54 / 79
第9話 彼が本気になったなら
⑧ 聞き込み調査
しおりを挟む「……ごめんなさい。
わたし、逃げることなんてできません」
「えっ」
その言葉に、イーファは言葉を詰まらせてしまった。
発言の主はサーラ。
生贄にされようとしている少女へその事情を説明し、あわよくば逃げる算段を立てておこうとの腹積もりだったのだが。
帰ってきたのは、この台詞だった。
「あ、あのですね、サーラさん!
皆のために生贄になるって覚悟は立派かもしれないですけど、相手は凄く酷いヤツなんです!
きっとサーラさんが思っているずっとずっと残酷な目に遭っちゃうんですよ!?
突然こんなこと言われても、信じられないとは思いますが――」
「いえ、聖女様に魔女様の言うことですから。
きっと、それが真実なんだと思います。
確かに信じにくいですけどね、神獣様が残虐な存在だなんて」
「――だったら!」
「でもダメですよ。
だって、結局わたしが逃げたらみんなが酷い目に遭うってことは変わらないじゃないですか。
そりゃもちろん、生贄にされるのは怖いし、痛いことはされたくありません。
でも、わたしがそれを我慢すればみんなが助かるなら、それでいいかな、て思うんです」
「そんな――!」
サーラが自分達を信用してくれていることが、言葉の端々から伝わってくる。
それがイーファにはどうしようも無く辛かった。
信じられないが故に拒まれているのであれば、信じてくれるように努力すればいい。
しかし、生贄がどれだけ惨い扱いをされるかを理解した上で、それでもなお自身が生贄になることを受け入れてしまった場合、どう説得しろと言うのか。
(で、でもここで引き下がるわけには――!)
どうにか自分を奮起させる。
この先事態がどう転がるにせよ、サーラが彼女達と共にここを離れることは必須事項だからだ。
そうでなければ、この少女を助けられない。
“見捨てる”という選択肢は、はなから頭にないイーファであった。
――だが。
「聖女様、魔女様、ありがとうございます」
「え」
こちらが何かを言う間に、サーラに機先を制されてしまう。
「わたし、凄く嬉しいんです。
お二人が、先日出会ったばかりのわたしのためを心配してくれていること。
それだけで、わたしは頑張れます。
ですから――ですから、その――」
「……うぅ」
喉まで出かかった言葉が霧散する。
少女が、なんとかこちらを納得してもらおうと一生懸命に思案していることが分かってしまったからだ。
尊敬する人物からの申し出を拒まなくてはならないというその状況にこそ、サーラは苦しんでいるようで。
これ以上の説得を、思い留まらせてしまう。
(え、エルミアさん!
エルミアさん、なんとかして下さいー!)
最早自分の手には負えない。
一抹の望みをかけて、隣に立つ聖女へと視線を送った。
すると彼女は落ち着き払った仕草で頷き、
「分かりました、サーラさん。
そこまでお考えの上とあっては、貴女の意思を尊重いたしましょう」
(あっさり白旗振ったー!?)
エルミアはさくっと会話を終わらせてしまった。
サーラはというと、聖女の言葉に少し驚いた表情をしてから、ぺこりと頭を下げる。
「聖女様……すみません」
「何を謝るのですか?
貴女の志は素晴らしいものです。
主も必ずお認めになることでしょう」
「聖女様……」
感極まって涙を浮かべるサーラ。
そんな少女を一つ二つ挨拶を交わし、二人は部屋を後にした。
イーファは沈痛な面持ちで廊下を歩く。
出だしからして躓いた形だ。
せめてサーラの了解が得られれば、最悪彼女を抱えて逃げ出すという手もあったというのに。
「ううう、これからどうしましょう……」
かなりへこみ気味の魔女であった。
一方でエルミアの表情には陰りが無い。
聖女はいつもと変わらぬ顔で話しかけてくる。
「イーファ、何を落ち込んでいるのですか」
「いや寧ろエルミアさんはどうして平然としているんですか。
サーラさんの救出を、サーラさん自身に拒まれてしまったんですよ」
「拒まれることは想定の内でしょう?」
「へ?」
エルミアの台詞に、気の抜けた声を出してしまう。
「いいですか。
サーラさんは、幼い頃から立派な生贄になるべく教え込まれていたのです。
その教育を、彼女のことをよく知りもしない私達に解けるわけが無いではないですか」
「……さらっと凄い事いいますね」
「逆に私は安心した位です。
どうやらサーラさんは、“皆にそう教わったから”以上の理由をお持ちではないようでしたから。
もっと深刻な――例えば親兄弟を人質に取られているとか、生贄となるべく“呪い”をかけられているとか――対処の難しい理由が出てきたなら、私も頭を抱えていたかもしれませんね」
「で、でもサーラさんの意思は固そうでしたよ?」
「ふふふ、あれ位の年齢の子の考えを変えさせるなんて、そう難しいことではありません」
「う、うわぁ、エルミアさん、意外とドライ……」
現実的過ぎる聖女の言葉に、閉口してしまう。
本当にこの人は神の信徒なのだろうか?
いや、聖女という他の信者達を導く立場には、これ位の打算ができないとなれないものなのかもしれないが。
「懸かっているものが人の命ですからね。
綺麗事ばかりを言っていられません」
「うっ――た、確かにその通りです」
エルミアの瞳は真剣そのものだった。
その態度に感化され、イーファも気合いを入れ直す。
「じゃあ、気を取り直して次行ってみましょう!
誰に聞くのが良いですかね?」
そう尋ねた直後だった。
「……困りますな、そのようなことをなされては」
そんな男の声が響く。
見れば、廊下の先には顔に皺の入った壮年の男――この村の“村長”ダンマスが立っている。
「丁度良いところで会えました。
貴方にもお話を伺いたいと思っていたのですよ」
イーファが何か言うよりも先に、エルミアが口を開いた。
だが村長は渋い顔をして、
「お話しすることは何もありませんな。
ラティナ殿が許可した以上、貴女達の滞在に文句は言いませんが、余計な事はしないで頂きたいものです」
「余計な事――サーラさんを助ける行為は余計な事ですか?」
「それ以外の何だと言うのです!」
ダンマスは語気を強める。
「良いですか?
この村はこれまで数十年に渡り、生贄によって神獣を制御してきました。
貴女のような世迷い事をほざく者はこれまで幾人もいましたよ。
しかし、結局彼等は何も変えられなかった。
何故か分かりますか?
それはね、私達が圧倒的に“正しい”からですよ!
たった一つの命によって、結果的に幾千幾万という人々を救ってきたのですから!」
まるで演説のように語る。
その熱の入れようは――
(――まるで自分に酔っているみたいですね)
イーファは冷めた目でそう分析していた。
その視線に気付くことなく、村長は口を動かし続ける。
「四十三年前、この辺りを大規模な大雨が襲ったことはご存知ですかな?
放っておけば洪水によって辺り一帯が流されようとしていた。
その危機を救ったのが、他ならぬ炎虎ズィーガ様です。
二十六年前には、飛蝗の大発生がありました。
全てを食らいつくす害虫共を退治したのもまた、炎虎ズィーガ様だ。
これらは全て、私達がかの神獣と良き関係を築き上げてきてからこそ、受けられた恩寵なのです。
どうです、これでもまだ私達が間違っていると言いますか?」
息を荒くして、ダンマスはそう結ぶ。
“話すことは何もない”と言ってくれた割に、随分長々と話してくれた。
しかしその内容は――
(ラティナさんから同じこと聞きましたね)
――全く目新しいものがなかったのだが。
どうにもこの人物、薄っぺらいように感じる。
喋った内容も、誰かからの受け売りに過ぎないのではないだろうか。
(The 傀儡って感じですねー。
これ以上聞いても意味ないような?)
ただでさえ時間を無駄にするわけにはいかない。
さっさとこの場を立ち去ろうとエルミアを促す――よりも先に。
「――だから」
今度は聖女が村長へと語りかけた。
「だから、見捨てるのですね。
貴方の四分の一も生きていない少女を。
純粋無垢で、優しい心を持った少女を」
「聞いたような口を聞くな!!」
突然、ダンマスが激高した。
顔を真っ赤にして、先程までとは打って変わって口調が荒い。
だがその怒気を受けても、エルミアは涼しい顔だ。
「サーラさんは、貴方の実の娘なのでしょう?
血を分けた子を犠牲にして、それで齎される利益に何の価値があるのでしょうか」
「あの子はそれ位の覚悟、既にできている!」
「それは貴方が押し付けた覚悟なのではないですか?」
「私はこの村の村長であり、あの子は私の娘だ!
今まで何人の娘が生贄になったと思っている!?
私にもサーラにも、この村で生きる者として全うしなければならない義務があるのだ!」
「……左様ですか」
そこで会話が途切れた。
最後まで落ち着いた声のエルミアだったが、その語り口には普段の彼女らしからぬ“棘”があった。
聖女としても、この人物には色々と思うところあったのだろう。
「幼き我が子を人身御供とせねらならない境遇、身を切り裂かれる思いでしょう。
それでもなおこの国を想う志、ご立派でございます。
努々、その“義務”を成し遂げて下さいますよう、お祈りさせて頂きます」
「……っ!」
(お、おわー、辛辣ー!)
言葉遣いこそ丁寧なものの、言葉の端々に皮肉めいた響きがあった。
ダンマスもその物言いに一瞬気圧されている。
それでも村長としての矜持からか、それとも若い女性にやり込められることを良しとしないプライドからか、すぐに姿勢を正すと、
「そ、そうですか。
分かって頂けたなら何よりです。
……では、私はこれで」
口早にそう言って立ち去ってしまう。
あっという間に廊下の奥へ姿を消した村長を見送ったイーファは、改めてエルミアに話しかけた。
「無駄に時間潰しちゃいましたねー。
あの人、話が長いったら」
「何を言っているのですか。
大収穫だったではないですか」
「はい?」
予想外の答えに、疑問符を浮かべてしまう。
何のことやらさっぱり分からないこちらに対し、エルミアは説明を始めた。
「いいですか、イーファ。
本当に自分が正しいと思っている人間は、あの程度の指摘で怒りだしたりはしませんよ。
やましい気持ちを抱えているからこそ、激高して弁解しだしたのです」
「えーと、それではつまり?」
「村長は、サーラさんを生贄とする件に対して心を痛めている、ということです。
それもあの動揺ぶりから察するに、相当罪悪感に精神が蝕まれているように思えます。
彼は私にではなく、自分に言い聞かせていたのですよ――自分達がしていることは正しいのだ、と。
つまり、あの人は本質的に私達と同じ側の人間なのです」
「ま、まさかそれを確認するために、あんな物言いをしていたんですか?」
「試すような真似をしてしまいましたね。
その無礼に関して、後で謝罪をしなければなりません」
本当にすまなそうに目を伏せるエルミア。
しかしすぐ調子を戻すと、
「村長を支えているのは、“生贄がより大きな利益を齎してくれる”ことだけ。
その正当性を崩しさえすれば、こちらの味方となってくれるでしょう」
「簡単に言ってますけど、そんなことできるんですか?」
「勝算は……低くないと見積もっています。
炎虎ズィーガに関する情報の閉鎖性を鑑みるに、この付近を第三者が調査する機会はそう多く無かったのではないでしょうか?
ならば、村の人々が見落としている“事実”がまだ眠っている可能性は高いのではないかと」
「……確かに。
こういう場所で暮らしてると価値観が画一化してきますもんね」
“王国”がバックに付いているとはいえ、外部との交流がほとんど無い以上、閉塞された村であることには変わりない。
イーファはようやく理解する。
「だったら、外から来たアタシ達ならここの人達とは違う視点で評価できるから――新しい発見がある、かも?」
「そういうことです」
一つ頷いてから、聖女はさらに加える。
「それに、どちらにせよ調べなければならない案件ではあります。
国を動かそうというなら、私達の正当性を支持する証拠が多いに越したことはありません。
ただ神獣の残虐さを示すだけでは弱いかもしれませんし。
人は、やはり利益の大きい方に流れてしまうものですから」
「――ど、どうしちゃったんですか、エルミアさん!?
なんかもう、凄い頼りになっちゃう感じなんですけど!?」
これまでの旅で片鱗も見せてくれなかった信頼感である。
いつもは脳内ピンク性女なエルミアだが、今の立ち振る舞いを見て、彼女が聖女であることに疑いを持つ者などいないだろう。
「ふふふ、今はヴィルが動けませんからね。
こういう時くらい、しっかりしませんと」
「……いつもそうしてあげていれば、先生の心労も大分軽減されるのに」
「それを言うなら、最近のヴィルの悩みは大半が貴女関連なのですが」
「え、そうなんですか?」
「自覚無しでしたか……」
何故かエルミアはこちらを見て苦笑してくる。
まあ、自分の行動を顧みるのはまた後でやるとして。
(これは、いける気がしてきましたよ!)
まだゴールが見えたわけでは無い。
しかし、確実に前進した感触がある。
その芽生えた希望を胸に、イーファ達は村人への調査を開始するのだった。
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる