた。
「・・・ふっ」
「スウォー、今はその女が先だ」
続けて、ユーガの兄がーフルーヴが、龍の背中に降り立つ。スウォーと呼ばれた男は、ああ、と頷いて血のような赤い瞳でユーガ達を一瞥した。
「お前らの大事なお仲間は俺達の計画に必要なんでな。いただいてくぜ」
「ま、待て!ミナを返せ‼︎」
ユーガは剣を握りしめ、段々と上昇していくスウォーに向かって飛んだ。ーと、スウォーが腰から左手で剣を引き抜いてー。
「邪魔だ。消えろ、オリジナル」
「ー!」
スウォーの言葉の直後、スウォーが引き抜いた剣から波動がユーガを襲い、ユーガは空中から地面まで落ち、したたかに背中を打った。
「うわっ・・・‼︎」
「ユーガさんっ‼︎」
龍に掴まれながら、ミナがユーガに向けて手を伸ばす。
「く、くそっ・・・ミナぁっ!」
トビやシノ、ネロ、ルインもそれぞれ応戦するが、スウォーが少し剣を振るっただけで地に伏してしまった。皆が、強く体を打ちつける。
「くっ・・・」
「はははははははっ!」
トビが痛みに顔を顰めながら上空を見上げると、スウォーが高笑いをしながら、はるか上空まで飛び上がっていた。
「ユーガさぁんっ!」
「ミナぁぁぁぁぁぁぁぁっ‼︎」
ユーガは力の限り叫ぶが龍は上昇を止めず、その姿が見えなくなると同時にユーガの視界は真っ暗になった。
パチ、と焚き火の木がユーガ達の静寂の中に響いた。ミナがスウォー達に連れ去られてから何時間経ったのだろうか、ユーガは痛む肩をさすりながら考えた。しかし、とルインが火を見ながら呟く。
「・・・あのスウォーという男・・・何者なんでしょうか」
「見る限り、ユーガの模造品(クローン)みたいだったけど・・・」
ネロは頭に包帯を巻き、顔を顰めながら答える。ユーガも視線を火に移すと、まるで自分のような赤い色の炎がユーガを照らしていた。
「ともかく」とトビー頬に湿布を貼っているーが腕を組んで話す。「スウォーの奴を追いかけるぞ。あいつは恐らく、シノの資料にあったフルーヴともう一人の男で間違い無いだろう」
トビの言葉に、ええ、とシノも頷く。
「・・・俺もミナを・・・助けに行きたい」
ユーガの言葉に、全員が視線を向けた。
「・・・ミナは俺達の大切な仲間だろ?だったら、やっぱ助けたいよ」
「・・・そうだな。ユーガならそう言うと思ってたよ」
「ええ、ユーガらしいですね」
「・・・私も、ミナさんとまだ話してみたいです」
ネロ、ルイン、シノがユーガの意見に賛同する。ユーガは三人に頷き、トビに視線を向ける。トビは呆れたように首を振り、舌を打った。
「お前はそう決めたらもう確定だろ?・・・スウォーを調べるついでだからな。勘違いすんなよ」
「ああ、ありがとう!」
ユーガはトビに笑顔を向け、ミナが消えた空へ眼を向けた。
(・・・スウォー・・・だったよな。もしあいつが本当に俺の模造品なんだとしたら・・・俺のDNAなんて、いつ取られたんだ・・・?)
ユーガは瞬く星空を見上げながら考えを巡らせたが、痛む体に顔を顰める事になった。
「けどさ」翌日、ユーガ達は元ソルディオス跡で考えを纏めていた。「ミナはどこに行ったんだろう・・・?どの方向に行っちまったかもわかんないだろ?」
ユーガが腕を組んで誰にともなく尋ねると、ルインが即座に答える。
「私の固有能力で、ミナの元素を追いかけてみます。ミナでなくとも、スウォーやフルーヴの異様な元素を辿る事もできます。・・・正確にはちょっとわかりませんが、ここから南ですね・・・」
「南か・・・わかった。行こうぜ、ユーガ」
ネロがそう言ってユーガの肩を叩き、ソルディオス港に向かって歩き始める。それにルイン、シノも伴っていく。ユーガが元ソルディオス跡を見つめているとトビが横に立った。ユーガはそれを認め、なぁ、と声をかけた。
「・・・トビ、確かスウォーって兄貴が太古エルスペリア語で調べてたよな・・・?」
「・・・そうだったな。確か・・・『滅び・滅亡』という意味があったはずだ」
そっか、とユーガは少し俯いて呟く。
「滅び・・・滅亡・・・まさしくこの村って感じだよな・・・」
「・・・あのスウォーって野郎には聞きたい事が山ほどある。スウォーを追いかける『ついでに』ミナを助けるぞ」
トビが息を吐きながらそう言って、先を歩くネロ達の後を追って歩き出す。ユーガはもう一度元ソルディオス跡を眺める。スウォーという男を思い出し、ユーガはぶるっと体を震わせた。
ばさ、と翼が蠢く音が男ースウォーの耳に入る。
「・・・よくあいつらがソルディオスに行くなんて分かったな」
スウォーが後ろに座る男、フルーヴにそう言うと、フルーヴはこともなげに答えた。
「・・・あの村であんな事が起こりゃ、誰でももう一度来るだろ。・・・ま、ソルディオスの奴らが勝手な事を言い出したのはちっと驚きだったが」
「・・・ふっ、ソルディオスを滅ぼした事によって、俺達の邪魔をする奴が一つは減ったんだ。後は・・・」
「・・・あいつら、だな」
スウォーはその言葉に頷いて、短い髪を少し摘んだ。
「・・・まぁ、どうせあいつらはこの女を取り戻しにやってくるはずだ。・・・その時に処せばいいさ」
ニヤリ、と笑みを顔に広げ、スウォーは下方に広がる海を見下ろした。
ーこの世界もろとも、消し去ってやるー
スウォーは、微かに、だが確かに野望がもう一度燃え上がるのを感じたー。
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