大好きな彼の婚約者の座を譲るため、ワガママを言って嫌われようと思います。

airria

文字の大きさ
71 / 165
御前試合

気鬱な日々

しおりを挟む
カーテンの隙間から、強い陽射しが漏れ出ている。

「朝・・」

呟いて、のろのろと体を起こす。

体が重く感じるのは、夜なかなか寝付けなかったせいだ。



マルグリット侯爵家のお茶会から、丸2週間が経っていた。

控えめなノックの後に、キーラが入ってきた。

「おはようございます、お嬢様。今日も暑くなりそうですよ」

そう言いながら、カーテンと共に窓を次々と開け放っていく。

ガラス越しだった蝉の声が直接聞こえるようになると、それだけで暑さが増した気がする。

「お嬢様、今日こそ、外にお出かけになりませんか?大型の客船が来ていて、港で催しがあるそうですよ」

私はゆるゆると首を振る。

「今日も、刺繍をするわ。ブローチを作らないと。」

ここ最近は、毎日騎士団の応援ブローチを作っている。

すでに貴族から大口の予約が入っていて、当初想定していたよりもかなりの数を作製しなければいけなくなったのだ。

作り手も足りないので、孤児院や教会にも協力を仰いでいる。

そんなわけで、来る日も来る日も私は騎士団のブローチを作っている。

当日、応援にすら行かないのに。

「こんなの、馬鹿みたい」

自分にしか聞こえないくらい小さな声で呟いて、無心に作業を進めていく。




アマンド様とは会っていない。

あの後、「今月はグルトの剣術の練習に付き合うことになったので、会えなくなる」と手紙があった。

研修で騎士団を離れることになったグルト様から、日曜に剣術の練習に付き合ってほしいと頼まれたのだと言う。

いつも世話になっているので力になってあげたいこと、とはいえ、予定を入れてしまって私に申し訳ないことが繰り返し書かれていた。

(別に、取り繕わなくてもいいのに。)

御前試合に呼ばれないと知った今、日曜に会えないことなんて、なんとも思わない。

こないだの事があったから、私と顔を合わせにくくて、剣術の練習、なんて理由を仕立てたのかもしれない。

顔を合わせなくてよくなって、ホッとしたのは事実だ。

それなのに、いつまでもこの胸はジクジクと痛みを訴える。

あんなに、自分から話題になるのを避けておきながら、今年こそ観に行けるなんて、本気で自分は思っていたんだろうか。

毎年、祖母の家から帰ってきて、アムドに御前試合の話を聞くのが楽しみだった。

アムドはいつも興奮気味に、普段よりもずっとおしゃべりになって試合のことを語ってくれた。

応援するのはダメでも、せめて、観に行きたかった。

皆から聞く、彼の剣術の凄さとやらは結局知ることができない。

騎士として彼が憧れてきた舞台を見ることもできない。

応援すらできない。

本当に、私は形ばかりの婚約者だ。




ノックの音とともにドアが開き、弟のカインが顔を出す。

「あの・・姉さん。今ちょっといい?」

カインは部屋に入ると、椅子を引っ張ってきて私の横に腰を下ろした。

珍しく元気のない様子で、よく見ると目元が潤んで赤くなっていて、泣いた後なのだと気付いた。

テーブルに作りかけの刺繍を置き、カインに向き直る。

「カイン、どうしたの?」

カインは俯き、視線を床に落としながらポツリポツリと話し出した。

カインは今年は祖母の家に行かずに王都に残ることに決めていたのだが、私が王都に残らないことを聞いた両親から、ずっと難色を示されていたらしい。

そして先ほど、両親から「レイリアも残らないのであればやはり一人で残していけない」と告げられたのだという。

「今年からは、じ、自由にして良いってさ、言ってたくせに・・さ。姉さんがこっちに残らないって聞いた途端、俺一人じゃダメだって・・俺、ロイとも、他の友達とも色々約束してたのに・・ウッ。友達に、何て言えばいいんだよ!父さんも母さんも勝手だよ!」

途中からまた涙がぶり返し、つっかえながら言うカインの背中を撫でながら、申し訳ない気持ちが募っていく。

「ごめんね、私のせいで。私から父さんに言ってあげようか?」

「・・いい。姉さんのせいじゃないし、姉さんを困らせるなってきっと怒られるから」

「・・・」

カインは何か困ったことがあると、両親よりもまずは私のところに話しに来る。

本当は、前々から悩んでいたんだろうけれど、内容が内容だけに、私には話しにくくてずっと溜め込んでいたんだろう。

カインが御前試合を楽しみにしていたのは知っていたから、それを自分が台無しにしてしまったようで、やるせない。

(うん、それなら・・)

「カイン、大丈夫。私、やっぱりこっちに残ることにするわ」

「え・・」

パチクリと目を開けたカインが、ようやく顔を上げた。

「従姉妹たちも今年はほとんど集まらないって聞いてるし、向こうに行ってもそんなに楽しみはないしね。こっちで気ままに過ごすことにする。」

「ホント?姉さん、無理してない?」

「ええ」

カインのエメラルドブルーの瞳がキラキラと輝き出す様子に、思わず笑みが溢れる。

「お父様には後でそう伝えるから、安心なさい」

「姉さん!」

カインが抱きついてきて、私は久しぶりに声をあげて笑った。

「現金な子ね。さっきまであんなに落ち込んでたのに。フフッ」

「あの、あのさ、やっぱり姉さん、考え直さない?俺とロイと、一緒に見に行こうよ。絶対アマンドも喜ぶって!」

それが御前試合のことを指しているのは明白で、だから私は首を横に振る。

「私は行かないわ。でも大丈夫。今年は家でゆっくり過ごすことにするから」

その後もカインは、見に行くべきだと何度も説得してくれたけれど、「あんまり言うと、私の王都に残る気持ちが変わってしまうかもしれないわよ」と伝えて、ようやく諦めてくれたのだった。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

『めでたしめでたし』の、その後で

ゆきな
恋愛
シャロン・ブーケ伯爵令嬢は社交界デビューの際、ブレント王子に見初められた。 手にキスをされ、一晩中彼とダンスを楽しんだシャロンは、すっかり有頂天だった。 まるで、おとぎ話のお姫様になったような気分だったのである。 しかし、踊り疲れた彼女がブレント王子に導かれるままにやって来たのは、彼の寝室だった。 ブレント王子はお気に入りの娘を見つけるとベッドに誘い込み、飽きたら多額の持参金をもたせて、適当な男の元へと嫁がせることを繰り返していたのだ。 そんなこととは知らなかったシャロンは恐怖のあまり固まってしまったものの、なんとか彼の手を振り切って逃げ帰ってくる。 しかし彼女を迎えた継母と異母妹の態度は冷たかった。 継母はブレント王子の悪癖を知りつつ、持参金目当てにシャロンを王子の元へと送り出していたのである。 それなのに何故逃げ帰ってきたのかと、継母はシャロンを責めた上、役立たずと罵って、その日から彼女を使用人同然にこき使うようになった。 シャロンはそんな苦境の中でも挫けることなく、耐えていた。 そんなある日、ようやくシャロンを愛してくれる青年、スタンリー・クーパー伯爵と出会う。 彼女はスタンリーを心の支えに、辛い毎日を懸命に生きたが、異母妹はシャロンの幸せを許さなかった。 彼女は、どうにかして2人の仲を引き裂こうと企んでいた。 2人の間の障害はそればかりではなかった。 なんとブレント王子は、いまだにシャロンを諦めていなかったのだ。 彼女の身も心も手に入れたい欲求にかられたブレント王子は、彼女を力づくで自分のものにしようと企んでいたのである。

[完結]「私が婚約者だったはずなのに」愛する人が別の人と婚約するとしたら〜恋する二人を切り裂く政略結婚の行方は〜

h.h
恋愛
王子グレンの婚約者候補であったはずのルーラ。互いに想いあう二人だったが、政略結婚によりグレンは隣国の王女と結婚することになる。そしてルーラもまた別の人と婚約することに……。「将来僕のお嫁さんになって」そんな約束を記憶の奥にしまいこんで、二人は国のために自らの心を犠牲にしようとしていた。ある日、隣国の王女に関する重大な秘密を知ってしまったルーラは、一人真実を解明するために動き出す。「国のためと言いながら、本当はグレン様を取られたくなだけなのかもしれないの」「国のためと言いながら、彼女を俺のものにしたくて抗っているみたいだ」 二人は再び手を取り合うことができるのか……。 全23話で完結(すでに完結済みで投稿しています)

家が没落した時私を見放した幼馴染が今更すり寄ってきた

今川幸乃
恋愛
名門貴族ターナー公爵家のベティには、アレクという幼馴染がいた。 二人は互いに「将来結婚したい」と言うほどの仲良しだったが、ある時ターナー家は陰謀により潰されてしまう。 ベティはアレクに助けを求めたが「罪人とは仲良く出来ない」とあしらわれてしまった。 その後大貴族スコット家の養女になったベティはようやく幸せな暮らしを手に入れた。 が、彼女の前に再びアレクが現れる。 どうやらアレクには困りごとがあるらしかったが…

P.S. 推し活に夢中ですので、返信は不要ですわ

汐瀬うに
恋愛
アルカナ学院に通う伯爵令嬢クラリスは、幼い頃から婚約者である第一王子アルベルトと共に過ごしてきた。しかし彼は言葉を尽くさず、想いはすれ違っていく。噂、距離、役割に心を閉ざしながらも、クラリスは自分の居場所を見つけて前へ進む。迎えたプロムの夜、ようやく言葉を選び、追いかけてきたアルベルトが告げたのは――遅すぎる本心だった。 ※こちらの作品はカクヨム・アルファポリス・小説家になろうに並行掲載しています。

婚約破棄してくださって結構です

二位関りをん
恋愛
伯爵家の令嬢イヴには同じく伯爵家令息のバトラーという婚約者がいる。しかしバトラーにはユミアという子爵令嬢がいつもべったりくっついており、イヴよりもユミアを優先している。そんなイヴを公爵家次期当主のコーディが優しく包み込む……。 ※表紙にはAIピクターズで生成した画像を使用しています

元婚約者様へ――あなたは泣き叫んでいるようですが、私はとても幸せです。

有賀冬馬
恋愛
侯爵令嬢の私は、婚約者である騎士アラン様との結婚を夢見ていた。 けれど彼は、「平凡な令嬢は団長の妻にふさわしくない」と、私を捨ててより高位の令嬢を選ぶ。 ​絶望に暮れた私が、旅の道中で出会ったのは、国中から恐れられる魔導王様だった。 「君は決して平凡なんかじゃない」 誰も知らない優しい笑顔で、私を大切に扱ってくれる彼。やがて私たちは夫婦になり、数年後。 ​政争で窮地に陥ったアラン様が、助けを求めて城にやってくる。 玉座の横で微笑む私を見て愕然とする彼に、魔導王様は冷たく一言。 「我が妃を泣かせた罪、覚悟はあるな」 ――ああ、アラン様。あなたに捨てられたおかげで、私はこんなに幸せになりました。心から、どうぞお幸せに。

「ばっかじゃないの」とつぶやいた

吉田ルネ
恋愛
少々貞操観念のバグったイケメン夫がやらかした

完結 貴族生活を棄てたら王子が追って来てメンドクサイ。

音爽(ネソウ)
恋愛
王子の婚約者になってから様々な嫌がらせを受けるようになった侯爵令嬢。 王子は助けてくれないし、母親と妹まで嫉妬を向ける始末。 貴族社会が嫌になった彼女は家出を決行した。 だが、有能がゆえに王子妃に選ばれた彼女は追われることに……

処理中です...