88 / 165
御前試合
再会
しおりを挟む
ゲルトさんが動いて、ドアを開けた。
「ガーナー様、お久しぶりでございます。どうぞ中へ。」
「・・ああ、いや。その前に、突然の非礼を詫びたいんだが、どなたか御家門の方に取り継いでもらえないだろうか」
「生憎と奥様もお嬢様も先ほどから不在にしておりまして、申し訳ありません。代わりに私めが、お気持ちをお伝えさせて頂きます。」
「そうか・・重ね重ねすまない。その、もしかして・・レイリアはここに居るだろうか」
名指しされて、心臓が大きく跳ねた。
どう言おう。どう言い訳しよう。
思わずそう考えてしまう自分がいる。
「ええ、居られますよ。どうぞ。」
躊躇したのか、少し間を空けて、カツン、と靴音と共にアマンド様が入ってきた。
試合の時に着けていた防具は外し、白い騎士服の彼は、会場で見て思った通り、やはり顎のラインが前よりシャープになっている。
入室してすぐに私の姿を見つけて、彼は立ち止まった。
「レイリア・・」
私の全身を見て、言葉を失っている様だ。
王宮騎士団の色のドレスを着てバッジも付けて、マルグリット侯爵家の観覧席にいる私の姿は、彼の婚約者として相応しくないどころか、裏切りとも取られかねない。
「それでは、私はテラス席の準備をしておりますので、ご入用のことがありましたらお呼びください。」
ゲルトさんがテラス席に去っていき、私たちの間に沈黙がおりる。
居た堪れなくて、目を逸らした。
「君の姿を見つけて驚いて、思わず来てしまった。随分、久しぶりな気がするな・・」
それは独り言のようでもあり、私の同意を求めているようにも思えて、どう応えたらいいのかわからず、目を逸らしたまま、小さく頷いた。
「レイリア、今日は誰かと約束があったんじゃなかったのか?」
聞きながら、アマンド様が一歩踏み出す。
他の誰かと約束があると言うから安心していたのに、話がちがうじゃないか、と言いたいのかもしれない。
更に一歩、此方へ踏み出す。
「もしかして、"約束"ってここで観覧することだったのか?最初から、観にくるつもりだった?」
最初からここに来るつもりで、俺を騙していたのか、と言いたいのかもしれない。
アマンド様に会うのを、ずっと恐れていた。
向き合う覚悟が持てなかった。
去年のアマンド様の"嘘"に。
御前試合に私を近づけない"理由"に。
アマンド様の"本当の想い人"に。
だから、メイベルに言われるがままを信じて、彼に確かめることもせず、うやむやのまま、幕を閉じようとした。
どうしようもない意気地なしだったのだ、私は。
それを、今日ジュディ様が気づかせてくれた。
「私は・・」
こんな意気地のない自分は、もう嫌だ。
姿勢を正して、強い目をして彼に相対する。
「私は、観たいものを観にきただけです」
ここに来たのは私の意思。
例えアマンド様に望まれなくても、私がここにいることを彼に責められる筋合いはない。
「それの、何が悪いと言うのですか」
不遜な態度で、そう言い放った。
再び訪れる静寂。
彼は大きく目を見開き、そしてーー
カツカツカツカツカツカツカツカツ
早足でこちらに向かってきた!
凄い勢いで近づいてくる彼の姿に思わず「ヒッ!」と小さく叫ぶ。
あまりの怒りに堪えきれず、手を出されたりして・・!?
思わず両手を顔の前にかざして、防御の姿勢をとった私だったが、次の瞬間、彼の腕の中に閉じ込められていた。
ん?
「観に来たかったの?レイリア、俺のことを?」
「アマンド様、ちょっと苦し・・」
「観に来たかったんだね?」
何だか感じ入ったような声で、念入りに何度も聞かれる。
だから、観たいものを見に来たんだって言ってるじゃないですか。
そう言いたかったが、抱きつく力が強くて、私は短い返答にとどめた。
「ん、はい」
更に腕の力が強まる。
苦しいっ!これはもしや新手の暴力なのか!?
「アマンド様、苦しいです!」
「あ、すまない・・ハァ。レイリアが少し痩せた気がする・・ちゃんと食べてる?」
さわさわと肩や背中を触られた後、今度はフワッと両腕を回され抱きしめられた。
「約束があるって言うから、てっきり来てくれないのかと思っていた・・最後に会った時も怒っていたし・・もう、怒ってない?」
「いや、怒ってはないですけど」
むしろアマンド様こそ、私がここにいることに怒ってないんですかね?
「この試合のために練習でひと月も会えなくて・・ずっと会いたかった・・ハァ・・」
グリグリと肩の辺りで頭を押しつけられる。
会いたかった?
え?本当に?
私の両肩に手を置き体を離すと、アマンド様が私の姿を繁々と眺める。
「黒のドレス着てきてくれたの?よく似合っている。ごめん、もう一回」
ギュー
パッ
「その王国騎士団のバッジは売り物とちょっと違うね。・・え?レイリアが手づから作った?ハァ、ちょっといい?」
ギュー
アマンド様は私の格好を点検し、合間合間に抱きしめてくる。
彼のペースについて行けず、私はただただ身を任せるのみだ。
今は、私の顎に手をかけて、顔を左右に向かせて何やら確認している。
「こないだのイヤリングは?つけてないの?」
アマンド様は「付けてきて欲しかった」と眉を下げて呟くと、再度私の顔を左右に向けて、顔を近づける。
両方の耳たぶにチュッ、チュッと柔らかい感触。
「お守りだよ」
そう言い、愛おしげにこちらを見つめるアマンド様の幸せそうな笑顔に当てられて、私はとうとう腰を抜かしてしまった。
「ガーナー様、お久しぶりでございます。どうぞ中へ。」
「・・ああ、いや。その前に、突然の非礼を詫びたいんだが、どなたか御家門の方に取り継いでもらえないだろうか」
「生憎と奥様もお嬢様も先ほどから不在にしておりまして、申し訳ありません。代わりに私めが、お気持ちをお伝えさせて頂きます。」
「そうか・・重ね重ねすまない。その、もしかして・・レイリアはここに居るだろうか」
名指しされて、心臓が大きく跳ねた。
どう言おう。どう言い訳しよう。
思わずそう考えてしまう自分がいる。
「ええ、居られますよ。どうぞ。」
躊躇したのか、少し間を空けて、カツン、と靴音と共にアマンド様が入ってきた。
試合の時に着けていた防具は外し、白い騎士服の彼は、会場で見て思った通り、やはり顎のラインが前よりシャープになっている。
入室してすぐに私の姿を見つけて、彼は立ち止まった。
「レイリア・・」
私の全身を見て、言葉を失っている様だ。
王宮騎士団の色のドレスを着てバッジも付けて、マルグリット侯爵家の観覧席にいる私の姿は、彼の婚約者として相応しくないどころか、裏切りとも取られかねない。
「それでは、私はテラス席の準備をしておりますので、ご入用のことがありましたらお呼びください。」
ゲルトさんがテラス席に去っていき、私たちの間に沈黙がおりる。
居た堪れなくて、目を逸らした。
「君の姿を見つけて驚いて、思わず来てしまった。随分、久しぶりな気がするな・・」
それは独り言のようでもあり、私の同意を求めているようにも思えて、どう応えたらいいのかわからず、目を逸らしたまま、小さく頷いた。
「レイリア、今日は誰かと約束があったんじゃなかったのか?」
聞きながら、アマンド様が一歩踏み出す。
他の誰かと約束があると言うから安心していたのに、話がちがうじゃないか、と言いたいのかもしれない。
更に一歩、此方へ踏み出す。
「もしかして、"約束"ってここで観覧することだったのか?最初から、観にくるつもりだった?」
最初からここに来るつもりで、俺を騙していたのか、と言いたいのかもしれない。
アマンド様に会うのを、ずっと恐れていた。
向き合う覚悟が持てなかった。
去年のアマンド様の"嘘"に。
御前試合に私を近づけない"理由"に。
アマンド様の"本当の想い人"に。
だから、メイベルに言われるがままを信じて、彼に確かめることもせず、うやむやのまま、幕を閉じようとした。
どうしようもない意気地なしだったのだ、私は。
それを、今日ジュディ様が気づかせてくれた。
「私は・・」
こんな意気地のない自分は、もう嫌だ。
姿勢を正して、強い目をして彼に相対する。
「私は、観たいものを観にきただけです」
ここに来たのは私の意思。
例えアマンド様に望まれなくても、私がここにいることを彼に責められる筋合いはない。
「それの、何が悪いと言うのですか」
不遜な態度で、そう言い放った。
再び訪れる静寂。
彼は大きく目を見開き、そしてーー
カツカツカツカツカツカツカツカツ
早足でこちらに向かってきた!
凄い勢いで近づいてくる彼の姿に思わず「ヒッ!」と小さく叫ぶ。
あまりの怒りに堪えきれず、手を出されたりして・・!?
思わず両手を顔の前にかざして、防御の姿勢をとった私だったが、次の瞬間、彼の腕の中に閉じ込められていた。
ん?
「観に来たかったの?レイリア、俺のことを?」
「アマンド様、ちょっと苦し・・」
「観に来たかったんだね?」
何だか感じ入ったような声で、念入りに何度も聞かれる。
だから、観たいものを見に来たんだって言ってるじゃないですか。
そう言いたかったが、抱きつく力が強くて、私は短い返答にとどめた。
「ん、はい」
更に腕の力が強まる。
苦しいっ!これはもしや新手の暴力なのか!?
「アマンド様、苦しいです!」
「あ、すまない・・ハァ。レイリアが少し痩せた気がする・・ちゃんと食べてる?」
さわさわと肩や背中を触られた後、今度はフワッと両腕を回され抱きしめられた。
「約束があるって言うから、てっきり来てくれないのかと思っていた・・最後に会った時も怒っていたし・・もう、怒ってない?」
「いや、怒ってはないですけど」
むしろアマンド様こそ、私がここにいることに怒ってないんですかね?
「この試合のために練習でひと月も会えなくて・・ずっと会いたかった・・ハァ・・」
グリグリと肩の辺りで頭を押しつけられる。
会いたかった?
え?本当に?
私の両肩に手を置き体を離すと、アマンド様が私の姿を繁々と眺める。
「黒のドレス着てきてくれたの?よく似合っている。ごめん、もう一回」
ギュー
パッ
「その王国騎士団のバッジは売り物とちょっと違うね。・・え?レイリアが手づから作った?ハァ、ちょっといい?」
ギュー
アマンド様は私の格好を点検し、合間合間に抱きしめてくる。
彼のペースについて行けず、私はただただ身を任せるのみだ。
今は、私の顎に手をかけて、顔を左右に向かせて何やら確認している。
「こないだのイヤリングは?つけてないの?」
アマンド様は「付けてきて欲しかった」と眉を下げて呟くと、再度私の顔を左右に向けて、顔を近づける。
両方の耳たぶにチュッ、チュッと柔らかい感触。
「お守りだよ」
そう言い、愛おしげにこちらを見つめるアマンド様の幸せそうな笑顔に当てられて、私はとうとう腰を抜かしてしまった。
104
あなたにおすすめの小説
『めでたしめでたし』の、その後で
ゆきな
恋愛
シャロン・ブーケ伯爵令嬢は社交界デビューの際、ブレント王子に見初められた。
手にキスをされ、一晩中彼とダンスを楽しんだシャロンは、すっかり有頂天だった。
まるで、おとぎ話のお姫様になったような気分だったのである。
しかし、踊り疲れた彼女がブレント王子に導かれるままにやって来たのは、彼の寝室だった。
ブレント王子はお気に入りの娘を見つけるとベッドに誘い込み、飽きたら多額の持参金をもたせて、適当な男の元へと嫁がせることを繰り返していたのだ。
そんなこととは知らなかったシャロンは恐怖のあまり固まってしまったものの、なんとか彼の手を振り切って逃げ帰ってくる。
しかし彼女を迎えた継母と異母妹の態度は冷たかった。
継母はブレント王子の悪癖を知りつつ、持参金目当てにシャロンを王子の元へと送り出していたのである。
それなのに何故逃げ帰ってきたのかと、継母はシャロンを責めた上、役立たずと罵って、その日から彼女を使用人同然にこき使うようになった。
シャロンはそんな苦境の中でも挫けることなく、耐えていた。
そんなある日、ようやくシャロンを愛してくれる青年、スタンリー・クーパー伯爵と出会う。
彼女はスタンリーを心の支えに、辛い毎日を懸命に生きたが、異母妹はシャロンの幸せを許さなかった。
彼女は、どうにかして2人の仲を引き裂こうと企んでいた。
2人の間の障害はそればかりではなかった。
なんとブレント王子は、いまだにシャロンを諦めていなかったのだ。
彼女の身も心も手に入れたい欲求にかられたブレント王子は、彼女を力づくで自分のものにしようと企んでいたのである。
[完結]「私が婚約者だったはずなのに」愛する人が別の人と婚約するとしたら〜恋する二人を切り裂く政略結婚の行方は〜
h.h
恋愛
王子グレンの婚約者候補であったはずのルーラ。互いに想いあう二人だったが、政略結婚によりグレンは隣国の王女と結婚することになる。そしてルーラもまた別の人と婚約することに……。「将来僕のお嫁さんになって」そんな約束を記憶の奥にしまいこんで、二人は国のために自らの心を犠牲にしようとしていた。ある日、隣国の王女に関する重大な秘密を知ってしまったルーラは、一人真実を解明するために動き出す。「国のためと言いながら、本当はグレン様を取られたくなだけなのかもしれないの」「国のためと言いながら、彼女を俺のものにしたくて抗っているみたいだ」
二人は再び手を取り合うことができるのか……。
全23話で完結(すでに完結済みで投稿しています)
家が没落した時私を見放した幼馴染が今更すり寄ってきた
今川幸乃
恋愛
名門貴族ターナー公爵家のベティには、アレクという幼馴染がいた。
二人は互いに「将来結婚したい」と言うほどの仲良しだったが、ある時ターナー家は陰謀により潰されてしまう。
ベティはアレクに助けを求めたが「罪人とは仲良く出来ない」とあしらわれてしまった。
その後大貴族スコット家の養女になったベティはようやく幸せな暮らしを手に入れた。
が、彼女の前に再びアレクが現れる。
どうやらアレクには困りごとがあるらしかったが…
P.S. 推し活に夢中ですので、返信は不要ですわ
汐瀬うに
恋愛
アルカナ学院に通う伯爵令嬢クラリスは、幼い頃から婚約者である第一王子アルベルトと共に過ごしてきた。しかし彼は言葉を尽くさず、想いはすれ違っていく。噂、距離、役割に心を閉ざしながらも、クラリスは自分の居場所を見つけて前へ進む。迎えたプロムの夜、ようやく言葉を選び、追いかけてきたアルベルトが告げたのは――遅すぎる本心だった。
※こちらの作品はカクヨム・アルファポリス・小説家になろうに並行掲載しています。
婚約破棄してくださって結構です
二位関りをん
恋愛
伯爵家の令嬢イヴには同じく伯爵家令息のバトラーという婚約者がいる。しかしバトラーにはユミアという子爵令嬢がいつもべったりくっついており、イヴよりもユミアを優先している。そんなイヴを公爵家次期当主のコーディが優しく包み込む……。
※表紙にはAIピクターズで生成した画像を使用しています
元婚約者様へ――あなたは泣き叫んでいるようですが、私はとても幸せです。
有賀冬馬
恋愛
侯爵令嬢の私は、婚約者である騎士アラン様との結婚を夢見ていた。
けれど彼は、「平凡な令嬢は団長の妻にふさわしくない」と、私を捨ててより高位の令嬢を選ぶ。
絶望に暮れた私が、旅の道中で出会ったのは、国中から恐れられる魔導王様だった。
「君は決して平凡なんかじゃない」
誰も知らない優しい笑顔で、私を大切に扱ってくれる彼。やがて私たちは夫婦になり、数年後。
政争で窮地に陥ったアラン様が、助けを求めて城にやってくる。
玉座の横で微笑む私を見て愕然とする彼に、魔導王様は冷たく一言。
「我が妃を泣かせた罪、覚悟はあるな」
――ああ、アラン様。あなたに捨てられたおかげで、私はこんなに幸せになりました。心から、どうぞお幸せに。
完結 貴族生活を棄てたら王子が追って来てメンドクサイ。
音爽(ネソウ)
恋愛
王子の婚約者になってから様々な嫌がらせを受けるようになった侯爵令嬢。
王子は助けてくれないし、母親と妹まで嫉妬を向ける始末。
貴族社会が嫌になった彼女は家出を決行した。
だが、有能がゆえに王子妃に選ばれた彼女は追われることに……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる